溶解する観察者のヴェイル〜電子の檻・澪の転落〜 作:砂城スミ
成瀬にビデオを観せられた。
成瀬の個人端末の小さな画面で再生されているそれは、ひとりの女と複数の男によるセックス映像。
ショートヘア、うすいおっぱい、よく見慣れた顔。
間違いない。
記憶がないあの夜の映像だ。
「もう100万クレジットは売り上げています。物好きが購入してくれるんです」と自慢げな成瀬。
これが、成瀬とその友人たちのサイドビジネス。本業よりも大きな収入源。
ビデオを観ながらも、がっしりと腰をつかまれて、後ろから串刺しにされている。何度も逃れようと抵抗したけど、無駄に終わっていた。
「もう・・・抜いてぇ・・・」
「逃げんなって」
再び、お腹の奥がこじあけられる。
ーーこれ、だめ、壊れる
再び頭が真っ白になって、よだれをたらしながらガクガクと震えた。
こうしてわたしの身体は成瀬たちの味を何度も覚えさせられた。
「澪さんもチンポ挿れたらただのメスでしたね」
「はぃ・・・」
成瀬のモノに貫かれながら言わされる。
絶対に屈しないつもりだったのに。
本能的な部分が、彼らに屈したがっている。
「おれたちが呼んだらいつでも穴を差し出してくださいね」
「はぃ・・・」
「おい、誰か澪さんにアイウェアつけてあげて」
男の手で<アイウェア>を装着させられる。
<アイウェア>に無機質な通知メッセージ。
<アシスタント: 成瀬匠さんから電子契約書への電子署名リクエストが届いています。件名: "猥褻映像出演契約">
「澪さんには、おれたちの映像配信ビジネスに参加してもらいます。ワンショットで報酬を支払います。気持ちいいことできてお金ももらえる。Win-Winでしょ?」
そう言って成瀬は一方的に説明するけど、わたしには余裕がなかった。
成瀬が動くたびに、温かい波が押し寄せてくる。
胸を激しく上下させながら、荒く呼吸するので精一杯。
「これ、抜いてぇ・・・」
「だーめ。いまサインして」
仕事柄、いろいろな会社と契約書をむすぶ。中身をよく読まずに契約するなんて、ありえない。こんなあやしい契約書なら、なおさら。
そういった”まとも”な考えが、かき消されていく。
「仕事のときに澪さんよく言いますよね。”自分の意志で決めるのが大事”って。これからも、おれたちと”なかよし”で居るって、自分で決めてください」
わたしは・・・
鈴木との関係をきれいに清算して、
新しい道に進む。決める。
「アシスタント、レビュー、サイン」わたしはアシスタントに命じる。
<アシスタント: 成瀬匠さんからの契約書をレビュー。妥当性が確認されました。電子署名しました>
こうしてわたしは、自ら進んでビデオに出演して一切の権利を放棄、その対価として出演料を受け取るという、対等な契約を結んだ。
◆
成瀬たちから解放されたのは日曜日の昼頃だった。
入念にシャワーで身体を洗った。また全身にあざができていて、膣からは血と精液が混ざったどろりとしたものが流れ落ちるのが止まらなかった。
ーー避妊、しなきゃ
成瀬のマンションから出たその足で、かかりつけの婦人科クリニックの緊急窓口に向かった。
担当の医師は、50代くらいの男。こちらを見ると明らかに迷惑そうに顔をしかめた。
「緊急避妊薬をお願いしたいんです」
「はいはい。ずいぶんやつれているけど、大丈夫?」
「はい」
「ふうん」
医師はしばらくこちらをじろじろと観察する。
アイウェア越しに。
わたしに何かをオーバーレイしながら。
ーー落ちつけ。これは診察なんだから
「はいじゃあ、記録を見させてもらいますね。そういう決まりなんでね」
「はい」
ディスプレイに向く医師。
何が表示されているのか。こちらからは見えない。
わたしの受診歴か、ヘルスデータか。
情報共有に同意しているんだから、全部見えるはず。医療機関が相手ならそれがあたりまえ。
医師の顔が下品にゆがむのを見逃さなかった。
「多いね」
「何がですか?」
「直近のセックス記録だよ。これって、ちゃんと合意のうえなの?避妊しなかったの?」
耳が熱くなるのを感じる。
そんなことまで見られるなんて。
「はい。ちゃんと合意のうえです」
ーーもう見ないで・・・
医師は横目でこちらを伺いながら、熱心にデータをチェックしていく。早く終わってほしいと願いながらその時間を耐える。
「検査、希望しますか?」
「検査?いえ、しないでください」
「まあ、いいでしょう。特別な成分なんでね。このあと、インプラント・ポートに直接投与ね」
「ありがとうございます。お願いします」
ブラウスをはだけさせて、左側の鎖骨の下にある投薬ポートをあらわにする。成瀬によるマーキングーー内出血のあとーーがあらわになる。医師が鼻息荒く覗きこんで来るのを視線で制す。
看護師が投薬デバイスを持ってきた。
デバイスがカチリと音を立てて、
薬の成分がインプラントに注入された。
それから諸注意を医師から聞いた。
ついこの前も、同じ薬を入れて全身の不調を経験したばかりだから、わかっていることなのに。
それよりも、早くこの医師から離れたい。
会話に集中できない。
「次はちゃんとしてね。避妊」
「はい・・・」
「お大事に」
◆
帰宅したときには夕方になっていた。
ベッドに沈み込む。
もうぜんぜん動けそうにない。
これから薬の副作用が出て、もっとひどい気分になっていくのがわかっている。
<成瀬さんからの入金があります>
ーーそっか、映像の出演料
ーー成瀬くんと顔を合わせたくないなあ
このまえ薬を使ったときは、鈴木が一緒にいてくれた。あのときは本当に救われたし、真剣な恋愛も悪くないかもしれないって少しは思えた。
もう鈴木のことは忘れる。迷惑をかけたくない、絶対に。
ひとりでちゃんと乗り越えられる。
成瀬との間にちゃんと関係を築いていけば、きっと大丈夫。
セックスする相手が変わっただけ。
性欲を解消できて都合がいい。
わたしは、誰とでもセックスできる。
これでよかったんだ。
アイウェアを放り投げる。
固く目を閉じて、深く息を吐く。
このまま眠ろう。
身体の芯がぶるりと震える。
脳裏に、さっきまで居た成瀬の部屋の光景がよみがえる。
ーーこれで終わりじゃない
嫌な記憶が次々にフラッシュバックする。
さっきの医者の、勘繰るようないやな視線。
わたしのヘルスデータに釘付けになる、みにくく曲がった背中。
ーー普通に仕事してキャリアを築きたいだけなのに
ーーなんでこんな目にあうの
ーーいつまでこの痛みは続くの
なにもかも、ぞっとする。
考えないようにしなきゃ。
うまくいかない。
不安がふくらんでいく。