第一章:転生したのでフィーラーで経験値を稼ぐ
[μ]-εγλ 1995年。
世界の中心に君臨する巨大企業、神羅カンパニーからの細々とした管理委託費によって、かろうじて息をしている辺境の村、ニブルヘイム。
村の近くには険しいニブル山がそびえ立ち、その山頂付近には世界で初めて建設された魔晄炉が存在している。
かつては最先端のエネルギープラントの恩恵を受け、この村も大いに栄えたという。
しかし、現在の魔晄炉は完全に廃棄され、その内部には神羅の最高機密である宇宙生命体「ジェノバ」が安置されていた。
その影響か、近年では魔晄炉の周辺で原生生物の凶暴化など、数々の不気味な異変が報告されるようになっている。
産業のない村の人口流出は著しく、先の見えない退屈な環境に嫌気がさした若者たちは、成人すると同時にそのほとんどがミッドガルなどの都会へ出ていってしまう。
活気を失い、神羅の都合に振り回されながら緩やかな衰退を待つだけの場所――それが、彼らの故郷だった。
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村長のゾンダー・スレイダーの息子として生まれたハメル・スレイダーは、そんな村で周囲の子供たちより少しだけ年長の少年として、十歳になるまで生きていた。
自分より一つ下であるクラウド・ストライフやエミリオ、レスター、タイラー。
そして、さらにその一つ下のティファ・ロックハート。
年下の彼らが泥にまみれて遊ぶのを、年長者として大人びた立ち位置で、少し離れたところから静かに見守るのが彼の日常だ。
無邪気に群れるティファたちや、その輪には加わらずに遠巻きに眺めている不器用な金髪の少年――クラウドの存在も含め、ハメルは彼らを世界の風景の一部として受け入れていた。
その平穏が決定的な変転を起こしたのは、ティファの母親であるテアが亡くなったあの、あまりにも冷たい日のことだった。
母テアの死を受け入れられないティファが、現実から逃避するようにニブル山へと向かう。
裏山から泣きながら戻ってきたエミリオたちの報告を受けた瞬間、大人たちが色めき立つ。
「大変だ! ロックハートのところのティファちゃんが、ニブル山の方へ走っていっちまったらしい! お母さんに会うんだって、どうしても言うことを聞かなかったそうだ」
「ストライフのところのせがれも一緒らしいぞ! あいつがティファちゃんを唆して、危険な場所に連れ出したに違いない!」
「よそ者の血を引くガキめ、ティファに何かあったらどうする気だ! 早く追うぞ!」
実際には、ティファが制止を振り切って無謀に突き進み、クラウドはただ一人、彼女を連れ戻すために必死で後を追っただけだった。
しかし、大人たちの狼狽とよそ者への偏見は、瞬く間に真実を「クラウドが誘い出した」という歪んだ形へとすり替えていく。
大人たちの怒号と悲鳴が村を包む中、ハメルの脳裏に、突如として異次元の濁流が流れ込んでくる。
「――っあ、が、あアアアアッ!?」
「おい、ハメル!? どうした、しっかりしろ!」
頭を割るような激痛と共に、前世の記憶が完全に蘇り、意識の深層へと直接刻み込まれていく。
周囲の大人たちの狼狽える声が、急速に遠ざかっていく。
ここは、ハメルが狂おしいほどに愛した『FINAL FANTASY VII』の世界だ。
高度な科学技術と魔晄エネルギー、速度を増す星の減退、そして宇宙からの災厄が交錯する世界。
美しくも幻想的な世界の裏で、この後に待ち受ける残酷で絶対的な絶望の歴史。
セフィロスという究極の怪物による村の焼却。
ティファの胸に刻まれる凄惨な刀創。
あるいは、ファンとして愛してやまないエアリスが、忘らるる都でその命を強制的に奪われるあの未来――。
(ふざけるな。そんな終わり方、俺が絶対に認めない。セフィロスだろうが、星の意思だろうが、俺の目の前で誰も死なせはしない!)
前世の記憶と現世の自我が完全に融合した瞬間、ハメルの生存本能が、最悪の未来を拒絶するように咆哮した。
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この世界を縛る見えざる運命は、ハメルのその決意を拒絶するように震えた。
突然、視界の端で空間が歪んだ。
黒いボロ布をまとったような不気味な存在――歴史の改変を阻む運命の番人「フィーラー」が、世界の異分子となったハメルを排除せんと、不可視の重圧となって襲いかかってきたのだ。
胸が激しく圧迫され、心臓の鼓動が不自然に跳ね上がる。
「くそっ……これが、運命の強制力か……!?」
実体のないフィーラーの群れが、言葉にならないおぞましい精神的圧迫感を、ハメルの脳内に直接叩き込んでくる。
歴史の改変を、運命の修正を拒むこと。
それが彼らの絶対的な目的だった。
ティファたちの遭難現場へ駆けつけようとする足が、泥に足を取られるように重くなる。
フィーラーがハメルを歴史の歯車から無理やり引き剥がそうとしているのが分かった。
結局、その日の救出劇は本来の歴史通りの結末を迎えた。
ティファは重傷を負い、クラウドは彼女を守れなかった自責の念に押し潰されてしまう。
そればかりか、村の大人たちの間では、いつの間にか「クラウドがティファをニブル山へ誘い出した」という理不尽な噂話が既成事実として定着していた。
ハメルは病院のベッドで眠るティファの、まだ幼くも整った顔立ちを見つめながら、拳を血が滲むほどに握り締める。
ハメルはティファと同じ5月生まれで誕生日も近く、村の中では一緒に誕生日を祝われる仲であった。
「……すまない、ティファ。もう少し早く思い出せていれば、こんなことにはならなかったのに……」
ハメルが、ベッドに横たわる彼女の痛々しい包帯が巻かれた小さな手をそっと握りしめようとした――その瞬間である。
病室の空気が一瞬で凍りつき、視界の端で空間が醜く歪む。
ハメルが歴史の重要人物であるティファの運命に干渉しようとしたことを感知し、あの黒いボロ布の群れ――フィーラーが虚空から無数に湧き出してきた。
「つ、あ……っ!?」
次の瞬間、目に見えない強烈な衝撃波のような重圧がハメルの全身を襲う。
伸ばしかけたハメルの手は、ティファの肌に触れることすら許されず、容赦なく虚空へと弾き飛ばされる。
胸を押し潰すような圧迫感と、脳をかきむしるような精神的負荷がハメルを襲い、呼吸を奪っていく。
あらかじめ決められた歴史の、圧倒的な『拒絶』。
今の十歳のハメルには、この運命の強制力に抗う力など、カケラも備わっていなかった。
「はぁ、はぁ、っくそ……!」
ハメルは激しく拒絶の負荷を浴びせられ、それ以上の接近を諦めて一歩、後ろへと退く。
悔しさに奥歯を噛み締め、じっと自分の震える手のひらを見つめる。
触れることすら叶わない。
これが、物語のレールという理不尽な重力。
ハメルは伸ばしかけた手を静かに引き、しかしベッドの傍らで、その瞳に濁りのない決意の炎を宿す。
(力が要る。理不尽な噂を流すだけの大人にも、今まさに俺の指先すら届かせなかった運命の強制力――フィーラーの妨害すら、完全に消し飛ばしてねじ伏せるだけの圧倒的な力が。まだ俺には、運命を覆す力なんて何一つない。一から積み上げていくしかないんだ。無茶だろうがやるしかないっ。セフィロスの狂気から皆を守り抜くための体と技術を、何が何でも手に入れてみせるっ!)
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翌日、ハメルは父親のゾンダーに頭を下げ、自警団への早期入隊を志願する。
「親父、俺を自警団に入れてくれ。一刻も早く、戦い方を学びたいんだ」
「何を言っているんだ、ハメル。お前はまだ十歳だぞ。昨日の事故で気が立っているのは分かるが、子供の出る幕じゃない」
「子供だからって指をくわえて見てろって言うのか? 昨日のティファの事故だって、大人がもっと早く動けていれば防げたはずだ。俺は、いざって時に動けない無力なガキのままでいるのは絶対に嫌だ」
父親はハメルのただならぬ眼光に圧されつつも、やはり「事故のショックによる一時的な思い込み」と判断したのだろう。
「わかった。ただし、大人の邪魔をしない見学と同然の扱いだぞ」と、刃の潰れた、おもちゃのような訓練用のショートソードを手渡してなだめてくる。
同時に、ハメルは村一番の腕利きである猟師の元へ押し掛ける。
前世では特別な武術など何も習っていなかった一般人のハメルだったが、未来の惨劇を防ぎたいという執念と根性だけは誰にも負けなかった。
「ハメル、お前にはまだ早い。諦めろ」
そう突き放されても、ハメルは毎日、猟師の家の前に座り込み、どんなに冷たい雨が降ろうとも食い下がる。
「頼む、俺に狩りの仕方を教えてくれ! 弓の扱いを、獲物の仕留め方を教えてくれるまで、俺はここを動かない!」
そのただ事ではない様子に、猟師は「事故の恐怖から、自分を強く見せたいだけの子供の背伸び」だと解釈し、やれやれとため息をついて、子供用の、弦の緩い小さな弓を放り出した。
「……そこまで言うなら、まずはこの弓を持ってみろ。弦の重さに泣き言を言うなよ」
大人たちから見れば、それは少し背伸びをした、ただの「無邪気な戦いごっこ」に過ぎなかった。
しかし、ハメルの内側にある原動力は、大人たちの想像を絶するほど狂気的な未来への危機感だ。
ハメルは死に物狂いで訓練に励む。
十歳の小さな手で、おもちゃのショートソードを何千回、何万回と振り下ろし、小さな弓の弦を指の皮が破れるまで引き絞る。
周囲には子供の遊びの延長に見えても、彼は一歩一歩、確実に強さの階段を登り始めていた。
「信じられん……。ただの子供の気まぐれかと思ったが、お前のこの身のこなし、そして的を射抜く執念は一体どこから来るんだ……」
猟師の目が、次第に「児戯」を見るものではなくなっていく。
ハメルのフォームは、日を追うごとに無駄が削ぎ落とされ、研ぎ澄まされていった。
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だが、ハメルが真に「本物の訓練」を行っていたのは、誰もいない森林や裏山の中だった。
世界の歩むべき歴史に逆らうような行動――例えば、将来起こる神羅の動向を紙に書き残そうとしたり、ティファの身を守るための過酷な鍛錬法をあらかじめ教え込もうとするたび、空間からあの運命の番人、フィーラーが湧き出してくる。
「来いよ、運命の手先ども。お前らは最高の壁だ」
大人たちには見えない虚空に向かっておもちゃの武器を構えるハメルの姿は、それこそ奇妙な独り芝居にしか見えないだろう。
しかし、ハメルが対峙しているのは、運命の強制力が放つ、迫り来る不可視の突風と肉体を押し潰さんとするおぞましい重圧だった。
ハメルはその理不尽な圧力を、己を鍛え上げるための絶好の負荷として利用した。
フィーラーが放つ精神的な呪縛を、自らの闘志を研ぎ澄ますための糧に変え、肉体にかかる圧倒的な負荷に抗うことで、十歳の未熟な身体を限界まで追い込み、より強靭な肉体へと作り変えていく。
頭の中で描く理想の闘い方――距離を保った正確無比な弓の速射で敵を翻弄し、間合いを詰めてきた敵の懐へ滑り込んでショートソードの一閃で切り裂く。
今の幼い肉体では、その理想にはまだ遠く及ばない。
小さな弓を素早く引こうとすれば照準がブレて弦で指の皮が弾け、おもちゃの剣を鮮やかに抜こうとすれば、自分の放った遠心力に十歳の軽い身体が振り回されて泥の中に突っ伏す。
そこへフィーラーの容赦ない重圧が容赦なく降り注ぎ、這い上がろうとするハメルを地面へと圧し潰しにかかる。
「……くそ、まだだ……! まだ、この程度で折れてたまるか!」
ハメルは泥を吐き出し、血の滲む手で再びおもちゃの武器を握り直す。
どれほど無様で、どれほど理想から遠くとも、ハメルは諦めない。
運命の重圧を逆手に取り、悲鳴を上げる骨格と筋肉を強引に駆動させ、限界の枠を少しずつ広げていく。
大人たちの目には届かない領域で、ハメルは泥まみれになりながら、しかし絶対的な執念で、人としての限界を超える階段を一段ずつ、確実に登り詰めていく。
まだ完成には遠い。
それでも、ハメルが放つ本物の殺気と、限界を超えて研ぎ澄まされ始めた少年の闘志に、実体のないはずの運命の番人たちが、わずかに怯むような気配を見せ始めていた。
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[μ]-εγλ 1999年3月。
ティファが十二歳の春を迎えるまでに、ニブルヘイムの村から次々と若者たちが旅立っていった。
エミリオ、レスター、タイラー、そしてクラウド。
彼らはそれぞれの目的や夢を抱き、時期を同じくしながらも、それぞれ別々に出発していく。
人口流出が著しい寒村において、ただでさえ少なかった子供たちの姿が一気に消えていく。
実はクラウドが村を旅立つ少し前、ハメルが裏山で弓と小剣の過酷な鍛錬を続けていた頃のことだ。
遠巻きに、じっとこちらを羨ましそうに見つめている金髪の少年がいた。
ソルジャーを目指して強くなりたいと願いながらも、周囲に馴染めず孤立していたクラウドだ。
彼は、ハメルの凄まじい身のこなしに、明らかに一緒に鍛えてほしいような素振りを見せていた。
ハメルもその視線には気づいていた。
もしここでクラウドを巻き込み、共に鍛え上げることができれば、未来の悲劇をより確実に書き換えられるかもしれない。
そう考えたハメルが、「おい、クラウド。お前も一緒に――」と声をかけ、彼を修行に誘おうとしたその瞬間だった。
突如として、二人の間の空間が不自然に歪む。
不可視の強烈な突風が吹き荒れ、黒いボロ布をまとったような不気味な影――フィーラーたちが、ハメルの行く手を阻むように壁となって現れたのだ。
激しい圧迫感がハメルの肉体を打ち据え、クラウドの元へ進むことを力ずくで拒んでくる。
運命の強制力は、主人公であるクラウドがこの段階でハメルから影響を受け、予定された歴史から逸脱することを決して許さなかった。
「くそっ、またお前たちか……!」
ハメルが防戦を強いられている間、何も見えていないクラウドは、ハメルが自分を拒絶して睨みつけているのだと誤解したのか、気まずそうに俯き、そのまま寂しげに走り去ってしまった。
結局、運命の強固な介入によって、クラウドを修行に引き入れることは叶わない。
正式にクラウドがミッドガルへ旅立つ前夜。
静まり返った村の給水塔の上で、ティファとクラウドは二人きりで落ち合っていた。
「ソルジャーになる」という英雄願望を口にする金髪の少年と、彼に「ピンチの時には駆けつけて」と約束を求める少女。
その光景を、ハメルは給水塔の陰、夜の闇に溶け込むように身を潜めて静かに観察する。
ハメルにとって、それは前世で幾度となく目にした『FINAL FANTASY VII』の始まりを告げる名シーンそのものだった。
美形のクラウドへ淡い憧れを抱き、ちょぴり切ない初恋っぽい視線を向けるティファ。
原作のファンとして、二人の間に交わされる約束の重みと、それが紡ぐ未来の価値を誰よりも理解しているハメルは、その純粋な恋路を邪魔する気など毛頭なかった。
「行ってくる」
「うん。気をつけてね、クラウド」
二人の囁きが夜風に消えていく。
ハメルは、世界の歩むべき歴史が刻む確かな一歩を静かに見つめながら、これから始まる歴史の歯車をただ黙って見送るのだった。
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さらに数日後、エミリオたちが村を去る日がやってくる。
村の入り口で荷物を抱えた三人から、ハメルは呼び止められた。
彼らの目は真面目で、どこか切実な色が籠もっていた。
自分たちがお茶会だ何だと無邪気に遊び呆けていたこの四年間、ハメルがどれほど死に物狂いで猟師としての過酷な修練を積み、大人の猟師すら舌を巻くほどの圧倒的な強さを身につけてきたか。
彼らはそれを誰よりも近くで見続け、一つ年上のハメルを心から尊敬していた。
そのため、その言葉遣いには確かな敬意と丁寧さが混ざっていた。
「ハメル、俺たちが村を出た後……ティファのことをよろしく頼むよ」
「村で誰よりも強くて頼りになるハメルがいてくれるなら、俺たちも安心して都会に行けるんだ」
「でも、あいつを泣かせるような真似だけはしないでくれ。もしそんなことしたら、ミッドガルからでも殴り戻ってくるからな」
彼らもまた、本気でティファに好意を寄せ、それ以上にハメルの実力を信じて彼女の身を託したのだ。
ハメルは彼らの真っ直ぐな想いを受け止め、しっかりと彼らの肩を叩いた。
「安心しろ。ティファのことは俺が責任を持って守る。だからお前たちも、都会の暮らしに負けるんじゃないぞ」
「へへ、ハメルにそう言われると安心だわ。じゃあ、行ってきます!」
手を振って彼らを温かく送り出し、その姿が見えなくなるまで見送るハメル。
こうして少年たちが去り、ニブルヘイムに残された若い世代は、実質的にハメルとティファの二人きりとなる。
主人公が村を離れたことで、ティファの周囲にまとわりついていた運命の番人たちの干渉も一時的に希薄になった。
運命の強制力がクラウドの動向に意識を向けている隙を、ハメルが見逃すはずがなかった。
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ハメルは猟師としての修行の最中、ニブル山の奥深くへと足を踏み入れ、偶然あるものを見つけた。
岩肌の隙間にひっそりと湛えられた、濃緑色の輝き――天然のマテリアが産み出される途中の、手つかずの「魔晄だまり」だった。
(これだ。これしかない)
神羅の力に頼ることなく、ソルジャーと同等かそれ以上の力を得る方法。
ハメルはその濃厚なエネルギー源を直接身体に浸透させる「魔晄浴」を決行する。
出力の調整もされていない生の魔晄だ。
一歩間違えれば魔晄中毒を引き起こし、精神を破壊されて廃人と化す。
最初のひと浴びは、まさに脳を焼くような激痛と変異の苦痛が襲いかかる命懸けのものだった。
「ぐ、あ……っ! 熱い、な……脳が焼けそうだ……!」
過剰なエネルギーに全身の細胞が悲鳴を上げる。
しかし、肉体を破壊し尽くしかねないその猛烈なエネルギーを、十歳からの四年間、運命の番人を相手に極限まで鍛え上げてきたハメルの生存本能が強引にねじ伏せてみせた。
ハメルは魔晄浴を一度で終わらせる気などない。
十七歳になるまでにセフィロスという圧倒的な存在に対抗できる力を手に入れるため、この危険極まりない魔晄浴を毎日の「日課」とすることに決める。
常人ならば一回でも精神を崩壊させてしまうであろう高濃度のエネルギー源。
それをハメルは、夜な夜な、あるいは自警団の訓練の合間を縫って、ニブル山の奥で浴び続ける。
過剰なエネルギーを強引にねじ伏せ、日を追うごとにその肉体の内側へと定着させていくハメル。
この日課により、ハメルの身体能力は人間を超越した領域へと急速に新生し始めていた。
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[μ]-εγλ 2000年5月3日。
ティファの十三歳の誕生日。
誕生日の近い二人は、同世代の仲間が誰もいなくなった寂しさの中で、初めて二人きりで静かにティファの誕生日を祝い合った。
小さなランプを囲み、ささやかなお菓子を分け合う時間。
ティファは決まって遠い空を見つめ、寂しげに呟くのが口癖だった。
「みんなどうしてるかな……。ミッドガルは、ここよりずっと賑やかなんでしょうね」
遠い都会へ行った仲間たち、そしてあの春の夜に去ったクラウドのことを思っているのは明白だった。
ハメルは彼女のクラウドへの切ない初恋をよく理解した上で、優しく微笑みながら、彼女の正面に座ってお茶を淹れる。
ハメルはそれでいい、と心から思う。
自分がティファの伴侶に成り代わろうなどという考えはなく、二人の未来を邪魔する気もない。
だからこそ、一歩引いた立場で彼女を支えようとする。
ティファもまた、二つ年上のハメルを「兄のような存在」として慕うことで、何の躊躇もなくその優しさに甘え、二人だけの特別な時間を重ねていった。
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ティファが十四歳になる少し前、世界を巡る格闘家ザンガンがふらりと村を訪れる。
ザンガンは広場に村民を集め、健康体操と称して自らの拳法の基礎を教え始めた。
その中で、ティファは天性の身のこなしを見せ、ザンガンの目に留まって彼の正式な弟子となる。
ザンガンは、ティファの指導の傍ら、ハメルの魔晄によって強化された肉体の質量と、無駄のない挙動にも目敏く気づく。
ある日の訓練後、ザンガンはハメルの肩を叩き、豪快に笑いながら声をかけてきた。
「そこのお前さん、いい動きをするな。どうだ、わしの拳法を学んでみんか? それほどの素質があれば、格闘の最高峰を目指せるはずだぞ」
だが、ハメルはそれを首を振って丁重に断った。
「ありがとうございます、ザンガンさん。ですが俺は、この弓と小剣を組み合わせた独自の戦術を極めると決めているんです。俺には、どうしてもこれで守りたいものがありますから」
ザンガンはハメルの、まっすぐに狙いを定めたような眼差しをじっと見つめ、やがて「そうか、惜しいな」と笑いながらも、それ以上は踏み込んではこない。
「己の道を信じる目は嫌いじゃない。その武器、徹底的に磨き上げなさい」
やがてザンガンは次の旅へと去っていったが、ティファは彼の教えを忠実に守り、毎日のように猛特訓を重ねる。
ハメルは猟師としての修練や自警団での訓練を続けながら、彼女が汗を流して自身の身体を鍛え上げる姿を、変わらぬスタンスのまま、ずっと近くで見守り続けた。
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[u]-εγλ 0001年5月3日。
ティファの十四歳の誕生日、ティファは二度目となるハメルとの二人きりの誕生日パーティーを迎える。
日課となった魔晄浴を始めて二年が経ったこの頃、ハメルの肉体に宿るエネルギーが完全に定着し始めた影響か、ついに瞳の色に変化が現れ始めていた。
元々の黒い瞳の奥に、微かに独特の水色の光が混ざり、妖しく揺らめいていたのだ。
その異変に、目の前にいたティファだけがすぐに気づく。
「ハメル……? 嘘、どうしたの、その目……」
ランプの光に照らされたハメルの顔を覗き込みながら、ティファは驚き、心配そうに彼の袖を強く掴んでくる。
「ときどき水色っぽく光って見えるわ。どこか悪いの? 私、すごく心配で……」
ハメルは彼女の手を優しく包み込み、視線を合わせて静かに囁いた。
「なんでもないさ、体調はむしろ絶好調だよ。……ただ、この目のことは村の誰にも、親父にも内緒にしておいてくれないか。ティファだけでいい」
ティファは不安そうに何度もハメルの瞳を見つめていたが、彼の真剣な眼差しと言葉に信頼を寄せ、「……分かった。二人だけの秘密ね」と、小さく頷いて口止めに応じてくれた。
秘密を共有したことで、二人の絆はいっそう深いものへと変わっていった。
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[u]-εγλ 0002年5月3日。
ティファの十五歳の誕生日、ティファは三度目となるハメルとの二人きりの誕生日パーティーに臨む。
年頃となり少女から女性へと急速に発育していくティファ。
それを見守るハメルは十七歳を迎え、その身体つきは完全に大人の男へと変わっていた。
身長は百八十センチメートルに達し、日課の魔晄浴の成果によって、瞳の色は完全にソルジャーと同じ「魔晄の目」となっていた。
引き締まったハメルの厚い胸板や広い背中からは、圧倒的な強者の質量がごく自然に立ち昇る。
二人がそれぞれ十七歳と十五歳を迎えたこの頃から、村の大人たちの間では自然と「ティファは次期村長であるハメルの許嫁」という目で見られるようになっていた。
若者がいなくなった村で、二人が誰よりも親密に支え合っている姿や、何よりハメルの男としての立派な体躯を見た周囲が、将来を見据えて勝手に盛り上がり始めたのだ。
「ハメル、今日も山に行くの?……怪我、気をつけてね」
自警団の詰め所でハメルの装備を点検し、小剣の鞘を磨きながら、ティファは心配そうに眉をひそめる。
「ああ、最近魔物の活性化が進んでるからな。村の防衛線を少し広げておく」
「本当に凄いわね。自警団の人たちも、みんなハメルのことを一目置いてる。……でも、あんまり無理しないで。あなたがもし、いなくなったら……私……」
不安そうに俯くティファ。
彼女は無意識のうちに、ハメルの衣服の袖をきゅっと掴んでいた。
ティファにとってハメルは、この寂しい村で唯一寄り添える「兄のような存在」だった。
だからこそ、ティファはクラウドへの淡い憧れを胸に秘めたまま、誰よりも密な時間をハメルと自然と共有してきた。
けれど、誰もいなくなったこの村で毎日自分を支えてくれて、隣でどんどん逞しくカッコよくなっていくハメルを見続けたせいで、ティファはもうハメルを兄としてではなく、どうしても一人の「年上の男性」として意識せざるを得なくなっていた。
その時、部屋の隅の空間が、肉眼では捉えきれないほど微細に歪む。
ハメルの肌を、運命の強制力が放つ特有の、冷たく刺すような精神的圧迫感がじわりと打つ。
ここでこれ以上の明確なアプローチを仕掛け、二人の関係性を進めてしまえば、再び物語を守ろうとする力が介入を仕掛けてくるに違いない。
ハメルはこれ以上の無用な接触を避けるように思考を切り替え、安心させるように彼女の頭を軽くポンと叩き、優しく微笑みかける。
「安心しろ。俺は死なない。ティファを守るってエミリオたちに約束してるからな」
運命の干渉を避けるため、そして彼女のクラウドへの想いを尊重するための、いつも通りそれ以上踏み込んでいかないハメル。
「――うん……ありがとう」
ティファは無理に作った笑顔で頷いた。
頭に触れた手の温もりと、その圧倒的な年上男性としての安心感に救われながらも、胸の奥がキュッと痛むのを感じていた。
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だが、そんな平穏な時間は長くは続かない。
ハメルが十七歳、ティファが十五歳の冬、ニブルヘイムの廃棄魔晄炉の周辺で、異常なエネルギーの奔流と、生物の急激な変異が観測され始めた。
その異常事態を重く見た神羅カンパニーは、原因究明のために現地へ調査団を派遣することを決定する。
ハメルは父親である村長ゾンダーから、神羅から近々調査団が送り込まれてくるという計画を聞かされた。
「ハメル、神羅から連絡があった。今回の調査には、あの英雄セフィロスと、一級ソルジャーのザックスという男が来るそうだ。村を挙げて最高の歓迎準備を整えなければならん」
ゾンダーをはじめとする村の大人たちは、そのそうそうたる顔ぶれに圧倒され、対応に追われていた。
当然、同行する神羅の一般兵たちの素性など、村長は知る由もない。
しかし、ハメルだけは前世の知識で完全に把握していた。
その一般兵の集団の中に、顔を隠したあの金髪の少年――クラウドが含まれていることを。
クラウドが村を旅立ってから、約二年半の月日が流れていた。
(始まったか。セフィロスが来る)
自室に戻ったハメル・スレイダーは、愛用する小剣の刃を完璧に研ぎ澄まし、狩猟用の弓の弦を新しく強固なものへと張り替える。
前世の知識、日課の魔晄浴で得た異次元の力、精度を増した弓と小剣の連携術、独自の戦術、そして積み重ねた日々による誰よりも深いティファとの関係性。
そのすべてを注ぎ込むべき、人生最大の勝負の刻が迫っていた。
一瞬の油断も許されない絶対的な決戦を前に、ハメルは武器を強く抱きしめ、押し寄せる緊張感を静かに噛み締めながら夜明けを待つのだった。