[u]-εγλ 0003年5月10日。
ティファと互いの誕生日を祝い合ってから一週間後のこと。
ハメルはとある危険なモンスターの駆除依頼を受け、魔晄都市ミッドガルの荒涼とした外周エリアへと足を延ばしていた。
ニブルヘイムでセフィロスの正宗に胸を貫かれてから七ヶ月。
大手術を経て一命を取り留めたハメルは、退院後の過酷な労働の中で、死に物狂いのリハビリを重ねてきた。
今回の依頼は、己の身体が今どれほど回復しているのかを見極める試金石でもあった。
その頃、同じエリアの薄暗い物陰に、野生のモンスターの群れに包囲され、退路を断たれた一人の老女がいた。
彼女の名はマーレ。
スラムで大家を営んでいるが、神羅カンパニーの強引な区画整理と開発の煽りを受け、近頃所有していたアパートを泣く泣く手放したばかりであった。
新たな物件を探しに外周へ赴いた際、不運にもモンスターの縄張りに迷い込んでしまったのだ。
「なんてこったい! あたしも、とことん運がないねぇ……! 」
獰猛なモンスターが鋭い爪を剥き出しにし、マーレの肉を裂こうとしたその瞬間、鋭い風切り音が大気を切り裂く。
シュバッ、と風音を立てて放たれた矢が、マーレに肉薄していたモンスターの脳天を正確に射抜く。
間髪入れず、次々と放たれる正確無比な射撃。
ハメルは愛用の弓を精密に扱い、マーレに襲いかかるモンスターを次々と射止めて、その戦力を確実に削ぎ落としていく。
「婆さん、 前だけ見て走れ!」
ハメルはあえて大声を出し、モンスターたちの敵意を完全に自身へと引きつける。
攻撃を受けたモンスターの群れが一斉にハメルへと向きを変えた。
ハメルはマーレからモンスターを遠ざけるように、計算されたフットワークで後退し、敵の長い列を引き連れて荒涼としたエリアの奥へと走り出す。
弓での正確な牽制を続け、十分に群れを引き寄せたところで、ハメルは瞬時に弓を背へと戻す。
そして左右の手で腰間から一対の小剣を引き抜き、独自の二刀流の剣技を発動させる。
ハメルは速度を緩めることなく、逆に密集したモンスターの群れへと自ら飛び込んでいく。
ガキィン!
先頭のモンスターが繰り出した不可視の爪を、ハメルは左手の小剣で完璧に受け流す。
肉厚な爪が火花を散らして弾かれた瞬間、電光石火の速度で振るわれた右手の一振りが、敵の急所を正確に切り裂いていった。
一体が沈む間に、左右から別のモンスターが肉薄する。
しかし、ハメルの冷徹な思考の中では、それらの動きすらすべて計算の範疇だ。
左手で牙や爪をいなし、右手の鋭利な軌跡で敵の命を断つ。
その流れるような連続攻撃は、さながら精密なマシンのようだった。
ハメルは独自の二刀流を冷徹かつ効率的に振るい、襲いかかるモンスターの群れを最後の一体まで完全に倒し切る。
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周囲に動く気配が消えたことを確認すると、ハメルは深く息を吐き、愛用の二振りの小剣を静かに腰の鞘へと収める。
そして、無意識のうちに自らの胸元へと手を当てる。
激しい立ち回りの直後だというのに、大手術の傷跡がきしむような感覚は皆無だった。
ほぼ完全に胸の痛みが消え去っている事実に、ハメルはひとまず安堵の息を漏らす。
だが、ハメルの表情は依然として険しい。
(……鈍い。全然、身体が動かせてない)
脳裏に鮮烈に蘇るのは、セフィロスのあの凄まじい剣線の記憶。
あの時体感した圧倒的な次元の速さと質量に比べれば、今の自らの動きはあまりにも鈍重でキレが足らず、到底あの怪物との再戦に耐えうるものではない。
完治に向かう肉体への安堵を塗りつぶすように、己の無力さへの苛立ちが胸の奥を焦がす。
苦い感情を抱えたまま、静かに立ち去るハメル。
老婆を助けたことなど、その時点ですでに忘れていた。
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[u]-εγλ 0003年6月11日。
ハメルは八番街スラムの自警団の詰め所の片隅にいる。
昼下がりの比較的静かな時間帯、次の哨戒や依頼に備えて武具の整備を行うためだ。
彼は机に向かい、愛用の弓の弦を張り替え、矢羽根の歪みを一本ずつ指先で整える作業に没頭している。
さらに左右の小剣の点検を行い、いつでも抜剣出来るようにオイルで刃を拭う。
そんな猟師系斥候としてのルーティンをこなしている時、詰め所の古びた木製ドアが、外から荒々しく押し開けられる。
「――ッ、探したよ……ッ!!」
昼の明るい光を背に、肩を激しく上下させて滑り込んできたのは、一人の老婆――マーレだ。
スラムを生き抜いてきた独特の凄みと、執念じみた光がその眼にある。
ハメルは手を止め、怪訝そうに視線を向けるが、表情は崩さない。
「ああ、あの時の……。どうやってここを突き止めた。ここは自警団の詰め所だぞ」
「とぼけんじゃないよ! 一ヶ月前、モンスターの群れをごっそり引っ張っていってくれたのは、あんただろ! スラム中の若い衆に人相書きを回して、あんたの足取りを追うのが、どれだけ大変だったか分かってんのかい! ?」
マーレはハメルに指を突きつけ、ずいずいと距離を詰めてくる。
だが、詰め所の明かりの下、至近距離でまじまじとハメルの顔を見つめた瞬間、マーレの言葉がピタリと止まる。
高い体躯に見合わず、その風貌にはまだ十代の若さがはっきりと残っている。
「ちょっとお待ちな……あんた、近くで見たら随分と若そうな面構えじゃないかね。いくつだい?」
「十八だ。それがどうした」
「十八……!」
マーレは目を丸くし、ハメルを頭の先からつま先まで何度も見回す。
あれほどの圧倒的な戦闘技術を見せつけて助けてくれた男が、よもやまだ十八歳の若造だったとは。
マーレの顔には、あまりの事実に呆れるような、それでいて大人顔負けの冷徹なハメルの佇まいに感心するような、複雑な感情が広がっている。
しかし、すぐに持ち前の肝っ玉を奮い立たせ、ハメルの作業台をバシバシと叩く。
「ま、年齢なんて関係ないね! あんたが私の命の恩人だってことに変わりはないんだ。お願いだからお礼をさせてくんな! このマーレ、タダで助けられたままじゃ、夜もぐっすり眠れやしないんだよ!」
あまりの勢いと気迫に辟易しつつ、この老婆がマーレだったか、と妙に納得するハメル。
ハメルは視線だけで周囲の状況を冷徹に観察する。
この詰め所とて安全ではない。
どこにマンソン・グループの監視の目があるか分かったものではなかった。
ハメルはマーレの突き出された手を軽く制し、声を極限まで落とす。
「声が大きい。礼なら別の場所で受け取る。あんたの住処を教えてくれ。日を改めて伺う」
マーレはハメルの警戒振りに一瞬だけ眉をひそめるが、すぐに何か事情があると察し、ふんと鼻を鳴らす。
「わかったよ。七番街に『天望荘』ってアパートを構えたばかりさ。そこに来な、若いの」
マーレはそれだけ言い残すと、用は済んだと言わんばかりに威勢よく詰め所を去っていく。
ハメルは彼女の背中を見送ると、何事もなかったかのように再び弓のメンテナンスへと意識を戻した。
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それから一週間後。
ハメルはマンソン・グループの監視の目を完全に撒き、単独で七番街スラムのアパート「天望荘」を訪れている。
大家であるマーレの私室に通されると、彼女は温かいお茶を差し出しながら、さっぱりとした口調で切り出す。
「わざわざ一週間も空けて、一体どんなわけありだい?」
ハメルは出されたお茶には手を付けず、静かに前髪をかき上げる。
深い水色の魔晄の瞳が、仄暗い部屋で妖しく輝く。
「まず身の上話をさせてくれ」
ハメルは淡々と言葉を紡ぐ。
「故郷で神羅のソルジャーに胸を深く貫かれ、瀕死の状態のところを八番街スラムの女医ダミーニに救われた。彼女の適切な医療処置によって一命は取り留めたが、目が覚めた時には50万ギルという借金が残った。さらに、息子のラケスとマンソン・グループによって、連れの女がほぼ軟禁状態で働き詰めにされてる。俺が危険な雑用仕事ばかりを押し付けられているのも、彼らの仕業だろう」
そう言って衣服の襟元を少し緩め、自身の胸に刻まれた凄惨な手術痕をマーレに見せるハメル。
ほぼ初見の相手にここまでプライベートな情報を開示するなど、普通ならありえない。
だが、ハメルは原作知識により、マーレが筋金入りのお節介焼きで、ティファやマリンたちを決して裏切らない人物であることを知っている。
ためらいは一切なかった。
ハメルの口から語られる冷徹な事実に、マーレは深く息を吐き、感心したようにハメルの顔を見つめる。
「なるほどねぇ……。その若さであの凄みのある腕前は、死線を越えて来たからかい。で、あたしへの依頼はなんだい?」
ハメルは懐から一枚の紙切れを取り出し、マーレの前へと滑らせる。
「この手術費と入院費の明細が、スラムの相場として適正か。それから、ダミーニとラケス親子の裏の顔と素行について調べてほしい。お礼はそれで相殺だ」
マーレは手渡された紙切れを一瞥し、そこに書かれた法外な数字を読み取ると、不敵に口元を歪める。
「いいさ、任せておきな。これでも七番街スラムで大家業を長くやってるんだ、スラムの金の流れやゴシップの裏を調べるのはお手のものさ。命の恩人の頼みだ、きっちり暴いてやるさ」
肝っ玉の据わった老大家は頼もしく頷くと、ハメルのためにスラム中に張り巡らせた情報網を動かすべく、鋭く目を細めた。
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一方その頃、ティファが働く「饅頭屋」の店頭にも、新たな運命の出会いが生まれていた。
ある日の昼下がり、恰幅の良い体型にバンダナを巻いた、いかにも食いしん坊そうな男――ウェッジが、美味そうな匂いに釣られてふらりと饅頭を買いにやってくる。
「これ、めちゃくちゃ美味いッスね!」
ティファの丁寧な接客と、彼女が試行錯誤して作り上げた饅頭の格別な美味さにウェッジは大感激し、何個も饅頭を平らげながら人懐っこい笑顔を見せる。
それからというもの、彼は毎日のように店へ足を運ぶようになる。
やがてウェッジは、自分の大切な「仲間」だという二人を店へと連れてくる。
一人は、バンダナを巻き、整った髭を蓄えたクールな男――ビッグス。
彼はスラムの孤児たちの面倒を見る優しい兄貴分であり、アバランチの作戦立案やまとめ役を担う理知的な男だ。
ティファの作った饅頭を一口食べると、「悪くない。いや、スラムでこれほどの味に出会えるとは計算外だな」と、少しキザだが温かみのある言葉で称賛する。
そしてもう一人は、誰もが思わず目を奪われるほどの華やかな美貌を持つ女性――ジェシー。
爆弾や偽造IDカードの製造までこなす天才的なメカニックでありながら、かつてゴールドソーサーの舞台に立つことを夢見ていた経歴を持つ「元・女優志望の美人」でもある。
ジェシーは、ティファの可憐な顔立ちと抜群のプロポーションをひと目見ただけで、彼女が持つ「舞台映えする魅力」を瞬時に見定めた。
かつて女優を志していた彼女ならではの鋭い審美眼でその『素材の良さ』に感心すると、気さくな笑みを浮かべて話しかける。
「ねえ、あなた本当に可愛いわね! その抜群のスタイル、舞台に立たせたら絶対に大ウケするわ。もちろん、この饅頭の美味しさも本物だけどね」
「あ、ありがとうございます……」
ジェシーの持ち前のノリの良さと豊かな表現力に、ティファの緊張は一瞬で解きほぐされていく。
ティファは彼ら三人組と急速に仲を深めていった。
ビッグスの落ち着いた包容力、ジェシーの華やかで快活な魅力、そしてウェッジの人懐っこさ。
そんな同世代の若者たちと交わす他愛のない笑い声は、故郷や家族を失ったティファの心を、じんわりと優しく温めていくのだった
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しかし、そんな彼らの賑やかな交流を、忌々しげに凝視する男がいた。
店を監視する会計役のラケス・オレンジだ。
ティファに歪んだ好意を抱いているラケスにとって、ティファが自分以外の男たちと親しげに笑い合っているのは我慢がならない光景であった。
ある日の閉店後、ラケスは表面上は親切そうな笑みを浮かべ、ティファの元へ歩み寄ってくる。
端々に馴れ馴れしさと軽薄な独占欲が滲み出ている。
「ティファ、ちょっといいかな? ああいう手合いとは、あまり親しくしない方がいいよ。彼らは神羅の目を盗んでコソコソ動いている、良くない連中みたいだからね」
ラケスは距離を詰め、親しげにティファの肩へ手を伸ばそうとする。
ハメルと付き合っている事実を隠さなければならないティファは、過剰な警戒心をラケスに抱かせないよう、自然な動作ですっと一歩身を引く。
ラケスはそんなティファのリアクションを気に留める風でもなく、薄笑いを続けて言葉を重ねる。
「妹弟子の君がトラブルに巻き込まれて傷つくようなことになれば、君の面倒を任された僕がザンガン師匠に叱られちゃうよ。……それに、君に借金を背負わせている彼に余計な心配をかけさせないためにも、おとなしくマンソン・グループに従っておくのが一番だよ」
ティファの美しい眉が不快そうにピクリと跳ねる。
ティファはラケスにザンガン師匠に会いたいと何度か伝えているが、一向にザンガン師匠に会えていない。
それなのに、そのザンガンの名前を使い、自分の行動に制限をかけてこようとするラケスの態度は、はっきり言って不快だった。
言い返したい衝動が胸に突き上げるが、ここで不要な波風を立てれば、ハメルに余計な負担や迷惑がかかるかもしれない。
借金を背負っている現状、今は穏便に済ませるべきだと理性が彼女を制する。
ティファはラケスからそっと視線をそらし、ビッグスたちの件から話を逸らすように、努めて明るい声を意識して言葉を返す。
「……心配してくれてありがとう、ラケス。でも、ただの常連のお客さんだから大丈夫。あ、そうだわ。ラケス、ザンガン師匠にはいつ会えるのかしら? 私をニブルヘイムから救い出してくれたお礼も、ハメルの身体がすっかり回復したことも、早く師匠に直接伝えたくて。連絡が出来ないかしら?」
ティファのその真っ直ぐな問いかけに、ラケスは一瞬、目を泳がせて気まずそうに視線を外す。
それから、わざとらしい笑みを浮かべて肩をすくめてみせる。
「ああ、師匠かい? うーん、あの人は世界中にいる弟子たちのところをあちこち旅して回っているからねぇ。ここは神羅のお膝元で何かと窮屈だから、師匠みたいな自由人はなかなか寄り付かないんだよ。僕だって今どこにいるのかさっぱり分からない。まあ、そのうち気が向いたら、ふらりと立ち寄るんじゃないかな。それまでは僕の言うことをよく聞いて、ここで大人しく待っていなよ」
あからさまにお茶を濁すようなラケスの態度に、ティファの胸の奥で小さな不信感の芽が、より一層確かな形を取り始めている。
「……そう。分かったわ。じゃあ、明日の饅頭の仕込みの準備がまだたくさん残っているの。そろそろ失礼するね」
ティファはそれだけ告げると、ラケスのねっとりとした視線を振り払うように、急ぎ足で店の片付けに戻っていった。
ラケスの不自然なほどビッグスたちを警戒する様子、そしてザンガン師匠の話題を頑なに避けようとするその不審な態度は、逆にティファの探求心を強く刺激することとなった。
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その日の深夜。
鉄のプレートに遮られたスラムの夜が、静まり返った頃。
ティファは狭いコンテナルームのベッドの上で、膝を抱えてじっと薄い鉄板の壁を見つめていた。
昼間、ラケスから向けられた不快な視線と、ザンガン師匠に関する彼の不審な態度。
そしてジェシーから「恋してる女の子って、輝きが違うのよね」とからかわれた時の、心臓のドきりとした跳ね方。
不安と、何よりハメルの温もりに早く触れたいという本能的な衝動に突き動かされ、ティファは壁を小さく、トントン、と二回叩いた。
それから一分も経たないうちに、施錠されていたはずのドアが音もなく開き、夜闇に紛れて見慣れた影がコンテナの中に滑り込んでくる。
前髪の隙間で、深い水色の瞳が妖しく光った。
「……ティファ、どうした。またうなされたか」
「ハメル……っ」
ティファはベッドから飛び出すようにして、ハメルの引き締まった胸板へと正面から縋り付いた。
「ん……っ」
ハメルの逞しい腕が、ティファのしなやかな腰を強く引き寄せ、二人の肉体が衣服越しにぴったりと密着する。
ハメルの心地よい体温と、慣れ親しんだ匂いに包まれた瞬間、昼間のラケスとのやり取りで感じていた不快感は一瞬で吹き飛び、ティファの心と身体は最愛の男の熱だけで満たされていった。
「どうした?」
「ううん、なんでもない……ただ、ハメルのこと、もっと感じたくて……」
ティファは少し上目遣いに潤んだ紅い瞳を向け、小さく唇を突き出してみせる。
ハメルとの愛の交歓をただひたすらに求める、熱い吐息混じりの無言の催促。
ハメルはそれ以上何も聞かず、彼女の愛らしい顎を指先でそっと持ち上げると、その瑞々しい唇を自らの口づけで深く塞いだ。
外の見張りに聴かれぬよう、物音を立てられない密室。
その中で、互いの吐息を溶かし合い、舌を優しく絡ませ合う濃厚なフレンチキスのシーンが繰り広げられる。
ハメルの強靭な腕の中で、ティファのしなやかな身体はまるで骨抜きにされたかのように、甘く、蕩けるように解けていった。
ラケスへの不信感の正体は、まだティファの中では具体的な形を成していない。
この暗闇の中で重なり合うことで感じられる確かなハメルの体温だけが、ティファにとって世界の何よりも信頼できる絶対的な真実だった。
ハメルは彼女の細い背中を愛おしそうに撫で上げながら、もうすぐ明らかになるであろうスラムの真実をその水色の瞳で見据えつつ、彼女をさらに強く抱きしめるのだった。
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[u]-εγλ 0003年8月17日。
ハメルのもとにマーレからの手紙が届いたのは、彼が調査を依頼してからきっかり一ヶ月が経った頃だった。
ハメルは手紙に記された短い指示に従い、鉄屑の路地を抜け、七番街スラムに佇む古びたアパート「天望荘」へと足を運ぶ。
「待っていたよ、ハメル。さあ、中に入りな」
案内された薄暗い部屋の扉が閉まると、ハメルは周囲の警戒を解き、前髪を静かにかき上げる。
その奥から、ソルジャーと同じ輝きを宿した、深い水色の瞳が露わになる。
紫煙を細くくゆらせている老大家のマーレは、その超越的な瞳を真っ直ぐに見つめながら、机の上にいくつかの紙切れを広げる。
「遅くなってしまって申し訳ないね。マンソンの息がかかった八番街スラムじゃ、人を雇っていろいろなところから確かな情報を集めるのにも時間が掛かっちまうんだよ」
マーレは手元の資料に鋭い目を落とし、掴んできた調査の結果を淡々と告げていく。
「結論から言うよ。あのラケスの坊主、裏じゃ有名な、救いようのない下手な博打打ちさ。公営じゃない闇のチョコボレースに完全に狂っててね、あちこちのタチの悪い高利貸しから借金を重ねまくっている。……それから、あんたが持ってきたそのダミーニの明細だけどね。胸の手術費と入院費の額、下層スラムの一般的な相場の優に三倍を超えているよ。完全に不当な吊り上げさ」
マーレの言葉を聞きながら、ハメルは前髪の隙間から鋭い視線を巡らせ、静かに脳内で思考を巡らせる。
(相場の三倍……。それが事実なら、俺とティファがこの十ヶ月間働いて返してきた分だけで、すでに本当の治療費は全額返し終わっている計算になるな)
すべてのパズルが不快な音を立てて噛み合っていく。
ラケスの膨らみ続けるギャンブルの負債を補填するため、その親である女医ダミーニは、自らの立場と医療技術を利用し、行き場のないスラム住民に対して治療費を不当に吊り上げる詐欺行為を働いていたのだ。
それが、あの親子の薄汚い裏の顔だった。
「なるほど、そこまでアコギな真似を……。マーレさん、そのラケスの借金の裏を取りたい」
水色の瞳を鋭く光らせるハメル。
マーレは不敵に笑い、「なら、ここに行ってみな」と、一枚の汚れた地図を差し出す。
そこに記されているのは、マンソン・グループの監視の目を盗んで開催されている、非合法なチョコボレースの開催場所だ。
ハメルが地図を懐に収め、部屋を後にしようとしたその時、マーレが背中越しにハスキーな声で呼びかけてくる。
「ハメル、うちのアパートはまだ部屋が空いてるよ。あんなコンテナ街、いつまでもいる場所じゃない。必要になったら、いつでも女の連れとやらを連れて来なよ」
「胸に留めておくよ。ありがとう、マーレさん」
ハメルは短く応じ、天望荘を後にする。
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週末、ハメルは単身で地図に示された場所へと足を運ぶ。
鉄屑と饐えた悪臭に満ちた地下の廃工場。
そこが非合法な賭博場の入り口だ。
中へ入ろうとするが、周囲を油断なく見回していた大柄な門番に厳つく遮られる。
「おい、兄ちゃん。ここは冷やかしに来る場所じゃねえんだ。最低でも一枚はチョコボ券を購入しなきゃ、中へ通すわけにはいかねえな」
「そうか。わかった」
余計な悶着を起こして目をつけられるのを避けるため、チョコボ券の売り場に向かうハメル。
売り場の窓口に置かれた荒い画像のディスプレイには、これから出走するチョコボたちの様子が映像で流されていた。
原作の知識によると、ゴールドソーサーのチョコボレースのミニゲームでは、若干前のめりな体勢になってるチョコボの勝率が高かったはずであった。
倍率も見ずに、チョコボらの体勢だけを見て、適当な連番を書いてチョコボ券を購入。
門番に提示する。
門番が鼻を鳴らして扉の取っ手を引くと、ハメルは落ち着いた足取りでその薄暗い内部へと潜入していく。
一歩足を踏み入れると、場内は人間の欲望が剥き出しになった熱気と怒号、そしてチョコボ特有の獣臭に満ちている。
群衆が狂気のように叫ぶ中で、ハメルは斥候としての鋭い洞察力と周囲の気配への警戒を巡らせ、すぐに目的の男を発見する。
最前列のフェンスにしがみつき、握りしめたチョコボ券を凝視しているのは、間違いなくラケスだ。
普段の饅頭屋で見せる、優柔不断で大人しそうな様子は微塵もない。
血走った眼、勝利への執着で醜く剥き出しになった歯。
それは賭け事の快楽と焦燥に脳を支配された、哀れなギャンブラーそのものの姿だ。
「走れ! 走れよ4番! 俺の全財産が掛かってんだよ!」
ラケスが狂ったように叫ぶ中、ハメルが適当に買ったレースが開始される。
ゲートが開き、非合法な薬物でも打たれているのか、狂暴に目を血走らせたチョコボたちが凄まじい速度でダートを疾走していく。
観客たちの地鳴りのような怒号が響き渡り、レースが決着を迎えるその瞬間、ラケスは手元のチョコボ券を忌々しげに床へぶちまける。
「クソがっ! なんであそこで垂れるんだよ!」
彼はこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべ、頭を抱えながら、ふらついた足取りで群衆の奥へと去っていく。
また大負けしたのだ。
「まったく、しょうもない話だ」
ハメルはラケスが去った後、足元に散らばる彼の外れ券を見下ろし、小さくため息をつく。
この歪んだ親子が生み出した状況に、どうやってケリをつけるべきか思考を巡らせながら、ふと自分のポケットにある適当に買ったチョコボ券に目をやる。
ハメルの水色の瞳がわずかに見開かれる。
無欲で選んだはずのその数字は、見事に超大穴の高額配当を射止めていた。
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それからひと月以上の時間をかけ、ハメルはチョコボレースの会場を出るラケスの後を追い続けた。
独自の隠密行動と気配隠蔽の技を駆使し、ラケスを追跡する日々を続けるハメル。
そしてある日、ラケスが珍しく賭けに勝った夜、彼が向かうのはいつもとは違う、スラムのさらに奥深くにあるマンソン・グループの本拠地であった。
ハメルは闇に溶け込み、その対話に耳を澄ませることで、さらなる醜悪な真実を完全に突き止める。
マンソン・グループのトップであるマンソン。
ティファが心から信頼し、恩を返そうと実直に働き続けていたあの「饅頭屋の親方」こそが、マンソンその人だったのだ。
ラケスはマンソンに対して首の回らないほどの多額の借金を抱えていた。
その破滅的な負債を免除してもらうための条件として、ティファを巧みに不当な借金漬けにし、店の看板娘として、ひいてはマンソンの所有物として完全に差し出すという極悪な裏取引を交わしていたのである。
ハメルの手術代金がきっかけで、ティファは彼らによってあらかじめ用意された檻の中に閉じ込められていたのだ。
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その日の夜。
ハメルはいつものように見張りの死角を突き、気配を完全に消して壁一枚隣のティファのコンテナルームへと忍び込む。
狭い空間の中、ハメルはその深い水色の瞳を真っ直ぐに向け、掴んだすべての事実をティファに明かす。
「そんな……信じられないわっ……!」
真実を知ったティファは激怒し、ランプの淡い光の中で、そのしなやかな肉体を激しい怒りで震わせる。
拳を爪が食い込むほど白く固く握りしめ、その美しい瞳には悔しさのあまり涙さえ浮かんでいる。
自分たちの故郷を失った悲しみ、そしてハメルを救ってもらったという純粋な感謝の念が、そのような薄汚い裏切りと搾取のために利用されていたという現実。
格闘家としての、そして一人の人間としての彼女の誇りが、それを絶対に許さない。
「すぐにダミーニさんとラケスのところに乗り込んでやるわ! 私たちが必死に汗を流して稼いだお金、絶対に取り返してやる!」
我を忘れて部屋を飛び出そうとするティファの細い腕を、ハメルは自らの逞しい腕で強い力で掴み、胸元へと静かに引き留める。
「待て、ティファ。落ち着くんだ。ここで大騒ぎを起こすのは得策じゃない」
「でも、ハメル! こんな酷いことをされて、黙っていられるわけないじゃない! あなただって、無茶な仕事ばっかりさせられて、殺されかけたのよ!?」
「あいつらを庇うつもりは毛頭ない。だが、俺たちの立場を忘れるな」
ハメルは深い水色の魔晄の目で彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、諭すように静かに言葉を紡ぐ。
「神羅にとっての英雄であるセフィロスが狂い、俺たちの村を焼き払って凄惨な事件を起こした。神羅カンパニーの上層部は、それらすべての醜聞を完全に伏せるため、証拠隠滅としてニブルヘイム自体を滅却する作戦に出たんだ。生き残りがいると知られたら確実に消される、そういう極限の状況なんだよ。もしあいつらにスラムで大騒ぎされて、俺たちの情報が神羅に漏れたら、その時点で身に危険が及ぶ。だから、ここは誰にも気づかれないよう、穏便に事を処理しなきゃいけないんだ」
ハメルの冷静かつ切実な指摘に、ティファはハッとして動きを止める。
衣服越しに伝わるハメルの肉体の逞しさを感じながら、悔しさに唇を噛み締め、ゆっくりと拳を下ろしていく。
「じゃあ、どうするの……? あの嘘の借金を、これからも黙って払い続けるっていうの?」
ハメルは何も言わず、足元に置いていた頑丈なレザートラベルバッグをティファの前の机の上へと持ち上げる。
ジッパーを引いて中を開けると、そこにはハメルがラケスの尾行ついでに毎回賭けてたチョコボレースの払戻金、大量のギルの束が整然と詰め込まれていた。
この一ヶ月間、負けまくるラケスを尻目に、ハメルは原作知識の好調チョコボを見破る術で、馬鹿勝ちしまくっていたのである。
その額は、あいつらから請求されている法外な治療費と入院費の残額と、寸分違わず同額だった。
「これであいつらの口を完全に塞ぐ。明日、すべての因縁にケリをつけよう。二人でここを出るんだ」
ハメルの確固たる決意が、静まり返った密室の空気を優しく、しかし強固に支配していく。
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[u]-εγλ 0003年10月初旬。
ハメルとティファの二人は朝一番、息の合った足取りでダミーニの経営する病院へと向かう。
受付を通り、奥の診察室で女医ダミーニの前に立つ。
ハメルは無言のまま、持参したレザートラベルバッグを机の上に置き、ジッパーを引いて中身のギルの束を派手に突きつける。
「相場の三倍とは、かなりぼったくったものだな、ダミーニさん」
ハメルは感情を交えず、淡々とダミーニに告げる。
その正確な指摘に、ダミーニの顔が驚愕と動揺で激しくこわばる。
ハメルは前髪の隙間から覗く水色の瞳を細め、さらに言葉を重ねる。
「だが、そこはいい。身元を隠して俺の手術をしてくれて、スラム限定とはいえ正規の偽造身分証まで用意してくれた礼だ。詐欺の件は帳消しにしてやる。……ただし、手術費と入院代以外に掛かった金の支払いについては、このまま俺たちがマンソンのところに持っていく。それでお前たち親子とはおさらばさせてくれ」
その言葉の意味を、ダミーニは瞬時に理解する。
ダミーニ親子が裏でマンソンと結んでいた、ティファを不当な借金で縛り付けて囲い込む計画が、根底から破綻したことを意味しているからだ。
ハメルが交渉を進める間、ティファは一言も発しない。
ただ、信じていた医師に裏切られた悔しさと怒りを湛えた瞳で、じっとダミーニを睨みつけている。
その射すような冷徹な視線に耐えかねたように、ダミーニはがくりと肩を落とし、震える声で呟く。
「……ごめんなさい。本当に、すまないわね。ラケスの借金のために、あんたたちの純粋な気持ちを利用してしまった。……言い訳のしようもないわ、本当に……」
診察室に重苦しい沈黙が流れた後、ダミーニは諦めたように首を縦に振り、ここに交渉が成立する。
ハメルは冷ややかに彼女を見下ろし、最後の条件を突きつける。
「それと、ラケスにはあんたの口から事の顛末をすべて伝えてくれ。それが条件だ」
我が子を盲愛し、その引き起こした破滅を覆い隠すために詐欺に手を染めていたダミーニ。
彼女にとって、自らの手で息子の過ちを突きつけ、冷酷な現実を教えることこそが、何よりも辛い罰になるとハメルは冷徹に読み切っていた。
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病院を後にした二人は、その足でマンソン・グループの本拠地でもある饅頭屋へと赴く。
店の奥、親方であるマンソンの前に立つと、ハメルは再びトラベルバッグを机に叩きつける。
「俺たちの身分証を作るのに掛かった金を、直接支払いに来た」
マンソンはバッグに詰まった巨額のギルと、ハメルの放つ圧倒的な威圧感に気圧され、すべての裏事情が露見したことを悟る。そんなマンソンに対し、ティファは胸の奥にくすぶっていた恨み節を、静かに、しかしはっきりと口にする。
「親方……正直に、店が大変だから手伝ってくれって、普通におねがいしてくれたら、私、いつまでもここで喜んで働けたのに。なんで、こんな回りくどくて汚い真似をしたの?」
その健気でありながらも、決定的な決別を告げる言葉に、マンソンは顔を歪め、自身の浅薄な強欲さを深く恥じるように頭を下げる。
「すまなかった、ティファ。やっと出会えた店を繁盛させる逸材を、どうしても手放したくなかったんだ。裏の世界に居るのが長すぎてな……アコギな手を使っちまったのさ。本当にすまない」
マンソンは重い腰を上げると、トラベルバッグを開き、そこからティファとハメルの身分証を用意するために掛かった費用の分のギルのみをきっちりと取り出し、二人の元へと戻す。
闇チョコボレースで得た勝ち金の残りは、都合16万6千ギル。
図らずも本来支払うべきだった適正な治療費分と同額である。
これまで二人が必死に働いてきた分の労働の対価が、そっくりそのまま現金の形で二人の手元に残った形となる。
こうしてハメルとティファは、これからの自立のための、まとまった軍資金を完全に手に入れたのであった。
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すべての因縁を清算した二人は、住み慣れたコンテナルームへと戻り、手早く荷物をまとめて部屋を引き払う。
結局、ティファがこの饅頭屋で働いた期間は、ちょうど一年だ。
一日千個以上を売り上げる、圧倒的な人気を誇ったティファという看板娘を失った饅頭屋は、翌日から客足が目に見えて激減していくことになる。
マンソン・グループにとって、彼女の離脱は経営の基盤を揺るがすほどの大きな打撃となるのだ。
コンテナの鍵を返し、狭い路地を歩き出すハメルとティファ。
二人は寄り添い合いながら、新たな生活の舞台、あるいは星の運命が複雑に交錯する七番街スラムへと向かって、静かに、そして確かな歩みを進めていくのであった。