夕暮れ時――。
ランスに冬木の案内を終えて、すっかり太陽は沈み周囲は暗くなり始めていた。
凛は、最後に自分の通う学校を紹介するため、ランスを引き連れて通学路を歩いていた。
「そう言えば、まだ貴方の聖杯にかける願いを聞いてなかったわね」
凛は重要な事を聞き忘れていたと、後ろを歩くランスに振り返る。
「まあ、あんたのことだから世界中の美女を集めるとかそういう低俗な願いなんでしょうけど」
「ん…あぁ、そうだな」
珍しく歯切れの悪い返答をするランス。
凛は、唯我独尊の権化みたいなこの男が優柔不断な答えをするとは思わず、再度聞き返す。
傲慢不敬、唯我独尊を地で行くランスとしては、シィルを助けるためなどと素直に答えられるわけがなく…。
「一応だぞ一応。ついでのついでのついでだが」
らしくもなくこんな建前を並べる。
「何よそれ? まあいいわ。それでどんな願いなのよ?」
「うむ。俺様は美形で最強で無敵なのだが、ドジな奴隷が足を引っ張って神に封印されてしまったのだ。…ムカムカ。思い出したら、腹が立ってきた。シィルの奴め、俺様に迷惑をかけやがって帰ったらたっぷりお仕置きしてやる」
「まさか奴隷を一人助けるために聖杯戦争に参加したの!? あんた王だったんでしょ?奴隷なら一人や二人いくらでもいるでしょうに」
信じられないものでも見るようにランスを見つめる凛。
初対面の自分を躊躇なく犯すような男に、まさかこんな人間らしい情があるとはとても信じられないのだ。
「だからついでだって言っただろ。あいつがいないといろいろ不便なのだ」
「ふーん。それで、ついでの願いは良しとして、本当の願いは結局なんなのよ」
「うむ。とりあえず、当面の目標はハーレムだな。聖杯戦争中に可愛い子ちゃんがいたらその娘達もゲットだ!ガハハハ!」
「…呆れた。結局、女目当てか。でも、安心したわ。世界征服とか碌でもない願いだとしたらどうしようかと思っていたから」
凛は肩がっくり落とし溜息をはいた。
それを見たランスは聞き捨てならんとばかりに胸を張って言い返す。
「む。俺は、正義の味方だぞ?世の為人の為に日夜、努力をかさねているのだ。邪悪な願いなどありえん」
「どの口が言うのよ…」
再度溜息をはく。
このサーヴァントを召喚したのが遠坂家最大の失態なのではないかと思い、一度落とした肩をまた落とすことになる凛なのであった。
*
「ここが凛の通う学校か」
学校に到着し、校門の前に立つランスと凛。生徒の姿はない。最近の立て続けの事件の影響で生徒は早期帰宅を命じられていたため、普段は聞こえる部活動の掛け声もなくまるで休日のような静けさを帯びていた。
ランスは自分の世界の学校の外見とあまり差がなかったので、内心興味が半減しつつも、自分の考えている作戦に支障をきたさずに済むと安心する。
「そうよ。明日からいつも通り通うつもりだけど、貴方どうやって学校に潜入するつもりなの?」
「まあまあ、俺様に任せておけ。大船に乗ったつもりでいていいぞ」
「心配だけど、とにかく私の教室を案内するわ、ついてきて」
妙に自信満々なランスに懐疑的な眼差しを送る凛。
しかし、問題なく学校に通えるのは凛にとっても都合が良かったので、一先ず気にしないことにして校門の中へ入る。
―――学校の敷地内に足を踏み入れる。
その瞬間、凛に全身に寒気のような感覚、同時に吐き気のようなものが襲う。
凛の魔術回路が周囲の異常な魔力に反発に、全身を浄化するように自身の魔力を回す。
「!?…これって」
「む?どうしたのだ凛。俺様のかっこよさに気づいたのか?」
大した魔力も魔法的知識も持ち合わせていないランスは気付かず、凛がようやく自分の魅力に気づいたのかと曲解する。
それを否定するように畳み掛けるように凛はランスに事の重大さを伝える。
「分からないの?これ多分なにか結界が張られているわ」
「それが何か悪いのか?」
凛の異様な剣幕に疑問感じつつ、結界について知識のないランスは特に問題はなさそうに感じていた。
実際、ランスの持つカオスの魔力が周囲の結界の影響を相殺していたので何も問題が無かったりする。
しかし、カオスは自身の魔力と相殺している結界の魔力に鋭敏に反応していた。
『心の友。この結界、相当悪質ですよ?』
カオスが魔法ボックスから柄の部分だけ飛び出してランスにことの異常を伝える。
「何勝手に出てきてるカオス。うるさいぞ」
「カオスも気づいたのね。ランス、悪いも何もここまで異常を感じる結界よ? 間違いなくろくなものじゃないわ」
『間違いなく”魂食い”系の結界じゃろうな。そこの魔法使いの嬢ちゃんと儂を持ってる心の友なら平気じゃろうが、普通の人間じゃ発動した途端死んじまうだろうな』
「な、なんだと!」
魂は本来そう簡単に人の体から分離できるようなものではない。それを強引に生身の人間から魔力に変換する結界である。当然、取れる手段はどうしても過激なものになる。この結界もそのたぐいで人間を肉体ごと溶解し強引に魔力に変換するものである。
ランスは自分の運命の女(未定)ごと亡き者にするだろうこの結界に怒りを燃やす。男はどうでも良いが、可愛い女の子が犠牲になるのはランスにとって許せないことなのだ。
当然、凛も怒りを燃やす。ランスとは違い土地の管理者として、人間らしい道徳的価値観からの理由である。即ち、なんの罪もない民間人を巻き込みやがって!というやつである。
「やっぱり。なら一刻も早く止めるためにも、私の学校でこんな下衆なものを仕掛けた奴を必ず探しだしてぶっ倒すだけよ」
「うむ、こんな野蛮なものを仕掛けやがって、見つけ出したら切り刻んでぶたバンバラの餌にしてやるぜ」
ランスもやる気満々で凛の言葉に頷く。
凛はそんなランスを意外なものを見るような眼差しで見つめる。
(意外…、こういうことに憤る心を持ち合わせているなんて、人としての良心も持っていたのね)
凛がそんなことを思っている裏腹、当然ランスが人としての良心を刺激されて怒ったわけではなく。
(俺様の未来の女がいるかもしれないのになんてもったいないことしやがる。危ないところだったぜ)
それに気づかない凛は、ランスの良い一面見つけたと思い少しだけ見直していた。ランスもやはり人を救ってきた英雄なのだと。
凛はランスに微笑みかけると、背を向けて校舎に向けて顔を引き締める。
「ふふ、その意気よ。なら早速この結界を調べて見ましょう。破壊できるのならそれに越したことはないわ」
凛は不敵な笑みを浮かべると、結界の起点を探すために魔術回路を起動させる。凛にこの結界の起点を探す能力はないが、足を使って起点のありそうな場所自体の予測ぐらいなら凛にもできる。魔術回路を起動したのはこれを仕掛けたであろうサーヴァントとの敵対を覚悟し、いつでも戦えるようにするためだ。勿論、起点を見つけられればそれを弱らせるためでもある。
そんな凛が覚悟を決めてる横で、ランスは名案ありと言った具合で凛に語りかける。
「結界か…、なら俺様に任せろ。魔法大国ゼスと戦争した時に使った対結界アイテムがあるのだ」
そう言うとランスは魔法ボックスから一つの武器を取り出す。この世界では規格外過ぎて宝具と言っても過言ではないシロモノである。ランクにしてB。対結界アイテムにして武器としても抜群な性能を誇る魔法剣<結界ブレード>である。その能力はあらゆる結界を無効化するというものだ。
ランスはそれを無造作に左手で握る。ただそれだけで<結界ブレード>は効力を発揮し、凛の通う学校に張り巡らされていた結界かき消す。先程まで淀んでいた空気がまるで洗浄されたように澄み渡っていく。
凛はランスの持つ宝具の破格な性能に只々呆然としていた。そして同時にランスの力に恐怖する。この英霊にかかればどんな強力な魔術師の工房の守りなど障子戸ほどの意味しか持たないことを理解したからだ。
「…驚いたわ、たった一振りでここの結界を破壊しちゃうなんて」
まだ夢心地のような心境で凛は呟く。
それを聞いて気分を良くしたランスは豪快に笑い、<結界ブレード>を天に掲げて豪快に笑う。その姿は英雄として遜色ないものだった。
「ガハハハ!流石俺様!」
『いや、それ結界ブレードのお陰』
調子に乗るランスを茶化すようにカオスは呟く。
「がー!余計なことを言うなカオス!だからお前は使いたくないのだ!」
『それに結界ブレードは結界を破壊できるわけじゃないぞ?ただ無効化するだけじゃ。そいつがここから離れれば結界はまた復活しますし』
「なんだ、結局結界の起点を探して破壊するしかないのね」
<結界ブレード>確かに結界を無効化する能力を持つが別に結界事態を完全に破壊するわけではない。<結界ブレード>が展開する特殊な魔法により、結界による影響を遮断できるだけなのだ。しかしその遮断できる範囲は広大で、都市一つ囲む結界でさへも遮断することができる。
カオスからの説明を受けた凛は、結局事態の解決になっていないことが分かり少し肩の力が抜ける。
「ちっ、もう黙ってろ馬鹿剣が。もうちょっとで凛が俺様にメロメロになっていたのを邪魔しやがって」
「あるわけ無いでしょ馬鹿」
先程までの張り詰めていた空気と打って変わり、すっかり緊張がほぐれていた二人に第三者の声が掛かる。
―――楽しそうだな、俺も混ぜてくれや。
直ぐ様凛は警戒態勢を取り声のした方角に振り返る。電柱の上に影が一つ。そこには青い鎧装を纏い深紅の槍を携えた男が一人。
間違いなくサーヴァント。槍を持つということはランサー。拙速を尊ぶ槍兵のサーヴァントである。
「っ!?まさか、サーヴァント!」
「ちっ、男か」
危機感全開の凛と比べ、ランスは極めて自然体だ。むしろ気が抜けすぎているとも言える。
「その通り。それが分かるってことは嬢ちゃんは俺の敵ってこといいんだよなァ!」
ランサーは槍を構えて凛とランスの前に降り立つ。
「そっちの兄ちゃん。ちょっと気配がおかしいがお前が嬢ちゃんのサーヴァントだろ? そら、戦闘支度ぐらい待ってやる。さっさと武器を構えろよ」
ランサーは挑発するように手招きすると、構えていた槍を降ろしランスの装備を待つ。相手との全力の一騎打ちを望むランサーは非装備の相手に攻撃するようなことはしない。それはランスを舐めているとも取れるが相手と正々堂々戦うことが彼にとっての誇りなのだ。
「こっちとしては都合は良いんだけど。ランス! あなたの力ここで見せて!」
「女の子じゃなかったのは残念だが、さっさと殺して次を探すか」
ランスは欠伸をしつつ手慣れた手つきで装備を整える。盗賊団の頃から愛用している緑の鎧装纏い<魔剣カオス>を構える。だが本人のやる気のなさそうな態度とは裏腹に、ランスの眼は相手の槍の長さ、足の運び、息遣いまで何一つ見逃さないように睨みつける。左手で<魔剣カオス>握りいつでも斬りかかれる姿勢を構える。
「見た感じセイバーって感じだな。真名隠しもせずにマスターに呼ばせてるなんて潔さぎのいいやつだな。それともただの馬鹿なのか」
「うっ」
ランサーの何気ない言葉が凛の心にグサグサと刺さる。自分であれほどランスに真名を隠せと厳命しておいて自分でばらしてしまったのだから。
なんでいつも私は重要なことを失敗するのだろうかと悔やんでる凛を差し置き、ランスは豪快に笑うとランサーの言葉を一蹴する。
「俺様には弱点など無いからな!貴様ら軟弱共とは出来が違うのだ」
「へへ、良いぜ。お前みたいな奴は嫌いじゃねぇ。俺も名乗りたいところだが、マスターにそれは止められててね。このままで悪いが、―――さて手合わせ願おうか!」
「がははははは! お前を倒して凛ちゃんとえっちだー!」
緑の戦士と青の槍兵激突する中、凛の叫び声が夜空に木霊するのであった。