教会からの帰り道、冬木の街に夕闇が下りていく中、遠坂凛は終始、険しい表情で考え込んでいた。
「(言峰のあの不気味な笑い方……絶対に何か企んでるわ。それに、あの男が言っていた『黄金の英雄王』って言葉、引っかかるのよね……。まさか、前回の聖杯戦争の生き残りがまだこの街に……?)」
「おい、凛! さっきから黙りこくって、俺様の偉大な背中に見とれてるのか? がははは、可愛い奴め!」
ランスがいつの間にか凛のすぐ横に並び、その肩に馴れ馴れしく腕を回そうとする。
「ちょっと、触るんじゃないわよこの鬼畜王!!」
凛は即座にステップを踏んで距離を取り、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。「大体アンタね、さっきから聖職者の前でケツの穴がどうとか下品なことばかり言って! 少しは空気を読みなさいよ!」
「フン、神父の前だろうが世界の王の前だろうが、俺様は俺様のやりたいようにやるだけだ。それより、そろそろ夕飯の時間ではないか? 少年、今日の夜は肉だぞ、肉! 昨日のちくわみたいなケチなものではなく、極上の牛肉を腹いっぱい用意しろ!」
「ええっ、牛肉か……。冷蔵庫には鶏の胸肉くらいしか残ってないぞ。これからスーパーで買い出しか……」
士郎が財布の中身を確認しながら困り顔で呟くと、その背後からセイバーが静かに進み出た。
「マスター、買い出しであれば私も同行いたします。先ほどあの不埒な騎士が『女が薄着になる聖地』などと不穏なことを口にしていました。私が監視の目を光らせておく必要があります」
「がははは! 鎧のちゃんねー、俺様と一緒に買い出しデートに行きたいのか? よし、特別に俺様の腕に掴まる権利をくれてやる!」
「貴殿のその腕、今すぐ根元から叩き斬られたいようですね……!」
一触即発の二人を前に、最後尾を歩いていたアーチャーが、ふっとため息をついて士郎の隣に並んだ。
「やれやれ、少年。我が陣営のトラブルメーカーが迷惑をかけてすまないな。買い出しなら、私も手伝おう。これだけの人数(と大食漢二人)の胃袋を満たすとなれば、相応の量が必要になるだろうからね」
「あ、ああ、ありがとうアーチャー……。本当に助かるよ……」
士郎は、敵であるはずのサーヴァントがエプロン姿(脳内イメージ)で手際よく料理をしていた今朝の光景を思い出しながら、奇妙な連帯感を抱き始めていた。
「ちょっと待ちなさい、全員でスーパーに行ったら目立つでしょ!」
凛が頭を抱えて制止する。
「作戦会議も兼ねて、一旦衛宮くんの家に全員で戻るわよ。ランス、アンタは大人しく留守番! いいわね!?」
「あァ? 留守番だと? 誰がそんな退屈な――」
ランスが文句を言おうとしたその瞬間。
ピキィィィン!!!
周囲の空気が、一瞬にして凍りついた。
それは、昼間に交差点で対峙したバーサーカーの放っていた狂気とはまた違う、背筋が粟立つような、圧倒的に「冷酷」で「強大」な魔力のプレッシャーだった。
夕暮れ時の住宅街の交差点。その街灯の上に、一人の影が立っていた。
西日に照らされ、文字通り眩いばかりの「黄金」の輝きを放つ甲冑。
端正な容姿に、すべてを見下すような、紅く冷徹な双眸。
「――全く。神父の部屋でネズミが騒いでいると思えば、これほど醜悪な雑種が紛れ込んでいたとはな」
その傲岸不遜な声が響いた瞬間、アーチャーとセイバーの顔色が一変した。
「なっ……!? この魔力、まさか……!」
凛が息を呑む。正規の七つのクラスには該当しない、黄金の英霊。
「お前は……十年前の……!」
セイバーが不可視の剣を構え、かつて第四次聖杯戦争で相まみえた「最古の英雄王」を凝視する。
街灯の上に立つギルガメッシュは、セイバーには一瞥をくれただけで、その傲慢な視線をまっすぐにランスへと向けた。
「生身の分際で王を騙り、この我が庭でハーレムだのと身の程知らずな戯言を抜かす不届き者がいると聞いた。……貴様か、その薄汚い緑の蛇は」
その圧倒的な王の威圧感を前に、士郎や凛が息を詰まらせる中、ランスはカッと目を見開いた。
そして、いつもの下品な笑みを完全に消し去り、むかむかと怒りを燃やしてカオスを魔法ボックスから引き抜いた。
「あァ!? 誰が金ピカの成金野郎だ! おい、そこの生意気なツラしたガキ! 俺様を差し置いて『王』を名乗るとは、いい度胸ではないか! その生意気な口、二度と利けないように細切れにしてやる!!」
『おいおいおい心の友よ! こいつはヤバい、マジでヤバいぞ! 宝具の気配が尋常ではない! 儂の刃の呪いが、かつてないほど警戒しておる!』
カオスが激しく震えながら警告する。
「うるさいぞカオス! 俺様より目立つ男は全員ブチのめす! それが俺様のルールだ!!」
冬木の夕闇を切り裂くように、異界の鬼畜王と、人類最古の英雄王の視線が激突した。
交わるはずのなかった二つの「傲岸不遜」。世界の理を揺るがす最悪の王の激突が、今、ここに幕を開けようとしていた――。
「……ほう。我が言葉に怯むどころか、その不浄な鉄屑を抜くか。無知とは、時に道化としての価値すら失わせるな、雑種」
街灯の上に立つギルガメッシュが、フンと鼻で笑う。その背後の空間が、陽炎のように不気味に、そして目も眩むほどの黄金色に歪み始めた。
「なっ……何よ、あの魔力の数は……!?」
凛の顔から一気に血の気が引いていく。
ギルガメッシュの背後に現れたのは、数十、いや数拾という単位の「空間の歪み」。その一つ一つから、神話の時代に作られたであろう狂おしいほどの輝きを放つ宝具の原典――剣、槍、斧が、その鋭利な先端をすべてランスへと向けて突き出していた。
これが人類最古の王の宝具、『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』。
「おのれ、ギルガメッシュ……!」
セイバーが士郎を庇うように一歩前に出、不可視の剣『風王結界(インビジブル・エア)』の風を激しく逆巻かせる。
「マスター、下がってください! あ奴の宝具は一対一で受けて良いものではありません!」
「少年、お嬢さんを連れて退避しろ。ここは私が――」
アーチャーもまた、干将・莫邪を限界まで強化投影し、いつでもランスの盾となるべく身構える。誰もが、目の前の金ピカのサーヴァントが持つ「絶望的なまでの火力」を本能で察知していた。
だが、そんな周囲の張り詰めた空気など、この鬼畜王には一毫の恐怖も与え得ない。
「がははは! 面白い、手品かそれは!? 宙に武器を浮かべて悦に浸るとは、リーザスの軟弱な魔術師どもの方がまだマシな芸をするぞ!」
ランスは魔剣カオスを肩に担ぎ、むかむかと燃え上がる闘志を黄金の気力塊(オーラ)へと変えて全身から噴出させた。
「おい金ピカ! その浮かせたオモチャごと、俺様のカオスで塵にしてやるわ! いくぞ、心の友よ!」
『おうさ! どんなに派手な玩具を並べようが、叩き潰せば同じこと! 蹴散らせ、心の友よ!』
「――死ね、不遜者が」
ギルガメッシュが冷酷に指を弾いた。
ドシュババババババッ!!!
空間の歪みから、音速を超える速度で放たれた無数の宝具の雨が、閃光となってランスへと降り注ぐ。一発一発がサーヴァントの必殺の一撃に匹敵する、理不尽極まりない絨毯爆撃。
「おおおぉぉぉッ!!!」
しかし、ランスは退かない。弾丸のごとき踏み込みで、真正面からその宝具の嵐へと突っ込んだ。
キィィン! ガガガガガガッ!!!
神速で振るわれる魔剣カオスの黒い太刀筋が、迫り来る宝具の原典を次々と弾き飛ばしていく。カオスの持つ「あらゆる防御概念を無効化する呪い」とランスの超人的な技量は、ギルガメッシュの放つ絶対的な暴力を前にしても、一歩も引かずにそれを相殺していた。
「な、何であの男、宝具の雨を正面から弾き飛ばして進めるのよ!?」
凛が信じられないものを見る目で絶叫する。
「……信じがたい戦闘直感と、あの魔剣の頑強さ。あれは英霊の理をも超えている……!」
アーチャーの目にも驚愕の色が走る。
「はァッ! 隙だらけだぞ金ピカァァァッ!!」
宝具の嵐を力ずくで突破したランスが、ギルガメッシュの立つ街灯の直下へと肉薄する。そのカオスの刀身には、圧倒的な気力塊が集約されていた。
「超スーパー鬼畜アターーック!!!」
ドガァァァァァン!!!
下からの猛烈な斬撃が放たれ、強烈な衝撃波が街灯ごと周囲の空間を爆裂させた。
凄まじい爆煙が立ち込める。
「やったか……!?」
士郎が思わず声を漏らすが、煙の向こうから響いてきたのは、激しい怒りに満ちた、しかし冷徹な声だった。
「――生身の身空で、我が至高の財宝を凌駕し、この我に刃を届かせかけるか。……雑種、貴様は生かしておいてはならん真の『害悪』だな」
爆煙が払われた先、数歩後ろの大地に着地していたギルガメッシュの甲冑には、微かではあるが、ランスの気力斬撃が掠めた「傷痕」が刻まれていた。
人類最古の王の瞳が、これまでにないほどの本気の殺意に染まる。彼の背後の空間の歪みは、先ほどの数倍――百を超える規模へと膨れ上がろうとしていた。
「がははは! 避けたか成金野郎! だが俺様の『超スーパー鬼畜ビンタ』の恐怖を、その体に刻み込んでやったぞ!」
ランスは息を荒くしながらも、さらに凶悪な笑みを浮かべてカオスを構え直す。
「――そこまでにしてもらおう、英雄王」
一触即発、交差点が文字通り消し飛びかねない出力を上げようとしたその瞬間、教会のあった丘の方角から、もう一つの足音が響いた。
影の中から静かに姿を現したのは、言峰綺礼だった。
「言峰……!?」
凛が鋭く息を呑む。
「これ以上の騒ぎは神秘の秘匿を揺るがす。アインツベルンのバーサーカーが動いた直後だ、他の陣営の目もある。今日のところは矛を収めてもらいたい」
言峰は感情の失せた目でギルガメッシュを見上げ、淡々と告げた。
ギルガメッシュは、背後に展開した数百の『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』の光を不機嫌そうに揺らめかせ、紅い瞳をさらに細めた。
「……興が削がれたな、綺礼。我が庭でこれほど耳障りな雑音(ランス)を放置するのも不愉快だが……神父の不細工な面をこれ以上見るのも退屈だ」
ギルガメッシュはランスを一瞥すると、冷酷な笑みをその端正な顔に浮かべた。
「緑の雑種よ。その鉄屑(カオス)の頑強さに免じて、今日のところは命を数日預けてやる。首を洗って、我が至高の財宝に貫かれる恐怖を数えておくがいい」
「あァ!? 逃げるのか金ピカ野郎! 待て、俺様のハーレムの奴隷(になるかもしれない極上美女たちの予算)のために、その金ピカの鎧を置いていきやがれ!」
ランスがカオスを振り回して叫ぶが、ギルガメッシュはフンと鼻で笑うと、黄金の粒子となって夕闇の中に完全に掻き消えた。言峰もまた、一度士郎に意味深な視線を向けた後、音もなく気配を消した。
「ハァ……ハァ……何よ、あいつ……。あんなデタラメなサーヴァント、前回の聖杯戦争の……」
凛はその場にへたり込みそうになるのを必死に堪え、冷や汗を拭った。
「お嬢さん、無事か」
アーチャーが即座に干将・莫邪を消滅させ、凛を支える。その視線は、未だに「ちぇっ、金ピカのやつ、逃げ足だけは一丁前だな。むかむか」と不満げにカオスを魔法ボックスへ戻しているランスへと向けられていた。
「……信じられん男だ。あの英雄王の宝具の雨を、生身の肉体と力技だけで突破するなど、英霊の座の常識すら通用しない」
セイバーもまた、不可視の剣の構えを解きながら、驚愕を隠せない様子でランスを見つめていた。
「ランス、さん……あんた、本当に人間なのか……?」
士郎が呆然と尋ねると、ランスは待ってましたとばかりにフンと胸を張った。
「がははは! 何を今更! 俺様は世界で一番強くて偉大な鬼畜王、ランス様だ! あの成金野郎が次に出てきたときは、あの金ピカの鎧を剥ぎ取って俺様のコレクションにしてやるわ!」
「ちょっと! 剥ぎ取ってどうするのよ!」
凛がようやく声を荒げて立ち上がる。
「……でも、これでハッキリしたわ。あの金ピカは、言峰と繋がっている可能性が極めて高い。バーサーカーだけでも手一杯なのに、あんな規格外まで敵に回すなんて……」
凛は頭を抱えながらも、キッと士郎とランスを見据えた。
「衛宮くん、作戦変更よ。今夜は私の家じゃなくて、アンタの家に本格的に立てこもるわ。ランスを一人で街に放り出したら、今度は冬木市ごと消滅しかねないわ!」
「ええっ!? また俺の家かよ……!」
士郎が悲鳴を上げる。
「文句を言わない! ほら、行くわよ。ランス、アンタは絶対に私の後ろを歩きなさい! いいわね!?」
「ムホホ、男と女が一つ屋根の下で夜を明かす……。同盟とは実に素晴らしい制度だな、凛! よし、今夜こそお前たちの部屋に忍び込んで、俺様のハイパー兵器の威力を――」
「「「させるか(絶対に許しません / 投影、開始――)」」」
凛の怒声、セイバーの冷徹な殺気、そしてアーチャーの弓が再び起動する音を背景に、夕闇に包まれた冬木の住宅街を、一行は衛宮邸へと向かって歩き出した。