今日はバイトが無い。
しかし、茜華は母親へメールをしておいた。
『友達と遊んでくる、帰るのは21時くらいになるかも』
少し待てば返信が来て、「分かった、夕食は用意しておくね」
娘を信頼している優しい母親の言葉が、茜華の心へ無数の矢として突き刺さっていく。
(ごめんね、お母さん)
茜華は「ウソ」を付いた。
帰宅時間が21時くらい、これは本当であるが……友達と遊ぶから、帰るのが遅くなるのではない。
「部屋番号は……411かぁ」
では、彼女は何処へ向かい、何をするのか?
口元にマスクを付けてから……向かったのは、茜華の住む街から三駅先の街。
駅から徒歩一分で現れるのは、眠らないネオンが目に眩しい、ラブホテル街であった。
とある人物から、ホテルの名称を伝えられていたし、駅から出た時点で看板が目立つホテルなので、地図アプリを使うまでも無く、彼女はすぐ辿り着く。
カウンターのおばちゃんへ、「411の者です」とだけ伝えたら、おばちゃんは仏頂面のままエレベーターの使用を許可してくれた。
ホテルの内装は綺麗であり、各部屋、ロビー、トイレなども掃除が行き届いて、部屋の内部はまるで水族館のような、幻想的なアクアリウムが設置しており、ラブホ女子会の会場としても人気を博している。
茜華は全部知っている。
だってこのラブホテルを利用するのは、初めてなんかじゃないのだから――
――コンコンッ。
「はい」
部屋の中からは、低めだが少々気弱な声色の持ち主が――
「私です」
「どうぞ、鍵は開いてるよ」
入室を許可してくれた。
……ガチャンッ。
ドアを開ければ、水色のカーテンに、蒼色のカーペット、カラフルな熱帯魚の泳ぐ水槽が、壁にはめ込まれた内装と、ベッドの端に座る50代のおじさんが、茜華を出迎えてくれた。
「水族館のようなラブホテル」を、ウリにしているだけあって各部屋は、水中をイメージした内装に仕上がっている。
それこそ、ティッシュや調光機能と共に、ベッドサイドに二つ置かれているコンドームさえなければ、本当に水族館の一角とすら錯覚するであろう。
「今日も呼び出してごめんね」
茜華よりも随分、彼女の両親よりも年上な中年男性が、申し訳なさそうに頭を下げる。
丁重な言葉使いから、優しくて穏やかな性格である事は、初対面であっても察しは付くが――茜華は初対面なんかじゃない。
何度も何度も、この中年男性、『
「ううん、バイト無い時に連絡してくれたから、私は全然大丈夫だよ♪」
マスクをスポーツバッグの中へ入れながら、トスッ、未知男のすぐ隣へ座った。
「今日もよろしくね、じゃあこれを」
また申し訳なさそうな顔をし、ずっと年下である少女へと頭を下げた中年男性。
彼はパリッとした紺色のスーツを着用し、金の刺繍が施されたモスグリーンのネクタイを、組み合わせている。
ちょっと見ただけで、「何だか高そう」と、感じられる雰囲気がスーツにあり、実際フルオーダーメイドなのでそこら辺のサラリーマンより、ずっと金をかけたものだ。
「ありがとうおじさん! じゃあ……しよっか♪」
未知男から手渡しされたのは、なんと五万円。
高校生が手にするには、如何せん高すぎる金額……
バイトを何日も頑張って頑張って……漸く貰えるお札を五枚も、あっさりと彼女は受け取った。
未知男と茜華。
血の繋がりは一切ない。
近所に住んでいるだの、小さい頃に面倒を見てくれていただの、そういった心温まるエピソードなんて、全く持ってこの二人の間には存在しない。
単刀直入に伝えよう。
【パパ活】だ。
「キス……いいかい?」
「うん♪ 遠慮しないで来て♪」