「ちょっとアーチャー、詳しく話しなさい! 何で昼真っからバーサーカーなんかとやり合ってるのよ!?」
凛のパニック気味の怒声が、念話越しにアーチャーの脳内へ響き渡る。
『事情は後だ。今はお嬢さんが昨夜助けた少年――衛宮士郎が狙われている。その防衛に回っているが、この巨漢は生半可な攻撃では傷一つつかんぞ。いや、傷はつくのだがな……』
アーチャーは黒い大弓を引き絞りながら、クレーターから這い上がってくる狂戦士を冷徹に見下ろしていた。
先ほどランスの『超スーパー鬼畜アタック』と、自身の『偽・螺旋剣』による爆撃で、確かに二回は致命傷を与えたはずなのだ。しかし、バーサーカーの肉体は何事もなかったかのように修復され、むしろその肌の強度は増しているようにすら見える。
「がははは! 面白い、実に面白いぞこのデカブツ! 何度切り刻んでも生き返るとは、リーザスの不死の怪物どもの方を思い出すではないか!」
ランスは衣服を風圧でボロボロにされながらも、全く怯むことなくカオスを構え直していた。むしろ、強敵を前にしてその野生の戦闘本能が歓喜に震えている。
「だがな、俺様に二度同じ手が通用すると思うなよ! 心の友よ、あのデカブツの『命のストック』とやらを、力ずくで毟り取ってやる!」
『おうともさ! どんなに命が多かろうが、全部叩き潰せばただの肉塊だ! 行け、心の友!』
「おおおおおっ!!」
ランスが再び地を蹴る。その踏み込みの凄まじさに、アーチャーは一瞬目を細めた。
先ほどの突撃よりもさらに速い。バーサーカーの斧剣が神速の暴風となってランスを迎え撃つが、ランスはカオスを恐るべき技量で操り、そのすべての打撃を火花を散らしながら弾き、受け流していく。
キィィン! ガキィィン! ドグォォォン!!
「ハッ、そこだぁ!」
ランスの放つ超高速の連撃が、バーサーカーの胸元、喉元、そして戦斧を握る手首を正確に切り裂いていく。異界の魔剣の呪いは、確かにバーサーカーの持つ『十二の試練(ゴッド・ハンド)』の強固な防御概念を「侵入(イントルード)」し、肉を削ぎ落としていた。
だが、どれだけ致命の刃を叩き込もうと、バーサーカーは止まらない。
それどころか、傷を負った瞬間にその肉体が超再生し、さらに筋力を増して戦斧を振り下ろしてくるのだ。
「ぐっ、この……際限がないな!」
さすがのランスも、一歩、また一歩と後退を余儀なくされる。
その戦いを、道路の端で呆然と見上げていた衛宮士郎は、自身の無力さに歯噛みしていた。
「あいつら……俺を助けるために戦って……いや、違う。あの緑の男の人は、ただあの化け物と戦うのを楽しんでるのか……!? 何なんだよ、これ……!」
『アーチャー! 私も今からそっちに向かうわ! ランスに無茶はさせないで、私が着くまで時間を稼ぎなさい!』
念話の向こうで、凛が駆け出す足音が聞こえる。
「いや、お嬢さん。その必要はない。――戦況が動くぞ」
アーチャーの静かな呟きと同時に、交差点のセピア色に染まった空間の端から、新たな魔力の地響きが伝わってきた。
バーサーカーの圧倒的な猛攻の前に、ランスがカオスで防戦一方になりかけたその瞬間。
「―――そこまでだ、バーサーカー」
鈴の鳴るような、しかし凛とした、冷徹な少女の声が響き渡った。
その声に反応するように、バーサーカーの動きがピタリと止まる。
路地の影から姿を現したのは、銀色の髪をなびかせ、紫の豪奢なドレスを纏った幼い少女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。彼女の瞳には、一切の情け容赦のない、残酷なまでの知性が宿っている。
「面白そうだから放っておいたけれど、随分と妙なサーヴァントが紛れ込んでいるのね。そこの緑の、あなた、どこの英霊? 私のバーサーカーの攻撃をそれだけ受けて、ピンピンしているなんて」
「あァ? なんだ、その生意気なガキは。……ほう、よく見ればなかなか可愛らしい顔立ちではないか。将来が楽しみな極上のロリ――ぶふっ!?」
ランスが下品な笑みを浮かべてイリヤを見定めた瞬間、上空からアーチャーの放った無属性の魔力矢がランスの脳頭を直撃し、その言葉を強制的に遮断した。
「静かにしろ、馬鹿者が。相手はアインツベルンのマスターだぞ」
実体化したアーチャーが、ビルの屋上から静かに飛び降り、ランスの隣へと着地する。
「チッ、白髪の野郎、人の邪魔をしやがって……むかむか。おいガキ、そこのデカブツは、お前のペットか? なら大人しく俺様のハーレムの奴隷になれ。そうすれば命だけは助けてやるぞ!」
「ふーん。やっぱりお馬鹿さんね、あなた」
イリヤはくすくすと冷たく笑うと、バーサーカーの背後に隠れるように一歩下がった。
「いいわ。今日のところはご挨拶のつもりだったけれど、これ以上は他のお客さんも集まってきそうだし、お預けね。……でも、次は容赦しないから。そこの正義の味方気取りの男の子も、その歪な緑のサーヴァントも、みんなまとめてバーサーカーにミンチにしてもらうんだから」
イリヤが小さく指を鳴らすと、バーサーカーは一際大きな咆哮をあげ、その巨躯を翻して、驚くべき跳躍力でビル群の彼方へと消え去っていった。イリヤもまた、霧が溶けるようにその姿を消していく。
結界が解除され、世界の色彩が元に戻る。大通りの騒音が一気に周囲を満たした。
「ハァ……ハァ……。行っちまったか。クソ、あと少しで俺様の『超スーパー鬼畜ビンタ』をお見舞いしてやるところだったのに」
ランスは不満げにカオスを魔法ボックスへと収めた。
「やれやれ、命拾いしたのはどちらのセリフかな」
アーチャーは弓を消滅させ、深くため息をつく。そして、その視線を、未だ地面にへたり込んでいる衛宮士郎へと向けた。
「さて……。少年。命が助かったのはこれで二度目だ。自分の立場が理解できたかね?」
「え……?」
士郎が困惑の声をあげる中、遠くから「衛宮くん!! ランス!! アーチャー!!」と、息を切らせた遠坂凛が走ってくるのが見えた。
最凶の狂戦士との邂逅。そして、生き残った少年。
冬木の聖杯戦争は、遠坂凛の預かり知らぬところで、急速にその破滅への速度を上げ始めていた。
「衛宮くん!! 無事なの!?」
息を切らせて駆け込んできた凛は、周囲の損壊したアスファルトと、衣服をボロボロにされながらも不満げに鼻を鳴らしているランス、そして冷静に佇むアーチャーの姿を素早く見回した。最後に地面へへたり込んでいる士郎の姿を確認すると、大きく肩を揺らして安堵のため息を漏らす。
「遠坂……? なんでお前がここに……」
士郎は未だに現実が受け入れられないといった様子で、制服の泥を払いながらよろよろと立ち上がった。
「こっちのセリフよ! 何でアンタがこんなところに突っ立って、おまけにあの『アインツベルンの怪物』に目を付けられてるのよ!」
凛は士郎に詰め寄ると、その胸元に手を当てて、昨夜の蘇生魔術の痕跡を確かめるように魔力を通した。心臓の鼓動は確かだ。しかし、彼の身体の奥底から感じる歪な魔力の脈動に、凛は小さく眉をひそめる。
「がははは! 心配するな凛! あのデカブツなら、この俺様が自慢のカオスで細切れにしてやるところだったのだ! あの生意気なロリ誘拐魔のガキが逃げ出さなければ、今頃は俺様の勝利の宴を開いていたというのに!」
「はいはい、威勢がいいのは結構だけど、アンタの服、風圧だけでボロボロじゃない。少しは自重しなさい、この戦闘狂」
凛は呆れたようにランスをあしらうと、再び士郎の方を向いて真剣な眼差しを向けた。
「……衛宮くん。ハッキリ言うわ。アンタ、昨夜ランサーに心臓を貫かれて、一度死んだのよ」
「え……?」
士郎の身体が凍りつく。昨夜、学校の廊下でランサーの赤い槍に胸を穿たれ、視界が赤く染まっていったあの絶対的な死の感触。あれは夢ではなかったのか。
「私がアンタを助けたの。遠坂家の秘蔵の宝石を全部使ってね。……神秘の秘匿。それが魔術世界の絶対のルールよ。昨夜のランサーのマスターも、今日のバーサーカーのマスターも、アンタが『聖杯戦争』の目撃者だから口封じに現れたのよ。意味が分かる?」
「聖杯、戦争……。じゃあ、さっきの化け物や、あの緑の男の人は……」
士郎がランスを指差すと、ランスはフンと胸を張った。
「男の人とは失礼な。俺様はリーザスの偉大なる王、ランス様だ! ひれ伏して感謝するがよい!」
「静かにしていろ、異界の王様」
アーチャーが冷ややかにランスを遮り、士郎を見据える。「少年。君がこのまま『ただの人間』として逃げ回るなら、次に出会うサーヴァントの手によって、今度こそ塵も残さず消滅することになる。お嬢さんの魔術も、二度は奇跡を起こせない」
「そんな……。じゃあ、俺はどうすればいいんだよ。ただ殺されるのを待てって言うのか!?」
士郎は拳を固く握りしめ、自身の無力さに激しい悔しさを滲ませる。誰も巻き込まない、誰も死なせないために、自分にできることは何もないのか。
その時だった。
士郎の左手の甲に、突如として激しい灼熱感が走った。
「う、ぐあぁぁっ!?」
士郎が悲鳴を上げて自身の左手を押さえる。その皮膚の表面に、まるで血で描かれたかのような、禍々しくも美しい三画の紋様――『令呪』が、急速に浮かび上がってきた。
「なっ……!? 令呪……!?」
凛の目が見開かれる。
魔術師でもない、ただの素人の一般人のはずの衛宮士郎の手に、聖杯に選ばれたマスターの証が現れたのだ。
同時に、周囲の大気が一変した。
誰かが結界を張ったわけではない。士郎自身の内側から、そしてこの冬木の土地の霊脈から、溢れんばかりの膨大な魔力が一気にこの交差点へと収束していく。
「少年、下がりなさい! 召喚の術式が、君の意思に関係なく起動している!」
アーチャーが即座に士郎を凛の背後へと引き剥がす。
「う、うおおおおおっ!!」
士郎の叫びと共に、彼の足元の地面に、光り輝く魔法陣が爆発的に出現した。まばゆいばかりの青白い光が周囲を包み込み、激しい魔力の暴風が吹き荒れる。
「ちょっと、何が起きてるのよ!? サーヴァントの枠はもう残ってないはずでしょ!?」
凛が光に目を細めながら叫ぶ。すでにこの冬木には、通常の一聖杯戦争の規定数である七体のサーヴァントに加え、ランスというイレギュラーまで存在しているのだ。これ以上の召喚など、世界のシステムが許すはずがない。
しかし、因果の歯車は止まらない。
暴風の中心、光の粒子が収束していくその場所に、一人のシルエットが浮かび上がる。
それは、青いドレスの上に純白の甲冑を纏い、目に見えない不可視の風を纏った、小柄な、しかし圧倒的な聖性を放つ少女の姿だった。
少女は静かにその緑の瞳を開くと、眼前に立つ衛宮士郎を見つめ、凛とした声で告げた。
「―――問う。貴方が、私のマスターか」
最凶の狂戦士を退けた直後、遠坂凛陣営の目の前で、聖杯戦争の最後の一尊にして最高のクラス――『セイバー』が、衛宮士郎の手によって召喚された。