溶解する観察者のヴェイル〜電子の檻・澪の転落〜 作:砂城スミ
世界がふわふわしている
身体感覚が無くて
視界はぼやけ
音も聞こえない
意識だけが浮遊
「これがお前の上司?」
「まあ、先輩社員だな」
「ちっさいねえ」
「入るかなあ」
「顔はいいじゃん」
知らない場所で、誰かが話している。
ベッドに寝転がされて、値踏みされている。
「IDカード、本当に青藍社。エリートじゃーん」
男たちは荷物も物色しながら、準備をする。
「別に大した会社じゃないよ、青藍社なんて」
「いやいや、世間のイメージ。青藍社のエリート女ってところに価値があるんだよ」
「動画一本で100万クレジットは売れそうだな」
「広告代理店に勤め続けるよりも、俺たちが使ったほうが生産的だぜ」
男たちは、おかまいなしに勝手なことを言い続けている。
動画?生産的?
抗議しようとしてがんばってみたけど、声も出せない。
「お、起きた?」
「いや、しっかり規定量飲ませたから、絶対に大丈夫」
「ほんとか?」
アイウェアを外されて、
羽交い締めにされて、
男たちによって、されるがまま。
その様子をカメラのレンズがしっかりと捉えている。
何も感じない。
何も考えられない。
でも身体は反射的に生理的反応をする。
ぼんやりと自覚する。
他人事みたいに。
ひっぱられて、
ひねりつぶされる。
あざができるほどに、しゃぶりついてくる、多数の口。
不快なはずなのに、なぜか心地よい波。
身体に浮かび上がる小刻みな反応を見て、男たちはたいへん盛り上がっている。
男たちのうちのひとりは知っている顔。
ーー成瀬くんーー
侵入してくる成瀬。
異物感。
おしひろげられる。
おなかがくるしい。
息がつまる。
「澪さん、いまどんな気分?」
成瀬が覗き込んでくる。
習慣的に、成瀬の表情を読もうとしたけど、目の焦点があわずに、うまくできない。でもその声からは、純粋な楽しさと悪意の両方を感じる。その分析的思考は、体の奥からやってくるぞくぞくによって、すぐに寸断されて、まとまらずに霧散した。
身体は粘液を分泌して、侵入者を簡単に受け入れてしまう。
入ってはいけない場所。
許してはいけない場所なのに。
とっくに懐柔されて、解きほぐされていて、
自由な出入りをよろこんで受け入れた。
ほかの大事な場所も、されるがまま。
口腔はすみずみまで蹂躙されて、
喉の奥まで熱いものが入ってきた。
手入れを欠かさない自慢のショートヘアは、
つかまれ、ひっぱられ、汚された。
おなかのおくが、あたたかい。
おしっこが止まらない。
大喜びする男たち。
また、おしっこが勝手に出る。
ばかになったみたいに、抑えが効かない。
「次は俺だ」
視界が大きくゆれる。
脱力しきった小さな身体が、力任せに振り回される。
大事な場所が押しつぶされていく。
自分のものとは思えない変な声が出る。
「口ちいさいね」
口の中にも押し込まれて、別の男に使われる。
喉の奥の、入っちゃいけない場所まで侵入される。
身体は本能的に抵抗するけど、まるで無力。
空気が薄い。
なんにも考えられなくなってきて、
だんだんと意識が遠のいていく。
しんじゃう。
◆
「おい、個人端末、あったぞ」
「じゃあ、いつものスパイウェアをインストールしてくれ」
「ほい」
ギークっぽい男は、澪の個人端末をラップトップにケーブルで接続して、作業をはじめた。
「相変わらず N-OS のセキュリティはガバガバで助かる。茫然自失でも半覚醒していれば、インプラントで生体認証が通るからな」
ハッキングツールと生体認証の組み合わせによって、澪の個人端末は最も大事な権限をギーク男に明け渡した。もはやハードウェアレベルで、澪の情報セキュリティは完全な無防備になった。
男たちにとっては、何度も経験してきたいつもの”遊び”だ。手慣れた操作で、スパイウェアを仕込んでいく。個人端末は、あらゆるデータやあらゆるコマンドの中継点になる。そこに悪意が棲みつく。
「あー、これでこの女のデバイスは、完全に俺たちの支配下だな。受信はいつも通りにな」
「いつもサンキュー」
「柏木澪、体だけじゃなくて、デバイスまで支配権を握られちゃったな」
「また興奮してきた」
「ああ。これがあるから、やめられないぜ」
男たちはまた鼻息を荒くして澪のほうに戻って行った。
それを見送って成瀬はこれからのことに想いを巡らせた。
まずは柏木澪の秘密を暴いて、何か使えるものがないか調べなくては。