第十四章:ティファ受胎 ♡
[μ]-εγλ 0006年4月下旬。
ハメルの資金注入で開発機器を揃えられたことで、JSフィルターの試作品は驚くべき速度で完成した。
ハメルとジェシーは、まずは実証実験を兼ねてセブンスヘブンへ試作品を導入することにする。
ティファの立ち合いのもと、二人はセブンスヘブンの台所と、地下室にあるシャワー室の配管へと向かう。
工具を手に取り、配管へ手際よく試作品を組み込んでいく装着作業の最中、ジェシーは隣で見守るティファを振り返ってにやりと笑った。
「これ、本当にすごいんだよー! びっくりしないで見ててね、下層の水道水専用に調整した私の自信作なんだから!」
ジェシーの言葉に、ティファは何か新しい、素晴らしいことが始まりそうな予感に胸を弾ませ、ワクワクしながら作業を見つめていた。
「よし、これでオッケー! ティファ、蛇口をひねってみて!」
ジェシーの合図で、ティファが台所の蛇口を回す。
流れてきた水を手のひらですくい、実際に口に含んだティファは、その劇的な変化にパッと顔を輝かせた。
いつもなら鼻を突く下層特有のあの嫌な魔晄臭や錆の匂いが、完全に消え失せていたのだ。
「すごい……! 嫌な匂いが全然しない! ジェシー、本当にすごいよ!」
ティファが両手を叩いて大喜びすると、ジェシーは嬉そうに胸を張りつつも、すぐにいたずらっぽくハメルの方を目配せしてティファの肩を小突いた。
「固定観念を覆す出来でしょ? でもね、これは私の力だけじゃなくて、ティファの頼れる夫君のおかげだよ。これを作るだけの開発環境を一瞬で用意してくれたんだから。甲斐性のある男捕まえて、ティファは幸せものね。このこのー!」
「えっ、あ、う、うん……っ」
ジェシーから羨ましがるようにからかわれ、ティファは一瞬にして耳の裏まで真っ赤に染め上げた。
それでも、はにかむように俯きながら、胸の奥からじわじわと温かい幸福感が広がっていくのを確かに感じていた。
ハメルがまた、自分の知らないところで、自分たちの生活や店のために大きなことを成し遂げてくれた。
その変わらない頼もしさと深い愛に、ティファはただただ満たされるのだった。
実際に、このフィルターの恩恵は計り知れなかった。
これまでセブンスヘブンでは、日々の「水」の仕入れに多額のコストがかかっていたからだ。
ランチで出すスープに使う水や、夜営業のカクテルに浮かべる氷には、下層の劣悪な水道水など絶対にそのまま使えない。
そのため、ミッドガルの外から定期的に水を売り付けにやって来る給水業者から、安全な水と氷を購入して配送してもらっていた。
この業者たちも同じ平民であり、外から水を運んでくれる貴重な協力相手ではあった。
しかし彼らにとっては、スラムよりも遥かに高く買ってくれる上層プレートの顧客たちが別に存在する。
そのため、セブンスヘブンが水を買う際はどうしても足元を見られた割高な相場になってしまい、これが月々の経営にとって非常に重い経費負担となっていたのだ。
客に洗いたてのグラスや皿を出す際も同様だ。
スラムの水道水で洗ったままだと乾いた後に特有の魔晄臭や白い錆の跡が残ってしまうため、仕上げのすすぎや専用ナプキンでの水拭きにまで、その貴重な購入水を回さざるを得なかった。
だが、このJSフィルターがあれば、状況は一変する。
さすがに直接口に入るスープ用の水やカクテル用の氷そのものは、デリケートな衛生面を考慮して、これまで通り業者から仕入れるお付き合いを続ける。
しかし、それ以外の「大量の食器やグラスの洗浄用」には、このフィルターを通した水が十分に使えるレベルになるのだ。
業者側にとっても、ハメルからの注文が飲料用の最小限に減ったところで、浮いた分の水を上層へ高く売ればいいだけなので、角を立てずに良好な関係をキープできる。
これまで湯水のように消費していた仕上げ用の高価な購入水を、すべて無料の水道水(JSフィルターろ過済)へと置き換えられるため、店舗の運営コストを劇的に抑え込むことができるようになるのだ。
そして何より、ティファにとって一番大きかったのは、地下室にあるシャワーの劇的な変化だった。
これまでは、浴びるたびにあのアクの強い魔晄の臭いや鉄サビの匂いがどうしても肌や髪に残ってしまい、匂いのキツめなシャンプーや石鹸をたっぷりと使って強引に誤魔化すしかなかったのだ。
それが、フィルターを通した瞬間に驚くほどまろやかで無臭の、極上の温水へと生まれ変わっていた。
これからは、あの独特な金属臭を打ち消すためだけに、強すぎる香料に頼る必要も一切なくなる。
身体を動かす武道家であり、女の子としてお風呂の時間を何よりも愛するティファにとって、毎日の仕事や訓練の後に、サビ臭さのない気持ちの良いシャワーを心ゆくまで浴びられるようになることは、何よりも嬉しく、最高のご褒美だった。
ティファは地下室の脱衣所で、配管に取り付けられた試作品を愛おしそうに見つめながら、改めて自分たちを包むハメルの深い優しさに、胸をいっぱいに満たされるのだった。
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試作品の成功を見届けたハメルは、普及率を圧倒的に上げるためのディスカウント作戦の手の内を、ジェシーに明かす。
手元にある残りの賞金をその原資とし、前世の知識を用いた、この世界では驚異的となる販売モデルを提示したのだ。
「最初の三ヶ月は無料だ。その後、次の三ヶ月毎に200ギルを徴収するサブスクリプション契約を結ぶ。もちろん、毎月の交換用フィルターもこちらから届ける条件だ」
ハメルの口から飛び出したそのあまりに奇抜な戦略を聞いた瞬間、ジェシーは呆気にとられたように口を半開きにした。
1ギルを50円として換算すれば、三ヶ月で200ギルという価格は一ヶ月あたり約3330円。
毎月交換用のフィルターが手元に届くとはいえ、浄水器程度に月3000円以上を支払い続けるのは、明日の暮らしも保障されていない七番街スラムの住人からすれば、決して安い買い物ではない。
だからこそ、普通の販売方法では最初から見向きもされない可能性が高かった。
しかし、すぐにハメルの真の狙いを見抜いたジェシーは、弾かれたように顔を輝かせた。
「ちょっと、それ画期的すぎない!? 最初の三ヶ月をタダにしちゃうなんて、よくそんなこと思いつくね! 『とりあえずタダなら……』ってお試しで使ってみたくなる人が絶対に殺到するわ。で、一度あの綺麗な水を体験しちゃえば、三ヶ月後にはもう元のひどい魔晄臭の水には絶対に戻れない。本当にびっくりだぞ。さすがハメル、ただの何でも屋じゃないと思ってた!」
ジェシーは感心しきった様子で何度も頷き、快く契約書にサインを走らせた。
実務をハメルが背負う一方、セブンスヘブンの店頭ではティファがその知名度と魅力を活かして、全面的に宣伝を手伝ってくれた。
ハメルは彼女の手を煩わせないように配慮していたが、ティファは自ら進んで、毎夜のカウンター越しに仕掛けを組み込んでいく。
今夜のティファも、鮮やかな「蒼いバックレスのミニドレス」を身に纏っている。
腰の近くまで大きく開いたバックレスのデザインは、ハメルに深く愛され、慈しまれることでより一層磨きがかかった、ニキビ一つない艶やかで真っ白な背中を大胆に晒している。
深くV字にカッティングされた胸元が驚異的なHカップのバストをこれでもかと押し上げ、極限まで短いミニスカートからは、武道家として鍛え上げられつつも女性らしい極上の柔らかさを残した、しなやかで伸びやかな生足が惜しげもなく伸びていた。
彼女が注文を受けて振り返り、シェイカーを振るたびに、男たちの視線はその眩しい素肌へと完全に釘付けになった。
「ここのカクテルは美味しいねぇ! 相変わらず良い氷と水を使ってやがる」
ある夜、グラスを傾けていた常連の客が、鼻の下を伸ばしながらそう言ってカウンター内のティファを褒めちぐると、彼女は嬉しそうに微笑みながら、自慢げに声を弾ませた。
「ふふ、ありがとう。でもね、美味しくなった秘密はそれだけじゃないの。使っている氷やスープの水は今まで通り外の業者から仕入れたものだけど……このグラス、新しく導入した『JSフィルター』の綺麗な水ですすいでいるから、グラス自体に嫌な匂いが一切残らないの。お酒そのものの香りが、格段に引き立つようになったでしょ?」
「へえ、グラスのすすぎ水か! 確かに言われてみりゃ、いつも鼻につくスラム特有のあのキツい魔晄臭が、グラスから全くしねえな……!」
感心する客に、ティファはさらに悪戯っぽく微笑み、水の入った小さなグラスをカウンターにコトッと置いた。
「それとね、これ。お酒の合間に、ちょっと一口試してみてくれない?」
「ん? なんだこれ、ただの水か? 珍しいな、わざわざお冷なんて出すなんて……」
不思議そうにグラスを取ろうとした客に、ティファは真剣な表情になって、はっきりとその正体を告げた。
「うん。普通の水道水。スラムの配管から出た水を、そのままグラスに注いだの」
「お、おいおいおい、勘弁してくれよティファちゃん! 正気か!?」
客の男はギョッとして動きを止め、引きつった顔でグラスをカウンターに戻した。
「あんな魔晄臭がひどくて頭が痛くなるような水をそのまま飲めってのか? タダでも御免だ、身体を壊しちまう!」
周囲の客たちも「いくらティファちゃんの頼みでもそれは無理だ」「あんな緑色の毒気が混じってそうな水、飲めるわけねえだろ」と苦笑いして首を振る。
誰もがミッドガル下層の水道水が放つ、特有のどぎつい魔晄臭の恐ろしさを知っているからこそ、その拒絶反応は当然のものだった。
だが、ティファはそんな彼らの反応をあらかじめ予想していたように、にこりと微笑んで言葉を重ねた。
「大丈夫、身体には絶対に悪影響はないわ。さっき言った『JSフィルター』にその水道水を通してみたの。ジェシーが作ったすっごい自信作なんだから。……ね、私を信じて、騙されたと思って一口だけ飲んでみて?」
カウンターの奥から、ティファが潤んだ紅い瞳で真っ直ぐに自分を見つめてくる。
蒼いドレスの胸元が豊かな渓谷を描いて揺れ、少し身を乗り出したことで、バックレスのドレスから覗く真っ白な背中のラインが一段と引き立つ。
その圧倒的な美貌と色香に気圧され、客の男はごくりと喉を鳴らした。
「……チクショウ、ティファちゃんにそこまで言されたら、男がすたる。もし何かあったら介抱してくれよ!」
男は意を決したようにグラスを掴むと、一気にその水を口に含んだ。
その瞬間、男は弾かれたように目を見開いた。
「なっ――!?」
怒鳴り散らすどころか、声すら出ずに凝固する男の様子に、周囲の客たちがザワつき始める。
男は驚愕のあまり震える手でグラスを見つめ、最後の一滴まで飲み干すと、狂ったように叫んだ。
「おい、これ本当にあの水道水なのかよ!? 冷たくて、ただ澄み切ってやがる……! あの鼻を突く嫌な魔晄臭が、完全に消えてるぞ……! 嘘だろ、まるでミッドガルの外から運ばれてくる高い天然水みたいだ!」
「本当よ。さっき台所の蛇口から汲んだばかりの、ただの水道水」
ティファが誇らしげに胸を張ると、胸元の豊かな膨らみがぷるんと弾み、店内のどよめきは一気に爆発した。
「俺にも飲ませてくれ!」「こっちにも一杯!」と、カウンター越しに次々と手が伸びる。
実際に口にした客たちは、例外なくその劇的な変化に驚天動地し、言葉を失っていった。
下層特有のあのひどい魔晄臭が完全にクリアされ、ただの水道水が「安心して飲める極上の純水」へと生まれ変わる。
この事実が、劣悪な環境に悩まされ続けてきたスラムの住民たちにとって、どれほどの救いであるかは言うまでもなかった。
湧き上がる歓声の中、ティファはさらにカウンターに身を乗り出すようにして、艶やかな黒髪を片側に寄せながら、嬉しそうに個人的な体験談を語り始めた。
「実はね、うちの地下室のシャワーにも、ハメルが一番にこのフィルターを付けてくれたの。……今まではシャワーを浴びるたびに、あの独特な魔晄の臭いがどうしても髪や肌に残っちゃうから、匂いのキツめなシャンプーや石鹸をたっぷりと使って強引に誤魔化すしかなかったんだけど……今はもう、そんなの全然要らなくなっちゃった。お湯が驚くほどまろやかで無臭になって、お肌や髪にすっと馴染んで……本当に、言葉にできないくらい気持ちいいのよ?」
そう言ってティファがくるりと背を向け、棚から新しいグラスを取り出す。
その瞬間、灯りに照らされた彼女の「ニキビ一つない艶やかな背中」が美しく輝き、ミニスカートのスリットから伸びる「しなやかで伸びやかな生足」が、カウンター越しに男たちの視線を奪った。
「ごくり――」
その瞬間、店内のあちこちから、同時に生唾を飲み込む音が重なった。
男たちの脳裏には、今まさにティファがとろけるような笑顔で語った『気持ちのいいシャワー』の光景が、恐ろしいほどの超高解像度で一斉に投影されていた。
地下室の薄暗いシャワー室。降り注ぐ温かな無臭の純水。
それを全身に浴びて濡れそぼり、しなやかな肌に張り付く豊かな黒髪。
魔晄の毒気が消え去ったことで、ありのままのすっぴんの艶肌を晒し、あの規格外のHカップの双丘、カウンターで見たばかりのニキビ一つない極上の背中、そしてミニスカートから伸びていたあのしなやかで伸びやかな生足を、きらめく水滴が滑り落ちていく光景――。
「シャワー……。ティファちゃんが……シャワー……っ」
「おい、よせ……想像しただけで鼻血が出そうだ……!」
「魔晄臭のしない、すっぴんで真っ白なティファちゃんの肌……ああ、クソッ、頭がおかしくなりそうだ!」
男たちは一様に顔を真っ赤に上気させ、猛烈な妄想の嵐に脳内を支配されながら悶々とし始めた。
あまりの刺激に耐えかねて、手元の冷たい酒を一気に煽る者、額の汗を必死に拭う者が続出する。
もちろん、彼女は「何でも屋のハメル」の最愛のパートナーであり、誰も手を出せない絶対の聖域だ。
それゆえに手出しは絶対にできないという事実が、男たちの妄想と悶々とした渇望をさらに限界まで加速させていた。
「そのフィルター、俺の家にも今すぐ取り付けてくれ!!」
「俺もだ! いくら払えばいい!?」
興奮と悶々とした熱気に包まれた男たちが、半ば叫ぶようにしてハメルへの設置依頼を殺到させる。
ティファの爆発的なビジュアルと健気な営業努力、そして「あの魔晄臭が完全に消える」という衝撃。
ハメルの仕掛けた「最初の三ヶ月間だけ、お試しで無料設置」というディスカウント戦略へ、多くの住人がこぞって飛びつく結果となった。
一度、あの鼻を突く悪臭から解放された快適な生活を覚えて身体が馴染んでしまった住人たちは、誰一人として契約を解除しなかった。
ティファの応援も大きな追い風となり、JSフィルターはスラム全域へとどんどん普及していった。
まさに転生前の知識による経営無双だった。
三ヶ月ごとに自動で振り込まれる定額の利益により、ハメルの元には莫大でクリーンな富が積み上がっていく。
これならば、コルネオ杯の怪しい賞金ではなく、「JSフィルターが大ヒットして正当に稼ぎ出した金」として、大工の棟梁への借金を堂々と返済できる。
完璧な資金の出所を手に入れたハメルは、完済へ向けて次なる一歩を踏み出すのだった。
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[μ]-εγλ 0006年5月3日。
七番街スラムのセブンスヘブンは、ティファの十九歳の誕生日を祝う熱気に包まれていた。
この日のセブンスヘブンは、昨年と同様にティファの誕生日を祝う特別な夜間営業を実施していた。
店を埋め尽くす常連客たちの笑顔と歓声、ひっきりなしに飛び交うお祝いの言葉に、カウンターの中で忙しく立ち回るティファの瞳は嬉しそうに輝いている。
そんな賑やかな宴の最中、アパートの大家であり、今日も店を手伝ってくれているマーレが、少し照れくさそうに大きな包みをティファに手渡した。
「ティファ、十九歳のお誕生日おめでとう。あんたの引き締まった体を一番綺麗に見せてくれると思ってね、特注で仕立ててもらったんだよ」
マーレの言葉に、客たちからは「おお!」「見たいぞ、ティファ!」と囃し立てる声が上がる。
ティファは戸惑いながらも、ハメルの温かい眼差しに背中を押され、包みを持って一度地下室へと下がった。
しばらくして、地下室から戻ってきたティファの姿に、店内の喧騒は一瞬にして静まり返り、誰もが息を呑んだ。
地下から上がってくるティファの足取りは、いつもの夜のドレスを纏っている時よりも、どこか凛として自信に満ちていた。
マーレから手渡された包みを開けた時、ティファは内心でホッとしていた。
毎晩の夜営業で着ている大人っぽい蒼のミニドレスに比べれば、今回のドレスはロング丈で布の面積もずっと多い。
あの蒼のドレスはあまりに露出が高くて気恥ずかしかったのだ。
今回の衣装は格闘技の道着のような立ち襟もあり、これなら堂々とみんなの前に出られると、ティファは嬉しく思っていた。
それは、深みのある艶やかな紫を基調とした、光沢感のあるアニマル柄のロングチャイナドレスだった。
実はこのドレス、東方の武国ウータイにおいて、高貴な女性が公式な社交の場で身に纏う伝統的な高級礼装(ドレス)をベースに仕立てられたものだった。
先のウータイ戦争によって神羅の支配が強まり、その文化が途絶えつつあるミッドガルにおいては、滅多にお目にかかることのできない東洋の気品と格調が息づく特別な逸品である。
首元を包む上品な立ち襟に対し、胸元には大きなしずく型のキーホールが大胆に開けられており、ティファの美しいデコルテと豊かな胸元を際立たせる妖艶なカッティングが施されている。
襟や袖口、そして深く入ったスリットの縁には、淡いピンクのパイピングが丁寧に走っていた。
彼女の完璧なプロポーションに吸い付くようにフィットしたタイトなシルエットは、きゅっと引き締まった細いウエストから流麗なヒップラインを芸術的に描き出し、サイドには腰の近くにまで達するほどの、息を呑むほど深いスリットが刻まれている。
(この衣装、格闘技の動きにも馴染むし、すごく素敵……! ウータイの高貴な女性が着るものだから、ただ色っぽいだけじゃなくて、どこか背筋が伸びるような厳かさもあるのね)
そう思いながら歩く彼女の、深く裂けたスリットから大胆にのぞく脚部には、妖艶な紫色の網ストッキングがしなやかに纏わされている。
さらに、太ももの上部には大ぶりで繊細な黒い花柄のレースがあしらおり、ストッキングの網目から透ける滑らかな素肌とのコントラストが、圧倒的な官能美を醸し出していた。
普段の長い黒髪は、頭の左右で丸くコンパクトにまとめた、愛らしいお団子ヘアへと結い上げられている。
それぞれのお団子には、衣装と合わせた淡いピンクのフリル付きの髪飾りが巻き付けられ、そこから鮮やかな青紫色のタッセルが耳元へ向けて細く長く垂れ下がり、彼女の動きに合わせて優美に揺れていた。
足元には、装飾を削ぎ落とした洗練された「淡いシルバーパールのハイヒールパンプス」を履いている。
すらりと伸びた気品ある脚のラインを、よりいっそうエレガントに引き締めていた。
「おお! 見事な着こなしだ!」
「凛として、まるでウータイの歴史ある名家のお姫様か、高名な拳法家みたいだな!」
かつてのウータイの誇り高き気品を思わせるその凛とした美しさに、以前のような野卑な歓声ではなく、彼女の引き締まった強さと気高さを称える、純粋な賛嘆の声が店内に響き渡る。
「ティファ、すごく綺麗だ……!」
いち早く我に返ったハメルが、心からの感嘆を口にする。
「うわあああ! ティファ、最高だ! 俺の天使が、東洋の太陽が! マーレさん、グッジョブ! グッジョブ過ぎる!!」
ジョニーが涙を流して狂喜乱舞し、店内は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「マーレさん、本当にありがとうございます……!」
ティファは満面の笑みを浮かべ、凛とした態度で新しい衣装の裾を軽く持ち上げてみせた。
格闘家としての健康的な美しさと、東洋の高貴な女性としての官能的な魅力が完璧に融合した、まさに誰もが目を奪われるほど美しい衣装だった。
スラムの仲間たちの温かい情愛に包まれ、十九歳の夜は更けていった。
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夜営業の合間、ハメルからは昨年と同様に、鮮やかな色彩を放つ大ぶりの花束が手渡された。
「わぁ……綺麗。ベースの黄色いお花だけじゃなくて、こんなに綺麗な白いお花まで入ってる……!」
驚きながらも目を輝かせているティファに、ハメルは微笑み、数日前に五番街の教会へ足を運んだ際の一幕を口にした。
昨年はエアリスが不在だったため、教会にギルと手紙を置いて花を持っていくしかなかったが、その後に面識を得て二人の心の結婚式を見届けてもらった今年は、普通に教会で彼女と会うことができた。
一面の黄色い花畑の中でハメルの姿を見つけたエアリスは、すぐに花籠を抱えて立ち上がり、嬉しそうに翡翠色の瞳を輝かせた。
「あ、ハメル! ヤッホー。ティファは元気?」
「ああ、元気にしてる。……実は、今度の誕生日に、またティファに花を贈りたいんだ」
ハメルが少し照れくさそうに用件を伝えると、エアリスは楽しげにパッと顔を輝かせた。
「そっか、もうすぐティファの誕生日だもんね! よーし、美人で可愛い奥さんのために腕を振るいましょう。任せなさーい!」
エアリスはそう言って胸を張ると、教会の黄色い花だけでなく、自宅の庭で特別に育てていた白い花まで惜しみなく切り出し、この日のために最高の豪華版を仕立ててくれたのだった。
ハメルからその経緯を聞かされ、ティファは深く感激したように花束を胸に抱きしめた。
「エアリスが私のために……。本当に嬉しい。ハメル、素敵な贈り物をありがとう」
ティファは花束に優しく顔を埋め、その瑞々しい香りを胸いっぱいに吸い込みながら、最愛の夫へと心からの感謝を伝えた。
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深夜。
大盛況のうちにイベント営業が終わり、静まり返ったセブンスヘブンの地下室。
そこは、誰の目も気にすることのない夫婦だけのプライベートな空間だ。
部屋に戻っても、ティファはまだあの魅惑的な紫の格闘技風ロングチャイナドレスを身に纏ったままでいる。
ベッドの端に腰掛け、腰の近くまで深く裂けたスリットから伸びる滑らかな脚を少し組み替えながら、ハメルの視線に気づいて顔を赤らめる。
ティファの左手には、いつも通りバングルがはめられている。そこには、天望荘の大家マーレからお守りとして手渡された緑色の『バリア』のマテリアがしっかりと装着され、望まない懐妊から彼女を守るための静かな防護結界を胎内へと優しく展開している。
その優しい魔力の守りがあるからこそ、二人は何の後顧の憂いもなく、心ゆくまで愛を貪り合うことができる。
「世界中の誰よりも綺麗だ」
ハメルが歩み寄り、その細いウエストを引き寄せると、ティファは嬉しくそうに吐息を漏らし、ハメルの首に腕を絡める。
デコルテ部分のしずく型のキーホールから覗く豊かな胸元の感触、そしてタイトなドレスが彼女の完璧なボディラインを強調する、妖艶で濃密な夫婦の時間。
いつもと違う非日常的なコスチュームでのコスプレは、二人の情熱をこれまでにないほど激しく燃え上がらせ、深夜の地下室は熱い歓喜に満たされていく。
バリアに守られた確かな安心感に包まれながら、ひとしきり肌を重ね合い、心地よい余韻の中でシーツに包まれたティファの前に、ハメルが静かに一つの封筒と、重みのある小さな鞄を差し出す。
「ティファ。これが俺からの本当の誕生日プレゼントだ」
不思議そうにティファが鞄を開けると、そこにはぎっしりと詰まった50万ギルもの大金がある。
そして封筒の中には、ハメル個人として契約した「JSフィルター」の、今後の緻密な収益予想書が収められている。
驚きに目を見開くティファに、ハメルは穏やかな、しかし確信に満ちた声で静かに告げる。
「何でも屋として稼いだ50万ギルと、JSフィルターの収益予想だ。これからはもう、無理をして店を回す必要はない」
ハメルはティファの細い手を優しく包み込み、その深い水色の瞳で真っ直ぐに見つめる。
「後々はランチ営業を辞めて、夜のバー営業一本に絞ろうと思う。ティファの体への負担を減らしたい。それに――俺たちに、自由な時間ができる」
ハメルは言葉を区切り、さらに真剣な面差しで続ける。
「スラムに深く根付き、一目置かれる存在になる。その地盤は、店とJSフィルターの利権で完璧に整った。時間ができれば、いよいよ本来の目的に乗り出せる。……神羅の闇を暴く仲間を集める。ティファとの約束を果たす時だ」
ハメルは無駄な言葉を削ぎ落とし、短く、けれど確固たる意志を込めてそう結ぶ。
「ハメル……っ」
胸の奥から感情が溢れ出し、ティファはハメルの胸へと力いっぱい飛び込む。
自分を抱きしめ返すハメルの確かな体温を感じながら、ティファの心の中で、これまでにないほどの純粋な幸福感が爆発する。
その圧倒的な幸福と愛に満ちた高揚の中で、二人はどちらからともなく、吸い寄せられるようにして再び肌を重ね合わせる。
これまで二人は、格闘の師ザンガンから授けられた秘伝の閨房術『エターナルヘブン』を極めることで、互いの心身を深く癒やしつつ、生命の気を高め合ってきた。
だが、お互いへの狂おしいほどの愛着と未来への絶対的な安堵が満ち満ちたこの夜、二人の練り上げる気の循環は、かつてない強烈な高まりを見せていた。
偶然か、それとも運命の必然か。
二人がこの愛の交歓の中で『エターナルヘブン』の発動を成功させたのが、今夜でちょうど「連続100回目」という記念すべき日だった。
極限まで研ぎ澄まされた二人の魂の気は、彼ら自身のあずかり知らぬ間に限界を突破し、秘伝の術をさらなる高み――すべてを無効化する究極の房中奥義『ウルティメットヘブン』へと進化させてしまう。
その瞬間、ティファの左腕のバングルに装着された『バリア』のマテリアが、二人の内から放たれる異次元の熱い気の奔流に干渉され、一瞬だけ激しく明滅する。
ジジ、と緑色の光が微かに乱れて震え、そのまま静かに魔力の火を消すようにして効果を完全にキャンセルした。
だが、目眩がするほどの甘美な恍惚の中にいる二人が、バングルの上で一瞬だけ起きた、その小さな魔力の明滅に気づくはずもない。
バリアが無効化された瞬間、防護のヴェールが剥がれ落ち、二人の「境界線」は文字通りゼロになった。
「あ、はぁ……っ!? ハメル、なに、これ……っ」
ティファは唐突に襲ってきた、背筋を貫くような甘美な衝撃に、大きく背を反らせてハメルの肩に爪を立てる。
「いつもより……ずっと、熱いよ……。身体の奥が、溶けちゃいそう……っ、んぅ……!」
「ティファ……俺もだ。魂の底から、お前のすべてと一つに溶け合っていくのがわかる……っ」
いつもなら胎内を保護しているはずの魔力の障壁が完全に消失している。お互いの生身の温もりと、拍動するダイレクトな生命力が、一切のフィルターを介さずに、ダイレクトに、深く深く混ざり合う。
しかし二人は、それがバリアの結界が切れたからだとは夢にも思わず、極限に達した『エターナルヘブン』がもたらした「魂の完全な同調」なのだと、心地よい熱に浮かされながら信じ込んでいる。
「は、あぁっ……すごい……! こんなの、初めて……っ。ハメルの熱いのが、頭のてっぺんまで響いて……はぁ、はぁっ!」
「ああっ……ティファ、愛してるっ 俺のすべてを、お前の中に受け止めてくれ」
「うん……っ、ハメル、好き……大好き……! 私のぜんぶ、ハメルにあげる……だから、壊れるくらい、いっぱいに満たして……っ、あ、はぁぁん……っ!」
『ウルティメットヘブン』がもたらすのは、世界の境界線すらすべて甘く溶かし去ってしまうかのような、究極の極楽だ。
それは、まるで満天の星々が胎内の奥深くで優しく弾け、あたたかな光のうねりとなって全身の神経を駆け巡るかのような、どこまでもマイルドで幻想的な恍惚の体験となって二人を優しく包み込んでいく。
防護のバリアを完全に失った、魂ごと融解していく究極の快楽の海。
あまりの幸福と満ち足りた安堵のなかに、この夜ばかりは甘やかな油断があったのかもしれない。
ちょうど彼女の身体が最も新しい命を迎え入れやすい時期と重なっていたことも、二人の情熱をさらに後押ししていく。
「あ、ぅ……っ、ハメ、ル……っ、もう、駄目……! いっしょに……いっしょに連れてって……っ!」
「ああ、ティファ……! 離さない、ずっと一緒だ……っ!」
バリア無効の甘美な海にただ溺れ、一切の隔たりをなくし、互いのすべてを貪るようにして重ね合わされる濃密な交歓。
二人の想いと熱量が、甘い喘ぎ声の重なりとともに限界を超えて爆発したその瞬間、ハメルの内から解き放たれた熱い生命の種は、一切の抵抗を受けることなく、ティファの胎内の奥深くできっちりと受け止められた。
「はぁ……っ、はぁ……、ハメル……あたたかいよ……っ」
シーツの上で、汗ばんだ肌を密着させながら、ティファはハメルの首元に顔を埋めて幸せそうに微睡む。
その豊かな肉体の奥底で、生命の種は静かに、しかし確実に、新しき命の息吹へと結ばれていくこととなった。
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それから一ヶ月が過ぎた、ある日のこと。
昼のカフェタイムの終了間際。セブンスヘブンのバーカウンター内にはティファが立ち、その隣では、カフェタイムの手伝いとして大家のマーレがシンクで皿洗いをしていた。
カウンターの隅には用心棒代わりにバレットが腰を下ろしており、その隣の椅子には、三歳になるマリンがちょこんと座っている。マリンはカウンターの棚の上に置かれた小型テレビに映る、お気に入りの『忠犬スタンプ』のアニメ放送に目を輝かせてすっかり夢中になっていた。
カウンターの対面の客席には、ラストオーダーギリギリに滑り込んできた常連のジョニーの姿があった。
「はぁ、はぁ、はぁ……! 間に合った、セーフだよな!? ティファ、まだラストオーダー大丈夫だよな!?」
ジョニーはカウンターに滑り込むなり、肩で息をしながら大げさに身を乗り出した。
「ふふ、いらっしゃい、ジョニー。ええ、ちょうど今ラストオーダーにしようと思っていたところよ。今日は何にする?」
ティファはいつものように優しい微笑みを浮かべて、カウンター越しにメニュー表を差し出す。
「よ、よかったぁ~! じゃあさ、いつもの特製ブレンドコーヒーと……あ、ティファ特製のクッキー、まだ残ってる!? 残ってたら、あるだけ全部買い占める!」
「ジョニー、そんなにたくさん食べたら晩ご飯が入らなくなっちゃうよ? クッキーならちょうど一皿分残ってるから、それにするね」
「もちろん! ティファの頼みなら一皿で我慢するさ! ああ、それにしても……」
ジョニーはカウンターに両肘を突き、うっとりとした、しかしどこか必死な眼差しでティファを見つめた。
「今日のティファも、なんか一段と眩しいっていうか……。最近さ、なんていうかさ、すごく大人っぽい艶が出てきたっていうか、もう眩しすぎて直視できないんだよ。毎日店に来るたびに、俺の心臓は爆発寸前なんだ!」
大声で熱弁を振るうジョニーのせいでテレビの音が遮られ、アニメに集中していたマリンがふっとジョニーの方を振り返った。マリンはカウンターの椅子の上で小さな人差し指を口に当て、怒ったように頬を膨らませる。
「ジョニー、またおっきいこえだちてるー。スタンプきこえないよ? めっ、だよ?」
「お、おっと、マリンちゃんごめんごめん! でもさ、ティファが今日も綺麗だから仕方ないだろ?」
ジョニーが頭を掻きながら苦笑いすると、シンクでガシャガシャと皿を洗っていたマーレが、呆れたように手を動かしたまま口を挟む。
「はいはい、そこのうるさいの。ティファをあんまりからかいなさんな。もうすぐ営業終了なんだから、大人しくコーヒーを飲みな」
さらにカウンターの隅から、バレットがフンと鼻を鳴らした。
「けっ、相変わらずやかましい野郎だ。マリンにまで注意されてやがる。さっさと飲んで帰りやがれ、このチンピラめ」
「ひえっ、バレットの旦那、相変わらず物騒だなぁ……。でも、俺はティファのコーヒーを飲むまでは一歩も退かないからね!」
そう言って得意げに笑うジョニーに、「それじゃあ、すぐに淹れるわね」とティファは微笑み、コーヒーを淹れる準備に取り掛かる。
少し前から生理が遅れていること、そしてここ最近どうにも身体が熱っぽくて重いことには気づいていたが、ただの頑固な風邪のせいだろうと、ティファは深く気に留めていなかった。
ティファはキャニスターから手慣れた動作でコーヒー豆を取り出し、ミルで丁寧に挽いていく。ここまでは、いつも通りの日常の光景だった。
しかし、挽き終えた粉をドリッパーにセットし、ケトルから細く熱湯を注ぎ始めた、まさにその瞬間だった。
いつもであれば店いっぱいに広がるはずの、香ばしく、ティファ自身も大好きなはずの淹れたてコーヒーの芳醇な香り。
それが、お湯を含んだ粉から蒸気となって立ち上った瞬間、ティファの鼻腔には、なぜか今までに嗅いだこともないような、胸をかきむしるほどの強烈な焦げ臭さと、頭の芯が痺れるような異臭として突き刺さってきたのだ。
(え……? どうして――大好きなはずの匂いなのに……っ)
突如として襲ってきた、目の前が暗くなるほどの凄まじい不快感。胃の底がひっくり返るような、激しい拒絶反応がティファの身体を貫く。
ティファは持っていたケトルを危うく落としそうになりながらカウンターに置き、プロの店主として取り乱すまいと必死に堪えながら、急いで後ろを向いた。そのままシンクのフチへよろよろと手を付き、そこに寄りかかるようにして激しい吐き気を必死に堰き止める。
すぐ隣で皿洗いをしていたマーレは、ティファのその突然の異変と、淹れかけのコーヒーの匂いを間近で目撃した。
しばらく生理が遅れているという話、ここ最近の熱っぽそうな様子、および何より「普段大好きなはずのコーヒーの匂いに対して、突如として見せた激しい拒絶反応」。
それらが、人生経験豊富なマーレの頭の中で一瞬にして繋がり、彼女の瞳に鋭い光が宿る。
「おいおいおい! ティファ、どうしたんだよ!? 大丈夫か!?」
目の前で急に背を向け、苦しそうに肩を震わせるティファに、カウンターの対面からジョニーが慌てふためいて身を乗り出す。
それと同時に、マリンもテレビから完全に目を離し、カウンターの椅子の上から心配そうに小さな手を伸ばした。
「ティファ……? どうちたの? いたいいたいの……?」
ティファを見上げるマリンの大きな瞳が、不安そうに潤んでいく。
マーレは皿の手を止め、カウンター越しにジョニーを鋭く一喝した。
「ちょっと、あんた! ラストオーダーは終わったんだ、さっさと帰りな!」
「ティファ、おい大丈夫か」
カウンターの隅にいたバレットが怪訝そうに顔を向けた。
状況をただ事ではないと察しているマーレは、カウンター内から鋭い目線でバレットを見据え、すぐさま店の入り口を指し示した。
「何ぼさっとしてんだい、このウドの大木! 騒いでるそいつを外につまみ出して、店の扉をクローズにしておくれ!」
「お、おう……っ!」
バレットは状況がよく分かっていないものの、マーレのただならぬ剣幕に圧され、反射的に立ち上がった。
隣の椅子から身を乗り出しそうになっていたマリンに「マリン、そこに大人しく座ってろ」と告げると、両手をフリーにしたバレットは、ジョニーの身体を強引に入り口へと押し出し始めた。
ジョニーはバレットの巨体と規格外の迫力に内心ビビりまくっており、普段なら決して自分から近寄ろうとはしない。
だが、今はティファのことが心配でたまらず、また頼んだはずのものがまだ出ていないことへの不満もあって、必死に声を張り上げて入り口で抵抗した。
「ふざけんなよおっさん! 離せよ、離せって! 俺はティファが心配んだってば! つーか、俺の注文したブレンドコーヒーとクッキーはまだ出されてねえぞ! 金なら払うからよぉ!」
入り口の扉にしがみついてジタバタと不平を叫ぶジョニーに、マーレはカウンターの中から容赦のない怒声を浴びせかけた。
「コーヒーなんか淹れてる場合じゃないんだよ! クッキーもコーヒーも次の機会にしな! ほら、さっさと出ていきな!」
「そんな殺生な、マーレのばあさん……! うわっ、おっさん引っ張るなよ!」
おっさんの腕力に到底敵うはずもないジョニーは、バレットの迫力に怯えながらも、入り口の扉付近まで強引に追いやられ、ドアの枠にしがみついてジタバタと抵抗を続けた。
マーレはそのままシンクの横で、寄りかかって息を荒くしているティファの背中を優しくさすった。
「大丈夫かい、ティファ。ほら、奥に行こうね」
マーレはティファを支え、カウンター内から店の奥にあるトイレへと迅速に誘導した。
トイレへ駆け込むと、ティファはそこでようやく、それまで限界まで堪えていたものを吐き出した。
マーレは呼吸を整えようとするティファをそっと座らせ、親身に声をかける。
「ちょっとここで待ってな」
短い言葉を残すと、マーレは一旦トイレを出て、不安そうに様子を伺っているマリンの元へと向かった。
カウンターの椅子では、マリンがテレビの『忠犬スタンプ』にも目もくれず、不安そうに小さな手を握りしめ、涙をいっぱいに溜めて奥のトイレを見つめていた。
マーレはマリンの前に歩み寄ると、その小さな頭を優しく撫でた。
「マリン、大丈夫だよ。ティファはちょっと風邪で具合が悪いんだ。マーレばあばは急いでお薬を買いに行ってくるから、お前はここでしっかり、ティファの様子を見ておいておくれ」
そう頼まれた三歳のマリンは、大好きなティファのために自分が役に立てるのだと理解し、泣きそうだった顔をきゅっと引き締めた。小さな拳を握り、健気に気張ってみせる。
マリンはカウンターの椅子からちょこんと飛び降りると、トコトコと走ってトイレの入り口へと移動した。
「うん……っ! マリン、ここでティファのこと、じーってみてる! みまもり、がんばるもん! ばあば、お薬いそいでね!」
「いい子だね、頼んだよ」
マーレは優しく頷くと、入り口の扉部分でジョニーを必死に押し出そうとしているバレットの元へと足早に向かった。
すれ違いざま、バレットに向けてピシャリと言い放った。
「誰も店に入れるんじゃないよ!」
「おい、マーレ! 一体全体どうしたってんだ!」
バレットが怪訝そうに大声を上げたが、マーレはそのまま足早にセブンスヘブンを飛び出し、近所の薬売りへと向かった。
バレットはジョニーを中に入れないように、扉のところでしっかりとブロックし続けた。
数分後、マーレは少し息を切らせながら店へと戻ってきた。
その手には、急ぎ調達してきた小さな四角い箱が握られている。
入り口では、何が起こっているのか全く分からず首を傾げているバレットと、相変わらず中に入ろうとジタバタしているジョニーがまだ揉めていた。
マーレはそんな二人を完全に尻目に、目もくれずその横をすり抜け、検査薬を持って再び店内のトイレへと駆け込んだ。
トイレの入り口では、言われた通りに背筋をピンと伸ばして真剣な顔で立っているマリンの姿があった。マーレはマリンの頭を一度優しく撫でると、そのままトイレの扉を開け、持ってきた「妊娠検査薬」の箱をティファに手渡した。
「……これ、使ってみな」
差し出された箱を見て、ティファの心臓がドクンと大きく跳ね上がった。
困惑と、それ以上に脳裏をよぎるある決定的な予感に指先を震わせながらも、ティファはそれを受け取り、重い静寂に包まれた個室の中で指示通りに検査を行った。
判定窓を見つめるティファの瞳が大きく見開かれる。
そこには、言い逃れようのないほどくっきりと、鮮やかな陽性のラインが浮かび上がっていた。
しばらくして、トイレの扉が静かに開き、ティファが出てきた。
その顔は、あまりに突然の展開に対する戸惑いや不安、それ以上に、最愛のハメルとの間に新しい命が宿ったという、胸が震えるような幸せの感情で激しく揺れ動いていた。
「マーレさん、ありがとう……」
ティファは込み上げる愛おしさと涙で声を震わせながら、目の前の大家にそう伝えた。
その複雑に震えるティファの表情と、心からの感謝を正面から受け止めたマーレは、すべてを悟ったように、やれやれと首を振って小さく溜息をついた。
「やっぱりね……。やれやれ、これでティファも一端の母親かい。ハメルの奴、自分が父親になるって知ったら腰を抜かすんじゃないかね」
呆れたような、けれどこれ以上なく温かいマーレの言葉が店内に響く。
そこへ、トイレの入り口からずっと約束通りティファを見守っていたマリンが、目の前にいるティファの給仕服のスカートをぎゅっと小さな手で握りしめ、心配そうにその顔を見上げる。
「ティファ、おねつ下がった? マリン、ちゃんとみまもってたよ!」
不安と心配を堪えて、一生懸命に気張って任務を果たした三歳の少女の健気な言葉に、ティファの胸の奥から愛おしさが一気に溢れ出した。
ティファはその場にしゃがみ込み、マリンの小さな身体を優しく、しかし抱きしめる力を込めてぎゅっと抱きしめる。
「うん……ありがとう、マリン。マリンのおかげで、もう大丈夫よ。痛いの、全部飛んでいっちゃった」
「ほんと……? よかったぁ……」
ティファの腕の中で、マリンは心から安心したようにふにゃりと表情を和げ、ティファの首にしがみついた。
その温かくて小さな命の鼓動と、自分を無条件に慕ってくれる幼いぬくもりを肌で感じながら、ティファの胸の奥で決定的な何かがカチリと音を立てて満ちていく。
(私……お母さんになるんだ)
これまではセブンスヘブンでバレットの愛娘であるマリンを預かり、姉のように、あるいは保母のようにお世話をしてきた。
その日々の中で培われたマリンへの無上の愛おしさと、今この腕の中に伝わる健気な温もりが、ティファの心から先ほどまでの戸惑いや不安を綺麗に拭い去り、確固たる「母としての覚悟」を静かに、しかし力強く芽生えさせていく。
最愛のハメルとの間に、このマリンのように愛らしく、誰からも愛される健気な子供を産むことができたなら。
自分たちを繋ぐ新しい命を、この手で慈しみ育てていくことができたなら――。
ただそれを想像するだけで、全身の血がカッと熱くなるほどに、胸の奥から抑えきれない喜びと生命の歓喜が激しく湧き立ってくるのだった。
ティファは涙を堪えきれず、何度も頷きながら、そっと自身のまだ平らなお腹へと愛おしそうに手を当てた。
豊かな環境が整ったまさにその瞬間に、二人のもとへと巡ってきた新しい家族の息吹。
十九歳の春は、戸惑いとこれ以上ない幸福の絶頂とともに、母としての確かな一歩へと動き出すのだった。