[u]-εγλ 0006年6月3日。
夕暮れ時。
ハメルは鉄屑とオイルの匂いが立ち込める七番街スラムの片隅、雑然とガラクタが積み上がったジャンク屋を初めて訪れていた。
「へえ、見かけない顔だな。何を探してるんだい、兄ちゃん?」
奥の作業場から顔を汚した体格のいい青年が、タオルで手を拭きながら現れる。
彼こそが、このジャンク屋を切り盛りしているジュドーという男だった。
ハメルは深い水色の瞳でジュドーを真っ直ぐに見据え、単刀直入に要件を切り出す。
「極秘で手配を頼みたい車両とパーツがある」
ハメルが口にした要求は、スラムのジャンク屋の常識を遥かに超越するものだった。
長距離の荒野爆走に耐えうる超高出力のツインエンジン、対物ライフルすら弾く重装甲を施せる頑強なベース車両、さらには最高性能の衝撃吸収システムを組み込めるサイドカーのフレーム。
それらを構築するために、神羅の闇ルートから流れてくる最高級の軍用パーツを調達してほしい、というものだった。
ジュドーは目を丸くし、呆気にとられたように声を上げる。
「おいおいおい、正気かよ兄ちゃん!? そんなのバイクじゃなくて動く要塞だぞ。仮にルートを見つけて引っ張ってこれるとしても、神羅の軍用パーツなんて目ん玉が飛び出るようなギルが必要だ。スラムの人間が簡単に口にできる額じゃねえ」
ハメルは表情を一切変えないまま、懐から厚みのあるギルの札束を取り出し、カウンターの鉄板の上に静かに置いた。
それは、三ヶ月前に六番街スラムの地下格闘場『コルネオ・コロッセオ』で並み居る強豪を圧倒して優勝し、獲得した莫大な優勝賞金の一部だった。
「手付金だ。資金の心配は要らない。これから数ヶ月、あるいは一年近くかけてでもいい。条件に合うパーツを集めてくれ」
積まれた大金の額と、ハメルのソルジャーをも凌駕する圧倒的な風格に、ジュドーは一瞬息を呑んだ。
しかし、すぐにその顔にジャンク屋としての職人魂と、不敵なまでの興奮の笑みが浮かび上がる。
「へっ……面白いじゃねえか。そんな化け物みたいな鉄馬のビルドに関われるなんて、メカニック冥利に尽きるね。いいぜ、俺はジュドーだ。その依頼、ジャンク屋の意地にかけて完璧にこなしてやるよ、旦那」
こうして、後に蒼穹色の輝きを放つカスタムバイク『ガルム』となる鉄馬への最初の種を撒き、計画の手回しを終えたハメルは、夜のバー営業の支度をするためにセブンスヘブンへと戻ってきた。
しかし、店の入り口の前に立った瞬間、ハメルはわずかに足を止め、その深い水色の瞳を細める。
いつもなら開店準備が進んでいるはずの扉に、一枚の白い紙が貼られていたからだ。
そこには、ティファの文字ではなく、マーレの豪快な筆跡で『本日臨時休業』と大きく書き殴られていた。
不審に思いながらも鍵を開け、ハメルが店内へと一歩足を踏み入れた。
すると、静まり返ったフロアの正面から、重苦しい視線が突き刺さってきた。
カウンターの前に陣取っていたマーレとバレットが、腕を組んでハメルを厳しく睨みつけている。
それだけではない。
いつもなら嬉しそうに駆け寄ってくるバレットの娘のマリンまでが、父親の隣で小さな腕を組み、なぜか頬を膨らませてハメルをじっと睨みつけていた。
実はマーレが「ティファを不安にさせてるハメルを叱ってやらないとね!」と激しく不機嫌になっていたため、ティファのことが大好きなマリンも、大人の事情は分からないながらにマーレの様子に倣ってハメルを一緒に睨みつけていたのだ。
店内にティファの姿はない。
張り詰めた沈黙の中、何が起きているのか分からず佇むハメルに対し、マーレがピンボール台を指差し、鋭い声でドヤした。
「何寝ぼけた顔して突っ立ってんだい! さっさと地下室に行きな!」
有無を言わせぬ大家の剣幕に、ハメルは表情を変えないまま小さく頷き、地下室へと続くエレベーターへと向かった。
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エレベーターが地下室に到着し、ハメルは二人だけのプライベート空間へと足を踏み入れる。
部屋の奥、ベッドの端に腰掛けているティファが、ハメルの気配に気づいてびくりと肩を揺らし、顔を上げた。
その顔は青ざめており、深い不安と迷いからひどく思い詰めている様子だ。
ハメルの姿をまっすぐ見つめると、ティファは震える指先で、一本の小さなプラスチック製の器具を差し出してくる。
「ハメル……あのね、私、妊娠したみたいなの……」
ティファが持つ妊娠検査薬の判定窓には、くっきりと鮮やかな陽性のラインが浮かび上がっていた。
それを見た瞬間、ハメルは迷うことなくベッドへと歩み寄る。
驚きや戸惑いよりも先に、愛おしさで胸がいっぱいになり、ティファの細くメリハリの効いた身体をその逞しい腕で強く、優しく抱きしめた。
「ティファ、ありがとう」
心の底から溢れ出る愛を込め、静かだが確固たる意志を込めてその言葉を伝える。
不安に震えるティファの心に寄り添うように、その温もりを全身で受け止めた。
最愛の妻をその腕にしっかりと抱きしめるハメル。
その胸の奥には、言葉を失うほどの大きな感動と幸福感が押し寄せていた。
前世では画面の向こう側の存在でしかなかった、世界中から愛される魅力的なティファ。
今、その彼女が名実ともに自分の妻となり、最高の伴侶として、人生のパートナーとして隣にいる。
そのティファとの間に、自分たちの血を引き継ぐ新しい命を授かったのだ。
頭が真っ白になるほどの、深い喜びがハメルの全身を満たしていく。
「子は鎹」という古い言葉があるが、ハメルは今、それをより重大な意味で実感していた。
この小さな命は、自分とティファを繋ぐだけでなく、元は別の世界から来た存在である自分を、この世界に永遠に繋ぎ止める絶対的な鎹なのだ。
ただの漂流者ではなく、ついにこの世界へ深くしっかりと根を張ることができた。
真にこの世界の人間になれたのだという強い自覚。
その確かな繋がりは、夫として、そして父親としての深い責任感と覚悟に変わり、ハメルの心身に、これまで以上の底知れない新たな力を与えていく。
ハメルの内に生まれたこの確固たる変化は、彼から放たれる頼もしいオーラとなって、抱きしめられているティファへとまっすぐに伝わる。
ティファは格闘家としての鋭い直感、そして一人の女性としての本能的な感覚で、ハメルの身体から放たれる気配が、これまで以上に熱く力強いものへと変わっていることを察知する。
(ハメル……? 何か、すごく……あたたかくて、力強い……)
その気の昂まりは、愛するティファが自分のすべてを受け入れてくれて、そのお腹に新たな命まで宿してくれたという、男としての大きな喜びと達成感から生み出された自信の証だった。
愛しい夫ハメルから放たれる、その優しくも包容力に満ちた力強さを肌で感じ、ティファの胸の奥は激しく震える。
その絶対的な安心感の前に、ティファは無意識のうちに全身の力を抜き、ハメルの逞しい身体にすべてを委ねるように深く身を寄せる。
自分を優しく包み込んでくれるハメルの大きな力に満たされ、彼の胸の中で心地よく心を預けていく。
ハメルの首に回した腕に自然と力がこもり、熱く、とろけるような吐息がこぼれ落ちる。
それは、ハメルへの心からの信頼と愛の証だ。
このあたたかい抱擁に包まれたことで、ティファは胸の奥に溜まっていた不安をすべて打ち明ける勇気を得る。
彼女はハメルの広い胸に顔を埋めたまま、堰を切ったように葛藤を静かに話し始める。
「私……嬉しかったの。でも、考えたら怖くなってきちゃって……。私たちの故郷、ニブルヘイムの村をあんな風に神羅に燃やされて、お父さんもみんなも殺されて、その復讐もまだ何も果たせていないのに……。そんな私が、自分だけこんなに幸せな家庭を築いて、新しい命を育んでいいのかなって……」
ティファの細い指先が、ハメルの服をぎゅっと握り締める。
「これから神羅と戦っていくのに、自分の復讐に子供を巻き込んでしまったらどうしよう。私たちの憎しみを、次の世代にまで受け継がせることになっちゃうんじゃないかって……不安でたまらなかったの」
涙ながらに訴えるティファの声を、ハメルは静かに聞き届ける。
ハメルの頭の中には、来年の秋ごろに、あの金髪の幼馴染であるクラウドとザックスがニブルヘイムを脱出してくるはずだという正確な未来の計算がある。
だからこそ「JSフィルター」を早期に普及させて店と利権を安定させ、この一年で神羅に対抗するための行動を加速させていく計画なのだ。
予想より早い展開ではあるが、地盤はすでに整っている。
守るべき家族ができた今、ハメルのその決意はより強固なものへと高まった。
不安に揺れるティファの心を完全に救い、揺るぎない安心を与えることこそが、ハメルの果たすべき役目だ。
ハメルはティファの火照った頬を優しい手つきで包み込み、その深い水色の瞳で、彼女を真っ直ぐに見つめ返す。
静かに、しかし確固たる意志を込めて語りかける。
「ティファ、亡くなった村のみんなのためにも、ニブルヘイムに縁のある命を増やしていくことも、立派な戦いだ。復讐だけが戦いじゃない」
ハメルの確かな言葉が、ティファの不安を溶かしていく。
「全力でティファを支える。だから、何も心配しなくていい」
ハメルは力強くそう誓う。
「ハメル……っ!」
その誓いを受けて、ティファの瞳から大粒の嬉し涙が溢れ出す。
彼女はふたたびハメルの首にしがみつき、泣き笑いの表情を浮かべながら強く頷く。
「はい……! 私、立派な赤ちゃんを産んでみせるわ……!」
ハメルはティファの涙を優しく指先で拭うと、穏やかに提案する。
「難しいことを考えるのは、明日以降にしよう。今日はとにかく喜ぼう」
「ええ……そうね。そうしましょう, ハメル」
ティファは完全に安心し、いつもの笑顔を取り戻す。二人はお互いに寄り添い合いながら、地下室を後にして地上へと向かう。
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地下室を出て、セブンスヘブンのフロアへと足を踏み入れた、その瞬間だ。
「おめでとう、ティファーーーっ!!」
パン、パンパンッ!! と、凄まじい音を立てて何発ものクラッカーが炸裂し、色鮮やかな紙吹雪が店内に舞い散る。
「えっ……!?」
ティファが驚きに目を見開く。
そこには、先ほどまでハメルを睨みつけていたマーレ、バレット、マリンの三人だけでなく、自警団のジェシー、ビッグス、ウェッジ、さらに常連のジョニーまでが待ち構えている。
「ジェシー!? みんなも……どうしてここに!?」
ティファが戸嘘く中、ジェシーがクラッカーの筒を片手に、ニヤニヤと悪戯っぽく胸を張る。
「お昼にバレットから『今日、ティファの様子がおかしくて臨時休業にする』って聞き出してさ。マーレさんに突っ込んだら、まさかの超ビッグニュースじゃない! だったら私たちの仲間として、祝わないわけにいかないでしょ!」
実は、昼間に体調を崩して苦しむティファの異変にまったく気付いていなかったバレットは、その後やってきたジェシーに事情を厳しく突っつかれ、マーレとの会話からようやくすべてを察したのだ。
その時、あまりに察しの悪い自分自身に激しく苛立ったバレットは、「妊娠なんて呑気なこった!」と思わず不器用に毒を吐いてしまう。
しかし、それを横で聞いていたマリンから「お父さん、なんでぷんぷんちてるのー? 赤ちゃんうまれるの、うれしいことなんだよ?」と純粋な反応を返され、ぐうの音も出なくなってさらに深く落ち込んでいる。
先ほどハメルが戻ってきた時に、バレットが不機嫌そうに睨みつけていたのはそれが理由だ。
バレットは今も猛省と照れくささのあまり、頭を掻きながらハメルからバツが悪そうに視線を外す。
すべては、そんなバレットから状況を聞き出したジェシーの発案によるサプライズだ。
「ティファ、本当におめでとうっす! お祝いに、美味い肉まんたくさん持ってきたっすよ!」
ウェッジが大きな包みを嬉しそうに掲げ、ビッグスも「おめでとう、ティファ。これからは身体を一番に大切にするんだぞ」と温かい言葉をかける。
すると、その背後から激しい嗚咽が響き渡る。
「うわああああああん!! ティファァァァッ!! おめでとう、おめでとうだけど……俺のハートはバラバラの粉々だぁぁぁ!!」
ジョニーが滝のような涙を流し、ハンカチを噛み締めながら叫ぶ。
彼はティファの妊娠という決定的な現実に完全な失恋を喫し、精神的な傷を負っているが、それでも大好きなティファの幸せを祝福せずにはいられない男だ。
激しく失恋泣きをしながらも、一生懸命にティファの未来を祝福する。
「うるさいよジョニー! 泣きわめくんじゃないよ、ティファの身体に障るだろうが!」
マーレがピシャリと言い放つと、ジョニーはヒィッと短い悲鳴を上げて大人しくなる。
「ティファ、良かったな」
バレットがその太い声を和らげ、マリンも「ティファ、おめでとー!」と嬉しそうにティファのスカートの裾を引っ張る。
「みんな……本当に、ありがとう……!」
ティファは胸いっぱいの感動に声を震わせ、ハメルの腕にそっと寄り添いながら、心からの笑顔を仲間たちへと向ける。
ひとしきりお祝いの歓声が落ち着き、一同はフロアのテーブル席を囲む。
ウェッジが持ってきた包みを開けると、中からはホカホカと湯気を立てるジューシーな饅頭が顔を出す。
お肉の脂や玉ねぎの香ばしい匂いがふわりとテーブルいっぱいに広がった。
しかし、その匂いを嗅いだ瞬間、ティファはうっと胸を突き上げられるような強い不快感を覚え、思わず口元を押さえて椅子を引く。
普段は大好きなはずの饅頭の匂いすら、いまの身体には受け付けないのだと知り、ティファは悲しそうに眉を下げて小さくしょげる。
それを見たウェッジは、自分がティファを苦しめてしまったのだと勘違いし、ガックリと大きな肩を落とす。
「ティファ、ごめんなさいっす……! 良かれと思って、油っこい饅頭の山なんて持ってきちゃったっす……」
涙目になって平謝りするウェッジを見て、ティファは慌てて両手を大きく振り、優しい声を張り上げる。
「ウェッジ、そんなに謝らないで! ウェッジは私のためを思ってお祝いを持ってきてくれたんだから、何も悪くないのよ! 本当にありがとう」
その様子を同じテーブルで見ていたジェシーが、人差し指を立てて得意げに目を輝かせる。
「こういう時は、酸っぱいものが良いって聞くわね。つわりの時期は匂いがきついものより、さっぱりしたクエン酸が胃を落ち着かせるのよ」
ジェシーがそう蘊蓄を垂れると、その言葉を聞いたマーレが手際よくカウンターの奥に入っていく。
すぐにお湯を沸かし、温かいレモンティーを用意してテーブルまで運んでくる。
「ほら、ティファ。これを少しずつお飲み。さっぱりしたレモンティーだよ。これなら胃の腑も落ち着くだろうさね」
差し出されたカップからレモンの爽やかな酸味のある香りが漂い、ティファはそっと口をつける。
「ありがとう、マーレさん……これならすっきりしていて、全然大丈夫そう」
温かいお茶が身体に染み渡り、ティファはホッとしたようにいつもの穏やかな笑顔を取り戻す。
ティファがお茶を飲み終えて一息ついたのを見計らい、同じテーブルで饅頭を食べていたジェシーがいたずらっぽく目を輝かせ、テーブル越しに身を乗り出すようにして二人をけしかけてくる。
「ねえ、ところでさ。二人は結婚式どうするの?」
「えっ、結婚式……?」
突然の問いかけに、ティファがパチクリと目を丸くする。
「そうよ、結婚式! お腹が大きくなってドレスが着られなくなる前に、ちゃんと挙式すべきじゃない?」
ジェシーの言葉に、ハメルとティファは思わず顔を見合わせる。
実際のところ、二人の親族はあのニブルヘイムの惨劇によって誰一人として生きてはいない。
もしミッドガルで招待客を呼んで挙式するとしても、呼べる相手といえばそれこそいつも店に集まってくれるセブンスヘブンの常連客ばかりだ。
そうなれば、普段店で行っている特別なイベント営業となんら変わらない。
わざわざ無理をして形式的な式を挙げる必要もないだろう――というのが、当事者である二人の現実的な見解だ。
それに、何よりも二人の間には、誰にも言えない特別な思い出がある。
ちょうど一年前、五番街スラムの壊れかけの教会で、エアリスに見届けてもらいながら、二人だけの厳かな「心の結婚式」をすでに挙げている。
だからこそ、ハメルもティファも、いまさら形式的な挙式という形には全くこだわっていない。
ティファは少し頬を染めながら、やんわりとその意向を伝える。
「ありがとう、ジェシー。でもね、私たち、式を挙げることにはあんまりこだわってないの。親族もいないし、みんなを呼んだら普通のイベントになっちゃうから……」
「えーっ! そんなのダメダメ、結婚式は絶対にやるべきよ!」
案の定、ジェシーは納得がいかないとばかりにテーブルの上で両肘を突き、唇を尖らせてごね始める。
「一生に一度の花嫁衣装なんだよ? 女の子なら、絶対に一番綺麗なドレスを着て飾らなきゃ損だって! 舞台役者だった私が言うんだから間違いないわ!」
さらに、同じテーブルの向かいからマーレもニヤリと不敵な笑みを浮かべて参戦してくる。
「なんだいティファ、そんな水臭い遠慮はいりやしないよ。ドレスのことならね、あたしの知り合いのドレス屋に掛け合ってやるさ。スラムのよしみで、格安で手配させてみせるよ」
「マーレさんまで……」
困惑するティファのスカートの裾を、今度は隣に座るマリンが小さな手でぐいぐいと引っ張る。
「きれいなひらひらドレス、マリンもみたーい!」
「マリンちゃん、ナイス!」とジェシーが親指を立てる。
これほどまでに熱烈な女性陣の猛攻の前に、格闘家であるティファも、ハメルも、完全に押し切られる格好となる。
二人はお互いを見て、困ったような、けれど温かい苦笑を交わし合う。
結局、女性陣の勢いに圧される形で、六月下旬のセブンスヘブンの店休日に、二人のウェディングフォトの撮影が行われることとなった。
その撮影が終わった後、日頃から店を支えてくれている常連客たちだけを招待して、ささやかな結婚パーティを催す――ということで話がまとまってしまう。
「よーし、決まりね! あたしが最高の演出を考えてあげるから、楽しみにしてて!」
ジェシーが嬉しそうに声を張り上げ、店内は再び温かな笑い声に包まれる。
スラムの過酷な環境のなかに、突如として訪れた、これ以上なく温かで生命力に満ちた幸福な夜だ。
新しく始まる家族の物語と、それを祝福するセブンスヘブンの灯火は、どこまでも明るく賑やかに輝き続ける。
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[u]-εγλ 0006年6月下旬。
初夏の眩しい光がミッドガルに降り注ぐ中、ティファの妊娠は九週目を迎えている。
悪阻(つわり)の波がピークに達するこの時期、激しい吐き気やめまぐるしい体調の変化が、毎日のようにティファを襲う。
しかし彼女は、その心身の変化を通じて、最愛のハメルの子供をそのお腹に宿しているという決定的な現実を、理屈抜きの愛おしさとともに徹底的に実感させられている真っ最中だ。
そんななかで迎えている店休日、セブンスヘブンのフロアは賑やかなバーではなく、にわか仕立ての撮影スタジオへと変貌を遂げている。
「はい、ハメル! もう少しティファの腰を引き寄せて! そう、そのままお互いに視線を合わせて、優しく微笑んで!」
ジェシーの弾んだ興奮した声が、店内に響き渡る。
撮影そのものは本職のカメラマンに任せ、自身はディレクションに完全専念するジェシーは、劇団仕込みのこだわりを発揮して店の照明や立ち位置のバランスを完璧にコントロールしている。
「素晴らしい……! 本当に見事なプロポーションだ。どこからレンズを向けても完璧に絵になる!」
本格的な機材を設置したカメラ屋のプロが、ファインダーを覗き込みながら熱心にシャッターを切り続ける。
今回の最高級の衣装と撮影が破格の安さで手配できているのには、明確な理由がある。
「頼むから、うちの店の宣材写真として使わせてほしい!」と、ドレス屋とカメラ屋の双方が必死に頭を下げてきたのだ。
誰もが目を奪われる抜群のプロポーションを持ちながら、同時に女神のような凛とした瑞々しい清潔感を漂わせるティファは、業者たちにとってこれ以上ない最高のモデルだ。
店頭に飾るだけで客が群がる未来が見えるからこそ、ドレス屋のデザイナーは尋常ではない気合の入りようで、テイストの全く異なる三タイプの最高級ドレスを店へと持ち込んでいる。
「ティファ、顔色が少し白いな。無理をせず一度座ろう」
当然、今回の写真撮影は、悪阻のピークにあるティファの身体に決して無理のない範囲で、周囲の徹底した配慮の上で進められている。
ハメルは常にティファの隣に寄り添い、そのわずかな息遣いや顔色の変化に鋭く気を配り続ける。
「ごめんなさい、ハメル……ちょっと、お腹のあたりが締め付けられて、重いかも……」
「よし、いったんストップ! 休憩を入れまーす! ウェッジ、冷たいお水を持ってきて! ハメルはティファの背中のリボンを少し緩めてあげて!」
ジェシーがすかさず手を叩いて指示を飛ばす。
少しでも辛そうな予兆があればすぐに撮影を止める手筈になっており、ハメルは手際よくドレスの紐を緩めてティファをソファへと座らせる。
ジェシーやカメラマンもこまめに長めの休憩を挟み、冷たい水分を補給させたり、身体を休める時間をしっかりと確保する。フロア全体が、ティファの体調を最優先にして一つの生き物のように動いている。
冷たい水を口に含み、ハメルの逞しい腕に支えられながら、ティファの唇からホッとしたような吐息が漏れる。
「ありがとう、ハメル。みんなも、本当にごめんなさいね……」
「気にするな。ティファの一番楽なペースで進めればいい」
ハメルがその深い水色の瞳を和らげて語りかけると、ティファの頬に自然と柔らかな笑みが浮かぶ。
「ふふ、でもね、私すごく楽しいの。一人の女性として、こんなに素敵でテイストの違うドレスを三つも着させてもらえるなんて、本当に贅沢で幸せだわ」
最愛の夫の視線を独占し、彼との絆である新しい命をお腹に感じながら、美しい白いドレスを纏う。
その至れり尽くせりの温かい環境のなかで、ティファの胸には、言葉にできないほどの大きな満足感と喜びが優しく満ちてゆく。
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最初にティファが纏ったのは、王道の『プリンセスライン』のドレスだ。
ハートカットのビスチェに押し上げられた豊かなバストと、きゅっと絞られた細いウエストの高低差が、ハメルの目を強く惹きつける。
上半身はコルセットのように極限までタイトに仕立てられ、ウエストから下は幾重にも重なるボリュームたっぷりのティアードフリルが華やかである。
ティファの肉体が持つ驚異的なメリハリを劇的に際立たせるデザインだ。
前裾が短いハイアンドローのデザインが、美しい脚元とシューズを際立たせ、都会的で洗練された印象を与え、繊細なレースのロンググローブと煌めくティアラが、クラシカルな気品とロマンティックな雰囲気を添えていた。
「……どうかな、ハメル? ちょっとボリュームがありすぎて、大袈裟じゃない?」
ティファが少し照れくさそうにバルーンスカートの裾を軽く持ち上げた。
ハメルはその完璧な美しさにしばし言葉を失い、それから静かに首を振る。
「いや、よく似合っている。スラムの喧騒を忘れさせるほど綺麗だ」
ハメルの素直な賛辞に、ティファの頬がふっと赤く染まる。
ボリュームのあるスカートの広がりが彼女の可憐さをより強調し、それはフロア全体を魅了するほどの輝きを放っていた。
次にティファが着替えて現れたのは、大人の色香を限界まで引き出す『マーメイドライン』のドレスだ。
滑らかなサテン生地が、身に纏うティファのたおやかな曲線美を完璧に描き出し、腰元から足元へと向かって、まるで人魚の尾ひれのように優雅に広がっている。
肩を大胆に露出した、ビスチェスタイルのトップスは、深々と刻まれたハートシェイプのネックラインが、デコルテの美しさを際立たせる。
胸元は深いVネックになっており、彼女の柔らかで豊かな谷間を、潔いほど大胆に、そして気高く主張していた。
ウエストはきゅっと絞られ、そこから下は、布地のドレープが幾重にも重なり合い、光を浴びて真珠のような光沢を放ちながら、長く優雅なトレーンとなってフロアに広がっている。
髪は、漆黒の長い髪を高い位置できゅっとまとめ、凛としたポニーテールに。
顔周りにはひと筋の遅れ髪がはらりと落ち、凛とした表情の中に、花嫁らしい優美さとモダンな躍動感を添えている。
「こっちは、すごく身体の線が出るから……なんだか落ち着かないわ」
そう言ってティファが少し身を縮めると、ハメルの視線は、彼女の滑らかな下腹部へと向けられた。
まだ外見からは妊娠しているとは全く分からないほど引き締まっているが、ハメルはその場所にそっと大きな手を添える。
「外からはまだ何も見えないけれど……ここに俺たちの子供がいるんだな」
「ええ……。不思議ね、私には、ここに小さな命がしっかりと根付いているのが、手のひらから伝ってくる気がするの」
ティファの瞳が熱く潤う。
最後に、ジェシーが本命として用意していたのが、可憐さと過激さが同居する『ミニ丈のセクシーライン』のドレスだ。
純白のティアラとツインテールが魅せるデコルテの下、身体に吸い付く超タイトなビスチェドレスが眩しい。
尋常ではない生地の薄さと凄まじい透け感が第二の皮膚のように肉体に密着し、柔肌の質感や体温までも克明に浮かび上がらせる。
深々のスリットから覗く豊満な胸元と、太ももの付け根に迫る『過激なミニ丈』から伸びる脚が圧倒的な官能を放つ。
腰背後から広がるシフォンのオーバースカートが優雅に揺れ、可憐な愛らしさと過激なセクシーラインの対比を鮮烈に際立たせている。
「ちょっとジェシー、これ、生地が薄すぎない!? ほとんど水着みたいよ……っ」
ティファが真っ赤になって裾を引き下げようとする。
ハメルもその過激なタイプに、思わずそのままベッドインしたくなるほどの強い衝動を覚えた。
普段の夜営業でも蒼のミニドレスでその美脚は惜しげもなく披露されているが、純白のレースとフリルに包まれたそれは、見慣れているはずのハメルの目に、全く異なる輝きを持って映る。
「ハメル、そんなに見つめないで……変じゃない?」
「変なわけがない。……今すぐ撮影を終えて、地下の部屋に連れて行きたくなるくらいだ」
「もう、ハメルったら……!」
健康的で肉感的な太もも、そこから足首へと流れる滑らかな素肌のライン。
その眩いほどの白さは、最高級のドレスと対比することで、よりいっそう深い気品と美しさを際立たせていた。
その中央に立つティファの姿を目にする時、ハメルの胸の奥には、言葉にできないほどの愛おしさと、夫婦として人生を共に歩んでいく至上の幸福感が満ちあふれていた。
画面の向こう側の存在だった最高の伴侶を名実共に妻とし、これから新しい命を二人で育んでいく。
脳の芯を温かく満たすような、心地よい喜びがハメルの全身を包み込んだ。
「はい、ハメル! そのミニ丈のラインを活かして、ティファの腰をグッと引き寄せて! 最高の表情、いただくわよ!」
ジェシーの声に促され、ハメルは大きな掌でティファの細い腰を優しく引き寄せ、その水色の瞳で彼女を真っ直ぐに見つめ返した。
「ハメル……」
「大丈夫か? 辛くなったらすぐに言うんだぞ」
「ええ、あなたの腕の中にいるだけで、つらさなんて全部吹き飛んじゃう」
ハメルの腕に包まれるだけで、悪阻のきつさを忘れさせるほどの圧倒的な安心感がティファの心をみたしていく。
ただ、ジェシーの熱烈なディレクションは、衣装が変わるごとに「じゃあ、ここで二人の誓いのキスね!」という情熱的なオーダーを要求してきた。
プリンセス、マーメイド、さらにミニ丈。
全く異なるドレスの魅力を引き出すためとはいえ、都合三度も誓いのキスのシーンをジェシーたちの衆目に晒すだけでなく、カメラによってバッチリと最高の写真として記録に残されてしまう。
「ジェシー、もうキスは十分でしょ……!?」
ティファがたまらず抗議するが、ジェシーは「ダメダメ! ドレスが変わればキスの意味も変わるの!」と一歩も引かない。
いくら最愛の夫が相手とはいえ、ティファにとって流石に恥ずかしくてたまらないものだ。
「ハメル、お願いだから、パッと済ませて……」
「ああ、なるべく早く終わらせよう」
そう言いながらも、ハメルは愛おしさを堪えきれずに深く唇を重ねる。
キスを交わすたび、ティファは耳まで真っ赤にしてハメルの胸元に顔を埋めた。
「最高! プロのライティングもバッチリ! 二人とも、今の視線すっごく綺麗! 動かないで、そのまま!」
ジェシーの指示に合わせてカメラ屋のプロが激しくシャッターを切る。
初夏の光の中で、純白のドレスと漆黒のタキシードが鮮やかなコントラストを描き、二人の幸せに満ちた思い出を永遠の記憶としてフィルムに焼き付けていった。
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すべての撮影が大きな拍手とともに無事に終了し、カメラ屋のプロが機材を片付けて撤収していくと、張り詰めていたスタジオの空気は一気に解き放たれた。
「はい、二人とも本当にお疲れ様! 最高のカットが山ほど撮れたわ!」
ジェシーが満足感に満ちた声を上げると、それまで撮影の邪魔にならないようフロアの隅で見守っていたアバランチの面々やマーレ、そしてジョニーが一斉に動き出した。
ティファは一度地下室へ戻り、動きやすいシンプルな私服に着替えてからフロアへと戻ってきた。ドレスを脱いでもなお、その頬は先ほどの熱い抱擁の余韻でほんのりと赤みを帯びている。
カウンターには、撮影のサポートや買い出しに奔走してくれていたビッグスとウェッジの手によって、内輪だけのミニパーティーの準備が手際よく整えられていた。
ウェッジ特製の山盛りのサンドイッチや軽食、そして冷えた果実酒やジュースがずらりと並べられる。
「さあさあ、主役の二人を労うっすよ! 乾杯の準備はいいっすか?」
ウェッジが楽しげにグラスを掲げると、バレットが太い声を響かせた。
「おう、今日は一日大がかりだったからな。ティファ、まずはその美味そうなもんをしっかり食って体力を戻しな」
バレットは相変わらずぶっきらぼうだったが、その瞳にはティファの無事な撮影終了を喜ぶ温かさがあった。
マリンがティファの足元にトコトコと駆け寄り、その小さな手でティファの指をぎゅっと握る。
「ティファ、おきがえちちゃったの? ひらひら、ぜんぶかわいくて、まりんもおひめしゃまになりたいー!」
「ふふ、ありがとうマリン。マリンならきっと、私よりずっと可愛いお姫様になれるわよ」
ティファはしゃがみ込み、マリンの頭を優しく撫でながら、心からの笑顔を浮かべた。
カウンターの端では、ジョニーがグラスを片手に、未だに夢見心地のような、あるいは放心したような表情で呟いていた。
「いや……本当に奇跡だった。プリンセスもマーメイドもミニ丈も、全部がティファのために存在していたと言っても過言じゃない……。俺は今日、一生分の美の真髄を目撃した気がするぜ……」
「相変わらず大袈裟な男だねえ」
マーレがやれやれと首を振りながらも、ティファに向かって温かい眼差しを向けた。
「でもね、本当にドレス屋の奴が張り切っただけのことはあったよ。あんたのスタイルの良さがこれでもかってくらい引き立ってたさね。ハメル、あんたもしっかりティファをエスコートできてたじゃないかい」
ハメルはカウンターに背を預けながら、マーレの言葉に静かに頷いた。
「ねえ、これ見てよ!」
ジェシーがカメラ屋から預かったばかりの、撮影データの入ったチェック用の小型モニターを誇らしげに掲げる。
「プロの技術と私のディレクションの結晶よ! ほら、このハメルがティファの腰を引き寄せてるカットなんて、二人の間の幸せな空気がこっちまで伝わってくるみたいじゃない?」
アバランチのメンバーやマーレ、マリンがモニターの周りに群がり、「おお!」「すげえっす!」「ティファ、すっごく綺麗!」と再び大歓声が上がる。
画面にばっちりと映し出されている、誓いのキスの瞬間の数々に、ティファは「もう、ジェシー、そこは見ないで!」と両手で顔を覆って赤面している。
ジョニーは画面の圧倒的なお似合いぶりに、ハンカチを握り締めて悶絶しているが、それでも一生懸命に二人の未来を祝福している。
モニターに映る純白のドレス姿を見つめながら、マリンも嬉しそうに飛び跳ねた。
「わあーっ! おひめしゃまのティファ、かっこいー! まりん、これおへやにペタってちたい!」
賑やかに語らい、ウェッジの料理を囲む仲間たちの中心で、ハメルは隣で幸せそうに微笑むティファの横顔を見つめる。
ただの世界の漂流者、異物でしかなかった自分が、この魅力的な世界に深くしっかりと根を張ることが出来た。
この仲間たちの温かい笑顔と、写真に残る確かな思い出、そしてティファの胎内にある新しい命こそが、自分がこの世界の真の人間になったという絶対的な証拠であった。
胸の奥から湧き上がる、これまでとは次元の違う覚悟。
その比類なきパワーを全身に漲らせながら、ハメルは愛するティファと共に歩む未来を何があろうと守り抜くことを、まだ見ぬ我が子に深く誓った。