冬木の街へと繰り出したランスは、普段着のラフな格好(もちろん、上着の下にはいつでもカオスを引っ張り出せる魔法ボックスが隠されている)で、我が物顔で大通りを闊歩していた。
「がははは! 見ろよ心の友よ! この世界の女どもは、どいつもこいつも足が丸出しの短いスカートを穿いておるぞ! 素晴らしい、実に素晴らしい世界ではないか!」
『おいおい、落ち着け心の友よ。あれは学生服というやつだろ。あまりジロジロ見ると、遠くの物陰から白髪の男の『矢』が飛んできそうだぞ』
カオスの言う通り、ランスの数歩後ろの空間には、霊体化したアーチャーが完全に気配を消したまま、鋭い監視の目を光らせていた。ランスが一般の女子高生に声をかけようと一歩踏み出すたびに、アーチャーが背後に冷徹な殺気を微かに放つため、ランスはその都度「む、なんだか背中が寒気がするな……むかむか」と首を傾げて立ち止まるハメになっていた。
そんな奇妙な偵察(?)が数時間続いた、昼下がりのことである。
交差点を渡ろうとしたランスの目が、ふと、道の向こう側から歩いてくる一人の少年に留まった。
赤茶色の髪に、どこか冴えない、しかし芯の強そうな顔立ち。制服の胸元を不自然に押さえながら、心ここにあらずといった様子で歩いている。
「ん? おい、あいつは……昨日の夜、俺様の見事な一撃の引き立て役になった、あの死に損ないの男ではないか?」
ランスの言葉に、霊体化したアーチャーの気配が一瞬で張り詰めた。
間違いない。そこにいるのは、遠坂凛が自らのペンダントを犠牲にしてまで命を救った同級生――衛宮士郎だった。
士郎は、昨夜の致命傷がまるで嘘であったかのように(実際には凛の蘇生魔術によって肉体は完全に修復されていたが)、生きて歩いていた。しかし、その表情は酷く強張っており、首筋や手首からは、魔術回路を無理やり駆動させたかのような、歪で不格好な魔力の脈動が漏れ出している。
「ほう、本当に生きているな。お嬢さんの大魔術は見事だったが、あの少年自身にも、何か奇妙な『歪み』を感じる……」
霊体化したアーチャーが、脳内に直接語りかけてくる。
「なんだ、白髪。お前もあの男が気になるのか? よし、なら俺様がちょっと行って、昨日の御礼に金を要求してくるか、それとも姉ちゃんか妹を紹介させ――」
「待て、ランス。……様子がおかしい」
アーチャーの制止の念が飛んだ次の瞬間。
衛宮士郎の影が、突如として不自然に大きく静かに揺れ動いた。
白昼堂々、人通りのある大通りの喧騒から、まるでそこだけが切り離されたかのように、世界の色彩がセピア色に変色していく。空間が歪み、一般人たちの足が止まり、彼らの意識が強制的に他所へと逸らされていく――結界だ。
「ちぃっ! 敵襲か!?」
ランスがニヤニヤとした笑みを消し、本能的に腰の魔法ボックスへ手を伸ばす。
士郎の背後の路地裏から、音もなく、ぬうっと姿を現したのは、昨夜戦ったあの青いタイツの槍兵――ランサーではなかった。
そこに立っていたのは、身の丈を遥かに超える、圧倒的な質量を持った「黒い巨躯」。
鋼鉄のような筋肉に覆われた灰色の肌。意思を感じさせない、ただ破壊の衝動だけを湛えた深紅の双眸。そして、その巨大な右腕には、およそ人間には扱えないであろう、巨大な岩塊を削り出した『爆砕の斧剣』が握られていた。
その存在が放つ圧力量は、昨夜のランサーの比ではない。立っているだけで、周囲の大気が悲鳴を上げて軋むほどの狂気と魔力の奔流。
「―――狂戦士(バーサーカー)」
アーチャーの、驚愕に満ちた声が響く。
バーサーカーは、まだ事態を把握しきれずに立ち尽くしている衛宮士郎を見下ろすと、大地を揺るがすような咆哮をあげた。
「―――ハァァァァァァッ!!!」
爆風のような咆哮と共に、巨躯が容赦なく斧剣を振り下ろす。ただの一振りで、アスファルトの地面が爆発したかのように粉砕され、士郎の身体は衝撃波だけで派手に吹き飛んだ。
「うわああああっ!?」
士郎はまともに受け身も取れず、道路に激しく叩きつけられる。一撃。次の一撃が振り下ろされれば、今度こそあの少年は塵も残さず消し飛ばされるだろう。
「がはははは! 面白い、あんな大男がこの世界にもいたか! おい白髪、凛の言いつけは『ナンパ禁止』だったな? あの化け物をぶち殺すのは違反じゃねえよな!?」
ランスは獰猛な笑みを浮かべ、魔法ボックスから一気に<魔剣カオス>を引き抜いた。黒い刀身が陽光を浴びて禍々しく輝く。
「……許可する。お嬢さんには私から念話で伝える。前衛は任せたぞ、ランス!」
アーチャーの姿が実体化し、その手にはすでに、黒い大弓が握られていた。
「おうよ! 異界の怪物の恐ろしさ、その身に刻みやがれぇ!!」
黄金のオーラを全身に爆発させながら、鬼畜王ランスが、神話の怪物バーサーカーへと向かって真っ正面から突撃を開始した。遠坂凛のいない戦場で、最強の二体が、今度は衛宮士郎を巡って激突する――!
「――おおおぉぉぉッ!」
黄金の気力塊を全身に滾らせたランスが、弾丸のごとき速度でバーサーカーの懐へと飛び込む。その手にある<魔剣カオス>が、空気を引き裂きながら黒い太刀筋を描いた。
キィィィィィン!!!
カオスの頑強な刀身が、バーサーカーの持つ巨大な斧剣と正面から激突する。
凄まじい衝撃波が周囲に吹き荒れ、道路のアスファルトが同心円状に激しく爆裂した。一般人の意識を逸らす結界が張られていなければ、大惨事の大ニュースになるほどの破壊の余波。
「ぬぉっ、こいつ、なかなかの馬鹿力ではないか……!」
ランスの口から驚きの声が漏れる。レベルを高め、人外の筋力を誇るランスだが、目の前の怪物の怪力はそれをさらに上回るほどの圧倒的な質量を持っていた。
しかし、バーサーカーのさらに上をいくのが、ランスの戦場における「悪知恵」と「技量」だ。
力比べを長引かせるのは損と見るや、ランスは強引にカオスの刀身を滑らせてバーサーカーの力を受け流し、その巨躯の側面へと回り込む。
「がははは! ガラ空きだぞ、このデカブツめ!」
ランスの神速の横薙ぎが、バーサーカーの鋼鉄のような脇腹を捉えた。
ザシュゥゥゥッ!!!
『うおっ、硬ぇ肉だな! だが儂の呪いは通るぞ心の友よ!』
カオスが歓喜の声を上げる。通常の武器であれば刃が立たないはずのバーサーカーの最高位の肉体だが、異界の神すら傷つける魔剣カオスは、その肉を深く切り裂き、鮮血を撒き散らせた。
「―――グルァァァァァッ!!」
痛覚すら狂気で塗りつぶしているはずのバーサーカーが、明確な怒りの咆哮をあげる。
傷口から血を流しながらも、全く怯むことなく、その圧倒的な速度で斧剣を逆半月に振り上げた。
「おっと危ねぇ!?」
頭上を掠める即死の一撃を、ランスは紙一重で身をよじって回避する。風圧だけでランスの服が引き裂かれるほどの威力。
そこへ、さらに追撃を加えようとバーサーカーが巨足を一歩踏み出した、その瞬間――。
シュバババババッ!!!
上空から、目にも留まらぬ速度で放たれた数条の光の矢が、バーサーカーの顔面へと正確に突き刺さった。
ドゴゴゴォン!!!
着弾と同時に激しい爆発が巻き起こり、バーサーカーの視界が炎と煙で遮られる。
ビルの屋上に実体化したアーチャーが、その黒い大弓から魔力を込めた『偽・螺旋剣(カラドボルグII)』の変形矢を放ったのだ。
「フン、見事な援護だ、白髪! お返しに、俺様の絶技を喰らいやがれぇい!」
爆煙に紛れ、ランスが再び高く跳躍する。カオスの刀身に、オーラとして束ねられた圧倒的な気力塊が集約されていく。
「超スーパー鬼畜アターーック!!!」
ドガァァァァァン!!!
上空から叩きつけられたランスの渾身の気力斬撃が、バーサーカーの脳門を直撃した。
大気が爆発し、バーサーカーの巨躯が今度こそ膝をつき、大地に大きなクレーターを作り出す。
「ハァ、ハァ……どうだ! これでくたばったか!」
ランスが着地し、カオスを肩に担いでニヤリと笑った。
だが、クレーターの底から響いてきたのは、絶望的なまでの「心臓の鼓動(レイジング)」だった。
バーサーカーの身体に刻まれた深い傷、そして脳門の致命傷が、不気味な黒い魔力とともに、見る見るうちに「再生」していく。死を克服し、蘇生するたびにその攻撃への耐性を得る、狂戦士の宝具『十二の試練(ゴッド・ハンド)』。
「―――オォォォォォォッ!!!」
完全に無傷の状態で立ち上がったバーサーカーが、さらに増した狂気を孕んで咆哮する。
「な、何だとぉっ!? 今ので死んでいないのか!?」
さすがのランスも、そのゾンビのような理不尽な再生能力に目を剥いた。
その時、道路の端で倒れていた衛宮士郎が、痛みに耐えながら必死に上半身を起こす。
「な、何なんだよ……あいつら、一体何が起きてるんだ……!」
激化する神話の戦いの真ん中で、士郎はただ圧倒されていた。
そしてその時、ビルの屋上のアーチャーから、遠坂邸で待機しているはずの凛へと、緊急の念話が繋がった。
『お嬢さん、聞こえるか! 街中でバーサーカーと遭遇した。ランスと共に交戦中だが……こいつは、想像以上の化け物だぞ!』
『なんですってぇぇぇーーーっ!?』