私は完全に自惚れていた。
自分で五代にもなる魔術刻印を受け継ぎ、生まれながらにして五大元素の属性を持ちながら、その魔術回路もメインが四〇にそのサブがそれぞれ三〇と魔術師としてこれ以上ないほどに恵まれた才能を持って生まれたと思っていた。勿論、その才能に溺れること無く修練を重ねてきたし、この聖杯戦争のために準備も重ねて来た。
サーヴァント相手では魔術師は相手にならないことは知っていたし、でも自分ならただの足手まといにならずサポートとしての役目が果たせると、サーヴァント共になら戦えると、そう思っていた。
しかし、そんな私の甘い考えはランスとランサーを名乗るサーヴァントの戦いが始まった途端に粉々に砕け散った。
ランスが一歩踏み出す。ただそれだけで大地が砕け、一〇メートルもあった間合いが消える。それに対しランサーは槍を突き出し、目にも留まらぬ速さで豪雨ように槍を繰り出す。槍が振るわれるたびに大気に震え、大地が崩れ、砂塵が舞う。
そんな人間業を超越し、あらゆる戦場を、英雄を、怪物を、打ち倒してきた神速の連撃をランスは同じようにカオスを持った腕を残像を残しながら当然のように切り払っていく。
ランスとランサー、二人の姿が一瞬ぶれるたび姿を消し、武器と武器がぶつかる一瞬だけ姿を表しやっと視認できるぐらいだ。
こんな神話の再現とも言える戦いに、ただの魔術師の支援が一体何の役に立つのか。
「…すごい」
思わず感嘆のつぶやきが漏れる。
何度目かの打ち合いの後、槍による突きをすべて切り払ったランスがランサーの槍の間合いに入り、今度はランスが一気に攻め立てる。
剣が振るわれるたびに足元の大地ごと切り裂き、武器を一振りすると光のような剣閃を残してゆく。
それをランサーは紙一重で交わし、いなし、防いでゆく。
私にはこのままいつまでも魅入っていられるような戦いが永遠に続きそうかとも思われたが、ランサーがランスの攻撃を防いでから形勢が傾き始めたようだ。
先程まで切り払い、紙一重でランスの攻撃を交わしていたランサーがランスの攻撃を受ける事が多くなっていた。ランサーの足が止まったことで、ランスの火力を速さで上回り保っていた均衡が崩れていたのだ。
「ランスのやつ結構やるじゃない」
思わず笑み溢れる。
かれこれランスの言動に散々な目に合い、正直サーヴァントとしての強さを疑うほどにランスに対して信頼を失っていたが、その不信もこれだけの実力を見せられればそれも吹き飛んでしまう。
「やァ!」
突如、ランスの攻撃を受け続けていたランサーが強引にランスを弾き飛ばし、再度仕切りなおしの構えをとる。
「えぇい!ちょこまかちょこまかと、大人しく俺様に殺されんか!」
「はは。まあそう焦んなさって。お前、ランスとか言ったな。一体どこの英雄だ?日の円卓の騎士かと思ったがお前は騎士って感じじゃねぇしな」
「俺様を知らんとは。失礼なやつめ」
『だからここ異世界』
カオスのツッコミに吠えるランス見ながら私は考える。
確かランスは自らのことをリーザスの王と言っていた。
あれから私も思い当たる英霊がいないかいろいろ考えたが未だに検討がつかない。ランサーも言っているが一体どこの英霊なんだろうか。女好きで黒い喋る剣を持ち卓越した剣士の腕を持っている王。これほどの情報があって分からないのはよほどのマイナーな英雄なんだろうか。
「ついでにもう一つ聞いとくが、お互い初見だしよ。ここいらで分けって気はないか?」
「え?」
ランサーの意外な提案に一瞬思考が固まる。
しかし、そう言う割にランサー一切構えを解こうとはしない。むしろいつでも斬り掛かれるように待ち構えてるようにも見える。
先ほどの戦闘の流れは完全にこちらの優勢に傾いていた。ただ相手の宝具も判明していない今の段階で戦闘を強行するのは果たして正しいのだろうか。
「やだ。女の子なら兎も角、俺様に攻撃したんだからここで死んでもらう。死ね」
「ランス!相手の宝具もまだ何か分かっていないのよ?」
「ふん。甘いぞ凛。相手を叩けるときは徹底的に叩く。俺様が言うんだ間違いない」
そう言うとランスはカオスの剣先をランサーへ向ける。
確かにランスの言うことにも一理ある。次にこのサーヴァントと一対一で戦えるとも限らなければ、同じコンディションで戦えるとも限らな無い。そして、相手の宝具と正体が判らないように、相手もこちらの正体がわからない。情報がわからないのはあちらも同じなのだ。
しかし、戦況はステータスに差があるのか技量の差か、現状はランスが優位な上、相手にはマスター不在のため正確には二体一。この状態でせっかく取っている優位な流れを見逃すのは、ランスの言う通りもったいないのかもしれない。それに―――。
「それもそうね。残念だけどここで脱落してもらうわ。ランサー!」
―――常に余裕を持って優雅たれ。
遠坂ともあろう私が何を怯えていたんだろうか。待ちに待った聖杯戦争。その大事な初戦からこんな逃げ腰では勝てる戦いも勝てるはずがない。
ならば私らしく。圧倒的に、常に優雅に劇的に初戦を勝利で飾ろうではないか。
前に立って剣を構えているランスの背中を見る。あれほど毛嫌いした彼の背中だが、こうして彼の背後に立つとどれほどの脅威が立ちはだかっても負ける気がなしないように思えてくるのは何故だろう。絶対的な安心感、これが英雄の背中というやつなのだろうか。
「話し合いは終わったか?お前らみたいな奴らは好きだし、今回はただの様子見が目当てだったんだがそっちが逃がす気がねぇってんなら―――」
ぞくりと鳥肌が立つ。
ランサーの槍、彼が構えた瞬間、そこだけ温度が異様に下がったような感覚。そして目に見えるほどの赤黒い魔力の波動。
間違いない。明らかに宝具を使用しようとしている。
あまりにも強力な呪詛が魔力になって漏れ出している。あの槍はきっと避けられない。そういう類のものだ。本能的に私はそれを察することが出来た。
ランスにあの宝具を回避できるのか?それとも防御?
あれほどあった安心感もランサーの宝具の放つ魔力の波動で紙のように吹き飛ばされてしまった。なにが絶対の安心感だ。相手も同じ戦場を走破し怪物を打倒してきた英雄なのだ。絶対なんてある訳が無い。
「―――その心臓貰い受ける!」
『あ、これやばいかも』
拍子抜けなほど頼りない呟きがカオスから漏れる。この剣は今なんと言った!?
やばい?負ける?こんな初戦で相手の正体すら判らずに?こんなことならもう少し慎重判断すれば―――
―――ガサッ
「誰だッ!?」
ランサーが音を発した気配の方角に意識を向ける。
私も追いかけるようにそこに目を向ければ、学校の生徒が走り去る背中が見えた。男子生徒だろうか?
だが私とランサーが生徒に気を取られた瞬間、すぐそばで地面を蹴る音ともに強力な波動が生まれる。
ランサーも私も生徒に気を取られている。当然だ。魔術師として、神秘に関わるものとして目撃者は極力避けなければならい上、一騎打ちの最中、ボルテージが上がり決着すら着きそうな瞬間に第三者の横槍があれば警戒するのは当然だ。
しかし、その隙を、その一瞬の、瞬きとも言えないその僅かな気の緩みを、この男が、ランスが見逃すはずがなかったのだ。
「馬鹿め死ねー!隙ありランス~~~…ッ!」
「うぉぉぉッ!?」
不意をつかれたランサーはランスの必殺技を避けることが出来ずに受け止める。たとえ隙をつかれても一瞬で槍を盾に出来たのは流石の技量と経験である。
「アタタターーーーーック!!」
およそ三メートルほどの高さまで飛び上がり繰り出したランスの剣戟は勿論ただの斬撃ではない。ランスの高いレベルによってオーラのように視認できるほど束ねられた気力塊を剣撃と共に相手に叩きつける絶技である。
ランスの必殺技を防いだとはいえ、完全に受ける形になったランサーは地面から吹き上がったランスの衝撃波によって校舎側まで吹き飛ばされていった。
「がははははははは!流石俺様世界一ィィィ!」
「あんたって…」
「なんだ凛?俺様の華麗な活躍に濡れたのか?」
「なわけないでしょ。まあいいわ、それよりランサーはこれでやったの?」
勝ち方は兎も角、先程までのピンチを乗り越えられたのだから万々歳だ。それよりも、いまだ吹き飛ばされて校舎の瓦礫に埋まったランサーの反応が無いのが気がかりだ。直撃はしていなかったようだしあれで倒したとは思えないが、これで倒していたのならそれで結構である。
「知らん。なに、まだ生きていたらその時にまた倒せばよいのだ」
「そうね。ふふ、その時はまた同じようにぶっ飛ばしてあげましょ」
ランスの言葉を聞いていると考えている自分が馬鹿らしくなってくる。ほとほとこの男は強運なようだ。
初戦は運良く勝ちを拾えたが、あの時、あの生徒がランサーの隙を作ってくれなければどうなっていたことか。
…ん?生徒?
「いっけない。そう言えばあの時の生徒!」
「ん?」
「さっきあんたとランサーが睨み合ってた時に走って逃げた目撃者よ!多分男子生徒だった気がしたけど追いかけなくちゃ!」
「何だ男か。美女ならともかくなにが悲しくて男なんぞ追いかけなくちゃならんのだ」
「いいから行くわよ!」
そうランスに叫んでから凛はランスの返答を待たず走り出す。その後ろをランスは渋々追いかけるのであった。
*
「いつつ。あの野郎派手に吹き飛ばしやがって」
ランサーは瓦礫の中から立ち上がる。どうやら建物の中にまで吹き飛ばされてしまっていたようだ。
「分かってるよ。このまま撤退すりゃあ良いんだろ?ついでにあの目撃者も消しといてやるよ。たく、胸糞のワリィマスターだぜ」
誰もいない場所で独りでに会話のような言葉をつぶやくランサー。パスのつながったマスターと念で会話をしているのだ。
ランサーは体に纏った瓦礫を振り払うと廊下の窓から見える向かいの校舎に視線を向ける。
「どうやらこの校舎の中に逃げ込んだようだな。こいつも中々運が悪いな」
くくく、とランサーは笑いそのまま体を霊体化させて、壁をすり抜けながら向かいの校舎まで一気に飛び立つ。この程度の距離は俊足のランサーで無くとも英霊ならば一瞬である。
そして校舎内で息をきらせていた目撃者。一人の少年の前に静かに立つ。
「お前っ!」
「運が悪かったな坊主。こっちに逃げなければまだ生き残れたかもしれなかったが」
目撃してすぐ追跡したのならば兎も角、ランサーは一度ランスの攻撃で吹き飛ばされていた。あのまま街中に逃げていたならばこの少年は助かっていたのかもしれなかった。
「運も実力もなかったてめぇの人生を呪うんだな」
ランサーの槍があっさりと少年の心臓を貫く。
実にあっけない幕引きであった。