溶解する観察者のヴェイル〜電子の檻・澪の転落〜 作:砂城スミ
デートの約束の前夜なのに、鈴木は澪の部屋にかけつけた。
合鍵を使って入り、買い出しをしたり食事をつくったり。献身的に澪の世話を焼いた。
澪は料理をほとんどしないので、食材のストックも無い。鈴木は、買い物をして、温かい食事を準備した。
「鈴木さん、ごめんなさい」
「ひどい声。無理して話さなくていいよ。澪ちゃんのことは・・・大事に思っているからね」
鈴木の手が頭の上にくる。髪やひたいを撫でられる。
「熱があるんじゃないか」
今までに経験したことがない手つきだ。
思考が勝手に、連想をはじめる。
子供や妻にこうやって接しているんだ・・・
暖かい家庭の影がちらつく。
ーーだめ、考えるな・・・
感情をうまくセーブできない。
薬の影響によるホルモンの乱れか、昨日のセックスの影響か、それはわからないけど、
勝手に涙が出てきた。
「ご家族は大丈夫なんですか?」
「それは気にしなくていい」
ーー気にしなくていい?
鈴木から一方的に注がれる愛情のような態度。
うまく処理できない。
ーー今までこんな扱いされたこと無かったのに
苦しい。
イライラが募る。
いつもは気にならないのに、
今は鈴木がとても愚鈍で邪魔な存在に思えてしかたない。
ひとりになりたい。
「鈴木さん、ごめんなさい、しばらくセックスできないです。まだ痛くて」
「いいから、寝ていなさい」
「よくないです。納得できません。わたし、セックス無しだと無価値ですよね?なんで、のこのこ来たんですか?」
「澪ちゃんが助けてって言うからでしょ」
「そういうことじゃない・・・」
自分でもめちゃくちゃなことを言ってるのはわかってる。
でも、鈴木をもっと困らせたい。苦しめたい。そんなわがまま。
「少し寝ます。鈴木さんはもう帰って」
「いや、おれは・・・」
本当に眠気に耐えられなかったので、鈴木を無視してしばらく眠りについた。
鈴木も帰ることにした。
もやもやとした感情を抱えながら。
澪の言うとおり、本当に利己的な理由で澪と付き合っているのだ。
それでも・・・
家族との時間をキャンセルしてここに来ていた。
そのことに澪は気づかなかったし、鈴木も説明する気は無かった。
◆
翌日もまた、体調を崩し続けている澪のために、鈴木がやってきた。
本来ならデートする予定だった日だ。
「熱、だいぶ下がってきたね」
また鈴木の手がひたいに当てられる。冷たく感じるけど、家族みたいな愛情のこもった手つき。
昨日はつい過敏に反応してしまったけど、今日は、不思議と受け入れられた。
「熱が出たら、インプラントが検知して、解熱剤を自動で放出するんです。鈴木さんは経験ありますか?」
「もちろん、何度かあるよ」
ーー本当にいやになるなあ
ーー身体に振り回されてる
ーーそして身体は、人工知能に振り回されてる
鈴木に謝らないといけない。
「昨日はごめんなさい。きつくあたってしまって」
「気にしないで」
仲直りできたのかわからない。
でも、穏やかな時間を過ごすことができた。
鈴木に料理をしてもらって、サブスクリプションの映画を一緒に観た。
体内のインプラント・デバイスは、何度か小刻みな”自動投薬”を繰り返した。それによって、かろうじて体調は保たれたけど、最悪の一歩手前。
気を抜くと心がまた暴発しそうだ。
疲れたら肌を寄せて眠った。
「ごめん、我慢できなくて」鈴木が言う。
「いいですよ」
いつものように鈴木のものをいじる。
でも、思い通りにできなかった。
口の中がひどく荒れているせいで、オーラルができない。
それに、ぜんぜんムラムラしない。気が乗らない。
試行錯誤したけど、
ダメだった。
義務的な感じが伝わってしまったのか、
鈴木は達することができず、ペニスの硬さを維持できなかった。
「もういいよ。自分でする」
目の前で自慰する鈴木。
それを、ぼんやりと見る。
熱が上がってきたかもしれない。
ーーなにやってるんだろうわたし・・・
「舌だして。飲んで」
言われたとおりにする。
舌で受け止めて、それを飲み干して、きれいになめとった。
喉の痛みに耐えながら。
まるでティッシュペーパーの代わり。そんな扱い。
ーー鈴木さんはわたしに性処理を求めてるんだから
ーー勘違いしちゃだめだ
ーーこれでいい
これでいい、と自分に言い聞かせる。
それから何日か、発熱が続いたので会社を休んだ。