[u]-εγλ 0005年12月。
ミッドガルの上層プレートが遮る空は、下層スラムに容赦のない冷気となって吹き降りてくる。
夜の営業を終え、静まり返ったセブンスヘブンの店内に、小気味よい足音と共に大工の棟梁が姿を現した。
借金の取り立てである。
ハメルがカウンターへと置いたのは、100ギル紙幣が100枚ずつ帯封でまとめられた、合計20束の札束。
二人が身を粉にして働き、削り出すようにして貯め込んできた総額20万ギルの現金だ。
棟梁がハメルと共にその札束を手際よく数え、確実な確認作業を進めていく。
治安の悪いスラムの深夜に、家一軒分に匹敵する大金を動かすのだ。
棟梁には護衛と荷物持ちを兼ねた、体格のいい大工の若い衆たちが数人、付き従っていた。
彼らは普段からセブンスヘブンをよく利用している常連客ということもあり、深夜の大金移動という任務中であっても、馴染みの店に入ったことで自然と安堵の表情を浮かべていた。
「夜遅くに、遠くから歩いてきてくれてありがとうございます。これ、皆さんでどうぞ。冷えた身体が少しでも温まれば嬉しいです」
店長としての広い視点と細やかな気配りが自然と備わってきたティファは、大金を運ぶ任務中の若い衆らに配慮し、手際よくピリッとスパイスを効かせた特製の温かいホット・ジンジャーレモンを用意して、彼らの前へと滑らせていた。
若い衆たちは、深夜のスラムの寒さから解放され、ティファの凛とした清潔感あふれる美しさと完璧な距離感の接客に、改めて胸をときめかせる。
彼らは「相変わらず、ここの飲み物は美味いぜ……」「冷え切った五臓六腑にしみわたりやがる……」「ティファさん、やっぱり最高に綺麗だな……」と顔を火照らせ、一口ごとに深く感動していた。
やがてすべての札束を数え終えた棟梁は、満足そうに頷いて厚みのある声を響かせる。
「確かに20万ギル、受け取ったよ。これで残りの借金は80万ギルだ」
棟梁は二人の誠実な働き振りと、任務中の部下たちへの行き届いたもてなしに深い敬意を払いながら、領収書に残高を書き記した。
若い衆の一人が札束の詰まった鞄をしっかりと胸に抱え込み、他の者たちが棟梁の前後を固めるようにして、一行は寒風の吹き抜ける七番街スラムの闇へと帰っていく。
重い木製のドアが閉まり、完全に二人きりになった店内で、ハメルは帳簿を静かに閉じた。
ここ半年、天望荘の大家であるマーレの鋭いアドバイスや、用心棒であるバレットの協力、そしてバレットの傍らでみんなに癒やしをくれる幼いマリンの愛らしい存在のおかげで、セブンスヘブンは曲がりなりにも安定した黒字を出せるようになっていた。
営業時間とメニューを刷新した効果は絶大で、この売上を維持していけば、特別な無理を重ねずとも二年後には確実に借金を完済できる計算であることも分かった。
日中の何でも屋の通常の売上を合わせれば、もしもの場合に備えた貯蓄も十分に積み立てられ、繰り上げ返済だって視野に入れられるだろう。
「まずはこのまま、セブンスヘブンの経営を堅実に続けていこう。それでいいな」
ハメルが前髪の隙間から覗く深い水色の瞳をティファに向けると、彼女もまた安心したように深く頷いた。
「うん、私もそれがいいと思う。これからも焦らずに、二人でこの大切な場所を守っていこうね」
ザンガンの突然の来訪を経て、二人は売上への過度な執着を忘れ、まずは堅実に経営を続けていく方針を改めて確かめ合う。
――しかし、人生というものは面白いもので、欲を手放したその瞬間から、往々にして運命の歯車が皮肉な回り方を始めてしまうものである。
平穏を望んだはずのハメルの何でも屋の売上は、この夜のやり取りを嘲笑うかのように、突如として驚異的な伸びを見せ始めることになる。
それは、ドン・コルネオや神羅の過度な注目を浴びることを極力避けたいハメルにとって、全くもって不本意な展開であった。
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ある日の午前中、日中の何でも屋の業務時間。
ハメルは七番街スラムの商人からの仲介で、六番街スラムのウォール・マーケットにある最新のエクササイズジム「ダンダンダン」へ、特製の重量級トレーニング機器の部品を配送するという、至極真っ当な依頼を受ける。
ウォール・マーケットは、神羅カンパニーと裏で強固に繋がり、金と欲望、そして女を牛耳るドン・コルネオの本拠地だ。
コルネオ一派に不必要に目をつけられるリスクを避けるため、ハメルはこれまで六番街関係の依頼は意図的に排除してきた。
だが、今回は民間ジムへの純粋な機材搬入であるため、迅速に仕事を終わらせてさっさと立ち去るつもりで引き受けたのだった。
「お待たせ、何でも屋のお兄さん。助かったよ、そこの床に下ろしてくれ」
ジムに到着し、汗一つかかずに巨大な鉄製部品を運び入れたハメルを迎えたのは、オーナーである巨漢の男、ジーナンであった。
その物腰は、美しく鍛え上げられた分厚い肉体に相応しく、礼儀正しくも力強い。
ハメルが納品書にサインを求めようとしたその時、ジムの奥から激しい悲鳴と、苦悶の声が響き渡った。
慌ててそちらに駆けつけるジーナンの後を追ってみると、そこには右の足首を異常な角度に腫らし、激痛にのたうち回る屈強な男が倒れていた。
「なんてこった……これじゃ今日の試合に出られないぞ」
ジーナンは太い腕で頭を抱え、激しい落胆とともにその場にしゃがみ込む。
その顔は今、明らかな困惑と焦燥に歪んでいた。
事情を聞くと、この怪我をした男は、うちのジムに唯一所属しているコロッセオ登録のプロファイターであり、これから地下格闘場「コルネオ・コロッセオ」の賭け試合に、ジムの代表闘士としてリングに上がる予定だったという。
「今日中に代わりを立てなきゃ不戦敗だ。そうなれば、後でどんな因縁をつけられるか……」
そこまで言ってジーナンはハッと顔を上げた。
重量機材を軽々と運んできたハメルの、無駄のない完璧な佇まいと、服の上からでも分かる圧倒的な筋密度に目が留まったのだ。
「そうだ、君は何でも屋だろう? 魔物退治もやると聞く。頼む、代わりに出てくれないか!」
ジーナンは真摯な目付きでハメルの逞しい肩を掴み、必死に懇願してきた。
コルネオ一派のジムの乗っ取りを防ぐための依頼だ。
提示された代打の報酬金額は、下層スラムの通常の雑用を何ヶ月こなしても届かないほどの、破格の巨額であった。
ハメルは周囲のトレーニングエリアへと視線を巡らせた。
180センチメートルある自身の体躯に劣らぬ巨体、ハメルのものより遥かに太い腕や分厚い胸板を持った筋骨隆々の男たちが何人も、唸り声を上げながら機材に向かっている。
「このジムには、俺より体格のいい男たちが幾人もいる。彼らに頼めないのか?」
ハメルが尤もな疑問を口にすると、ジーナンは困ったように苦笑した。
「うちは普通のエクササイズジムだからね。彼らは魅せる筋肉の一般会員で、戦えるプロファイターじゃないんだ」
コルネオ一派の闇に直接絡むのは、ハメルにとって避けるべき事態だ。
迅速に断って七番街スラムへ引き返すのが本来の選択だった。
しかし、差し出された報酬額とジーナンの必死な懇願を前に、ハメルの内側にある戦士としての本能と、冷徹な理性が同時に弾き出した答えは――ここにあるリスクを全て呑み込んででも、この戦いに臨むという『必然の選択』だった。
理由は、大きく分けて三つあった。
第一に、純粋に己の現在の実力を測定する、これ以上ない好契機だということ。
転生して十歳の頃から、フィーラーの超重圧をサンドバッグ代わりに、泥を吐きながら磨き上げてきた「我流の白兵戦技術」。
ニブル山の奥深くで天然の魔晄だまりに夜な夜な身を浸し、脳を焼くような激痛に耐えて定着させてきた、ソルジャーと同等かそれ以上の力を秘めたこの肉体。
そして、ここ最近のティファとの夜の営みの中で、ザンガン流秘伝の房中術『エターナルヘブン』によって極限まで練り上げられた精気。
それらが、猛者どもの集う実戦の場で一体どれほどの優位を誇るのか。
素性を完全に隠し通せるのであれば、今後の計画に向けて自身の正確な戦術データを確定させる絶好の実験場となる。
第二に、前世の記憶が告げるタイムリミット――あと二年を切った『ザックス救出計画』のための、絶対的な資金調達手段になるということ。
神羅屋敷の地下からクラウドを連れて脱出するザックスを、神羅の物量から完全に救い出すための隠密救出計画はすでに脳内で組み立ててある。
だが、神羅の最強部隊を相手に彼らを守り抜き、運命を完全にねじ伏せるための最高峰のカスタム武具や隠密物資を裏ルートで揃えるには、日々の何でも屋の仕事で稼げる端金程度では到底足りない。
ここで提示された破格の報酬は、未来の運命を書き換えるために、今ここでリスクを取ってでも掴み取るべき大金だった。
そして――何だかんだ言って、ハメルにとって一番大きな、何よりも譲れない原動力は、他ならぬティファの存在だ。
店長としての責任を背負って健気に働きながらも、ザンガン流の最終奥義『ファイナルヘブン』を習得しようと、毎朝誰よりもストイックに己を追い込んで修行を続けているティファ。
隣で最愛の女性がそこまでの覚悟で前を向いているのだ。
男として、その手を引くパートナーとして、彼女の努力に負けているわけにはいかない。
過酷な現実の中で、彼女のすべてを背負って守り抜き、いつか彼女に「ハメルが夫で本当に良かった」と、心の底から笑顔で言わせられるだけの圧倒的な男になりたい。
その強欲なまでの独占欲と誓いこそが、ハメルの胸の奥で最も激しく燃え盛る、戦意の正体だった。
己の実力の測定と破格の報酬、愛する妻に並び立つ資格――それらを得るための試練として、ハメルはこの試合へ臨むことを決定した。
「……分かった。ただし、俺の素性は一切伏せてもらおう。顔を隠すためのマスクを一つ用意してくれ」
ハメルが条件を告げると、ジーナンは救われたように何度も激しく頷くのだった。
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地下闘技場の薄暗い入場ゲートへと足を進めると、そこには異様な存在感を放つ男が待ち構えていた。
テンガロンハットを深く被り、黒いグラサンで目元を隠したその男は、コロッセオの「ゲートキーパー」である。
シャツなどのインナーを一切身に付けず、鍛え上げられた素肌の上にノースリーブのジャケットを直接羽織り、首元には黒いチョーカーと金のゴツいネックレスが怪しく鈍い光を放っている。
その姿は、歓楽街ウォール・マーケットの狂気と背徳をそのまま体現しているようだった。
ゲートキーパーの男は、ジーナンに連れられてやってきたマスク姿のハメルを一瞥すると、グラサンの奥の目をぎらつかせ、ニィと笑みを浮かべて太い腕を広げた。
「待ってたぜー、観客席は満員御礼だ。派手に盛り上げてくれよ、レディ・ファイ!」
男の咆哮とともに重厚な鉄格子のゲートが跳ね上がり、熱狂と罵声、そして莫大なギルが飛び交うコロッセオのリングが目の前に現れる。
周囲を取り囲む観客たちの怒号が地鳴りのように響く中、ハメルは用意させた顔の下半分を完全に覆い隠す漆黒のマスクを直し、静かに入場する。
本来の最も得意とする戦闘スタイルである「弓術」は完全に封印だ。
腰のホルダーに差した二本のショートソード(小剣)の柄に手をかけるハメル。
対戦相手としてリングに上がってきたのは、神羅が関わる数々の紛争地帯を生き抜いてきたという、殺気満々の屈強なプロの傭兵であった。
男はハメルの細身の体躯とマスク姿を嘲笑うように、巨大なバトルアクスを大袈裟に振り回して挑発してくる。
試合開始の凄まじいドラの音が響き渡った。
傭兵の男が地響きを立てて突進し、ハメルの脳頭部を目がけて一撃必殺の斧を振り下ろす。
普通に戦えば一瞬で勝負を決めることは容易だった。
天然の魔晄によって増強され、ティファとの房中術『エターナルヘブン』により極限まで練り上げられた精気を宿すハメルの筋力と、超高速の白兵技術をもってすれば、相手が反応する前にその隙を突くことができる。
しかし、そんな一撃必殺の幕引きは、一部の玄人を唸らせることはできても、莫大な金を賭けて興奮を求めて闘技場に駆けつけてきている観客にとっては興醒めでしかない。
ハメルは、ハメルなりにこの場を盛り上げ、観客を沸かせるための試合運びを瞬時に思考し、実践へと移していく。
(三年前、あの魔晄炉で対峙したセフィロスの刀捌きに比べれば……)
ハメルの脳裏には、今なお世界最強のソルジャーが奔らせた「正宗」の凶刃の鋭さが鮮烈に焼き付いている。
骨が砕け、肉が裂けるような絶望的な死の軌道。
あの神速の突きや、空間を切り裂くような刀圧に比べれば、眼前の傭兵が振り回す大斧の軌道など、まるで止まっているかのように遅く、大雑把なものに感じられた。
ハメルはあえて間合いを極限まで詰め、スリル満点に見えるやり方で敵の猛攻をいなしまくる。
大斧が空を切り、ハメルの衣服をかすめるたびに、客席からは悲鳴混じりの絶叫が上がる。
だが、それらはすべて、ハメルが冷徹にコントロールした「紙一重の見切り」だった。
セフィロスの正宗を受け流した時の極限の感覚を呼び覚まし、左の小剣を巧みに使って斧の重い破壊力をいなし、弾き、軌道を逸らしていく。
「おいおい! どうしたマスクの兄ちゃん! 逃げてばっかりじゃねえか!」
「いや、見ろ! 掠ってもいねえぞ!」
あわや直撃かと思わせるような神業的なステップと、火花を散らす鮮烈な受け流し。
命のやり取りを至近距離で演じてみせるハメルの卓越した試合運びに、観客たちは手のひらを返し、狂気的な興奮とともに熱狂し、怒号のような歓声を上げ始める。
十分に場内が加熱し、敵の体力が大振りの空振りによって底を突いた、その一瞬の刹那。
ハメルには、無用に相手の命を奪うつもりはなかった。
ハメルは電撃的な速度で大斧の死角へと滑り込み、敵を完全に翻弄しながらその真背後へと回り込む。
「なっ――どこへ!?」
驚愕に声を上げる傭兵が振り向くよりも早く、ハメルは回り込んだ勢いのまま、鋭く身体を水平旋回させた。
凄まじい遠心力と『エターナルヘブン』によって高められた精気を、逆手に握り直した小剣の硬質な柄頭(つかがしら)へと一瞬にして流し込む。
一連の流れから放たれた超高速の柄打ちが、傭兵の無防備なこめかみを正確無比に捉えた。
ゴッ、と鈍い衝撃音が響く。
殺すことなく確実に意識だけを刈り取る、恐るべき精度の打撃。
傭兵の男は白目を剥き、一切の抵抗力を失ってそのまま床へと崩れ落ち、完全に気絶した。
完璧なタイミングでの鮮やかな逆転劇に、一瞬の静寂の後、コロッセオ全体が地鳴りのような大歓声に包まれた。
試合後にゲートへと戻ると、先ほどのゲートキーパーの男がテンガロンハットを指先で押し上げ、サングラス越しに鋭い視線を送ってくる。
「素晴らしい動きだったぜ、マスクの兄ちゃん。次はいつの試合に出られるんだい?」
ハメルは、セブンスヘブンの営業スケジュールを思い浮かべる。
夜営業が始まれば黒服の仕事にかかりきりになる。
だが、定休日ならば時間が取れるはずであった。
「……火曜日の夜なら、枠を空けられる」
ハメルはマスクの下で低く告げ、破格のファイトマネーが詰まった袋を手にすると、その場を迅速に立ち去る。
欲をきっぱりと捨て、堅実な日常を選んだはずだった。
だが、不意のきっかけを弾みに、ハメルの週に一度の闘技場生活が始まってしまった。
ハメルはこの日以降、リングに立つたびに跳ね上がる莫大な賞金を、荒稼ぎしていくことになるのである。
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[u]-εγλ 0006年3月上旬。
ハメルが火曜日の夜限定で「双刃のマスク剣士」としてコルネオ・コロッセオのリングに立ち始めてから、数ヶ月の月日が流れていた。
セブンスヘブンの営業が終わり、静まり返った深夜の寝室。
今日もまたハメルとティファの夜のザンカン流の訓練、『エターナルヘブン』がベッドの上で繰り広げられていた。
ティファは手首のバングルにそっと魔力を通し、手慣れた様子で『バリア』を起動する。
胎内の最も奥深くへ展開される目に見えない防護結界は、もはや毎夜の営みにおける二人の当たり前のお約束だった。
ティファはバングルを嵌めたままの両腕をハメルの首筋へと回し、彼の上に跨がってゆっくりと身体を下ろしていく。
最も深い場所が隙間なく結合すると同時に、二人は互いを強く抱きしめ合った。
ティファの裸の、豊満に波打つ豊かなHカップの胸が、ハメルの筋肉質で生々しい戦闘傷の残る胸板へとムニッと音を立てるように押し潰され、ぴったりと密着する。
その圧倒的な柔らかさと弾力がハメルの肌を優しく包み込み、二人の熱をさらに昂らせた。
二人はごく自然に唇を重ね合わせ、吸い付くように深く口づけを交わす。
密着した結合部と、重なり合う唇を生命の電極として、二人の体内で練り上げられた気のエネルギーが、境界を越えて壮大な超循環を始めた。
ハメルの体内で魔晄によって極限まで底上げされた強大な精気が、結合部を通じてティファの身体へと奔流となって流れ込み、彼女の身体に眠る気の経絡をくまなく刺激していく。
「ん、ぅ……っ。ハメル……、あったかい、よ……っ」
ティファはハメルの唇の隙間から、震える声で愛おしそうに吐息を漏らした。
「ああ……。ティファ、そのまま気を俺に還してくれ」
「ん、っ……うん……、はぁ、あ、っ……! 身体が、すごく熱くて……っ」
高まる快感の波が幾度となく二人の意識を白く塗り潰そうとしても、ザンカン流の「接して漏らさず」の極意により、ハメルはその溢れんばかりの精血を決して外へと漏らさない。
限界まで高まった生命エネルギーを体外へ放出するのではなく、体内の経絡を通して再び脳へと還流させ、結合部を通じてティファへと送り込む。
ティファもまた、自身の中で何倍にも増幅された生命活性の波動を、重なり合う唇を介してハメルへと還していく。
重なり合う二人の肉体は、ただの肉体的な結合を超え、細胞レベルでの完全な融和を果たしていた。
無限に回り続ける生命のエネルギーは、互いの肉体の疲労を瞬時に消し去り、自己回復能力を極限まで活性化させていく。
その極上のエネルギー循環が、ついに限界突破の臨界点へと達したとき、互いの精神は肉体の殻を脱ぎ捨てて、光り輝く純粋な快楽の特異点へと昇華していく。
意識がどこまでも高く舞い上がり、自我の境界すら失って融け合うような極限の恍惚が、二人を包み込んだ。
「ハメル……っ、私、もう……っ、頭の中が真っ白に……っ!」
「俺もだ、ティファ……。このまま、一緒に……!」
互いの呼吸が完全に重なり、魂が融け合うその瞬間、ハメルはティファのしなやかな腰を強く引き寄せ、彼女の胎内の最も奥深くへ、今までせき止めていた熱い精髄を熱烈な衝動のままに一気に迸らせた。
「あ、はぁぁ……っ、は、ハメル……っ!!」
ティファは強烈な快感の余波に身体を優美に反らせ、ハメルの首筋にきつく縋りつく。
胎内に展開された『バリア』の仄かな結界が、その溢れんばかりの熱い奔流を優しく、そして確実に受け止め、二人を絶対的な安全の中で抱擁した。
ハメルもまた、ティファの柔らかな身体を壊れ物を扱うように、それでいて力強く抱きしめ、彼女の耳元に優しく唇を落としながら、その溢れる愛の証を注ぎ込み続けた。
脈打つ熱い鼓動が二人の身体を内側から強く繋ぎ止め、荒い呼吸が静まり返った寝室に重なり合う。
こうして、二人の極限の訓練は、この上なくロマンチックで濃密な融和をもって、静かに幕を閉じたのだった。
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ティファはハメルが自分に隠れて何か危ない橋を渡っていることに薄々気づいていた。
日中の何でも屋の業務だけでは説明のつかない、どこか張り詰めた野生的な空気や、衣服の端に微かに残る闘技場の砂の匂い。
それでも、彼女はハメルを問い詰めるような真似は一切しない。
それは、自分自身に対する一種の後ろめたさと、ハメルへの深い感謝、そして絶対的な信頼があるからだった。
ティファもまた、夜の営業では女バーテンダーとしてハメル以外の多くの男たちに酒を勧め、意識的に媚びを売る仕事をこなしている。
普通の男であれば、他の男たちに笑顔を振り撒く恋人の姿に醜い嫉妬を燃やすだろう。
しかし、ハメルはそれを「仕事のうち」として完璧に割り切り、一切の不満を口にせず自分を信じてくれている。
嫉妬にまみれた執着の煩わしさの無さが、ティファにとってはどれほどありがたく、救いになっているか分からなかった。
ハメルがそれほどの信頼を注いでくれているからこそ、ティファもまた、彼が口にしない秘密を無理に暴こうとはしない。
ハメルがこの店と自分を守るために動いているのだと、言葉を超えた絆で信じているのだ。
そして何より、共に房中術で快感と気を高め合うという、誰にも共有できない濃密な秘め事が、二人の精神を分ちがたく結びつけ、その絆をより揺るぎないものにしていた。
ただ、ハメルがその見えない戦いから帰ってきた日の夜は、普段の冷静な彼とは異なり、内なる戦いへの昂りを抑えきれないかのように、いつもより激しく情熱的になる。
深い水色の瞳に熱い衝動を宿し、切実に自分を求めてくるハメルの手。
ティファはそんな彼の変化を愛おしく受け入れ、言葉の代わりに全身の柔らかな肉体をもって深く応じる。
ハメルの内に燻る猛々しい昂りを、存分に自分の豊満な身体へと受け止め、甘く官能的な抱擁の中で発散させてあげるのだ。
そうして互いの体温を濃密に確かめ合うことで、ハメルの張り詰めた神経は優しく癒やされ、再び日常の穏やかさへと還っていくのだった。
賞金は二の次で、己の純粋な強さを測定するためだけに奔るハメルの白兵戦技術は、闘技場に立つたびにその精度を凄まじいまでに増していく。
スリル満点の紙一重の回避で観客を極限まで熱狂させ、一滴の血も流さずに小剣の柄頭で敵の意識だけを刈り取るその戦闘スタンスは、すでに六番街スラムの裏社会で生ける伝説と化しつつあった。
そんなある火曜日の試合後、薄暗い入場ゲートでいつものようにハメルを待ち構えていたゲートキーパーの男が、黒いグラサンの奥の目を怪しくぎらつかせながら声をかけてくる。
「おい、マスクの兄ちゃん。お前にぴったりの、最高にイカれたステージの準備が整ったぜ。今月、本年度の『コルネオ杯』が開催される。コルネオ様が直々に極上のオモチャを用意した特大の大会だ。そいつのエントリーをあんたに打診したくてな。……優勝賞金は、なんと一撃で『100万ギル』だ」
100万ギル。
その数字を聞いた瞬間、マスクの奥でハメルの深い水色の瞳が微かに細まる。
セブンスヘブンの残債である80万ギルをこの一戦だけで完全に消し飛ばし、さらに『ザックス救出計画』の準備も大きく進められる額だ。
さすがに目が眩むハメル。
ドン・コルネオ一派の大規模な祭典に深く首を突っ込むリスクはある。
だが、前世の「原作知識」を持つハメルにとって、どのような罠や伏兵が待ち構えていようとも、二手、三手先を読んで無力化することは可能であろう。
「……いいだろう。その大会、俺が全てを終わらせてやる」
ハメルは低く応じ、100万ギルを掴み取るための切符を静かに受け取った。
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[u]-εγλ 0006年3月中旬。
大会当日、コルネオ・コロッセオは下層スラム中から集まった観客たちの、耳を劈くような罵声と熱狂に包まれていた。
ハメルは予選から圧倒的な実力を見せつけ、立ち塞がる凶悪なファイターや神羅の脱走兵たちをことごとく翻弄。
客席を沸かせる極限のいなしを演じながら、一切の傷を負うことなく、瞬く間に決勝戦の舞台へと勝ち進んでいく。
「さあお立ち会い! 今夜のラストを飾る、コルネオ様特製の最高無比の移動要塞が登場だあ!」
実況の狂気じみた絶叫とともに、対戦相手のゲートから地響きを立てて引きずり出されたのは、神羅カンパニーの過酷な兵器技術が産み落とした巨大な自律思考型メカ――「ホラーハウス」であった。
家屋の形状を模した圧倒的な鉄の質量、そして目まぐるしく変化する防壁の特殊属性マテリア。
その絶望的な威容を前に、全観客がマスクの剣士の圧殺を確信し、闘技場は異様な殺気に包まれる。
しかし、ハメルの深い水色の瞳には、動揺の欠片すら浮かんでいない。
彼には前世の知識という絶対の武器があった。
この瞬間のために、ハメルは愛用する二本の小剣のスロットへ、計四つのマテリア「炎」「氷」「雷」「風」を完璧にリンクさせてリングに上がっていたのだ。
ホラーハウスが激しい蒸気を吹き出し、その装甲の色彩を禍々しく変えながら防壁の属性を切り替える。
ハメルはその色彩の変化、変形の予備動作、魔晄の流動パターンを完全に先読みする。
氷のバリアを展開したホラーハウスに対し、右の小剣に強烈な「炎」の魔晄を纏わせて突撃するハメル。
紅蓮の刃が肉厚な装甲を焼き切り、間髪入れずに敵が炎の放射に切り替えれば、即座に左の小剣の「氷」の刃をもってその熱量を的確に相殺、凍結させる。
風には雷、雷には風。
ホラーハウスのシステムが属性を変化させる都度、ハメルはその脆弱な弱点属性を容赦なく、的確に、執拗なまでに突きまくる。
移動要塞の猛烈な圧殺突進やミサイル攻撃を、ハメルは三年前のニブル魔晄炉でセフィロスの正宗を見切った極限の戦闘神経をもって、すべて紙一重で完全回避する。
精度を増した戦術と、房中術によって研ぎ澄まされた直感と、気力漲るハメルの攻撃により、ホラーハウスの防御システムが完全に過負荷(バースト)を起こす。
内部の脆弱なコアが露出した一瞬の刹那。
ハメルは電撃的なステップで懐へと滑り込み、自身の肉体を鋭く水平旋回させる。
四属性のマテリアが一斉に強烈な光を放ち、二刀の質量を乗せた苛烈極まる連撃が、ホラーハウスのコアへと正確無比に突き刺さった。
ドォォォォン!!!
凄まじい魔晄の爆発音とともに、ホラーハウスは内部から完璧に爆砕され、バラバラの鉄屑となってリングへと飛び散っていく。
一瞬の静寂の後、コロッセオは地鳴りのような大歓声に包まれ、ハメルの完全優勝が確定した。
---
「見事な戦いだったぜ、マスクの旦那! これが約束の100万ギルだ!」
コロッセオのMCを務めるコルネオの配下、コッチがいつものノースリーブのダウンジャケットを揺らし、グラサンの奥からチャラついた声を上げながら100万ギルの紙幣がぎっしり詰まった重いトランクを手渡してきた。
そのすぐ後ろでは、異国系の服を着た相棒のソッチが「コルネオ様からのご褒美だ。ありがたく受け取りな」と、不敵な笑みを浮かべて頷いている。
だが、そこは残忍で姑息なコルネオ一派だ。
ハメルが勝利の余韻の残る闘技場を後にし、外に出る通路の半ばへと足を踏み入れた瞬間、ガコンッ!と重苦しい金属音が響き、通路の前後が分厚い鋼鉄の気密シャッターによって完全に遮断。
一瞬にして逃げ場のない完全な密閉空間が作り上げられた。
それと同時に、天井のダクトから無色無臭の強力な催眠ガスが、シューッという不気味な音を立てて大量に噴射される。
眠らせたところでトランクの金を回収し、用済みとなったファイターをそのまま処分するという、コルネオ一派の、お決まりの汚い工作だった。
しかし、ハメルはその手口すらも完全に予測していた。
ハメルの口元を顔を隠すマスクはスラムの裏ルートで周到に調達していた「睡眠耐性」付きの装備であり、催眠ガスの効果を完全に無効化される。
ハメルは状況を冷徹に見定め、あえて意識を失ったフリをして床へとバタリと崩れ落ち、100万ギルのトランクをわざと手放してみせた。
ガスの噴射音が止まり、静まり返った通路の奥から、ガチャリと不快な金属音が響く。
正面の気密シャッターに設けられた小さな点検用ハッチが開き、そこから背中に物々しいガスボンベを背負い、顔面に防毒マスクを装着したコッチとソッチ、そして武器を手にした数人の手下どもが這い出てきた。
彼らはガスの充満する空気の中を、足元に転がる獲物の様子を確かめるように、完全に油断しきった足取りでじわじわと近づいてくる。
防毒フィルター越しに漏れるシュウ、シュウという歪な呼吸音と、ボンベが擦れ合う生々しい音。
どれほどリングの上で圧倒的な無双を見せようとも、しょせんはただのしがない賞金稼ぎ。
自分たちの姑息な罠に嵌まって無様に転がっているマスクの剣士を見下ろし、彼らは防毒マスクの奥で、欲望に歪んだ下卑た笑みを浮かべていた。
「うへへ、どれだけ強くても、この特製ガスを吸えば一発だぜ! さあ、さっさとトランクを回収して、この野郎を始末しちまおうぜ!」
コッチがニヤつきながらトランクに手を伸ばし、ハメルの体に触れようとしたソッチが「だな。おねんねしたまま下水路行きだ」と応じた、その瞬間だった。
床に倒れていたはずのハメルの深い水色の瞳が、冷徹に開かれる。
「なっ――あがっっっっ!?」
コッチとソッチ、そして周囲の手下どもが悲鳴を上げる暇すらなかった。
ハメルは電撃的な早業で跳ね起きると、逆手に握った小剣の硬質な柄頭で彼らの顎を強烈に打ち抜き、一瞬にして全員を脳震盪でその場に気絶させ、全滅させる。
正面の出口から脱出すれば、コルネオ一派の厳重な包囲網に捕まり、セブンスヘブンへ火の粉が及ぶリスクがある。
ハメルはこの罠を完全に逆手に取ることにする。
彼は100万ギルの詰まったトランクをガシリと掴み直すと、彼らが自分を突き落そうとしていた床のハッチを自ら蹴り開け、濁流の渦巻く「地下下水路」の闇へと迷わず飛び込んでいった。
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ドシャァァン! と激しい水飛沫を上げて、ハメルは暗湿な地下下水路へと着地。
上層の熱狂とは無縁の、冷たい悪臭と静寂が支配する空間。
ハメルが100万ギルが入ったトランクの重みを確かめながら、脱出ルートを割り出すべく足を進めようとしたその時、前方の汚水が激しく波打ち、爆発的な勢いで炸裂する。
暗闇の奥から、地鳴りのような咆傷とともに、巨大な影が姿を現す。
ドン・コルネオが手塩にかけて育ててきた下水路の支配者、巨大な角と牙を持つ悪魔の怪獣「アプス」であった。
アプスは侵入者であるハメルを噛み砕かんと、その巨体からは想像もつかない速度で、狭い足場を網羅するように猛然と突進してくる。
「グルァァァーーーッ!!」
凄まじい質量攻撃。
しかし、ハメルの戦闘神経は、世界最強のソルジャーの剣戟の記憶によって極限まで研ぎ澄まされた領域にある。
ハメルは下水路の壁面を鋭く蹴り上げ、アプスの凶悪な突進を紙一重の距離で軽々と完全回避。
空中で瞬時に小剣を順手に握り直すと、そのスロットへと魔力を通し、炎のマテリアを解放した。
直後、暗湿な空間を焼き払うかのように、二振りの白刃へ爆発的な紅蓮の烈火が吹き荒れる。
ハメルは着地と同時に再び地を蹴り、アプスの巨体が引き起こす汚水の波沫を軽快なステップでいなしながら、その懐へと鋭く肉薄。前世の原作知識が示す唯一の突破口――頭部の巨角を目がけ、燃え盛る双刃の猛烈なラッシュを叩き込んだ。
ズバァァン! 斬、ズバァァン!!
暗闇の奥で、激しい肉震えと、炎の爆裂音が連続して炸裂する。
原作屈指の頑強さとしぶとさを誇るアプスは、弱点である炎の刃を幾度も浴びせられながらも、その桁外れのタフさでハメルの連撃に耐え、狂暴に咆哮を上げて暴れ回る。
だが、ハメルの超高速の立ち回りはアプスの反撃を掠らせることすら許さず、その正確無比な炎の斬撃は、執拗なまでに頭部のツノ一点のみへとピンポイントで集中して刻み込まれていった。
激しい火花とともに、アプスの強固な巨角へメキメキと無数の深い亀裂が走り、崩壊寸前まで追い詰められていく。
このままではツノが保たない――へし折られるどころか、そのまま脳天ごと焼き砕かれる。
ハメルの容赦のない苛烈なラッシュを全身に浴びる中、アプスの脳裏に強烈な死の恐怖が過った。
飼い主であるドン・コルネオと驚くほどによく似た、見事なまでの「生き汚さ」と狡猾さを備えているのが、この下水路の支配者の本質だ。これ以上の面子や縄張りのプライドなど、命の重さに比べれば何の価値もない。
アプスはこれ以上ないほど情けない悲鳴を上げると、形勢不利と見るや即座に反転。砕けかけた頭を抱えるようにして、濁流の中へと一目散に、全力で逃げ散っていった。
コルネオ一派が誇る最強のペットをも容易く退けたハメルは、100万ギルが入ったトランクの重みを確かめながら、入り組んだ地下下水路の闇の奥へと平然と足を進める。
追跡の及ばない地下の迷宮を利用して完全にドン・コルネオ一派の目から行方をくらまし、未来の計画に向けた軍資金をその手に、再び音もなく走り出すのだった。
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[μ]-εγλ 0006年3月下旬。
コルネオ・コロッセオでモンスター・ハウスとの死闘を制し、地下下水路の怪獣アプスをも一人で退けて生還したハメル。
100万ギルという巨額の賞金を、見量セブンスヘブンの隠し金庫に収めることに成功する。
しかし、ハメルはすぐには動かない。
大工の棟梁への残債80万ギルを一気に返済するような愚かな真似はしなかった。
スラムのしがない何でも屋が突然大金を一括で動かす――そんな不自然な資金移動を行えば、あの執念深く残忍なドン・コルネオ一派に嗅ぎつけられるのは、火を見るより明らかである。
誰にも怪しまれない綺麗な金へと変えるためのマネーロンダリング(資金洗浄)が必要不可欠だ。
ハメルがそのための仕掛けとして目を付けたのは、ジェシーが個人的に開発を進めていた最新の技術であった。
「汎用毒性物質除去フィルター」――通称「JSフィルター」。
劣悪な環境にある下層スラムの水道水から有害物質を取り除くことが可能となる技術である。
元神羅の魔晄炉主任技術者だったジェシーの父親が遺した基礎技術がベースにある。
そのジェシーの父親は現在魔晄中毒によって上層の自宅で寝たきりとなっており、ジェシーは自らの力で実用化させようと一人で懸命に頑張っていたのだ。
原作知識を持つハメルは、JSフィルターが実用化すれば、スラム全域で爆発的にヒットしてバカ売れすることを知っている。
セブンスヘブンや何でも屋に比べても、フィルタービジネスの方が遥かに利益率が高いだろう。
ハメルは作戦を実行に移すべく、休憩中のセブンスヘブンへとジェシーを呼び出し、獲得した賞金のうち、半分にあたる50万ギルの札束をトランクに詰めて彼女の前に提示する。
「えっ、ちょっと待って……これ、本物のギル!? 一体どこからこんな大金を持ってきたのよ!」
ジェシーは驚愕のあまり綺麗な目を丸くし、トランクとハメルの顔を何度も往復させた。
ハメルは周囲を警戒しながら声を潜め、はっきりと金の出所を告げた。
「六番街スラムのコルネオ・コロッセオで稼いだ金だ。あそこのコルネオ杯に参戦してもぎ取ってきた」
その言葉を聞いた瞬間、ジェシーの顔から軽薄な色が消え、引き締まった思慮深い表情へと変わった。
彼女はアバランチの一員であり、ドン・コルネオ一派がどれほど悪辣で、その縄張りを荒らすことがどれほど命取りになるかを知り尽くしている。
「ちょっと……それ、本当? コルネオからこれだけの金を奪って、五体満足で帰ってくるなんてね。……分かったわ。この金の出所については絶対に他言しない。約束する」
ジェシーは真摯な眼差しでハメルを見つめ、固く約束した。
ただ明るく振る舞っているだけでなく、スラムの闇や危険の本質を的確に理解している。
ハメルにとって、彼女は極めて思慮深く、何があっても裏切らない、心から信頼できる女性だった。
ハメルはさらに言葉を続けた。
「この50万ギルをJSフィルターの開発費として投入する。これでフィルターの加工用に必要な機器を買い揃え、完成を極限まで急いでくれ」
この資金があれば、ジェシーは喉から手が出るほど欲しかった「フィルター加工用の専用機器」を、原作の歴史よりも丸一年も早く手に入れることができるようになる。
しかし、ジェシーはその己の境遇をティファやハメルには完全に伏せていた。
アバランチのメンバー内でも事情を知るのはビッグスとウェッジだけである。
「……ねえ、ちょっと待って」
ふと我に返ったジェシーは、怪訝そうにハメルを見つめ、その形の良い眉をひそめた。
「どうしてハメルが『JSフィルター』なんて名前を知っているの? これ、まだ開発段階の極秘プロジェクトのはずなんだけど……」
ハメルは表情を一切変えず、平然とした口調で答えた。
「ウェッジから相談を受けた。ジェシーが開発機材の調達資金のことで、かなり行き詰まって悩んでいるとな」
「ウェッジのやつーーっ!!」
ジェシーは思わず声を上げ、両手をぎゅっと握りしめてぷんぷんと怒り出した。
あまりの怒りに、その白い頬がほんのりと赤く染まっている。
「あれほど他言無用、部外者には絶対に漏らすなって釘を刺しておいたのに! 口が軽すぎるのよ、あの食いしん坊は!」
バレットがアバランチ七番街支部に参加して、はや半年。
「リーダーは俺に任せろ」と豪快に息巻いていたバレットであったが、七番街支部の勢力は一向に拡大せず、組織は停滞を通り越して、逆に縮小の一途を辿っていたのだ。
当初は、彼の凄まじい熱量と勢いに乗らされて参加する者たちも結構いた。
だが、根本的に粗野で強引なバレットに、まともな組織の管理能力など期待できるはずもない。
人が増えれば増えるほど、七番街支部の統制は混乱を極めていった。
そればかりか、定期的にバレット自身が暴走を繰り返すため、その身勝手なやり方についていけなくなった温厚な志願者たちが、次々と組織を離脱していった。
結局、今や実質的にまともに動けるメンバーと呼べるのはジェシー、ビッグス、ウェッジの三名だけ。
他にはナヨ、ビリー・ボー、ポルコくらいしか七番街支部に残っていないのが、悲しいかな現在の七番街支部のリアルな実態であった。
本来なら、頭の回転が速くバレットの扱いを心得ているジェシーが本腰を入れて手綱を握れば、彼の暴走を止め、崩壊寸前の組織を立て直すこともできたはずなのだ。
しかし、彼女には何よりも優先すべき父親の形見であり、スラムを救う鍵でもある『JSフィルター』の実用化という個人ミッションがある。
開発作業に完全に没頭し、専念したかったジェシーには、バレットの面倒を四六時中見ている余裕など、物理的にも精神的にも全く残されていなかった。
結果として、バレットの無茶な作戦や日常的な暴走の尻拭いはすべてビッグスとウェッジの二人に押し付けられる形になり、彼らは連日、文字通り大変な目に遭いながら疲弊していたのだ。
「あいつらがバレットの暴走の尻拭いでてんてこ舞いなのは知ってるけど……だからって、私のことまで勝手に喋っちゃうなんて本当に反則よ!」
ジェシーはふくれっ面でため息をつき、頭を抱えた。
だが、ウェッジが自分を心配して、信頼できる「何でも屋のハメル」に思わず縋ってしまったのだということは、彼女にも十分に理解できた。
そして何より、目の前にあるトランク一杯のギルは、そのウェッジの口の軽さを補って余りあるほど、今すぐ必要な『加工用レーザーカッター』を手に入れるための、完璧な解決策そのものだった。
「はぁ……。まあ、これだけの大金を目の前にして、怒り続けるのも野暮よね」
ジェシーは小さく肩をすくめると、悪戯っぽく、しかしどこか大人の色香を漂わせた笑みをハメルに向けた。
「でも、お陰で助かったわ。この資金があれば、神羅の裏ルートから欲しかった『加工用レーザーカッター』を今週中にでも極秘で取り寄せられる。……で? 何でも屋のお兄さん。まさかこれ、ただで私にくれるわけじゃないんでしょ?」
そう言って、からかうように片目を細めるジェシーに対し、ハメルはブレザーのポケットから、あらかじめ用意していた契約書を静かに差し出した。
「ただのボランティアで50万ギルを出すわけじゃない。これはビジネスだ。開発資金を提供する代わりとして、下層スラムにおけるJSフィルターの独占販売権を俺に認めてもらう」
「あら、冷たいわねえ。何かしらこれ……?」
ジェシーは差し出された書面を受け取り、細かく目を通していく。
基本技術のライセンス(知的財産)は完全に自分の手元に残したまま、下層スラムでの「独占販売権」のみをハメルに与えるという、開発者側への敬意がしっかりと払われた非の打ち所がないクリアな契約内容に、ジェシーは思わず感心の吐息を漏らした。
「スラムでの独占販売権だけ、ね。でも、契約の主体が『セブンスヘブン』じゃなくて、あくまで『ハメル個人』になってるのね?」
「ああ。セブンスヘブンの経営にJSフィルター事業の雑務や帳簿上のリスクを持ち込みたくない。JSフィルターの販売、各家庭への取り付け工事、そして毎月の交換用フィルターの配布といった実務は、すべて俺の何でも屋の副業として扱う」
それは、ティファが大切にしているセブンスヘブンの平穏を守り、彼女の手を極力煩わせたくないという、ハメルの徹底した配慮の表れであった。
(本当にティファには甘いんだから……。まあ、そこが彼の最高に頼りになるところなんだけどね)
ジェシーは内心でハメルの手際の良さに呆れつつも、深く感心し、ペンを取った。
「分かったわ。売り込みや泥臭い取り付け作業を全部あなたが背負ってくれるなら、開発に専念したい私にとっても願ったり叶ったりよ。この条件、喜んで結ばせてもらうわね」
さらさらとジェシーの美しい署名が走り、二人の間で正式な契約が締結される。
こうして、ハメルのコロッセオでの稼ぎという裏社会の金は、ジェシーの技術開発への投資という正当な名目を得て、誰にも疑われることのない『綺麗な資金』へと生まれ変わることとなったのである。