マッサージ師をやっています 作:セイヘキ×ヲ×カイジ
読んで頂きとても嬉しいです……!
たった2話でこれ程評価して頂くとは……HUNTER×HUNTERの人気の凄まじさが伺えますね、連載も再開されたようですし私も楽しみです。
先に謝罪しますが今回はえっちな描写がございません。
話を繋ぐ都合上、えっちだったりそうではない話を絡めて進めていく予定です。
なお、本作はキメラアント編で『終わる』と決めていますのでよろしくお願いします。
マチが蕩けるような快楽の果てに二度目の気絶を迎え、屈辱と裏腹に最高のコンディションに整えられて退院した翌日のことである。
『☆レンティ・バランスの痛快爽快整体院☆』の院長であるレンティは、路地裏の店舗で予約制の施術を行う傍ら特定の知己に対しては出張でのボディケアを請け負っていた。
短いながらも元フロアマスターという彼の経歴。
磨き上げられた本物の技術を知る一部の強者たちにとって彼の
同時にそれを知る者達のなかで、レンティの能力を無闇矢鱈に広めないというのは暗黙の了解となっている。
治療と強化を兼ねる能力は希少だ。
いざという時に彼の手が埋まっていると困るからだ。
故に活人拳としてのレンティの腕前の程は意外と知名度が低い。
ネットに流れているのはレンティが凄腕のハッカーに依頼して流して貰ったフェイクが大半なのである。
結果として、本当の価値を知っているのは天空闘技場の闘士の中でも上澄みの連中ばかり。
例外は気まぐれに吹聴するヒソカくらいであろう。
あとはレンティが見初めて連れ込んだ女子か。
その日の午前中も、現役のフロアマスターの一人からの依頼を受けたレンティは身体調整の仕事を終えた。
尚、相手は男であり……当然、出張で行われるのは一切の邪念を交えない真っ当極まる治療であった。
心地よい達成感を覚えながら、レンティは自身の店へと続く
「む」
不意に、レンティの
「やあ♠」
同時にレンティの足を止める声が響いた。
見上げれば、薄暗い路地の壁に背を預け、配管を足場にトランプを指先で弄んでいるピエロがいる。
ヒソカである。相変わらず粘つくようなオーラを纏いながら、黄金色の瞳を怪しく細めてレンティを見つめていた。
「なんだ、ヒソカですか」
レンティのオーラが静かに落ち着く。
彼の戦意の無さを見取り、ヒソカも禍々しいオーラを潜める。
つい挑発するようにオーラを差し向けたが、今のヒソカの興味は
先日のマチの動向をヒソカは把握していた。
珍しく自分の言葉に乗せられ、まんまとレンティの根城へと足を踏み入れたマチ。
その後の様子を見る限り……
恐らくマチはレンティの手技にハマるだろうが、何かしら
それは昨夜ガチ切れのマチに追い回されたヒソカにはよぉく分かっている。
レンティの悪い癖を知りながらそれに合致するだろうマチを差し向けたヒソカは……想定の中でも都合の良い方向へ事が運んでいるのを理解して彼の元へ訪れたのである。
「マチはどうだったかい?」
「どうだった、と言われましてもね」
一瞬、レンティは何を言われたか呑み込めなかった。
マチ……マチ……? ああ、昨日の?
悲しいかな。身体つきで相手を区別できるレンティは、気に入った相手でも直ぐには名前を覚えないきらいがある。
少しだけ悩んだ彼は、先日来た女がヒソカの紹介であることを思い出して察した。
「彼女か。素晴らしい
ただ、少々……気が強すぎる
レンティは微かに肩をすくめて苦笑した。
困ったようでもなく、それが楽しいのだと言わんばかりだ。
「これから丁寧に味わっていく予定ですよ」
また訪れるだろうという、自らの技術に対する圧倒的な自負。
ヒソカはトランプのシャッフルをピタリと止め、妖艶な笑みを深くする。
「くくく……そうだろうね♦ 蜘蛛の脚を一本捥ぐのは、並大抵の骨折りじゃないさ♥ どうだい、レンティ……ボクと一緒に、あの幻影旅団を狩る気はないかい♣」
ヒソカは、レンティがマチをハメ落とした実力を買った上で、彼を旅団狩り──ひいてはヒソカ自身がクロロとタイマンするための共犯者として遠回しに誘いをかけた。
相手が好みならどんな素性でも躊躇わず手を出すレンティの倫理観は、ヒソカにとっても非常に都合が良い。
いつかクロロとヤるために、邪魔な団員を露払いする協力者が要ると考えていたところだ。
彼なら能力的にも申し分ない。
それにレンティを鉄火場に引き摺りだせば、彼と繋がりのあるフロアマスター級の闘士も釣れるかもしれないという
しかし、レンティは眉をひそめ、不思議そうに首を傾げた。
「幻影旅団? 何故犯罪者の話が……?」
「え……?」
ヒソカの動きが一瞬だけ完全に止まった。
数多の修羅場を潜り抜け、他人の手の内を読み切ることに長けたヒソカが、珍しく呆然とした表情を浮かべている。
(……まさか、ボクが渡したカードの裏のサインだけで、相手が何者かも調べずにあのマチをベッドに沈めたっていうのかい♣)
レンティがマチの素性を幻影旅団の一員ではなく……ただのヒソカの知り合いの、よく鍛えられた女性の念能力者としてしか認識していないことをヒソカは即座に察した。
普通ならあり得ない。
グレーゾーンな行いに手を染めているくせに被害者の背景にこれっぽっちの興味も持っていないという巫山戯た事実。
しかし意味不明な理屈に沿って生きているこの変人には当てはまるのだろう。
つまり──幻影旅団だと知らずに手を出した。
ヒソカの胸の内で別の歪んだ興奮が湧き上がる。
(いや……このまま勘違いさせておいた方が、イイ♥ 後々蜘蛛たちと鉢合わせた時に最高に面白い『道化劇』が見られそうだ♦)
このままレンティの勘違いを正さず、旅団にぶつけるのも……アリなんじゃない?
ヒソカは内心でそう決定すると、再びいつもの不敵な笑みを貼り直した。
「ふふ……君って、変なところで抜けてるよね♠」
「ひどいな。心を入れ替えた私は極めて
「ウーン……そうかな♠ でも、ボクは期待しているんだよ。今の歪んだ君も面白いけれど……ギラギラとした殺気を放っていた頃の君に、また戻ってくれることをね♦」
(そしてその時は……存分に殺り合おう♥)
ヒソカはそれだけ言い残すと、煙のように路地の闇へと消えていった。
レンティはヒソカの言葉に思うところがあったのか……暫くそのオーラの残滓を見詰めていた。
「『以前の私』か」
かつて武を極めんとフロアマスターが世界の頂点だと目指していた自分。
そして殺し合いに嫌気が差して、地位をあっさりと捨て……本懐に目覚めた。
ただの「整体師」に収まっている自分。
悩むまでもなくそのことに関する思考は流れた。レンティは武闘家を辞めたことを残念には思わない。
「しかし……急に話を変えてきましたね……?」
結局ヒソカが居なくなったので、幻影旅団を狩ろうという突拍子のない話の意図は掴めずにレンティはその場を後にした。
ヒソカの雰囲気に奇妙な引っかかりを覚えつつも……自分の店へと帰還する。
チリン、と安っぽい鈴の音を響かせて扉を開ける。
すると、待合室にいた受付のアルバイトの少女が、今にも泣き出しそうな、明らかに慌てふためいた様子でレンティに駆け寄ってきた。
「い、院長……! 大変です! さっき、ものすごい黒塗りの高級車が店の前に停まって……!」
「落ち着きなさい。うちの客層を考えれば高級車の送迎なんて珍しくもないでしょう」
「違うんです! その……あの大富豪の、バッテラ氏の代理人だって名乗る人が来て……今すぐ院長を呼びたいって、ものすごい額の頭金を置いていったんです……!!」
少女の手には、見たこともない額の小切手が握られていた。
バッテラ。世界的な大富豪としてその名を知らぬ者はいない男からの、直々の依頼。
レンティの白髪の奥の瞳が、わずかに細められた。
誰もが平穏無事な人生を辿れる訳ではない。
彼は図らずも、
「バッテラ氏………………誰ですか、それは」
「ズコ───ッ!? こんの世間知らず! 阿呆!」
少女は大いにズッコケたのち、怒り心頭の様子でポカポカとボケカス院長を殴りつけた。
天才肌の人間にありがちな社会性の欠落。
レンティもその例に漏れず……彼は人の名前をよく覚えなければ社会情勢にも疎い典型的な社会不適合者だった。
周りの協力が無ければ個人院の開業すら危うかっただろう。
表も裏も理解のある貴重な従業員に彼はもっと感謝すべきである。
「とりあえず行きますよ! これは大チャンスなんですからっ」
⬛︎
世界でも有数の資産を持つ男、バッテラ。
しかし、その巨大な富が並ぶ豪邸の最奥、最高峰の医療機器が並ぶ病室で……彼は昏睡を続ける美しい婚約者の手を握り、絶望と戦っていた。
「……本当に、その男なら彼女を救える可能性があるのだな?」
バッテラの絞り出すような問いに、傍らに立つお抱えの専属医師は、苦渋に満ちた表情で視線を落とした。
「可能性は、ゼロではございません。そう、言うのが限界でございます、バッテラ様」
世界中の名医を呼び寄せ、あらゆる近代医療を尽くしても、目を覚まさせるどころかこの数年間現状を維持するのが精一杯。
医師の男が、ある奇妙な噂をバッテラに進言したのはまさに藁にも縋る思いからだった。
「私の
それは、原因不明の病だった。
初めは健康そのものだが、時間が経つにつれて体の自由がなくなり、最後には表情ひとつ動かせぬまま沈黙して死に至る病。
医師の従姉妹は未だ症を知らされずに、症状が軽い段階だった。しかしそれも時間の問題、だったのだが……。
「ある時期を境に、奇跡的に症状から快復したのです。理由を尋ねると、とある整体院に通うようになってからだと」
バッテラは静かに医師を見つめる。医師は、自らのプライドを横に置いて言葉を続けた。
「医学的には有り得ない話です。ですが、あまりの回復ぶりに驚いた私は、独自にその店を調べました。すると……同じように、原因不明の重病や大ガタを患っていた患者が、その整体院に数回通っただけで劇的に快復したケースが、他にもいくつか確認できたのです。院長の名は、レンティ・バランス。……ただ」
医師の言葉が、僅かに濁る。
「私ども医学に携わる者の間では、世の中には科学では説明のつかない、まるで魔法のような『ネン』と呼ばれる未知の領域が存在すると、漠然と噂されております。おそらく、その男もその技術を使っているのでしょう。私自身、その名を知るのみで、実態のわからない未知の力ゆえ……確実に治ると断言できないのが、口惜しくてなりません」
「念……」
バッテラはその言葉を噛み締めた。
念能力の存在は知っている。
彼が今、全財産を投げ打ってでも手に入れようとしている幻のゲーム『グリードアイランド』もその一種だ。
ゲーム内にあるという伝説のカード『大天使の息吹』もまた、そのような超常的な力によるものだと聞いている。
もし、そのゲームをクリアする前に、現実に同じような奇跡を起こせる男がいるのだとすれば。
バッテラは最愛の女性の顔を見つめ、意を決したように立ち上がった。
彼は受話器を取り、現在、自分が最も信頼を寄せているプロハンターの男を呼び出した。
──数時間後。
「……なるほど。私に、そのレンティという男の『値踏み』をしてほしい、と」
バッテラの書斎で、鋭い眼光を放つ一人の男が腕を組んでいた。
バッテラは、これまで誰にも打ち明けることのなかった『婚約者が昏睡状態にあり、彼女を救うためにG・Iを買い漁っている』という実情を、ツェズゲラにだけはすべて打ち明けた。
「なんと……」
大富豪の悲痛な本心を聞かされ、ツェズゲラは内心で深く同情しつつも、プロのハンターとして冷徹に状況を分析していた。
(不治の病を治す整体院、か。情報の裏取りを進める必要があるな)
「バッテラさん。お抱えの医師の言う通り、その男が本物であれば、十中八九『念能力者』でしょう。しかし、念能力者の中には、常人の理解を超える危険な思想を持った者や、詐欺師のような手合いも数多く存在します。一般人であるバッテラさんや医師の皆様では、その男が本物の名医か、あるいはただのペテン師かを見極めるのは不可能です」
ツェズゲラは、自身の全身を巡るオーラを僅かに研ぎ澄ませた。
「私がその診察の場に同席しましょう。男の纏うオーラの質を見れば、実力の底、そして悪意の有無くらいは判別できます。もし、我々を騙そうとする不埒者であれば、その場で私が排除いたします」
「すまない、ツェズゲラ……頼む」
大富豪の願いを受け、ツェズゲラは静かに頷いた。
但しG・Iのログアウト期間の都合、また自身の情報網によって件の整体院の裏取りを行うため、依頼までの猶予を七日取ることになる。
その後、バッテラから莫大な頭金を持たされた代理人が、レンティの整体院へと派遣されることとなった。
……
…………
………………
ツェズゲラの率いるチームの3人の仲間、バリー、ドップル、ロドリオット。彼らは20年以上もの間、ツェズゲラと生死を共にしてきた筋金入りのプロハンターたちである。
バッテラ邸の作戦室に集まった4人は、すぐさまレンティなる人物の身元と素性について、徹底的な裏取りを開始した。
「おい、ツェズゲラ。例の整体院の情報、ネットワークで叩いてみたが、妙な男だぞ」
ソバカスの目立つバリーが、ハンター専用のクローズドな酒場や情報サイトから引き出したデータを端末に表示する。
「名前はレンティ・バランス。ハンターライセンスは持っていない、一般の念能力者だ。天空闘技場の元フロアマスターで、2年ほど前に引退している。現在は歓楽街で整体院を営んでいて、開業してまだ1年目という短い期間だ」
一見、何の問題もない経歴に思えた。
しかし、情報解析を担当していたロドリオットが、不快そうに眉をひそめた。
「……いや、この情報には『歪み』がある。不自然なほど綺麗に舗装されすぎているんだ。いくつかのサーバーのログに、ごく最近、超一級のハッカーによってアクセスされた痕跡がある。店舗の利用者履歴や、過去の細かいトラブル、プライベートな足取りに関わるデータが一部、意図的に改竄・消去されている形跡を見つけた」
「改竄だと?」
ツェズゲラが鋭い目を細める。さらに、もう一人の仲間であるドップルが、天空闘技場時代の記録映像をモニターに映し出した
「最大の間違いはここだ。バッテラお抱えの医者は、彼を医療・治癒系の能力者だと推測していたよな? だが、この闘技場時代の映像を見てくれ。……当時の彼は、殺人拳の使い手だ。人体を破壊し、炸裂させるような、極めて攻撃的な戦闘スタイルをしている」
画面の中の若いレンティは、冷徹な白髪をなびかせ、触れた対戦相手を次々と血だまりに沈めていた。
なるほど分かりやすいほどに人を殺せる技だ。
「過去は殺人拳の武闘家。現在は、病を治す整体師。そして、意図的に改竄された素性のデータ……」
ツェズゲラは腕を組み、深く思考を巡らせた。
噛み合わない。
情報が完全に混雑していた。医者の言った「従姉妹が完治した」という話は、裏取りの結果としても確かに真実だった。
しかし、同時に浮かび上がった経歴はあまりにも胡散臭く、不穏な影を落としている。
「名前を騙った全くの別人の線もあるな。……だが、クソ、時間が足りん。これ以上の深掘りは、バッテラ氏の提示した期限に間に合わない」
「どうする、ツェズゲラ。嘘と真実が泥のように混ざり合っている。ハッカーの方も相当凄腕だ。消した痕跡も追えるか判断がしがたい状況だぞ」
バリーが警戒を促すように言うと、ツェズゲラは冷徹に決断を下した。
「……最悪の事態を想定する。あの男がもし、バッテラの富を狙う凶悪な詐欺師、あるいは治療を餌にした暗殺者だった場合、その場で完全に仕留める。これより、我々4人でバッテラ邸内に
「「「了解だ」」」
プロハンターたちの間に、張り詰めた殺気と緊張が走る。
──そして、約束の七日目が訪れた。
バッテラ邸の重厚な正面扉が静かに開かれる。
出迎えたツェズゲラたちの視線の先。
浅黒い肌に後ろに纏めた長い白髪を蓄え、
至って穏やかな、だが腹の底の知れない笑みを浮かべた男──レンティ・バランスが、ゆっくりとその一歩を邸内へと踏み出した。
彼を迎えたツェズゲラは、男を一瞥した次の瞬間、内心で激しい焦燥に駆られていた。
(……ッ!? 映像で見た時と、まるで練度が違いすぎる……!)
記録映像で見たレンティは、剥き出しの殺気を放つ苛烈な武闘家だった。
しかし今、目の前にいる男のオーラの流れは……不気味なほどに整いすぎていた。
一点の淀みもブレもなく、肉体を完璧に統制している。
呼気や身体動作による乱れも微塵もない。全身のオーラの流れを完全にコントロールし尽くすその技術──逆に不自然なその動き、恐らくは高度な操作系能力者に違いない。
何より恐ろしいのは、そのオーラから悪意も、善意も、緊張も、一切の感情が読めないことだった。
まるで底の知れない深淵を覗き込んでいるかのような錯覚に、ツェズゲラは背筋に冷や汗が伝わるのを感じた。
他の3人もまた、無言のままフォーメーションを維持し、全身の神経を限界まで研ぎ澄ませている。
──これでは逃がす逃がさない以前に、万が一の時に取り押さえられるかどうか。
ツェズゲラは辛うじて焦りを押し殺し、冷徹なプロの表情を取り繕った。
「本当に、彼女を治せる可能性の証明……まずはそれだけでも教えてくれぬか、レンティ殿」
彼らの様子から只者では無いと察したバッテラからの切迫した問いに、レンティは軽く頷いた。
「分かりました。ですが、まずは患部を拝見しなければ……何とも申し上げられませんね」
「わかっている。まずは案内しよう、こちらへ来てくれ」
案内された最奥の病室。
最高峰の医療機器に囲まれ、人工呼吸器に繋がれたバッテラの婚約者が横たわっていた。
レンティがベッドに近づき、その端麗な白髪の頭を僅かに傾ける。
違和感。
同時に、ツェズゲラもまた『凝』を集中させ、彼女の肉体を観察した。
「おや……」
二人は瞬時に悟った。これは、ただの病気や大怪我による昏睡状態ではない。
(――これは、通常の医療の手には負えん! 肉体の深部に、他者のどす黒い
ツェズゲラがその絶望的な状況に眉をひそめた、その時だった。
「ふむ……まあ、これなら治せますね」
レンティが、まるで「明日の天気は晴れですね」とでも言うかのように、なんてことのない調子で呟いた。
「なっ……!?」
ツェズゲラは思わず目を剥いた。世界最高峰のハンターですら「除念師の領域」と判断した呪いの残滓を前にして、この男は何を言っているのか。
「悪いがそのまま鵜呑みにはできん。レンティ殿、失礼だがあなたの能力が本物かどうか、まずは我々の前でその一端を『見せて』はもらえないだろうか」
ツェズゲラが鋭い牽制を込めて提案した。
実力を誇示してみせろ、というプロハンターからの要求。
レンティは「なるほど」と小さく頷いた。
直後、世界の時間が消えた。
ツェズゲラ、バリー、ドッブル、ロドリオット。
歴戦のプロハンター4人の視界から、レンティの姿が完全に掻き消えたのだ。
否、彼らの目で処理できない動き故に、その意識が消えたと錯覚した。
脳からの伝達、筋肉の収縮、オーラの移動タイムラグ。
そのすべてを排した『無拍子』の神速の歩み──
〝
──オーラを動かすのではない、
「しまっ……!?」
ツェズゲラが反応できた時には、レンティはすでにバッテラの背後に立っていた。
〝
レンティの鋼の指先が、電光石火の速度でバッテラの肉体を貫くように叩かれた。
人間の生命力と気血の巡りを司る主要な経穴を、流れるような連撃で正確に突き抜く。
「かはッ……?!」
「バッテラさんッ!!」
ツェズゲラが怒号を上げ、バリーたちが即座にレンティを制圧すべく飛びかかろうとした。
しかし、その動作は一瞬で凍りついた。
「おお……っ? これ、は……!?」
バッテラ自身が、痛みではない驚愕の声を上げたからだ。
老齢ゆえに深く刻まれていた顔の皺がみるみるうちに薄くなり、濁っていた瞳には強い輝きが戻っていく。
カサついていた肌は瑞々しいハリを取り戻し、佇まいは見違えるほどに力強くなった。
それは、『若返り』としか表現できないほどの、圧倒的な生命力の発露だった。
それでいて精孔を開かせぬ調整の技。
襲撃を確信していたツェズゲラたちは、バッテラの劇的な変化に目を見開いた。
「な、にを、した……?」
ツェズゲラの問いに、レンティは指先を軽く払いながら、至って平然と宣った。
「はい、分かりやすく実力を見せろと仰るから、ひとまず依頼主である彼に私の能力を体験してもらいました。如何ですか?」
事前の通告もなく、世界的な大富豪へ突如として念能力を叩き込むという常軌を逸した暴挙。
それを「手っ取り早いから」という極めて利己的かつ、常人の理解を絶する理屈で片付けてみせる白髪の男にツェズゲラは猛烈に頭を悩ませた。
「そういう事は、先に言ってくれないか……」
「? ええ、あと効果については、軽く心身の活性化を施しました」
眉間を揉みながら絞り出した忠告の言葉も、聞き流しているようにしか見えない。
話を聞いているのか分からない。
そして応急なので持つのは数ヶ月程度でしょうと──明らかに程度では収まらない期間と、消して軽くは無い効果を淡々と語る。
(優れた能力者ではある……! だが、その行動はマトモとはいえない男だ……)
技術は間違いなく本物だ……だが精神のネジが数本ぶっ飛んでいる。
しかし、当の被術者であるバッテラは、自身の肉体に満ち溢れるかつてない万能感に震えていた。
「……ツェズゲラ、構わん。この男の手は、本物だ……!」
自身の肉体に満ち溢れるかつてない万能感に、バッテラは歓喜の震えを隠せなかった。
老齢ゆえの重だるさは消え去り、細胞の一つ一つが瑞々しい若さを取り戻したかのような感覚。
プロハンターであるツェズゲラたちの制止の声が、今のバッテラの耳には届かない。
「レンティ殿、どうか、彼女を救ってくれ……!」
バッテラの悲痛な懇願を受け、レンティは「では、始めましょうか」と、静かに白髪の頭を揺らした。
ベッドに横たわる昏睡状態の女性。レンティは彼女の細い手首に指を添え、その肉体の深層へ意識を潜らせていく。
一手一手の意味を、まるで退屈な講義でもするかのように淡々と解説しながら、施術を開始した。
「彼女の容態ですがね。これは病気でもなければ、特定の念能力者に狙われたわけでもありません。ええと…………バッテラ様、あなたへ向けられた、有象無象の嫉妬や恨み。それらが自然と寄り集まった『澱み』のような雑念に、彼女は運悪く晒されてしまっているようですね」
レンティの言葉に、ツェズゲラはハッとして目を凝らした。
言われてみれば、彼女の体を蝕むどす黒いオーラには、明確な悪意の「核」がない。
「精孔を開くほどの強さもない、ごく微弱な念の残滓です。ですが、皮肉にもそれが仇となった。我々のような念能力者であれば、無意識の拒絶で消し飛ばせる程度の雑念に過ぎない。しかし、一般人……それも寝たきりで抵抗力のない彼女には、その微弱な邪念を振り払う術がなかった。だから、内に溜め込み、心身を侵食されたのです」
レンティはスッと右手の指先を立て、昏睡する女性の胸元へと宛がった。
「ならば、答えはシンプルだ。――彼女には一瞬だけ『念能力者』になって頂けばいい」
(な、にを言うんだ、この男は……!?)
ツェズゲラの背筋に冷たい戦慄が走る。
一般人を念能力者にするには、強引に精孔を抉じ開けるしかない。
だが、寝たきりの一般人にそんな衝撃を与えれば、ショック死するか、漏れ出すオーラを制御できずに生命力を吸い尽くされて死ぬだけだ。
どちらにせよ死ぬ。それが常識だ。
しかし、レンティの
「まずは第一手」
ト、と静かな音が室内に響く。
レンティの指先が彼女の胸の中央、そして四肢の主要な経穴を正確に突いた。
その瞬間、彼女の全身の精孔が、まるで花の蕾が綻ぶように僅かに開く。
全身から陽炎のように立ち上るオーラ。
通常ならそのまま霧散し、命を削るはずの生命の灯火。
「第二手。──〝
レンティが両手をかざす。
すると彼女の体から漏れ出そうとしていたオーラが、まるで磁石に吸い寄せられるようにレンティの放つ気流と同調し、彼女の身体の表面でピタリと全周に渡って静止した。
単純故に本人の手腕が光る。
他者さえも抵抗がなければ無理なく安定化させることは容易かった。
(完全に制御している……! 他人の、それも目覚めたばかりの荒れ狂うオーラを、水のように手懐けているだと……!?)
ツェズゲラは内心で絶叫していた。バリーたちも言葉を失い、ただ目の前の施術を凝視している。
「見てください。彼女自身のオーラが『纏』として機能し始めた。これにより肉体の深部に根付いていた有象無象の邪念は、内側からの生命力によって綺麗に押し流され、今、完全に霧散しました」
レンティの解説通り。
彼女の肌を覆っていたどす黒い澱みが、彼女自身の瑞々しいオーラによって文字通り消し飛ばされるように消え去っていく。
「では第三手。傷付いた心身の不調を取り払います」
レンティはさらに数箇所の経穴をリズミカルに突き、邪念によって傷ついていた彼女の神経回路と血流を完璧に整えた。
人工呼吸器の数値が劇的に安定し、彼女の頬に数年ぶりとなる健康的な赤みが差していく。
「そして、仕上げです。このまま終われば、私の手が離れた瞬間にオーラが垂れ流しになって彼女は死んでしまう」
レンティは穏やかに微笑みながら、最後に彼女の額、そして体幹の要所を深く押し込んだ。
パチ、と目に見えないスイッチが切り替わるような音がした。
あれほど溢れていた半透明のオーラが、瞬時に彼女の肌の内側へと吸い込まれ、完全に消失する。
開いた精孔を再び寸分の狂いもなく閉じ直し、彼女を何のリスクもない常人の身体へと戻してみせたのだ。
「これで完了です」
この間、僅か数十分。
レンティがハンカチで軽く指先を拭う。
ベッドの上の女性は、先ほどまでの死相が嘘のように、まるで心地よい春の昼寝でもしているかのような、穏やかな寝息を立て始めていた。
(これがレンティ・バランスの『念』。除念師を呼ぶまでもなく、人の肉体を操作して内側から邪念を排除してみせた……化け物め、ただの治療などという生ぬるい能力じゃないぞ……!)
ツェズゲラは、驚愕と恐怖で自身の指先が微かに震えているのを自覚した。
彼の脳裏にはこの施術の一端だけでも様々な応用が広がったのだ。
他者への擬似的な念能力の開花、そしてその停止と純粋な身体治療。
構えを解くことすら忘れて凝視してしまっていた。
そして、同時に──彼女の瞼が……
「おお……! ああ……っ! 目が……っ!」
「ん──」
「分かるか……!? 私だ、バッテラだ……」
「あなた……ぁ」
目覚めている。
夢でも幻でもない。
バッテラは涙を流し、婚約者の手を握りしめて咽び泣いた。
彼女は朧気な眼差しでバッテラと目を合わせると、ゆっくりと瞼を閉じる。
「ああっ……!」
「起きたばかりなのでまだ安静にする必要があるでしょう」
再び目を閉じたことに取り乱すバッテラへと落ち着いた声でレンティが補足する。
「そ、そうか……っ」
その言葉でバッテラも息を整えた。
世界有数の富を誇る大富豪が、風変わりな整体師へ向かい合い、その手を取って深々と頭を下げた。
「ありがとう、レンティ殿……! 心から、感謝する……!!」
「はい、またのご利用をお待ちしております」
穏やかに、しかし僅かに噛み合わない様子でレンティはバッテラと固く手を握った。
⬛︎
バッテラ邸の広大な敷地内に停められた黒塗りの高級送迎車。
その車内では、お抱えの運転手の横でレンティの店の受付アルバイトの少女が借りてきた猫のように小さくなって震えていた。
大富豪の屋敷、そして漂う歴戦のプロハンターたちの物々しい空気。
一般人である彼女にとって、その空間はただただ息が詰まるほどの場所でしかなかったのだ。
だから意気揚々とレンティを引き摺り出してきたはいいが……雰囲気にビビって彼ひとりを差し向けた結果になる。
「――お待たせしました。終わりましたよ」
不意に車のドアが開けられ、いつものように穏やかな笑みを浮かべたレンティが戻ってきた。
その姿を見た途端、少女は緊張の糸が切れたように、溌剌とした声を張り上げた。
「院長! おかえりなさい! どうでした!? 大富豪の奥さんの病気、治せました!?」
「ええ、彼女なら問題なく治せましたよ。これでまたひとつ実績が積めましたね」
レンティは車に乗り込み、シートに深く背を預けた。車が静かに滑り出す中、彼は思い出したように今日の出来事を少女へ報告し始める。
「ただ、施術の後にね。隣にいた、あの……なんと言いましたかね、なんとかのハンターだという……そう、ツェズマネさん」
「ツェズマネさん……?」
「そのツェズマネさんから、遠回しにゲームをしないかと誘われましてね。さすがに本業の整体師の仕事がありますから、丁重にお断りしておきました。一応、仕事用の連絡先にホームコードだけは交換しておきましたが」
レンティがさらりと言ってのけた報告に、受付の少女は丸い目をパチクリとさせた。
「はぁ? ゲーム……? なんで大富豪の屋敷に行って、プロのハンターからゲームに誘われるんですか?」
「さあね。私にも分かりません。何かの流行りでしょうか」
二人は揃って「何故ゲーム……?」と不思議そうに首を傾げた。
一般人でありニュースに疎い少女はもちろん、ゲームには興味のないレンティにとっても……世界中のハンターが血眼になって求めている幻のゲーム『グリードアイランド』の存在など、その程度の認識でしかなかった。
しかし、少女の関心はすぐに、この依頼で最も重要な現実的な問題へとシフトした。
「……あ、それより院長! 成功報酬三百億ですよね!? どうでした!?」
目を輝かせる少女に対し、レンティは白髪の頭を軽く掻き、こともなげに答えた。
「ああ、依頼主からは『あなたの腕は数百億を支払っても足りない』と言われましてね。ですが、私の今回の施術はあくまで当院の『120分コース』の範疇です。しかも十数分で終わってしまった」
「いくら大富豪相手とはいえ、価格設定を曲げるわけにはいかない。ですから、口約束でしたが、時価十分の一として三十億に収めておきました」
「………………………………………………は?」
少女の思考が完全に停止した。
三百億の提示を断り、自らの奇妙なこだわりだけで、わざわざ額を10分の1以下に値切ったという、雇い主の常軌を逸した暴挙。
次の瞬間、車内が震えるほどの怒号が響き渡った。
「三百億を三十億に値切ったぁぁぁっ!? 何やってんのこのアホ! バカ! ボケカス院長───っ!! 三十億でも大金だけど! だからって二百七十億をドブに捨てる馬鹿がどこにいるのよぉぉっっ!!」
「おや、酷い。私は適正な対価しか受け取らない誠実な整体師ですよ」
激怒する少女に「やれやれ」と肩をすくめるレンティ。その横面に少女の拳がめり込んで男は沈黙した。
「もうバカ! ほんとバカ! 院長のアホォ──!」
「素晴ら……し、い……拳です……やはり貴方も才能があるッ……」
車内は彼女の恨み言と拳の嵐に包まれたまま、整体院へと帰還した。
──そして、数日後のことである。
「い、院長……ッ、いん、ちょうぉ……っっ!!」
店内の事務室から、過呼吸を起こしそうな引きつった悲鳴が聞こえてきた。
「はあ、どうしたんですか」
「こっここっこ、これっ、これ!!」
レンティが覗き込むと、受付の少女がパソコンの画面を指差したまま、ガタガタと全身を震わせ、今にも目玉が飛び出しそうなほどに見開いていた。
「──ん?」
画面に表示されていたのは、整体院の銀行口座の残高。
そこには、レンティが口約束で指定した三十億などという額を遥かに超越した、文字通りの「三百億」の天文学的な数字が、バッテラ氏の個人名義で寸分の狂いもなく振り込まれていた。
バッテラにとってみれば……最愛の人の命を救ってくれたレンティへの報酬を、彼の謙虚な(とバッテラが勘違いした)言葉通りに収めるつもりなど毛頭なかったのだ。
「ひひ……ひひひ……ひゃっはぁぁぁ───っっ!!! 三百億! 本当に三百億振り込まれてるぅぅぅっ!! 院長大好きっ! 一生ついてく───っっ!!」
狂喜乱舞し、札束の幻影が見えているかのようにトランス状態へ突入した少女。
その、あまりにも強欲で、あられもない姿のアルバイトを前にして……さしもの快楽主義者・レンティも『返金しよう』などとは言えず。
「あ、はい、よかったですね……?」
引き攣った笑みを浮かべながら静かに一歩、後ずさりするしかなかった。
なお、この店の雇用形態はひと月に稼いだ額の頭割りという意味不明な内容になっている。
アルバイトと院長の所得が同じになるといういい加減過ぎる配分に文句を言うものがいない。
一夜にしてレンティの整体院はこれまでの収入額を上回ってしまったのだった。
【補足事項】
・ヒソカ:今はクロロ優先♥ レンティとヤるなら昔の状態に戻った方が面白いと考えているため手を出していない。ヒソカ目線のレンティは昔より技術は卓越しているものの戦闘者としては鈍っている印象。
・バッテラ:婚約者が目覚めて回復したが、若返りの為にグリードアイランドの依頼は継続。
・ツェズゲラ:戦力になると見たレンティをグリードアイランドの参加に誘ってみたが案の定断られる。
・レンティ:この依頼の後に店の知名度が情報操作できないレベルで爆上がりして困惑している。
・受付の女の子:一般人。札束風呂を作った。
【念能力紹介】
『
触れたオーラの流れを操作する。それだけのシンプルな能力。
消えたような動きは超高速の『流』で身体を動かさずにペクトルを生み出し、滑るように移動したもの。合気道の原理を応用した発。
抵抗の意思がなければ他者のオーラにも干渉可能。
本来は攻撃を受け流すがギャグ補正で一般人の拳に貫通された。
【情報開示】
・『
・レンティは放出寄りの操作系能力者
・レンティと面識が深いフロアマスターはヒソカ以外で二人おり、没案になったオリ主を再構成して登場させる予定。キメラアント編の補充要員。