――大空洞
並のもの達では動けなくなるほどの重圧。
レベル三十に満たない者達は強制的に地面に膝をつき動くことすら出来なくなっていた。
ランスと共に地下に降りていたリア王女は勿論、マリスでさえ表情を訝しめながら無様に膝をついていた。
ランスとまだ動ける部下たちは、その中を一歩ずつ進んでいく。動けるものは将軍クラスの部下だけで、各階層で遭遇した怪獣の戦闘を回避するために分断していたランスの軍はついには一軍にも満たない数にまで減少していた。
それでも進み続けるランス軍。ここで逃走したとして、待っているのは人類の絶滅だけ、彼らに最初から逃げ道など無いのだ。
終着点。
今までこの迷宮を降りてきた中で存在したどの空洞よりも広い空間に出る。なぜ、こんな深い地下迷宮でこれほどまでに広い空間が存在するのかは疑問だが、ランスたちはこの広い空洞よりも、そこに浮かんでいた物体に驚愕していた。
――否、それは物体などではなく、大きさを測るのも馬鹿らしくなるほどの宙に浮かぶ巨大なクジラのような生き物だったのだ。
少なくともその大きさは一国の巨大な都市にも匹敵するだろうか。
ランス達に気づいたのか、クジラのような生き物が、その目をランス達に向ける。
「わー、たくさんのぷちぷちの個体だー。なんでこんなところにいるんだろ?」
大空洞に巨大なクジラの声が響く。ランスの後ろにいた兵士たちはこれから戦うであろうこの敵の巨大さに震え、中には失禁する者や気絶までしてしまう者がいた。
(……こいつがルドなんとかとか言うやつか。)
ランスがひとりごちる。この巨大なクジラは、ランスが香姫を抱いたときに見た巨大なクジラ、ルドラサウムと同じだった。
「おーーい、そこのくじら野郎」
ランスは何故ルドラサウムが自分たちの世界を壊すのかを聞くために声をかける。何故、神とまで言われる者がわざわざ自分たちを滅ぼすのか気になったからだ。
しかし、ルドラサウムからの反応は無い。
言葉が通じていないのかと、ルドラサウムを見ているとランスの耳に寝息のようなものが聴こえてきた。
「……すう…すう……」
ルドラサウムは、ランス達を観察するのに飽きて、居眠りをしていた。
「むっかぁぁぁぁぁぁ!!!このスーパーな俺様が目の前にいるというのに居眠りこきやがって!!」
ランスがルドラサウムに怒鳴るが勿論反応はない。
「おのれ、超スーパー鬼畜アターーック!!」
業を煮やしたランスがルドラサウムに向かって必殺技を繰り出す。
雷のような爆音を響かせ、快心の一撃がルドラサウムの躰にヒットした。
「………ん……んあ……ふぁぁぁぁ………かゆい……むにゃ……」
「おい、起きろ、くじら!!」
だがその多くの魔人すらも打倒したランスの必殺技も巨大な体を持つルドラサウムには蚊に刺された程度でしかない。
ランスもそんなことはわかっているようで、得に驚く事もなく、いいかげんに目を覚ませと怒鳴る。
「くじら……くじらって……? ぼく、そんなんじゃないのに……」
ようやく反応したルドラサウムが、目をうっすらと開けて、声がする方へ向ける。
「あ……個体だ。そういえば、数を数えてて、眠くなっちゃったんだ…む にゃ…」
「おい、くじら!! どうして、俺様達の世界を滅ぼすんだ?」
「……つまんないんだもん……。
だって…世界を統一しちゃうなんて、馬鹿な事をするんだもん……。
世の中…やっぱ、混乱だよ、混乱。混乱を見るの…好き…くすくす…。
混乱がない世界なんか……せっかく混乱を起こす為に作ったのに……。
だから、いらない、つまんない」
ランスの問いにルドラサウムは独り言のように答える。その目は早々にランスなど見ておらず、ルドラサウムは次の遊戯について考え始めていた。
(やっぱりそうなのか…くそ……なんて奴だ……俺様達がこんな奴の為に作られたなんて…)
自分勝手な理屈を答えるルドラサウムに自分のことは棚にあげて憤るランス。ランスの後ろに控えていた奴隷、シィルがそっとランスのマントを掴む。
「ランス様……」
(しかし、事情はどうあれ、俺達は生きている。くじらの為なんかで死んでたまるか)
思案に耽っていたランスだったが、何か閃いたのか突如顔を上げる。
「わかった、滅ぼすのをやめろ。これから俺様がもっと面白くしてやる」
「……君が?」
ランスの言葉に興味を持ったのか、再びその目をランスに向ける。
「そうだ。混乱と混沌。破壊とバイオレンスとエロスに満ちた楽しい世界を、俺様が作ってやる」
「ほんとう??」
「ああ、本当だ。俺様は、嘘なんかついた事はない」
「……もう嘘ついてる……」
「なんだと?」
「君……ぼくが知らないとでも思っているの?」
ルドラサウムがすっと目を細める。
「君が世界を統一した個体だって事……わかってるよ」
「ぎく……」
思わず声に出すランス。
此の世界をゲームのような感覚で覗き見ていたルドラサウムには、ランスのしていたことなどは筒抜けだったのである。ましてやルドラサウムなどはこの世界の生命を作り出した創造神。元々嘘など通用するはずがない。
ランスが言ったその場しのぎの言葉など通用するはずがなかった。
「君が、ぼくの遊び場から混乱を奪った張本人じゃないか」
「ぎくきく……」
「そんな奴……信用、したくないよ」
ランスに興味を失ったルドラサウムはまた遊戯について考え始める。
その様子に、なんとかしようと慌てて答えるランス。
「こ……これから破壊してやる。お前の望み通りに」
「…………嘘。ぼくには、わかるぞ。君の心は、安息を求めている。
君は、真の鬼畜じゃないもん」
ルドラサウムの鬼畜じゃないという言葉に頭に来たのか、ランスが怒鳴る。
「なっ……何を言う! やると言っているだろうが、このくじら野郎」
「嘘つき、嘘つき、嘘つき!! やっぱ、君、信用出来ない!!」
次の遊戯について考えることすら邪魔をするランスに腹がったったルドラサウムはついにランスから目をそ向けてしまった。
「ええい、疑り深いくじらだなぁぁ!!」
一向に話のわからないルドラサウムに苛立ち、髪をかきむしるランス。
このまま無視されるのではと思ったつかの間、ルドラサウムが再びランスに向き直り、どことなく愉悦を含んだ声で話しかける。
「んじゃあね、人質ちょーだい」
「人質って……」
「君の、いっちばん、大切にしてるもの。それ、預かるの」
「俺様が一番大切にしているもの……それは…俺様の命か? 命なんか取られたら……」
「はーずれ。君。それより大事にしてるものあるじゃん。これっ!」
「きゃっ…!?」
ルドラサウムの掛け声と共に、ランスの後ろにいたシィルの躰が、ふわりと浮いた。
「シィル!?」
「ラ…ランス様ぁ!!」
シィルが悲鳴をあげて、ランスに向かって手を伸ばす。
手足をばたつかせて抵抗するが、シィルの躰はみるみるうちに空へと浮かんで行く。
「シィルーーー!!」
突然の出来ごとに呆然としていたランスも、そうはさせまいと手を伸ばす。しかし互いの手は届かず、ただ空をつかむ。シィルはそのままさらに高い場所へと浮かび上がった。
「これこれ…このちっちゃな魂…君が大事に大事にしてる、これ、ひとじーーち」
ルドラサウムの楽しそうな声が響く。ルドラサウムは新しい遊戯を見つけたのだ。
「えい」
「きゃあああ!!」
ルドラサウムが呟くと同時に、シィルに光が集まる。
その様子にどうすることも出来ずに、ただ見つめるランス。
「シィル………!!」
「……ラっ…ンス…さっ…まぁぁ!」
シィルの躰が巨大な氷に包まれていく。
完全に包まれると、それはまるで突きつける様にランスの前に落ちてきた。
「シ……シ……シィル……シィル!! シィル、シィル、シィル!!」
氷づけになったシィルの前に駆け寄り、その氷を渾身の力を込め叩くランス。
だが幾ら叩いても、叩いても、その氷は割れない。氷の中のシィルの表情も人形のように変わらなかった。
「シーーーーーーーーーーィル!!」
腕の鎧は歪み、指の骨が折れる。しかし氷が割れる事はなかった。
これでは埒があかないと、ランスが自分の後ろにいるであろう部下に叫ぶ。
「おい! 誰か魔法が使えるだろうっ! それでこいつを溶かせ!」
ランスの命令に、後で控えていたランスの軍から何人かの魔法使いが出てきて、シィルをまとっている氷に火の魔法をかける。
だがいくら強力な魔法を唱えても、溶けることも砕けることもしない。
「馬鹿剣! どうにかならんのかっ!」
普段は険悪している自分の腰に差してある魔剣カオスにも声をかける。
『いや……わしに言われても……』
そのランス達の様子をルドラサウムは愉快そうに笑う。
「くすくすくす……駄目だよ…そんな事しても。ぼくじゃないと、どーしよーもないよ」
「…………きっさまぁぁぁ!!!」
魔王ですら一太刀で切殺せるのではと思わせるほどの怒りを示すランス。だがそんな彼の様子もルドラサウムには娯楽でしかない。
「これ…返して欲しいでしょ?」
「…………」
ランスはルドラシウムの言葉に、ピークに達した怒りをなんとか押し込める。
「くすくす…楽しいな…君の心…怒ってる…怒ってる…ぼく、そーいうの大好き…くす」
「くじらの分際で、なんて事しやがる!! さっさと、シィルを元に戻しやがれ!!」
「や」
ランスの言葉を拒否するルドラサウム。しかし先ほどのような拒絶は含んではいなくて、ランスの怒りとは対称にとても楽しそうな声。
「なぁぁにぃぃぃ!!??」
「返して欲しかったら、ぼくを楽しませてよ。 OK?」
「むかむかむか……」
「あと、ちゃんと言う事きかないと、この子、ばらばらにしちゃう」
「…………ッ」
ランスはシィルを見ると、指の折れた手を握りしめて自分を落ち着かせる。
(落ち着け俺様。まずはシィルを取り戻さねばならんのだ。……くそ、シィルの奴、足引っ張りやがって。シィルさえいなければこんな奴直ぐに・・・。)
そんなランスの様子に見かねたのか、カオスが声をかける。
『…おい心の友』
「うるさい。黙れ。今考え中なのだ」
『いや、真面目な話なんですよ…?
…心の友、別にあの娘にそこまでこだわらなくてもいいだろう? 今はここから何としてもっ』
「うるさい。黙れといったろう。それ以上喋ったら、このままここに捨ててくぞ」
『……………』
ランスの言葉に黙り込むカオス。
ランスはカオスに向けていた顔をルドラサウムに向きなおす。
「俺様は何をすればいいんだ?」
ランスの言葉にルドラサウムは気分をよくして、「そーでなくっちゃ」と呟く。
「最近、面白そうな異世界を見つけたんだ。そこで君たちみたいなぷちぷちの個体の代表マッチみたいなのがやってたから、君がぼくのぷちぷちの個体を代表して優勝してきてよ」
「代表マッチ?」
「もちろん殺し合いだよ? 優勝者にはなんでも願いがかなう杯が貰えるんだって」
「…………!」
ルドラサウムの言葉にランスの顔に生気が戻る。
シィルを救うことが出来るかもしれない方法を提示したのはルドラサウムだが、ランスの心に希望が芽生えた。
「くす…くすくす……よーやっと、本気になったみたいだね…」
「やかましい!! この俺様を、誰だと思ってる!! ランス様だ!! 俺様が優勝するに決まってるだろう!! やると言ったら、やる!! この俺様に、二言はない!!」
しかし、ルドラサウムの言葉は癪なのは変わらないようで、噛みつく様に答えるランス。
「それじゃあ…君の活躍、楽しみにしてるね……
詳しいことはコスモスに説明させるから、ばいばーーい……」
――――どうせ無駄なんだけどね。くすくす……。
*
「…で、あんたがあたしのサーヴァントなの?」
「おー! 美人ちゃんではないか! そうだ、俺様こそ究極優秀英雄王ランス様だ! 惚れていいぞ」