※この作品はR-18です。

FF7ntR   作:夜叉五郎

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第二章:ニブルヘイム事件

[u]-εγλ 0002年9月下旬。

 

夕闇がニブルヘイムの村を包み込もうとする頃、村の入り口へと続く山道から、不穏な気配が伝ってくる。

この世界の歴史が決定的に動き出す切っ掛けとなるイベントが、今まさに始まろうとしていた。

 

「おい、本当に今日来るんだな? 神羅の凄いソルジャーってやつらが」

 

「ああ、村長がそう言ってた。だが、予定の時間をとうに過ぎてるぞ。山道で何かあったんじゃ……」

 

大人たちが不安げに囁き合う中、ハメルは彼らに混ざって、神羅の調査団を静かに待ち受けていた。

 

背丈は180cm。

狩猟系の斥候として徹底的に絞り込まれたその肉体は、驚くほどシャープで軽く、無駄な脂肪は一切ない。

背には愛用の弓を背負い、腰の左右には研ぎ澄まされた小剣を二振り帯びていた。

一振りは予備を兼ねているが、必要とあらば両手に得物を構える二刀流の戦闘も可能だ。

利き手ではない左手の小剣をマンゴーシュのように扱い、敵の攻撃を受け流しながら隙を突くのが、ハメルが根性で構築した独自の戦闘スタイルだった。

 

今やハメルは、村で知らぬ者のいない弓と小剣の名手へと成長を遂げていた。

村長の息子であり、その傑出した強さから自警団や村の人間からも一目置かれている。

ゆえに似合ってない漆黒のサングラスを装着してても、突っ込む者は誰もいない。

 

そのサングラスはハメルの「魔晄の目」を覆い隠すための小道具だ。

一応はティファからのプレゼントとなる。

村を時たま訪れる行商人から彼女が買い求めた物である。

 

---

 

当初の予定では、神羅カンパニーの軍用トラックで村まで乗り入れるはずだった。

だが、廃棄魔晄炉の周辺から漏れ出す高濃度の魔晄エネルギーにより、この一帯の野生生物が急激に変異して活性化。

神羅の車両は途中で機能停止に陥り、彼らは魔物を駆除しながら徒歩でこの村へと進軍してくる。

 

山霧を割って最初に姿を現したのは、特徴的な髪型を揺らす快活な青年だ。

背中に背負った巨大なバスターソード。

長旅と魔物との連戦の直後だというのに、彼の呼吸には一切の乱れがない。

衣服には、道中で切り伏せてきたであろう魔物の体液が、乾く暇もなく付着していた。

 

(ザックス・フェア……!)

 

原作におけるお気に入りの存在の一人が目の前にいる。

ソルジャー・クラス1stにふさわしい鍛え上げられた強靭な肉体と、自分より大柄なその全身から放たれる圧倒的な陽のオーラに、ハメルの胸は原作ファンとしての歓喜で震えた。

 

だが、その歓喜は一瞬で、戦士としての本能が鳴らす最大の警報によって上書きされる。

後ろから、音もなく静かに歩を進めてくる男。

銀髪を夕風になびかせ、手にした異様に長い野太刀「正宗」を携える男――セフィロス。

 

「――ッ」

 

その場にいた村の大人たちが、一斉に息を呑み、一歩、後ずさりする。

それは恐怖というより、下位の生物が上位の捕食者を前にした時の、細胞レベルの拒絶反応だった。

ジェノバの因子を組み込まれ、科学技術の粋を集めて製造された究極の戦闘生物。

その整いすぎた容姿はこの世の如何なる造形物をも凌駕し、身に纏う圧倒的なオーラは、空間そのものを歪ませているかのように錯覚させる。

 

(これが、セフィロス。ジェノバの遺伝子を継ぐもの、この星の敵……)

 

ハメルは息を呑む。

この八年間、血の滲むような魔晄浴と死闘を重ね、人間を遥かに超越する強さを手に入れたハメルだからこそ、目の前の男が放つ絶望的な次元の差を、朧げながらも正確に判断することができた。

 

(これは勝てない。逆立ちしたって、逆転の目など万に一つもない)

 

透徹とした視線で彼我の戦力差を見極めるハメル。

しかし、ハメルの目的はセフィロスを倒し、次世代の英雄になることではない。

ニブルヘイムを、ティファを、長年積み重ねてきた確かな月日を守り抜くことだ。

自分にできることは、この村に降り掛かる凄惨な未来を、僅かばかりでも食い止めること。

 

その境界線をシビアに見定めた瞬間、絶対に勝てないであろう究極の存在を前にして、ハメルの肝は逆に据わる。

驚くほど冷静な思考がハメルの体を支配していく。

ハメルは一歩進み出し、神羅の一行の前に立つ。

 

「お待ちしておりました。この村の村長ゾンダーの息子のハメルです。途中の山道、魔物の活性化で酷い有様だったでしょう。長旅の疲れを癒やすため、我が家にてささやかな歓迎の宴を用意していますので、どうぞこちらへ」

 

ハメルが淀みなく自己紹介と案内を口にすると、ザックスは驚いたように目を丸くする。

サングラスで瞳を隠しているものの、精神に一切の揺らぎがないハメルの腹の据わり様と、その大人びて見える隙のない佇まいは、一瞥しただけでただの村の青年ではないことを物語っていたからだ。

特に、使い込まれた弓と二振りの小剣を自然に体の一部として馴染ませている立ち姿に、ザックスの鋭い野生の直感が反応していた。

 

一方、究極の生物兵器であるセフィロスは、警戒など微塵も見せない。

ただ、目の前の青年の特異な佇まいにわずかな興味を惹かれたのだろう。

氷のように冷徹な瞳の奥に、ほんのりと娯楽を見出したかのような色が浮かぶ。

 

セフィロスは圧倒的な強者の余裕を漂わせ、ハメルを面白そうに観察するように眺めると、フッと薄い唇を微かに動かした。

 

「宴はザックス、お前たちだけで楽しめ。ハメを外すなよ」

 

「え? セフィロス、あんたはまた不参加かよ」

 

ザックスが声をかけるが、セフィロスはそれ以上言葉を返すこともなく、単身で村の宿屋の方角へと歩き出す。

 

「へえ、了解。……相変わらずお堅いね」

 

ザックスは苦笑しながら肩をすくめると、すぐに視線をハメルへと戻し、ニカッと親しみやすい笑みを浮かべる。

 

「ハメルって言ったっけ。お前、強そうじゃん。道中の魔物、事前に間引いてくれてたのもお前だろ? その背中の弓と腰の小剣、随分使い込まれてるし、何より良い面構えだ。助かったぜ」

 

「自警団としての役目を果たしたまでです。さあ、こちらへ」

 

ザックスのフランクな言葉に、ハメルはサングラスの奥の目をわずかに和らげ、ザックスと随行してきた三人の一般兵を連れて、自宅である村長の家へと移動を開始した。

 

---

 

ソルジャーの後ろを歩いていた一般兵たちの中に、影のように従う、もう一人の気配があった。

歩幅、重心の置き方、反映される挙動、指示に対する不自然に揺れる視線。

 

(クラウド・ストライフ......だな)

 

ヘルメットの奥にあるのは、ソルジャーになれなかった不甲斐なさと、ティファに合わせる顔がないという強烈な劣等感だ。

前世の知識を持つハメルには、彼の苦悩が手に取るように分かった。

 

ハメルがあえて一般兵の格好をしたクラウドを先導するようにして歩くと、ヘルメットの奥でクラウドの息が微かに詰まるのが聞こえる。

今のハメルとクラウドとの身長差は10cmも有り、その体躯の完成度と、放たれる戦士としての存在感はクラウドを完全に圧倒していた。

弓と小剣を極め、ニブルヘイム最強の防衛戦力として進むハメルの背中を前にして、クラウドの劣等感という名の精神的負荷が、さらに肥大化していく。

 

村長の家に到着すると、村長のゾンダーと、村の相談役であるティファの父親ブライアンが笑顔で一行を出迎えた。

 

「おお、よくぞおいでくださった! 神羅のソルジャー様!」

 

「遠路はるばるご労苦様です。さあ、中へどうぞ!」

 

ハメルはザックスたちを二人に引き合わせると、その場で静かに一歩退く。

 

「親父、相談役。神羅の方々の応対をお願いしていいか?」

 

現在、魔晄炉の暴走によって周辺の魔物が急激に増殖している。

村の防衛線を維持する必要があった。

 

「えー、お前抜けるの? 残念」

 

ザックスが残念そうな顔をする。

礼儀は失しない程度に応対するハメル。

 

「今から村の夜間警備の当番ですので、俺も宴は失礼します」

 

ハメルのその毅然とした態度に、ザックスはフッと口元を引き締めた。

 

「ま、夜はモンスターも活発になるからな。警備よろしくな! 頼りにしてるぜ、ハメル」

 

ザックスはあっさりと受け入れつつも、ハメルの肩を軽く叩き、信頼の籠もった視線を向けた。

 

こうして、ハメルは夜通し村の警備に回ったため、原作の歴史通り、ニブル山に最も詳しいティファが翌朝からの案内人として選ばれることとなった。

ハメルは彼女を危険な目に遭わせたくはなかったが、裏で動くための時間を確保するため、および原作の大枠を維持するために、あえて村に残留する選択をしたのだ。

 

ハメルが部屋を出ていくのを見送りながら、村長ゾンダーと相談役ブライアンを中心に、ザックスと一般兵三人を迎えた歓迎の宴が賑やかに執り行われた。

 

「お、これ美味そう! ほら、お前らも遠慮なく食えよ」

 

ザックスが気さくに一般兵たちを促す声が、部屋の外まで響いていた。

 

---

 

その日の夜、宿舎からザックスたちを囲む宴の声が響く中、ハメルは弓と二振りの小剣を携え、夜間警備へと赴いていた。

猟師として鍛えた足取りで油断なく静まり返った村の各所を巡回していると、村の中央にある給水塔の上に見覚えのある人影があることに気づく。

見上げると、そこにはティファがちょこんと座っていた。

ハメルの姿を認めた彼女は、嬉しそうに小さく手を振ってくる。

 

ハメルは給水塔のハシゴを軽快に登り、彼女の隣へと腰を下ろした。

 

夜風がティファの黒髪を揺らす。

ランプの淡い光に照らされたティファは、最近お気に入りの衣装を身に纏っていた。

 

頭には深みのあるブラウンのウエスタンハットを被り、艶やかな黒髪は後ろの低い位置でゆったりと一つにまとめられ、毛先近くで小さく結ばれている。

胸元にはフリンジがあしらわれたショート丈のブラウンレザーベストと白いビスチェを合わせ、健康的に引き締まったウエストを大胆に露出させていた。

背中側は細い紐がクロスして結ばれたバックレス仕様になっており、夜風にさらされたその肌がどこか艶やかだ。

腰元には太いバックルベルトを斜めに巻いたレザーのミニスカート、および足元には膝下までを覆うオリーブグリーンのロングウエスタンブーツ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ティファによれば、これがミッドガルで今一番流行ってるファッションなのだそう。

村を時たま訪れる行商人から彼女が買い求めた一揃えである。

ちなみにハメルのサングラスも同じ行商人から入手している。

 

まあ、彼女がどんな服を着ているかはハメルにとって些細な話だ。

問題は中身である。

十五歳にして167cmという長身かつ、同年代の少女たちがいれば一際目立つであろう抜群のプロポーション。

格闘家としてのしなやかな肉体美と、カウガール風の快活な魅力が見事に融合したその姿は、彼女の可憐さと大人びた色香を一層引き立てていた。

ただただ眩しい。

 

「ハメル、お疲れ様。……ねえ、神羅の調査団の人たちって、どんな人たちなの?」

 

ティファはハットのつばに軽く手をかけながら、少し身を乗り出すようにして、夕方に到着した特別な客たちのことを尋ねてくる。

 

ハメルはその問いに答えようとして、ヘルメットを被っていたあの一般兵――クラウドのことを話そうと口を開きかけた。

だがその瞬間、ハメルの網膜の端で、世界の既定路線を守ろうとする守護者たち、フィーラーの黒い霧が不気味に蠢く。

歴史の改変を防ごうと、空間の圧力がじわりと増し、声が出なくなるほどの重圧がハメルを襲う。

 

(今じゃない。まだ動くべき時ではない)

 

ハメルは内心で息を吐き、クラウドの存在を伏せることを選択する。

 

「ああ、二人のソルジャーは、セフィロスとザックスという名前らしい。どちらもとんでもなく強い男たちだよ」

 

そう告げると、ティファは一瞬、期待していた答えではなかったかのように「そっか……」と、少し残念そうな表情を浮かべる。

ハメルは彼女の横顔を見つめ、少しからかうような口調で言葉をかけた。

 

「どうした? クラウドが来ると思ったか?」

 

「――っ、ちょっと、ハメル!」

 

図星を指されたティファは、一瞬で頬を真っ赤に染めてハメルの腕をぽかぽかと叩く。

 

「もう、そんなんじゃないわよ! ただ、みんな都会に行ってどうしてるかなって思っただけ! 変なこと言わないで!」

 

「はいはい、分かってるよ。悪かった」

 

恥ずかしそうに抗議するティファと、それを宥めるように微笑むハメル。

側から見れば、それは年頃のお似合いの男女が、夜の給水塔の上で親しげに戯れ合っている光景そのものだ。

胸の奥にあるクラウドへの淡い憧れや初恋の切なさは、今もティファの中で大切に燻り続けている。

けれど、誰もいなくなったこの村で最も親しく、常に自分を支えて隣にいてくれるハメルは、彼女にとって誰よりも特別で甘えられる年上の男性になっていた。

 

---

 

(ティファと、ハメル……)

 

最悪のタイミングでその様子を見つめている者がいる。

歓迎の宴の喧騒に馴染めず、一人でそこを抜け出し、実家へと戻ろうとしていた兵士姿のクラウドだった。

ヘルメットを抱えたクラウドは、給水塔の上で信じられないほど気心の知れた、親密な信頼の空気を纏う二人を、地上から生々しく目撃してしまったのだ。

 

自分より10cmは高い身長で圧倒的な存在感を放つハメルと、あまりにお似合いの距離感で笑い合うティファの姿。

クラウドの身体は激しい動揺で硬直する。

それと同時に、ソルジャーになるという約束を果たせず、ただの一般兵に甘んじている今の惨めな姿を、ティファに絶対に見られたくないという強烈な拒絶感がクラウドの心を支配する。

 

塔の上のティファが、地上に佇む人影に気づく。

それがクラウドであるとは夢にも思わず、村を夜間巡回してくれている神羅の一般兵の一人だと勘違いした彼女は、親切心から地上に向けて大きく手を振った。

 

「お疲れ様ですー!」

 

ティファから向けられたその無邪気な一瞥に、クラウドの精神的負荷は限界に達する。

彼はハメルとティファの確固たる絆を見せつけられた動揺と、不甲斐ない自分への羞恥心から、逃げるようにその場から足早に去っていった。

 

「あれ、行っちゃった……。変な人ね」

 

不思議そうに首を傾げるティファの横で、ハメルは夜闇に消えていく後ろ姿を見送りながら、(やっぱり、あれがクラウドだったんだろうな……)と、密かに小さくため息をついた。

二人のすれ違いの切なさを原作ファンとして感じつつも、今は感傷に浸っている場合ではない。

 

ハメルは話題を切り替えようと表情を引き締め、隣の少女に向き直る。

 

「ティファ、明日のガイド役、本当に気をつけるんだぞ。ニブル山の魔物は暴走していて、普段の山とは訳が違うからな」

 

ティファは居住まいを正し、それから胸を張って充実した笑みを浮かべてみせる。

 

「任せて! 私だって、ただ守られてるだけじゃないんだから。ザンガン流の免許皆伝の試験も、もうすぐなんだからね。絶対にハメルやみんなの足手まといにはならないわ」

 

その力強い言葉と笑顔に、ハメルは少しだけ救われるような思いがした。

 

だが、明日の朝になれば、ついにあの廃棄魔晄炉への案内が始まる。

クラウドがソルジャーという幻影に苦しみ、ティファが絶対的な信頼をハメルに寄せる中、世界は確実に破滅へと向かってカウントダウンを刻んでいた。

 

セフィロスの狂気という名のプログラムが起動する変えようがない運命の刻を前に、ハメルは静かに、しかしどこまでも強固な覚悟を胸に抱き、夜明けを待つ。

 

---

 

[u]-εγλ 0002年10月01日 昼。

 

廃棄魔晄炉の調査から戻ったセフィロスが、村の奥に佇む神羅屋敷へと引き籠もってから、数日の月日が流れていた。

屋敷の地下に眠る膨大な資料室。

そこから一歩も出てこない英雄の様子を、ハメルは確信を持って注視し続ける。

 

ある日の午後、ハメルは村の入り口近くで、ザックス・フェアがひどく顔を曇らせているのを見かけた。

ザックスは意を決したように息を吐くと、セフィロスを心配して単身で神羅屋敷の門を潜っていく。

 

「待ってろよ、セフィロス……今、行くからな」

 

そのザックスの呟きを聞いた瞬間、ハメルの心臓が緊張に跳ね上がった。

 

(ついに、この時が来てしまった……!)

 

前世の知識を持つハメルには、神羅屋敷の地下で今何が起きているのかが手に取るように分かった。

セフィロスが地下の資料から己の出生の秘密、残酷な真実に辿り着き、狂気に囚われようとしている最中なのだ。

 

ハメルは鍛え上げた肉体を極限まで駆動させ、閃光のごとき速度でティファの家へと向かって走り出す。

まだセフィロスが屋敷から出てきていない今なら、最悪の惨劇を回避できる。

 

ティファの元にたどり着いたハメルは、彼女の肩を強く掴む。

サングラスの奥のハメルの瞳は、かつてないほどに切迫していた。

 

「ティファ、今すぐおじさんを連れて、この村から逃げるんだ! 一刻の猶予もない、いいから俺を信じてくれ!」

 

「え……? ハメル、急にどうしたの? お父さんなら今、広場の方に――」

 

突如として、二人の間の空間がガラスのようにひび割れ、不気味に歪む。

濃密な黒い霧が噴出し、ハメルがよく知るボロボロの布を纏ったような存在が、空間を埋め尽くすようにして次々と姿を現し始める。

運命の既定路線の守護者、フィーラーだ。

 

しかも、その質量と密度はこれまでの比ではない。

ストーリーの決定的な改変を阻止するため、世界システムがそのリソースのすべてを注ぎ込んだかのように、フィーラーたちは禍々しく明確にその輪郭を具現化させていく。

 

「な、何これ……!? 何なの、この化け物たちは!」

 

ティファがしなやかなその身体を震わせ、悲鳴に近い声を上げる。

彼女の目にもはっきりと映るほどの濃度で、ついに世界の強制力が実体化する。

 

「チッ、運命の補正能力が本気を出してきたか……! ティファ、俺の側を離れるな!」

 

ハメルは背から愛用の弓を引き抜き、矢筒から矢を番える。

ここが、八年間積み重ねてきたすべてをぶつけるべき、運命の分岐点だった。

 

その時、周囲の空間が激しく反転し、色彩が完全に失われる。

まるで空間の位相が強制的に書き換えられたかのように、二人はニブルヘイムの現実世界から切り離され、星のエネルギーの残滓が不気味に渦巻く、幾何学的で無機質な別世界へと引きずり込まれていく。

 

「世界ごと俺たちを隔離したっていうのか……!」

 

「ハメル、ここ一体どこなの!? 景色が……!」

 

動揺するティファを背に庇いながら、ハメルは鋭い視線を巡らせる。

 

異空間の全方位から、無数のフィーラーが襲いかかる。

ハメルは魔晄によって強化された肉体をしなやかに躍動させ、まずは弓による正確無比な早撃ちで、襲い来る黒い影を次々と射抜いていく。

しかし、底なしの物量で迫るフィーラーを前に、ついに矢筒の矢がすべて尽きてしまう。

 

ハメルはすかさず弓を背へと戻すと、腰の左右から二振りの小剣を引き抜いて一閃。

間合いを詰めてきた個体に対し、高速の二刀流で立ち向かう戦闘スタイルに切り替える。

利き腕ではない左手の小剣を巧みに操って不可視の重力圧を受け流し、右手の小剣で鋭いカウンターの斬撃を叩き込む。

狩猟系斥候としての軽い身のこなしは、この異空間の不規則な負荷の中でも遺憾なく発揮される。

 

しかし、歴史の改変を頑なに拒むフィーラーの群れは、倒しても倒しても無限に空間から湧き出し、容赦なくハメルの肉体を削っていく。

防弾仕様の衣服は引き裂かれ、皮膚から血が噴き出す。

圧倒的な物量の前に、ハメルの膝が折れかけ、視界が絶望で染まりそうになった。

 

「ハメルに、手を出さないで!」

 

その時、鋭い気迫とともに、ティファが戦場へと躍り出る。

 

167cmの抜群のプロポーションを最大限に活かした、ザンガン流の蹴撃。

頭上高くにまでしなやかに跳ね上がるその美しく強靭な脚の一撃が、フィーラーの包囲網を打ち破る。

天性の身のこなしでハメルの死角をカバーするティファ。

 

ティファが自らの決意で、この異次元の死闘に参戦してくれたのだ。

彼女の強烈な掌底と蹴撃がフィーラーを怯ませ、ハメルに一瞬の呼吸の猶予をもたらした。

 

「ティファ……ありがたい! 二人で一気に叩き潰すぞ!」

 

「ええ、負けないわ!」

 

ティファとの精神の共鳴が、限界を迎えていたハメルの生存本能に再び爆発的な火をつけた。

ハメルは左手の小剣で敵の攻撃を完璧にいなし、右手の一振りに体内のエネルギーを収束させ、空間そのものを切り裂くような一撃を放つ。

咆哮とともに繰り出された二人の猛攻は、群がる黒い番人たちを次々と消滅させていく。

 

ついに、空間を覆っていた霧が完全に霧散する。

ハメルはシステムの強制力を力尽くで撃ち破り、運命の定めに決定的な風穴を開けることに成功したのだ。

 

最後のフィーラーが塵となって消滅した瞬間、異空間が激しく脈動し、ガラスが砕け散るような音と共に、二人の視界は再び元の現実世界へと強制的に引き戻された。

 

---

 

戻ってきた現実の世界に広がっていたのは、絶望の赤だった。

 

「あ……、ああ……っ!」

 

ティファの喉から、言葉にならない悲鳴が漏れる。

 

二人が別世界での死闘に時間を取られている間に、セフィロスによる惨劇はすでに始まっていた。

ニブルヘイムは紅蓮の炎に包まれ、空間全体が圧倒的な熱量に歪む。

辺りには弁解の余地なく惨殺された村人たちの骸が転がり、夜の空気を絶叫と血生臭い煙が満たしている。

 

「くそっ、動け、俺の身体……!」

 

先ほどの異空間での激闘で、ハメルの体力は完全に底をついていた。

筋肉は断裂しかけ、肺は焼けるように熱い。

現実世界に戻った途端に押し寄せてきた、凄まじい負荷。

ハメルはその激痛を強引にねじ伏せながら、満身創痍の肉体を動かし続ける。

 

ハメルの足元に、燃え盛る炎に巻かれながら灰となって散っていく不細工な紙切れが舞い落ちる。

それはハメルが万が一の事態に備え、何日もかけて丁寧に作成し、村の人々へ熱心に配り歩いていた避難マニュアルの残骸だった。

 

表向きは『ニブル山の火炎系モンスターが村へ大挙して襲ってきた場合』を想定した防災用のものと謳っていた。

だが、前世の原作知識を持つハメルが構築したその実態は、来たるべきセフィロスの狂気と焼き討ちを見据えた『対セフィロス用避難マニュアル』に他ならない。

炎に包まれる村の中でどこへ集まり、どう連携してどのルートから迅速に脱出するか――。

徹底的にシミュレーションを重ねて村人全員に配ったその周到なマニュアルは、しかし、今や全く、何一つとして役に立っていなかった。

 

現実に村を襲ったのは、想定を遥かに凌駕する「狂気に陥った神羅の英雄セフィロス」という絶対的な個の暴力であり、さらにハメル自身がフィーラーによって異空間に隔離されていたために初期の避難誘導を行うことすら叶わなかったのだ。

どれほど事前に知略を尽くして備えていようとも、圧倒的な不条理の前には何の意味もなさなかったという残酷な現実が、ハメルの胸を激しく抉る。

 

「だ、誰がこんなことを!」

 

ティファが叫ぶ。

 

「セフィロスだ。セフィロスの仕業だっ!」

 

唇を噛みながら、その名を口にするハメル。

 

「何でセフィロスがこんな酷いことを!?」

 

動揺するティファの手を強く引き、ハメルは燃え盛る炎を掻き分けて実家である村長の家へと飛び込んだ。

 

そこにあったのは、言葉を失うほど凄惨な光景だった。

崩れ落ちた梁のすぐ近くにはハメルの母親が横たわっており、流れた血が床の上に広がっていた。

一目で生命活動を完全に停止していると分かる、非情な現実がそこにあった。

 

確固たる死を突きつけられながらも、ハメルはそのすぐ傍ら、母の流した血の海の中に、父親であるゾンダーが辛うじて胸を上下させて倒れているのを見つけた。

 

「父さん! しっかりしてくれ!」

 

ハメルは瀕死の父を抱きかかえる。

その身体はすでに冷たくなり始めていた。

 

ハメルの声に、途切れかけていたゾンダーの意識はわずかばかり呼び戻され、その目がかすかに開かれる。

 

「ハ、メル……無事、だったか……」

 

「喋るな、今助ける!」

 

「いや、もう……ダメだ…….。村を……頼む……」

 

ゾンダーは血を吐きながら、ハメルの腕を力無く掴む。

そこへ、ティファが悲痛な顔でゾンダーの傍らにすがりついた。

 

「おじさん、しっかりして!」

 

ティファの必死の呼びかけに、ゾンダーは最後の力を振り絞ってその唇を動かした。

 

「ティファ、か……。ブライアンが……セフィロスを追って……廃棄魔晄炉へ……」

 

カクリとゾンダーの首が傾ぎ、二度と動かなくなった。

 

「お父さんが……? 嘘でしょ……お父さん!」

 

ティファが激しい衝撃と絶望に襲われる。

自分の父親が、この惨劇を巻き起こした張本人を追って廃棄魔晄炉へ向かったという事実。

それが彼女を突き動かす。

 

「待て、ティファ! 一人で行くな!」

 

ハメルが制止の声を上げ、その手を伸ばすよりも早く。

ティファは激しい憎悪と絶望をその身に纏い、一人でニブル魔晄炉に向けて猛然と駆け出してしまった。

 

(……ここで今、ティファを追えば、もうこの場所には二度と戻ってこれない)

 

燃え盛る我が家、そして冷たくなった両親の姿。

ハメルは引き裂かれそうな胸の痛みを強引にねじ伏せ、冷徹な思考を取り戻す。

 

逃れられぬ決別の時を悟ったハメル。

今しがた絶命したばかりの父親の左手の薬指から、長年嵌められていた銀色の結婚指輪を静かに引き抜いた。

続いて母親の亡骸へと近づき、その左手の薬指からも、全く同じ意匠の指輪を抜き取る。

 

二つの指輪――両親がこの過酷な世界を共に生きた確かな証だ。

その唯一の形見を、ハメルは自らの衣服の懐へと深く仕舞い込んだ。

 

「……行ってくる」

 

一言だけ亡き両親に告げ、ハメルは力強く立ち上がった。

 

満身創痍の肉体に鞭打ち、ハメルはティファの後を追って夜のニブル山へと走り出す。

燃え盛る村を背に夜闇を駆け抜けながら、ハメルは虚空に向けて血を吐くような咆哮を上げる。

 

「なぜだ! なぜなんだァ!」

 

胸の奥から湧き上がる怒りと絶望が、ハメルの思考を支配する。

フィーラーを倒した。

世界の強制力を撃ち破り、確かに運命を書き換えたはずだった。

それなのに、なぜ母は殺され、父は死に、ティファは魔晄炉へ向かうのか。

 

(これじゃあ……結局、原作通りの展開じゃないか……!)

 

歴史の不条理な収束に、ハメルは激しい歯痒さを感じながら、ただ前方の闇へと突き進むしかなかった。

 

---

 

[u]-εγλ 0002年10月01日 夜。

 

廃棄魔晄炉の最深部。

宇宙から飛来した災厄「ジェノバ」の肉体が安置された隔壁の前。

狂気に瞳を濁らせたセフィロスが、そこに佇んでいた。

 

「母さん、今迎えに行くよ……」

 

そこへ、父親を殺された激しい怒りと憎しみに身体を震わせたティファがたどり着く。

 

「よくも……よくもお父さんを! セフィロスーーッ!」

 

床に落ちていたセフィロスの刀、正宗を目にした彼女は、我を忘れてそれを拾い上げると、ジェノバの前に立つセフィロスに向けて猛然と斬りかかっていく。

 

しかし、ソルジャーの頂点に君臨するセフィロスにとって、その怒りに任せた攻撃はあまりにも脆く、遅かった。

セフィロスは振り返りざまに、ティファの手から容易くその刀を奪い取る。

それは、ハメルが記憶していた最悪の光景そのものだった。

 

セフィロスが奪い取った刃を冷酷に振り下ろし、ティファの命を完全に奪おうとしたその瞬間――。

 

「間に合えーーッ!!うぉおおおおおお」

 

ハメルの咆哮が、魔晄炉の最深部に響き渡る。

先ほど別空間で繰り広げられたフィーラーの大軍勢との死闘によって、ハメルの肉体は完全に限界を超えていた。

全身の筋肉は断裂し、骨は軋み、一歩動くのも地獄のような激痛が走る。

体力など、疾うに底をついているはずだった。

 

しかし、ティファを絶対に救うという執念が、彼の肉体に奇跡を起こす。

文字通り、死線を越えた「火事場の馬鹿力」がハメルの肉体を爆発的に加速させ、二人の間へとその身を滑り込ませたのだ。

 

すでにフィーラー戦で矢はすべて射ち尽くし、弓を使うことはできない。

ハメルは腰の左右から引き抜いた二振りの小剣を交差させて、セフィロスの一撃を跳ね上げる。

迫る正宗の恐るべき刃を、斜めに滑らせるようにして辛うじて受け止めたハメル。

キィィンと鼓膜を劈く金属音が激しく響き、小剣の刃が悲鳴を上げる。

受け止めた衝撃でハメルの砕けかけた両腕の骨がさらに軋み、口から血が噴き出した。

 

「ハメル……っ!? なんで、ここに……」

 

「ティファ、下がってろ! こいつは本物の化け物だ!」

 

ハメルは激しい息を吐きながら、セフィロスを相手に死に物狂いで立ち向かった。

骨が砕け、肉が裂けるような激痛の中、ハメルの身体は「火事場の馬鹿力」によって、これまでの八年間の過酷な鍛錬を凝縮したかのように滑らかに、そして恐るべき速度で駆動する。

ハメルが血の滲むような思いで根性で構築してきた独自の戦闘スタイル――二振りの小剣を用いた、変幻自在の高速二刀流術が、この絶体絶命の戦場で完全な形となって発揮されていく。

 

ハメルは斥候としての培った俊敏なステップを踏み、セフィロスの懐へと果敢に肉薄した。

利き腕ではない左手の小剣をマンゴーシュのように巧みに操り、正宗の圧倒的な軌道を受け流していなす。

形成が不利な状態からでも僅かな隙を見逃さず、右手の一振りで鋭いカウンターの斬撃を次々と繰り出していく。

 

満身創痍の肉体を内に宿る魔晄の力で無理やり操り続け、いつも通りの、いや、いつも以上の精度と速度で繰り出されるハメルの猛攻。

二振りの刃を閃かせ、嵐のように攻め立てるハメルの連撃は、人間を超越した、息を呑むほどに美しいものだった。

 

しかし、ソルジャーの頂点たる存在との実力差は、それでもあまりにも圧倒的に隔絶していた。

 

「……ほう。ずいぶん消耗しているようだが、これほど見事な二刀の連携を見せるか」

 

セフィロスは、目の前の青年がなぜボロボロなのか、その理由は知る由もない。

ただ、明らかに満身創痍であるはずのハメルが命を削って繰り出す決死の剣技を、驚くでもなく、まるで虫ケラが死に物狂いで牙を剥くのを眺めるかのように、面白そうに観察していた。

圧倒的な強者の余裕を漂わせ、セフィロスの瞳に、ほんのりと愉しげな娯楽の色が浮かぶ。

ハメルがどれほど完璧な双刃を奔らせようとも、セフィロスはただ正宗を僅かに動かすだけで、そのすべてを容易く無力化していた。

 

やがて娯楽に飽きたかのように、正宗の速度が一段階跳ね上がる。

返す刀で放たれた鋭い一閃がハメルの顔面を掠め、身に着けていた漆黒のサングラスを無残に切り飛ばした。

パキンと乾いた音を立ててサングラスが床に転がり、隠されていたハメルの両目が完全に露わになる。

 

それは、日課の魔晄浴によってソルジャーと全く同じ輝きを放つ、深い水色の「魔晄の目」だった。

 

セフィロスは攻撃の手を止め、冷徹な瞳でハメルの顔を凝視する。

その視線は、ハメルの健闘の理由を察して、ハメルも神羅の技術で生み出された紛い物と唾棄するものだった。

 

「ほう、その瞳……。お前もソルジャーだったのか。神羅の実験体め」

 

「あいにくと……生まれも育ちも、このニブルヘイムだよっ……くっ!」

 

ハメルは左右の小剣を構え直しながら、激しい呼吸の合間に減らず口を絞り出す。

火事場の馬鹿力で保っていた肉体の均衡が崩れ始め、全身の細胞が限界の悲鳴を上げ始める。

その時、背後から緊迫した声がハメルの耳に届いた。

 

「ハメルっ! もうやめて、死んじゃう!」

 

ティファがハメルの窮地を見て必死に手を伸ばし、二人の間に駆け寄ろうとしていた。

 

「……!? 来るな! ティファ!」

 

ハメルが叫んだ瞬間、セフィロスの正宗が容赦のない速度で突き出される。

 

迫る死の軌道。

 

次の瞬間、ハメルは後ろから近づくティファの身体の前に自らの肉体を投げ出し、正面からその刺突を受け止めていた。

 

胸を貫く冷たい感触。

 

「ガ、ハッ……!!」

 

セフィロスの正宗が、ハメルの胸を深く貫通していた。

 

大量の鮮血が飛び散る。

 

だが、ハメルは八年間に及ぶ過酷な鍛錬の中で、肉体を極限まで制御する技術を身に付けていた。

筋肉を瞬時に収縮させることで、心臓などの重要器官への直撃だけは辛うじて避けるのに成功する。

 

「私の刃を受けて即死しないとはな。……フッ、やはり神羅の実験体か」

 

セフィロスは薄い唇の端を微かに釣り上げ、ハメルの否定をくだらない嘘と切り捨てると、ハメルから完全に興味を失う。

もはや一べつをくれる価値すら無いと言わんばかりに冷淡に視線を外したその時、魔晄炉の入り口から激しい足音が響き渡り、大剣を携えたザックス・フェアが飛び込んでくる。

 

「セフィロス! ……しまっ、ハメル! ティファ!」

 

惨状を一瞥したザックスは、鋭い目付きでセフィロスを睨みつけながら、ティファに向けて叫ぶ。

 

「ティファ! そいつを早く治療できる場所に連れていけ! ここは俺が食い止める!」

 

「でも……っ! ザックスさん!」

 

「いいから行け! 死んじまうぞ!」

 

ザックスの怒声に弾かれたように、ティファは涙を流しながらもハメルの身体を支える。

 

ぐったりとしたハメルの身体をその華奢な体で必死に担ぎ上げ、ティファはなんとかニブル魔晄炉の最深部からの脱出していく。

 

---

 

朦朧とする意識の中、ハメルはティファに体を支えられながら魔晄炉の出口へとたどり着いた。

重い足取りで外の空気に触れたその瞬間、前方から走ってきた一人の神羅兵と鉢合わせる。

制式ヘルメットで顔を隠した、あの金髪の一般兵――クラウドだった。

 

ティファは目の前の兵士が幼馴染のクラウドだとは夢にも思わず、ただ必死な形相で彼にすがりついた。

 

「お願い、兵隊さん! 中でザックスさんがセフィロスと戦ってるの! 助けてあげて!」

 

ハメルは薄れゆく視界の先、ヘルメットの奥にあるクラウドの瞳を見つめ、血を吐きながら声を絞り出そうとした。

 

「ク……ラ……」

 

「ハメル、喋らないで! 傷が開いちゃう!」

 

ティファに強く制止され、ハメルはそれ以上言葉を紡ぐことができず、そのまま意識の闇へと沈み込んでいく。

 

一般兵のヘルメットの奥で、クラウドの瞳が激しく見開かれる。

自分を呼ぼうとした掠れた声。

それが、かつて同じ村で過ごした一つ年上の幼馴染、ハメルのものであることはすぐに分かった。

 

故郷の村を焼き尽くし、母親を奪ったセフィロスへの燃え盛るような憎悪。

今まさに涙を流しながら自分に助けを求めてきたティファの必死な願い。

何より、かつてあれほど強かったはずのハメルが、ズタボロにされて胸を血に染めて瀕死の重傷を負わされているという無残な現実への激しい怒り。

 

「うおおおあーーーッ!!」

 

それらすべての衝動がクラウドの心を猛烈に突き動かす。

彼は意を決したように拳を固く握り締めると、ハメルを抱えるティファの脇をすり抜け、魔晄炉の内部へと猛然と突っ込んでいった。

 

---

 

魔晄炉の奥へと走り込んだクラウドが目にしたのは、無残な光景だった。

圧倒的な実力差の前に、セフィロスの正宗によって斬り倒され、床に血を流して倒れ伏しているザックスの姿。

母たるジェノバが配置された部屋へと向かおうとしている狂気の英雄の背中だった。

 

クラウドは激しい怒りのままに、床に転がっていたザックスのバスターソードを両手で掴み、無防備なセフィロスの背後から全力で斬りかかる。

 

「セフィロスーーッ!!」

 

重い大剣が、セフィロスの背中に強烈な一撃を叩き込む。

不意を突かれたセフィロスは、その一撃によって深手を負った。

 

「ぐ、う……っ! 一般兵が……!」

 

激痛に顔を歪めたセフィロスだったが、振り返ると同時に凄まじい反応速度で正宗を突き出し、肉薄していたクラウドの腹部を深く突き刺した。

 

「が、はっ……!」

 

冷たい刃が身体を貫き、クラウドは動きを止める。

セフィロスは勝利を確信したように、冷徹な視線で見下ろしていた。

 

だが、ここで終わるクラウドではなかった。

かつて受けたソルジャー試験の過程において、魔晄エネルギーへの適応試験として浴びせられ、肉体の奥底で深く眠っていた微量の魔晄が、この絶体絶命の危機において急激に活性化し、彼の細胞へと完全に定着し始めたのだ。

 

ソルジャーになれなかったはずの一般兵の内に秘められていた潜在能力が、怒りと執念に呼応して肉体構造を強引に底上げしていく。

 

「まだ……終わらせない……っ! お前だけは……絶対に許さない!」

 

クラウドは自身の腹部に突き刺さった正宗の刃を素手で掴むと、あろうことかその刃ごと、セフィロスの巨体を力任せに上方へと持ち上げる。

 

「何……!? 馬鹿な、この力は何だ……!」

 

致命傷を与えたはずの一般兵のどこにそんな力が残されていたのか、初めてセフィロスの顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

クラウドは血を吐きながらも、すべての力を両腕に込め、持ち上げたセフィロスをそのまま、魔晄炉の底に広がる高エネルギーの深淵へと豪快に叩き落とした。

 

「墜ちろーーーッ!!」

 

英雄を奈落へと退けた直後、限界を超えたクラウドの肉体はすべての力を失い、その場に静かに崩れ落ちた。

 

---

 

「ハメル! 嘘でしょう、目を開けて! ハメル、ハメル!!」

 

魔晄炉の外。

涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしたティファの悲痛な叫びが、冷たい夜気に響き渡る。

彼女の腕の中には、胸を深く貫かれ、鮮血を流し続けるハメルの姿がある。

ハメルの身体は急速に体温を失いつつあり、溢れ出る凄ましき出血量が事態の深刻さを物語っていた。

 

「……無事か、ティファ。おじさん……救えなくて……すまない……」

 

ハメルはかすむ視界の中で、必死に彼女の無事を確認しようと声を絞り出した。

しかし、その言葉は血の泡とともに漏れ出る。

 

「嫌、喋っちゃダメ! 貴方まで逝かれちゃったら、私、もうっ……!」

 

ティファは叫びながら、身に纏っていたカウガール風のガイド衣装の布地を躊躇なく引き裂いた。

ハットがどこかへ吹き飛んでいくのも構わず、衣服の布地をハメルの胸と背中の貫通傷へと強く押し当て、きつく縛り付けて止血を試みるティファ。

そして、ぐったりとした彼の頭を自らの胸元へと強く抱き抱えた。

 

ティファの胸の奥には、もちろん今もあの給水塔で約束を交わしたクラウドへの、淡く切ない初恋の火が消えずに残っている。

けれど、誰もいなくなった故郷の村で常に自分を支え、今まさに自分の身代わりとなって血を流し、生死を彷徨っているのはハメルであった。

 

彼への感情は、すでにただの「兄のような存在」という枠を遥かに超えている。

失いたくないという引き裂かれそうなほどの情愛が、ティファの心の中で激しく渦を巻く。

ハメルが流した血の熱量は、彼女の精神に決して消えない楔を打ち込んでいた。

 

そう。

ハメルがフィーラーを倒したことで変えられた運命。

 

それはティファ・ロックハートの乙女心の向き先だ。

 

この世界全体から見れば物凄く狭く限られた範囲の改変であった。

だが、Final Fantasy Ⅶの物語の根幹に関わる重要な分岐となる。

 

---

 

意識が混濁していく中で、ハメルは虚空を見つめ、静かに安堵する。

 

(ティファのこの胸に……あの凄惨な刀創が、刻まれなかった……。ティファの悲劇を、俺はほんの少しだけ変えることが出来た……)

 

ティファの豊満な胸に顔を包まれ、その柔らかさと甘い体臭に包まれたハメルは、意識が途切れる寸前、場違いなほどの安らぎを感じていた。

 

全員が救われる未来を掴み取りたいという純粋な執念だけが、彼をここまで突き動かしてきた。

だがニブルヘイムは燃え、ザックスも救うことはできなかった。

己の無力さに悔しさが滲む。

 

けれど、最も身近にいたティファの体だけは守り抜くことができた。

その絶対的な安堵感だけが、ハメルの意識を優しく包み込んでいく。

 

だが、運命の歯車は彼をまだ死なせはしない。

最悪の事態を察知し、激しい戦闘の気配を追って魔晄炉へと駆けつけてきた格闘家ザンガンが、ついに二人を発見したのである。

 

「我が弟子ティファ! ゾンダーの息子ハメル! 生きていたか!」

 

「師匠……! ハメルが、私を庇ってセフィロスに胸を……お願い、助けて……!」

 

「よく持ち堪えた。二人とも、私に捕まれ!」

 

神羅の追手がすぐそこまで迫る不穏な足音が響く中、ザンガンは二人の身体をその強靭な腕で手際よく抱え上げ、炎上するニブルヘイムの裏山へと向かって力強く跳躍した。

 

意識が完全な闇へと遠のいていく中、ハメルは肌に伝わるティファの温もりと、彼女の必死な呼吸を最期まで感じ取っていた。

 

二人の乗った運命の歯車は、神羅の厳重な監視の目をかいくぐり、混沌に満ちたミッドガル下層部へと向かって静かに滑り出し始める。

 

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