言峰綺礼は、ステンドグラスから差し込む薄暗い光の中で、ランスをじっと見つめ続けた。その冷徹な双眸の奥に、かつてないほどの不気味な愉悦の光が灯る。
「……なるほど。召喚のシステムそのものに割り込んだ、異界の『生身の人間』か。英霊の座の規則を嘲笑うかのようなイレギュラー。実に興味深いな、凛」
「面白がってる場合じゃないわよ、綺礼!」
凛は傲然と言い放ち、教会の長椅子を一つ叩いた。
「こいつのせいで私の作戦は最初から狂いっぱなしよ。おまけに、そこにいる衛宮くんが、今朝正式にセイバーのマスターになっちゃったの。この状況、監督役としてどう処理するつもり?」
言峰の視線が凛から士郎へと移る。その瞬間、士郎は背筋に冷たい刃を突きつけられたかのような、形容しがたい悪寒を覚えた。
「衛宮、といったか。かつてこの街を焼き尽くした火災の、数少ない生き残り……。よもや、あの男(切嗣)の養子が聖杯に選ばれるとはな。因果とは、これだから恐ろしい」
言峰は低く、楽しげに笑った。
「あんた……親父を知ってるのか?」
士郎が思わず一歩前に踏み出すと、セイバーがそれを遮るように士郎の前に立ち、言峰を鋭く睨みつける。
「下がってください、マスター。この男からは、聖職者にあるまじき不浄な気配がします。これ以上近づくのは危険です」
「がははは! おいおい、神父の野郎! 俺様を上から目線で見下ろすなよ!」
それまで退屈そうに鼻をほじっていたランスが、カオスの柄を叩きながら言峰に歩み寄った。
「異界だの何だのとゴチャゴチャうるさいぞ。俺様はどこにいても偉大なる鬼畜王、ランス様だ! おい、お前がここの一番偉い奴なんだな? なら話は早い。この街で一番極上の美女が集まる場所と、最高に美味い肉が食える店を今すぐ教えろ! 断ったら、その小難しそうな顔をこのカオスで真っ二つにしてやるからな!」
『おい心の友よ、こいつはただの堅物神父ではないぞ。その袖の裏に、恐るべき数の黒い鍵(概念武装)を隠し持っておる。儂の呪いでも、こやつの内なる『歪み』は少々胸焼けがしそうだわい』
魔法ボックスの中でカオスが珍しく嫌悪感を露わにする。
だが、言峰はランスの不遜極まる態度に怒るどころか、その口元をさらに歪めた。
「ほう……欲望に対してこれほどまでに純粋で、悪びれることもない傲岸不遜な王か。私の知る『黄金の英雄王』とはまた違ったベクトルで、この世界に混沌をもたらす劇薬だな。嫌いではないよ、ランスとやら」
「あァ? 黄金の英雄王だ? 誰だそいつは。俺様より目立つ金ピカなんぞ、見つけ次第ぶちのめして俺様の下僕にしてやるわ!」
ランスが傲然と言い放つ。その言葉を聞いた瞬間、アーチャーの眉が微かにピクリと動いた。
「話が逸れたわね」
凛が強引に会話を引き戻す。
「綺礼、とにかく衛宮くんを今回の聖杯戦争の正規のマスターとして登録しなさい。それと、アインツベルンのバーサーカーが昨日、街中で私たちに仕掛けてきたわ。あいつらを放置すれば、神秘の秘匿どころかこの街が消し飛びかねない。一時的に私と衛宮くんで同盟を組むことを、監督役として容認してもらうわよ」
言峰はゆっくりと頷き、胸元の十字架に手を当てた。
「よかろう。衛宮士郎を八人目――いや、形式上は七人目のマスターとして登録しよう。バーサーカーの脅威を前に同盟を結ぶことも、戦いの規則には反しない。……ただし、少年よ」
言峰の冷酷な視線が、再び士郎を射抜く。
「マスターとなった以上、戦いを拒否することは許されない。戦わねば、君の周囲の人間から死んでいくことになる。その覚悟があるか?」
「……俺は、誰も死なせたくない。あのバーサーカーみたいな化け物がこれ以上暴れるのを止めるためなら、俺は戦う」
士郎は拳を握りしめ、真っ直ぐに言峰を見据えて宣言した。
「ククク……素晴らしい。実に見事な『正義の味方』だ」
言峰は満足そうに笑うと、一同に向かって手を広げた。「手続きは完了だ。これより、冬木の夜はさらに血の匂いを増すだろう。励むがいい、魔術師たちよ。聖杯は、最後に勝ち残った者だけに与えられるのだからな」
教会を後にする一行。
石段を下りながら、ランスは「フン、あの神父の野郎、気取りやがって。だが、次に俺様の邪魔をしたら間違いなくケツの穴からカオスを突き刺してやる!」とブツブツ文句を言っていた。
しかし、凛もアーチャーも、そしてセイバーも気づいていた。
言峰綺礼という男が、ランスという「異界のバグ」の存在を知ったことで、この聖杯戦争をさらに歪んだ方向へと導こうとしていることに。
そして、教会の地下――薄暗い闇の中で、言峰は一人、黄金の鎧を纏った『もう一人のイレギュラー』に向かって語りかけていた。
「……面白いおもちゃが紛れ込んだぞ、英雄王。君の退屈を紛らわせるには、これ以上ないほどの『鬼畜』な男だ」
闇の中から、愉悦に満ちた傲慢な笑い声が響き渡る。
冬木の聖杯戦争は、交わるはずのなかった二つの「王」の激突へと向かって、最悪のカウントダウンを始めようとしていた。