ガキイィィィン!
撃ち合わされた剣の響きに「私」の…いや「俺」の意識が覚醒する。
「よく後ろのエリックからの攻撃に対処できたな。これなら旅に出ても大丈夫だろう」
目の前の男性…ジョンダラー先生の言葉が全く頭に入ってこない。
「ん? どうしたボーッとして。ゴライオンと旅に出るんだろう? 早く行ってやれ」
「は、はい! 今までありがとうございました」
二刀で振っていたロングソードを鞘に収め、つい前世と同じ様に頭を下げる。
「なんだそりゃ、エルフ独特の挨拶か? 俺達の別れの挨拶と言ったらこれだろ」
と言って先生は右手を差し出す。
そうだ…ここは、いやこの「世界」は、
「そ、そうでした。ではジョンダラー先生、お元気で…」
固く握手を交わし、別れを告げる。
「じゃあな「リーン」。長生きしろよ?」
先生の言葉を背に、少し足早に近くの施療院に向かう。
「おや、どうしたリーン? 調子が良くないなら、ポーションを持っていくか?」
院長でありオグマの司祭の勧めを有難く受け取り、鏡を借りる。
(やっぱり…!)
そこには「俺」の想像した通りの「私」の顔が映っていた。
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「俺」は絶望していた。
就職は上手くいかず、自信が持てない為女にも振られ、せめて恩返ししようとした身内にも先立たれた。
最早何もする気が起きず、昔好きだった古いゲームを引っ張り出して何週もしていた。
それがこの世界「フォーゴトンレルム」
ゲーム名「バルダーズゲート」
TRPG「アドヴァンスド・ダンジョンズ&ドラゴンズ(AD&D)」を題材にしたRPGだ。
そしてここは、所謂始まりの街である「キャンドルキープ」
主人公である「俺」は義父であるゴライオンに連れられ、ここから旅立つのだ。
だが…
「俺」は改めて自分の身体を見回す。
開放型の兜を被り、鋲打ちされた革鎧を纏い、二本の長剣を腰に差している。
(そしてこの顔は…)
鏡には、美しいエルフ「女性」の顔が映っていた。
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バルダーズゲートのキャラクターには、男女の能力差が無い。
だからどちらで作成してもいいのだが、「俺」は女キャラを作ることが多かった。
いや、バルダーズゲート2のロマンスを考えれば男の方が選択肢が多いのだが…毎週やるわけでなし…
じゃあアノメンとロマンスするのか? と言われれば絶対に断る。
(なんであんなクズと愛し合わなきゃならんのだ。「俺」にだって選ぶ権利と言うものが…)
…話がそれた。
とにかく今の「俺」は女だ。
だが、だからと言っていきなり脱ぎだして局部を弄ったりしようとは思わない。
何故ならエルフ女性として今まで生きた記憶もまた「俺」…いや「私」にはあるからだ。
(…どうすんだ、これ? どっちの良さも悪さも知ってるから、どっちともセックスする気にならんぞ?)
これがトランスジェンダーの悩みってやつか(かなり違う)
(いや「私」はまだ処女だから、本当の女の良さって知らないけど…じゃあ男とするの?)
その瞬間過去の、前世の知識と記憶がよみがえり、猛烈な吐き気に襲われた「私」は両手で口を押さえる。
(無理無理無理無理無理! あんなの絶対したくない、死んだ方がマシよ! って言うか、させようとしたら殺すわよ!?)
虚空の存在に殺意を発して何とか気持ちと体を整え、思考を切り替える。
(じゃあ女と…?)
想像した途端、別口の吐き気が「私」を襲い、再び身体をくの字に折る。
(いやああぁぁぁぁっ!? 考えただけでつわるわぁぁぁぁっ!?)
処女なのに妊婦の苦しみを味わう所だった。
(決めた。一生処女で居よう)
「俺」…いや「私」にしては決断が早かった。
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改めて鏡に映る自分を見る。
映る姿はエルフの美女。
エルフで女キャラを作る時、一番世話になったポートレートだ。
元々あった画像はどれも好みに合わないので、ネットで頑張って探した記憶がある。
ステータス画面なんて無いので、今まで自分が受けてきた訓練を思い出す。
「戦士」として二刀の長剣を扱い、
「魔術師」として“識別”と“使い魔召喚”の呪文を学び、
「盗賊」として主に“鍵開け”の技能を伸ばしてきたようだ。
(トリプルマルチクラスで二刀流? 一番厨二病だった時に作ったキャラか。「俺」も青かったなぁ…)
だが、ある意味丁度良いと言える。
ほぼ何でも出来るこの構成は、この厳しい世界で生き抜くには向いているだろう。
(レベルが上がれば、ね…)
自分の気付きに愕然とする。
トリプルマルチクラスは3種類の職業の能力を併せ持つが、経験点も三分割されてしまう。
専門職に比べれば成長するのが3倍遅いってことだ。
(低レベルが一番大変だっていうのに…まあ“耐久力”の低い魔術師よりはマシと思えばいいか)
溜息を吐きつつ、ふと思いつく。
(そうだ、この組み合わせなら!)
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「ウィンスロップの店にようこそ、なにを…」
「ごめん、ちょっと失礼するわね」
店主に挨拶もそこそこに「私」は宿屋兼酒場の二階に駆け上がる。
そしてすぐ脇の無人の部屋に入り、施錠された棚の「鍵開け」をする。
(あった♪)
少し時間を空け階下に降り、店主に向き合う。
「何してたんだ? 泊りもしないのに」
「ううん? 旅に出るんだと思うとちょっと寂しくなっちゃって、一回り見てみただけ。ウィンスロップも元気でね♪」
大きなスターサファイアの宝石を懐に入れ、私は何食わぬ顔をして店を出た。
(ゲームでは大丈夫だけど、流石にここで売っちゃあ拙いよね)
これを売れば金貨1000枚になる。
これからの「私」の旅路にとても役立つだろう。
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街中の雑用をこなし、駄賃を貰いつつそれぞれに別れを告げる。
「準備は出来たか? では直ぐにここを出よう。もしはぐれたら「フレンドリーアーム・イン」に居るであろう「ジャヘイラ」と「カリード」と言う冒険者を頼るのだ、よいな?」
だが、図書館前で私を待っていた義父「ゴライオン」と対面した時、「私」の心はそれまでの様に平静ではいられなかった。
このプロローグは、いわばチュートリアル。
義父との別れは必然であり、それこそ数えきれないほど経験した。
だけどそれはあくまでゲームの話。この人と親子として過ごした「私」の記憶と意識は、この別れを受け入れたくないと叫んでいた。
「父様、私一人で旅立ってはいけませんか…?」
思わず出てしまった「私」の言葉に父は、
「何を言う、そなたはまだまだ未熟だ。一人で旅なぞさせるものか」
憤慨したような顔で、物凄く過保護な返事をした。
(違うのです。あなたが死ぬからです。ここを出たら「サレヴォク」に夜襲され、あなたは私を逃がして死ぬんです)
先の展開を知っても、それを口に出せない「私」に出来たのは、涙を湛えた瞳で義父を見る事だけだった。
その想いを知ってか知らずか、
「大丈夫、私に何があったとしてもそれは私の選択の結果だ。そなたの気に病む事ではないさ」
そう言って優しく「私」を抱きしめた「父」の笑顔を、私は生涯忘れることは無かった。
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「走れ、ここから逃げるのだ!」
義父の叫び声を背に、「私」は南へひた走る。
(ごめんなさい、お父さん。「私」きっと強くなって仇を…)
グサッ!
(…え?)
背中の肩口に走った衝撃で「私」は意識を失った。