溶解する観察者のヴェイル〜電子の檻・澪の転落〜 作:砂城スミ
N市役所の会議室には、人が集まっていた。
青藍社の責任者として相澤。部下の柏木澪と成瀬。
市役所が今回のプロジェクトで提携しているA社の社長。
何人かの市役所のスタッフ。
それから、この場を取り仕切っているのが、市役所職員の男、御堂。
N市のビジネスシーンでは、名刺を交換したりはしない。
<アシスタント: この場所にいる人たちにビジネス・プロフィールを公開しますか?>
<mio: OK>
さっとまわりを見渡して、アイウェアのオーバーレイでプロフィールを読んだ。
他のみんなも同じことをしている。
視線が行き交う。現実の肉体と、オーバーレイの情報を見比べられている。
御堂は、いい雰囲気の男だった。
見上げるほどの長身で、顔が良い。
自信に満ちていながらオープンな態度。
35歳・独身・民間企業あがりで、いまは市役所職員。
彼の部下の市役所職員の中にはもっと年配もいるというのに。
ーーこの人はなんで市役所に勤めてるんだろう?
すごく気になる。
目を覗き込む。
ぞくりと寒気。
ーー作り笑い?気のせいかも
御堂が自信のこもった声を張り上げて会議を進行させはじめた。
「みなさん。今日はお集まりいただきありがとうございます。初回なので、自己紹介、それからA社さんの製品を改めて紹介。それから、今後の進めかたを決めていくのがメインになります。よろしいですか?」
「A社は大丈夫です」
「青藍社からは・・・」と相澤。「まずは叩き台として3パターンの提案を持ってきましたので、後ほど、紹介させてください」
「すばらしいですね。仕事が早い」と御堂。
「いえいえ」
相澤はわかりやすくデレデレとしていた。
今回のプロジェクト。
A社製品のプロモーション・キャンペーン。
市民に格安のお試し価格でA社製品を導入させる。
なおかつ、限られた人数の市民に、モニターとして無償提供される。
A社には市役所もかなり出資している。
全体としては、かなりのお金が動いている。
相澤が青藍社を代表してプレゼンテーションする。
A社の製品の分析と、利用者像の推定。
広告媒体の選定ーそれぞれの特徴ー
ビジュアルデザイン方向性、訴求ワーディングの方向性。
準備のおかげもあって、市とA社からの印象は悪くなかったと思う。
それにしても・・・
御堂の立ち振る舞いにどうしても目が行く。
テキパキとミーティングを進行させていく要領の良さ。
カリスマという言葉がよく合う。
純粋に関心した。
◆
このキックオフのあと、小さな懇親会をすることになっていた。
社としては、今後も市役所の御堂チームと親睦を深めて、おいしい仕事を流してもらいたい思惑がある。
それに、A社にも唾をつけておきたい。A社がさらに事業拡大するなら、互いにWinWinな取引ができるはずだ。
裏通りにある、定番の居酒屋。
商流からして、青藍社がアテンドするのが当然の流れだ。
そして、青藍社の若い女性社員ということで、柏木澪はいつものように接待要員になった。
成瀬が入ってきたあとでも変わらない。
もっとも、成瀬には接待なんてできないに決まってる。
お酌をしたり、注文を取りまとめたり。
笑顔を振りまいて、市役所職員やA社社員の話にのっかる。
いそがしい。
でも、感じがいい人たちだ。
ビールを一杯飲んだだけ。
あとは気配りで忙殺された。
女っていうだけで、これ。
青藍社はもっと先進的な考えだと期待していたのに。
でも、絶望はしない。会社には尊敬できる人たちもたくさんいるし、これが自分の武器だと思って、正面から向き合えばいいんだ。
◆
「付き合ってくれてありがとうございます」と御堂が言う。
「いえ、飲み足りなかったので」
柏木澪は、気がついたらバーにいた。
御堂と二人きりで。
他には誰もいない。
気配りに疲れていたので、もっと飲みたかったのは本当のことだ。できれば、一人で飲みたかったけど。
よりによって御堂か。
この数時間、観察したけど、よくわからなかった。
ーーオジサン職員のほうが”読み”やすくてラクだったけどな・・・
「無理しなくていいですよ」と御堂。
「え?」
さっそく心を読まれたかと思った。あせる。
「柏木さんって、無理して笑っていますよね」
「わたし、そんなふうに見えますか?」
「事実でしょう」御堂は続ける。「あなたは、相手を分析して、コミュニケーションスタイルを使い分けていますね。それを高いレベルでやっている。なぜそうしているのか、あなたの構造にはとても興味があります」
図星だった。
何も言い返せない。
御堂の言葉に引き込まれる。
「わたしは・・・」
「あなたは本来、内向的なタイプ。安定を重んじていて自己管理をしっかりしている。リスクをとったり挑戦をすることもあるけど完全なコントロール下で行うことに強いこだわりがある。職場では常に緊張状態で、誰にも素を見せることはない。人と深く付き合えない。そうですね?」
「そう・・・なんでしょうか」
気味が悪い。
防御を剥がされた感覚。
素肌にさわられたような錯覚。
現実には、指一本触れていないのに。
逃げ出したい。
「この仕事はどうですか?」御堂が急に話題を変える。
「難しいけど、やりがいのある仕事です。御堂さんは?」目を見ながら問いかける。反応を見定めるために。
「N市役所は何もかもがめちゃくちゃで、面白いところですよ。僕のような者を引き抜いたりもする。そういった判断もすべて人工知能による合議で行われているから、スピーディーに展開しますね。知っていました?」
「いえ、そこまで詳しくは・・・」
また御堂が話題を変えた。
「柏木さんは、どういう恋愛観をお持ちなんですか?」
「恋愛には興味がありません」
「なるほどなるほど」鈴木は目を細めてこちらを見る。「今のパートナーは恋人ではなく、性欲処理の相手、ですか」何もかも見透かしているみたいに。
「あの。なんでわたしにパートナーがいるって思うんですか?それに、初対面の相手には失礼な質問じゃないですか?」
「別に、ただ、読めるだけですよ。柏木さんは、メンタルも肉体的なバイオリズムも、全部、コントロールして処理している。そう思い込むことで安定を得ている。そうでしょう?」
まるで詰問されているみたい。
プレッシャー。
呼吸が浅くなって、
ーーだめ、本格的に頭が痛くなってきた
「ごめんなさい、もう帰ります」
御堂が手を伸ばしてくる。
冷たいイメージが伝わる。
寒気で震える。
ーー怖い
反射的に避ける。
「送りますよ」
「いえ、ひとりで帰れます」
澪は御堂から逃れるようにして立ち去った。
<mio: 市役所職員の御堂さんって知り合いですか?>
<鈴木: 知らない。どうした?>
<mio: なんでもありません。ありがとうございます>