※この作品はR-18です。

溶解する観察者のヴェイル〜電子の檻・澪の転落〜   作:砂城スミ

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澪のキックオフ2

キックオフの日から、

青藍社のチームは、今回のA社案件に取り組んでいった。

はじまりのフェーズは、計画を立てることがゴールになる。人工知能との協働で、広告媒体や印刷物のシミュレーションを繰り返して、出稿プランを磨いていく。同時に、クリエイティブも試作を繰り返す。出稿パターンとクリエイティブパターンを組み合わせる検証を繰り返していく。

その裏で、組織間の人間同士のさまざまな調整も進めていく。

 

 

ホルモンバランスの乱れで精神がささくれだつ。

化粧でなんとかごまかしているけど、肌の調子も最悪。

まわりに気づかれないように、集中を絶やさず、いつものように明るく振る舞うけど、このときは我慢できず感情があふれてしまった。

 

 

「また同じミスしてるんだけど」

後輩の成瀬に向き合う。

 

「いや、これはアシスタントが・・・」

あわてて弁明する成瀬。

 

見苦しい。

彼を視線で射抜く。

夕暮れ時の、熱気がこもったオフィス。

誰もが集中を欠く。

本当はもっと柔らかく接したいけど、

成瀬の、未練がましい言いわけに、つい熱くなってしまう。

 

「もういい。わたしがやる。それで、P社の広告枠の件はどう?やってくれた?」

「あっ、それなんですけど、本当にP社でいいのかなって思うんですよ。だって今はインフルエンサーのほうがよっぽど影響力ありますよね?あんな会社ーー」

 

くい下がろうとする成瀬。

耳障りな高い声が頭にひびく。

もう成瀬の世話にはうんざりだ。

ため息が出ちゃう。

 

「じゃあ、それもわたしがやる。今日はもういいよ」

「すみません。それじゃあ、お先に失礼します」

 

そそくさと退社する成瀬。

 

言いすぎたかな。

言いすぎた。

頭がほてっている。

制御できなかった。

もっと気をつけないと。

 

 

でも、過ぎてしまったことは仕方ない。

プロとして、成瀬の仕事を徹底的に見直す。

そう決めて、気持ちを切り替える。

 

 

誰もいない夜のオフィスは集中できる。

もう上司も退勤しているし、他の部署も、人がまばらだ。

まわりを気にせずに目の前のPCだけに集中する。

視界が狭まっていく。

空腹も忘れて、<アシスタント>たちの仕事の成果をチェックして再検討して取りまとめていく。

 

 

ワークチャットのステータス覧で御堂もこの時間まで働いていることを知る。

公務員なのに、大丈夫なのだろうか。

 

「はぁ・・・頭いたい・・・」

 

御堂のことを思い返すと、暗い気持ちになる。

よくわからない人。

読めない人。

ほんとうに、観察力がするどい人なのか。

それとも・・・

どこかで見られていたのかも。

わからない・・・

 

 

「アシスタント、鎮痛剤をお願い」

<アシスタント: はい。インプラントから鎮痛剤を放出しています。水分を摂ってリラックスしてください>

 

 

アシスタントの言葉を無視して、仕事の続きに取り掛かった。

 

 

 

◆

 

 

 

柏木澪は体調が悪いときでもジム通いをやめない。

むしろ、いらだちや不安を抑えこんで平常に保つために。

普段通りだと自分自身に納得させるために。

儀式的な意味もある。

 

<アシスタント: 今日は激しい運動を控えて、しっかり休むことが推奨されます。ワークアウトメニューを提案しますか?>

「しないで。いつもと同じにして」

<アシスタント: わかりました>

 

<アイウェア>を経由して、自分だけに聞こえる音声でおせっかいをやいてくる<アシスタント>を真っ向から否定する。いつになったら学習するんだろう。

ーーわかってくれない。誰も

 

 

下腹部の鈍い痛みを無視して、慎重に、トレッドミルで走り始める。

 

スローペースからはじめて。

身体の動きに集中する。

主導権を取り戻すように。

 

呼吸をコントロールする。

手足も意識的にコントロール。

身体感覚を観察しようとする。

 

でも・・・

 

痛みが邪魔をする。

感情の乱れが消えない。

なにもかも、にぶい。

 

もう無理

 

残ったのは中途半端なワークアウト記録。データとして残り続ける。汚点として。

 

 

鈴木からメッセージが来ていることに気づいて、ネガティブな思考の連鎖から浮上した。

 

<鈴木: 今週末どう?>

ーーいまはそんな気分じゃない!

<mio: やめておきます。ごめんなさい>

 

 

 

◆

 

 

 

成瀬は不満を募らせていた。

自宅に帰り着いて、着替えもしないで冷蔵庫からビールを取り出して豪快に飲み干す。

頭のなかで、今日の仕事での場面がフラッシュバックする。

柏木澪の冷たい目線。

 

ーーあれは全く問題無かったはずだ。

 

だいたい、いつもそうだ。

あの女はおれのやり方を否定する。

今日は、完全に見下されて、手ほどきを受けた。

 

間違ってる。

 

 

しばらくして、来客がある。女がひとり。

 

 

「珍しいね〜急に呼び出すなんて」

愛嬌をふりまく女。

ショートボブで、身長は160cm、肩を出し、へそを出している。何より豊満なバスト。

 

ーー柏木澪よりもよほど好みの肉体

 

だけど、頭のなかは澪のことでいっぱいだ。

 

「今日は、撮影しないんですかぁ〜?」と女。

「んー、今日は無いよ」

 

そうするのが当たり前のように、女とのセックスを楽しむ。

恋人でもなんでもない。

ただの”友達"のうちのひとり。

たしかショートカットヘアだったはず、という理由だけで呼び出した。

 

女は腰をくねらせて媚びてくる。

知性を感じない顔で。

 

脳内では柏木澪を思い浮かべる。

 

澪はもっと髪が短い。うなじと耳が完全に見えているほど。いつでもこの長さをキープしている。

それにもっと小さくて、いろいろなところが薄い。

けれど、ジムで鍛えたブレない体幹。

服の下はどうなっているんだろう。

 

ーーそれに比べて

 

目の前の女はぜんぜん違う。

快楽をむさぼる豚のよう。

それが唐突に頭にきて、女の乳房を握りつぶした。

頭のなかの柏木澪が、苦痛に顔を歪める。

 

ーーいいぞ

 

澪を見返したい。

支配したい。

蹂躙したい。

 

おれのほうが優秀なのは間違いない。

相澤も巻き込んで、

今の立場から引きずり下ろす。

おれの下にいるべきだ。

 

 

行為をしながら終始、澪を思い通りにする妄想を楽しんだ。

 

 

 

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