翌朝、遠坂邸の朝食は、昨夜のチャーハン以上に騒がしいものとなった。
「おい、白髪! 昨日の米も美味かったが、この『しょくぱん』というやつに塗ってある黄色い塊(バター)と蜂蜜の組み合わせも悪くないぞ! おい凛、お代わりだ!」
「朝からそんなに食べたら太るわよ! っていうか、アーチャーが焼いてくれたトーストを、アンタが一瞬で全部平らげるんじゃないわよ!」
凛の言う通り、キッチンでエプロン姿(どこから持ってきたのか)で手際よく目玉焼きとトーストを量産していたのは、本来なら高慢であるはずの英霊、アーチャーだった。彼は不完全な召喚のせいで記憶が混乱していると言いつつも、家事全般、特に料理に関しては驚くほど手慣れていた。
「やれやれ。異界の王様は胃袋まで怪物並みだな、お嬢さん。だが安心するといい、冷や飯で作るチャーハンとは違い、食パンのストックならまだ十分に用意してある」
アーチャーは皮肉げに笑いながら、完璧な焼き加減の目玉焼きをランスの皿に追加する。
「がははは! 気に入ったぞ白髪! お前、俺様の専属シェフにしてやってもいいぞ。ルドラサウムに戻ったら、贅沢な暮らしを約束してやる!」
「お断りだな。私はお嬢さんのサーヴァントであって、君の召使いではない」
そんな二人のやり取りを見ながら、凛はコーヒーを啜りつつ、昨夜からの状況を頭の中で整理していた。
(前衛のランスは、生身の人間だから現界のための魔力消費はほぼゼロ。後衛のアーチャーは、私からの魔力経路(パス)だけで十全に動ける。そして何より、アーチャーのこの家事能力の高さ……。最悪な男を一人抱え込むことになったけど、この二人の組み合わせ、意外と悪くないかもしれないわね……)
朝食が終わり、テーブルが片付けられると、凛はリビングのソファーに二人を座らせ、真剣な表情で切り出した。
「さて、腹ごしらえも済んだところで、今日からの行動方針を決めるわよ」
「おう、街に出て可愛い女の子をナンパ……ゲフン、偵察だな!」
ランスはニヤニヤしながら腰を浮かせようとするが、凛の鋭い視線に射抜かれて大人しく座り直した。
「違うわよ、このバカ。まずは情報収集よ。昨夜、学校で戦ったランサーの正体と、そのマスターが誰なのか。それと……」
凛の脳裏に、昨夜、自分が心臓を蘇生させた同級生――衛宮士郎の顔が浮かぶ。
「……昨夜の『目撃者の少年』の安否。一応、私の大魔術で一命は取り留めたはずだけど、万が一、また別のサーヴァントに狙われていたら面倒なことになるわ」
「ふむ。お嬢さんの言う通りだ。聖杯戦争の規則(ルール)として、神秘の秘匿は絶対だ。あの少年がもし生きていたとしても、ランサーのマスターが再び口封じに動く可能性は極めて高い」
アーチャーが腕を組み、冷静に分析する。
「チッ、あの死に損ないの男か。どうでもいいが、凛がそこまで気にするなら、俺様が直々にその少年の家とやらをのぞきに行ってやってもいいぞ。ついでに近くに美味そうな女がいたら――」
「アンタは絶対に一人で外出禁止!!」
凛は即座に怒鳴りつけた。「アンタを一人で外に出したら、聖杯戦争が始まる前に警察沙汰になるわよ! 街に出る時は、必ず私かアーチャーが同伴すること!」
「ぬぐぐ……相変わらず厳しい奴だ……」
ランスが不満げにカオスをいじり始めると、カオスが『まぁまぁ、心の友よ。凛の言うことにも一理ある。この世界の法律とやらは、リーザス王国の法律よりも厳しそうだからな』となだめる。
「そういうわけだから、今日の昼間は私とアーチャーで学校周辺の魔力の残滓を調査するわ。ランス、アンタは大人しくこの家で留守番……」
「嫌だ!!」
ランスは子供のように突っぱねた。「俺様をこんな退屈な城に閉じ込める気か! そんなことをするなら、今すぐここで凛に俺様のハイパー兵器を――」
「分かった、分かったからその一物を出すんじゃないわよ!!」
凛は顔を真っ赤にして叫び、こめかみを押さえた。「……はぁ。もう、仕方ないわね。じゃあ、アーチャー。アンタが霊体化して、ランスが変な真似をしないように監視しながら、一緒に街の様子を見てきて。私は学校で、結界の修復と情報収集をやるわ」
「了解した、お嬢さん。……気が進まない任務だが、この暴走戦車を街中で野放しにするよりはマシだな」
アーチャーは苦笑しながら立ち上がり、その身体をスーッと空気の中に溶け込ませて霊体化した。
「おお、消えた!? 白髪の奴、なかなか便利な特技を持ってるじゃないか。よし、じゃあ俺様はさっそく、この世界の『ナンパ』という文化を極めに行ってくるぞ!」
「ナンパしに行くんじゃないわよ!!」