悪魔の娘は救われたい 作:続きはWebで
人類の最も良き隣人は何であろうか。私は悪魔であると思う。
遠大な時間間隔を持つ神や精霊種は論外だ。話がそもそも通じない。
よく名前が挙がる狼人種はどうか。彼らは誇りが高すぎる。人の身には理解できぬ誉れに溺れている。巻き込まれる方は堪ったものではない。
その点、悪魔は良い。彼らは人と同じく享楽的で刹那的だ。人は悪魔に最も近い生き物だ。
何よりも、人と悪魔が子を成した話もある。彼らは我らの隣人であり、友人であり、家族である。そして、家族とは、背後より我らを刺し貫くものである。
──異端者ヴァルヴァンド。火あぶり刑執行直前の独白より。
薄暗い洞窟の奥。石と土に囲まれた空間。この地の底では神の目さえ届くことはない。天におわす創造主は、地表をあまねく照らせども、闇深き地の獄まで威光を轟かせること敵わなかった。
故に、ここで何が起ころうとも、咎める者はない。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」
苦悶の絶叫が洞窟内に反響する。
声の主は一人の少女だ。大広間の中心にある人ひとりが横たわれる程度に切りそろえられた石の台の上で、両手両足を大の字に広げられて固定されている。
彼女の腰まで伸びた白い髪は、老婆と見まがいそうになるが、歴とした少女である。多大なストレスで、白く染まってしまったのだ。年齢も、見た目よりかは高い。劣悪な環境と、幾度も四肢の骨を砕かれたことにより、成長が大きく阻害されてしまっているから、幼く見えるのだ。
今彼女は、直接人体に魔法陣を刻む技術、刻印術の実験台として、皮膚を裂かれ骨を焼かれる苦痛を味わっている。耐え切れずに上げている悲鳴が、この大広間の壁沿いに設置されている檻の中にいる獣たちを刺激している。
では、なぜ彼女がそんな目に遭っているのか。偏に、彼女が奴隷だからである。
奴隷は人として扱われない。愛玩動物として飼い殺そうが、実験動物として扱おうが、消耗品として使い捨てようがこの世界の法は彼らを守らない。
奴隷として生まれ、奴隷として飼われ、奴隷として捨てられ、奴隷として使い潰されようとしている。そのことに、世界は何一つとして反応を示さない。
悲鳴が止む。
「……ふむ。失敗か」
この空間の主である老魔導士は彼女の体を見て、呟く。
彼女の素肌に描かれた火傷の跡は、文様を描いてはいるがその本来の役割を放棄している。これでは、刻印として役には立たない。
「この素体では、そろそろ限界か。替えの用意をするべきかもしれんな」
この実験はこれで三十七回目であり、その数だけ少女の体は傷つけられている。成功したことは一度もなく、老魔導士としてはそろそろ別のアプローチを考え始めていたのだ。
「おい、お前たち。こいつを元の場所に戻しておけ」
老魔導士は、広間の片隅で酒を飲みながら賽子遊びに明け暮れている荒くれに声をかけ、働かせる。いいところだったのに、という男たちの愚痴を黙殺し、そのまま自分の作業へと戻ってしまった。
少女には、もう見向きもしない。
少女の部屋は、畜生を閉じ込める独房よりも酷い。何一つない。ただの少し広めの窪みだ。
ゴミでも捨てるかのように、部屋の真ん中に放り投げられる少女。それだけでは終わらず、そこに荒くれの内の一人が無造作に覆いかぶさろうとする。
「お前はまたやんの? 好き物だねぇ、そんなきたねぇのに」
「いいだろ。こんななりだが、女なのは違いねぇ。穴さえあれば使えるさ。それに、旦那だって認めてる」
「最初の内はもっと綺麗でなぁ。そん時ならやる気になったんだが」
「いいじゃねぇか。綺麗だった時を思い出しながら、変わり果てた姿で楽しむのも、乙なものだ」
荒くれの一人は己の下半身を露出させると、身動きしない少女の女陰へ反り経つ男根の先端をあてがう。明らかに大きさが見合っていない。それは当然だろう。男は少女の倍はある巨漢である。
少女の秘部は、先ほどの実験で漏らしており、僅かに湿っている。とはいえ、潤滑材があるわけでもないため、無理に挿入すれば摩擦で痛いだけだろう。
「おら、いつも通り締めろや」
男はそんなことも気にせず、怒張した一物を乱暴に少女の中へと挿入する。
「反応もねぇのにホント、よくやるよ」
「最初の内は泣きわめいて面白かったんだけどな。ま、具合は悪くないさ」
少しでも苦痛を排除するため、少女の体は挿入されればすぐに潤滑材を分泌するよう最適化されてしまっていた。長年繰り返し行われていた凌辱の結果である。
愛液が滲みだし始め、ぐちゅぐちゅと淫猥な音を響かせる。男が腰を振る度に、少女の華奢な体が揺さぶられる。男が深く腰を打ち付ける度に、少女の内臓が圧迫される。
都度、少女は苦しそうにうめき声をあげる。が、それ以上の反応はない。嫌だと抵抗し叫ぶことも、嫌でも慣れてしまった快楽に喘ぐことも。全て、過去においてきてしまった。傍目から見れば、死体を犯しているように見えなくもない。
だとしても、少女の膣は的確に男の一物を締め上げ、快楽を与える。これも、体に染みついた行為であった。
肉便器。その言葉がこれほどふさわしい状況もないだろう。彼女はもはや人と呼べるものではなく、ただただ肉欲のはけ口として消費されるだけの道具。そう、道具でしかないのだ。
少女の頬を一筋の雫が落ちていく。
「お? 泣いてやがるぜ?」
「どうせ、ゴミが目に入ったかなんかで反応しただけだろ。もうこいつにまともな思考なんざ残ってねぇよ」
違いねぇと、下品な笑い声が反響する。
男と少女の性行為は続く。やがて、見てたらやる気になったと周りで見ていただけの連中も参加し始め、最終的に、少女は空いていた口も菊門も埋められる。
全て慣れてしまった。少女は無機質に、体に刻み込まれたままに奉仕を続け、白濁に溺れる。
ここは、地獄だ。一人の妄執に囚われた魔導士が作り上げた、彼の為だけの実験場。法もなければ、戒律もない。あるのはただ一つ。目的のための犠牲だけだ。
男たちが満足するまで一通り白濁液を注ぎ込まれると、ようやく少女は解放される。ごぽりと女陰と菊門から垂れる精液を、男たちは最後に満足そうに眺めてから去っていった。体に付いていた精液だけは、そのままにしておくと老魔導士に怒られるからと、綺麗にしていった。
一度解放されれば、その後はもうしばらくは自由の身だ。とはいっても、彼女に逃げられるほどの余裕はない。
体は衰弱し、四肢は歪み満足に歩行すらできない。視界は目の前の物の輪郭すらとらえきれず、耳に至っては片方が役に立たなくなっている。這って動くことがせいぜいか。
そんなことをしても、途中で誰かに見つかり、より大きな苦痛が伴う実験に使われるだけだと、少女は知っていた。
希望はない。なら、期待はしない。
未来はない。なら、思考もしない。
ただ物として、終わりの時を待つ。
少女が見つけた、唯一の回答だった。
ゆらりと、部屋の隅が怪しく蠢いた。少女は気づかない。
紅い点が周囲を見回すように這いずり回り、少女を見つけるとその動きを止める。……そのまま、数秒が経つと、幻覚だったのかようにするりと消えた。
それより少女がひと眠りできる程度の時間が経つと、安息の時は終わる。
「これより、お前という存在は消える」
いつもの広間で、いつもの台座の上に固定される少女。
今日は何の気まぐれか、実験を始める前に老魔導士が少女に話しかけていた。
「お前はよくやった。お前の犠牲により、魔術は十年、いや二十年先へ進むだろう」
言葉通りの意味ではない。真の意味を読み取れば、お前という素材を良くぞ活用しきったという老魔導士の自画自賛である。もっと言えば、お前のような凡庸な素材でも自分の才能ならば使いこなせたという自惚れだろうか。
だとしても、少女からすればようやくか、という思いであった。
ようやく、苦痛から解放される。ようやく、役割が終わる。
自死を選ぶことがなかったのは、死者の蘇生ぐらいならばこの老魔導士は行えるからだ。のべに六度、少女は死んでは蘇っている。その都度、これまた拷問された方がマシと言わんばかりの不快感に襲われるのだから、やる気が起きるわけがない。
だというのに、今日ようやく、死から舞い戻ることなく、終わることができる。少女にとって、これはなんとも幸福なことだった。
「お前はこれより悪魔を目にする」
気分が乗った老魔導士は語り続ける。返事があろうがなかろうが関係ないのだ。彼にとっては、己の偉業を自ら讃える行為でしかないのだから。聞くものがいなければ虚無感はあるが、聞く者の都合などは知ったことではない。
少女が縛り付けられている台座の周りに、深紅の魔法陣が描かれている。この大広間の周囲にあった檻に入れられていた獣たちの血だ。全て、親を殺し連れてこられた子の個体で、悪魔召喚のための媒介として用意されたのだ。今となっては、全ての檻は伽藍洞と化している。
「お前を贄に、悪魔はこの世に顕現する。そして、魔導の真髄を人類は知ることとなるのだ」
己に酔いしれた老魔導士は、その言葉を最後に魔法陣へ膨大な魔力を注ぎ込み始めた。
魔法陣の淵から紫電が舞い起こる。深紅に怪しく輝きだし、ぼんやりと大広間を染める。
部屋の隅にいた荒くれものなどは、壁に背をつけるようにして慄いていた。
魔法陣は異音を上げ、老魔導士の魔力を吸い込み続ける。彼の額に汗が落ちる。想像よりも、吸い込まれる魔力の量が多かったのだ。
その間、少女には何も起きていない。──見た目上は。
『ほう、これは中々の器だ』
少女だけには、それが見えていた。
宙に浮かぶ漆黒の獣。少女十人分はありそうな、巨大な狼。それはまるで人間のように表情豊かに口元を歪ませて笑い、不気味に煌めく深紅の瞳で少女を見下ろしていた。
『良い匂いがするからたまには、と。物質界に顔を出してみれば、中々面白いものがあるじゃあないか』
少女は反応しない。目の前のものが何であれ、もう終わりが来るのだ。ならば、反応する必要がない。
途端に残念だと言わんばかりに、獣は口角を下げる。
『なんだ。面白そうなものが見られるかと思えば、やる気がないのか。それはつまらんな』
今か今かと終わりの時を待ちわびる。今この瞬間が、彼女にとって永遠にも感じていた。
『なあ、無視することはないだろう? 壊れかけの娘よ』
獣の顔が、顔の向かい三寸ほどまでやってきたことで、ようやく彼女は話しかけられているのが自分だと理解した。だとしても、彼女に反応するつもりはなかった。どうせすぐ終わりが来るというのに、今更どうなるというのか。
獣は唸る。彼からすれば、己は人間程度が認知すれば、恐怖で気が狂って当然の存在なのだ。少女が恐怖に暴れ、もだえ苦しむ姿を見に来たのにもかかわらず、何も反応がないのは面白くない。
老魔導士などは、まだまだ獣の存在する位相とは遠く離れた場所にいる。姿を見られるどころか、声すら聞こえないだろう。荒くれなどは論外だ、何の素質もない。獣の遊び相手となりうるのは少女のみ。せっかく呼ばれたので暇つぶしとしてやって来たのに、何もせず帰るのは癪だった。
『ふむ、魂が削れている影響か? どれ、少しばかり直してやろう』
獣の爪先が、少女の胸に触れる。粘度の高い漆黒の泥が爪先から零れ落ち、少女に滴り落ちては吸収されていく。
ドクリ。少女の体が跳ねる。
「あ、あああ、あああああ」
『ほほう、これに適合するか。良きかな良きかな、もう少し足してやろう』
泥は少女の体内に溶け込み、体の隅々まで広がっていく。血管を流れる血に置き換わり、細胞を満たし、骨に染みこむ。
少女が味わっているのは、文字通り、作り替えられる苦痛だ。己の体が、己の物でなくなっていく感覚。指先から自身の体が消滅していっているかのような虚脱感。
「おおっ! 悪魔よ! この娘を贄に姿を現したまえ!」
少女の体が苦しみに悶え始めたことで、老魔導士は悪魔が現れたのだと確信した。しかし、姿は見えないものだから、若干の焦りが見える。
獣は嘲笑する。
『見えもしないくせによくぞ吠える。それも中々滑稽であり、耳障りでもある』
獣は別の足を動かし、爪先を老魔導士に向け──、思い直したかのように、そっと引いた。
『だが、まあ、料理とは手間をかけてこそ上質なものが得られるのだ』
表情は愉悦に歪んでおり、面白いことを思いついたと隠さんとしない。それもそうだ。悪魔とは、享楽的で刹那的な存在なのだから。
目先に面白そうなことがあれば、それに尽くす。先の事など、考えもしない。だからこそ、気に食わない人間を即座に殺さないというのは、彼の今後がどうなるかを如実に表していた。
少女の体が激しく痙攣する。姿が変容していく。指先から黒い泥に覆われ、徐々に徐々に体全体を包み込んでいく。それは、幼虫が繭に籠ろうとするがごとき光景だった。
『ほう、ほう! これは面白い』
獣はその光景見て、愉快気に笑う。
老魔導士は、何が起きているのかわからず、儀式を中止しようとするも、獣がそれを許さない。魔力を大きく吸われたことによって、激しく疲労の汗をかいていた彼は、ただ焦ることしかできない。
魔法陣は大きく負荷をかけられ、更に激しく雷が舞う。雷は四方の岩壁を砕き、ぱらぱらと塵が大広間内に降り注ぐ。
泥が拘束具を溶かし、少女の体が宙に浮く。
その場の視線が一つに集まる中、繭は唐突に剥がれ落ち──中から生まれ変わった少女が現れた。