※この作品はR-18です。

悪魔の娘は救われたい   作:続きはWebで

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二

 それまでの少女とは、明らかに趣が変わっている。

 まず真っ先に目を引くのは、腰から生えた大きな羽だ。小さな体躯に不釣り合いなそれは、開けばそれぞれが少女の身長ほどの大きさになるだろう。頭から生えている片角も人の身ではありえないものだ。右の額から髪の毛をかき分けて生えている角は短くも立派で、黒曜石のように漆黒に輝いている。

 

 貧相だった体も、身長こそ大した影響が出てないものの、女性らしい肉付きへと変貌した。隅にいる荒くれなどは、思わずその場で欲情してしまうほど、煽情的な曲線美をしている。

 特に、胸の成長は著しい。一般的に巨乳と呼ばれるような大きさと比較しても、一回り以上は大きい。低い身長も相まって、背徳的な魅惑を醸し出していた。

 誰も彼もが生まれ変わった彼女に釘付けだった。時が止まったかのように、ゆっくりと宙から地面に下りてくる少女をまじまじと見つめ────老魔導士が沈黙を破った。

 

「──『雷よ、その姿を現し眼前の敵を貫き給え』!」

 

 老魔導士の腕より、雷の槍が生まれ少女を貫く。

 宙に浮かんでいた少女の体は、衝撃で地面に落ち、勢いのまま数度転がった。

 彼は事態を理解しきれていない。しかし、目の前にいる少女は明らかに異常であり、排除すべき存在であると認識していた。

 

「『永久なる氷の楔よ、かの者を打ち付け眠りにつかせたまえ』!」

 

 無数の氷の杭が空中に生成され、地面に倒れた少女へ向かって突き立てられる。

 杭の山から始めた少女の四肢が、杭が打ち付けられるたびにびくりと震える。

 

「……やったか?」

「旦那! どうかしたんですかい!」

「お前ら! 今すぐ武器を持て!」

 

 荒くれは状況を理解しきれていないが、老魔導士の言う事に逆らわないように訓練されている。即座に、腰に下げていた剣や短剣を取り出して構えをとる。

 その様子を、愉快気に獣は眺めている。

 

「悪魔だ! おそらく悪魔があの娘に憑依した!」

「へ? その悪魔を呼ぶ儀式をしてたんじゃないんですかい、旦那」

「思っていたのと状況が違うのだ!」

「だとしても、もう終わりじゃないんですかい? 流石にあんな攻撃されたら悪魔だって──」

 

 荒くれは言葉を失う。

 視線の先、氷の杭に串刺しにされたはずの少女が、そこに立っていた。

 その胴体には確かに幾つも風穴が空いており、向こう側の光景が見えている。つまり、攻撃が外れたわけではない。

 ならば、目の前のこれは何なのか。少なくとも、人間ではないことだけは確かだ。

 

「うわああああああああ!」

「殺せ! 四肢を切り落とすのだ!」

 

 半狂乱になりながら、荒くれたちは手に持った得物を振りかざして少女へと迫る。

 ぐにゃり。少女の体に空いていた風穴が、蠢くようにして黒い泥で塞がる。同時に、彼女の目に色が戻った。

 正気を取り戻した彼女の眼前には銀に光る刃だ。

 

「ひっ……『来ないで』!」

 

 咄嗟にできたのは、拒否する言葉。ただ、それだけで十分だった。

 それだけで、彼女と男たちとの間に壁が生じる。少女の影から伸びるように、黒い泥が反り立つように。

 男たちの刃は泥に呑まれ、そのまま沈む。素早く手放せたものはいいが、手放せなかったものは泥に片腕が呑まれ、その場から動けずにいた。

 

『娘よ。ようやく気が戻ったか』

「ひっ」

『ふふふ、我を見てもその程度か。これはこれで面白い。やはり、素質はあったという事か』

 

 それまで静観に徹していた獣が、ここで動く。

 少女のすぐ側まで下りてきたかと思えば、親戚の子供に話しかけるかのように親し気に話しかけた。

 

『少女よ、お前は悪魔となった』

「悪魔? 私は、死ねたんじゃ……」

『死ぬ? 死ぬだと? 死ぬ必要がどこにある! 見よ! お前を虐げていた者たちの姿を!』

 

 悪魔がその爪で、老魔導士たちを指し示す。

 少女と彼らの間に立ちふさがっていた泥の壁は、その瞬間に崩れ落ちるように地面へと吸い込まれていき、視界を明瞭にした。

 泥に腕をもぎ取られ、うめく男。恐怖で慄く男。顔色を悪くし、冷汗を垂らす老魔導士。

 人の感情の機微に疎い彼女にだってわかる。少女を虐げてきた者たちが、今は少女を見て恐怖していた。今、この瞬間は、彼らよりも少女の方が上だった。

 その事実を認識した時、少女の心に、これまで感じたことがない感情が芽生える。獣の笑みが一層邪に歪む。

 

『どうだ、気分は』

「どうだ、って言われても……」

『わからんか? ほれ例えばそこな男へ指を振るってみせろ』

 

 獣が指し示すのは、目の前で起きたことが信じられず、その場で腰を抜かしている荒くれの一人。

 少女は何も考えず、その男へ指先を向けた。

 男の表情が恐怖へと染まる。

 

『唱えろ、“爆ぜろ”、と』

 

 彼女は正しく、悪魔に唆された。その結果が何を生むかなど、想像もしないで。

 

「……『爆ぜろ』」

 

 獣は笑う。男はその場から逃げ出そうと、悲痛な表情で叫ぶ。

 

「や、やめ──っ」

 

 ぼんっ。乾いた破裂音と共に、男は破裂した。赤黒い血が周囲へまき散らされ、まだ僅かに脈動する肉片が方々を彩る。

 顔へ肉片が飛び掛かった男たちは、みな悲鳴を上げるどころか凍ってしまったかのように動かなくなってしまう。

 

『ふははははははは! 脆弱なり、脆弱なり! この程度の言葉にも耐えられぬとは!』

 

 呆然と立ち尽くす少女とは正反対に、獣は地の底に響き渡る大声で笑う。

 ──悪魔の言葉には力が宿る。それは、物質界に住む人間と流魔界に住む悪魔との埋めようのない存在の差だ。魔力を込めた悪魔の言葉に、人間は逆らえない。それが、己の崩壊を招くものであったとしても。

 少女からすれば、言われた通りにやっただけ。しかし、目の前で人間が一人死んだのは事実。

 それにどんな反応を示すのか。獣はその表情を窺い──。

 

「──ははっ」

 

 ──愉悦に染まる、笑みをみた。

 己を虐げていたものが死んだ。己を道具として使い捨てていた奴が、ゴミくずのように死んだ。絶対的強者と絶対的弱者の立場がひっくり返った瞬間だ。これほど喜ばしいことがあるだろうか。

 少女は聖人ではない。善性はあれども、どうして彼らにそれを向けることができようか。

 己の全てを奪ってきた相手だ。どうして、奪うことを躊躇う必要がある? 

 

「『生き返れ』」

 

 天性の才か、悪魔の本能か、少女は一度の行いで自分がどんなことを行えるのかを把握していた。

 少女の言霊に魔力は載り、散らばった肉片や血が蠢き一塊にまとまっていく。元通りの人型になることには、周囲の人間は逆に血の気が引いていた。

 

「こ、殺せ! 早くその娘を殺せぇ! 『炎魔の剣よ! 眼前の敵を薙ぎ払いたまえ』!」

 

 半狂乱になって叫ぶ老魔導士の魔法には、一刻も早く終わらせたいという思いが込められていた。残りの全魔力を注ぎ込んだ一撃に、巻き込まれてはたまらないと荒くれたちは散り散りになる。

 烈火で模られた剣が、少女へと切っ先を向ける。これまでの魔法とは込められている魔力が違う。素人目でも、格の違いが判るぐらいには。

 少女はただ、正面からそれを見つめている。

 

「消え失せろ! 小娘!」

 

 炎の剣が、少女へ向けて振り下ろされる。

 

「……『散れ』」

 

 少女は受け止めるように手を伸ばす。炎の剣と少女の手のひらが触れた瞬間、言葉の通りに炎は散り散りとなって、元の意を失った。

 勝敗はこの瞬間に決した。──最初から、勝ち目などなかったわけではあるが。

 

「ひい、ひ、ひゃあああああああああ!」

「助けてくれ、助けてくれぇ!」

 

 ここへ至って、ようやく彼らは目の前の少女がこれまでの少女とはまるで違う存在だと、正しく理解できたのだ。

 獣は笑う。せっかくの楽しみを邪魔されてたまるものかと、少女の代わりに逃げ惑う男どもの逃げ道を塞ぐ。そっと爪先で指差してやれば、それだけで出口が崩れ、この大広間から逃げ出す手段は失われた。

 

『ほれ、仕上げといこう。お前の得物だ、思う存分に楽しむが良い』

「……何をすればいいの」

『悪魔のやることと言えば一つ。罪深い人間の魂を喰らうことさ』

 

 そう言いながら、爪先で尻もちをついたまま硬直している老魔導士を指し示す。

 少女の視線も、隣の悪魔から老魔導士へと移る。

 老魔導士はもはや死人の顔色だ。魔力切れに加えて、恐怖で発狂していてもおかしくはない。

 

「あ、悪魔よ! そこにいるのだな! 私が召喚主だ、私の命に従いその娘を滅するのだ!」

『ふははは! この娘と話したことで存在に気が付いたか。だが、もう遅い。お前に従うよりも面白そうなことを見つけたのでな』

 

 少女と老魔導士との距離は離れている。歩くかと考え、ふと自分の翼に気が付き、少女は飛んでみることを選んだ。

 大広間の空に、巨大な翼が煌めく。僅か二十メートルほどの距離ではあったものの、歩くよりも遥かに早く老魔導士の前までたどり着いた。

 魂の喰らい方は、目の前までくれば理解ができた。少女の目には老魔導士の胸の奥にどぶ川よりも黒く淀んだ球が見えている。

 

 少女はそっと、老魔導士の顎を掴む。拒絶しようとする力さえ残されていない彼は、ただ彼女にされるがままだ。

 二人の顔が近づいていくにつれ、己の運命を悟ったのか老魔導士の表情が険しくなっていく。認められないと、今わの際の弱弱しい抵抗も空しく、二人の口と口とが合わさった。

 同時に、彼の表情から生気が抜ける。眼は白目を向き、口からは涎が垂れ流され、少女が手を放した瞬間にその場に崩れ落ちて動かなくなる。呼吸はしている。だとしても、誰の目にも死体にしか見えない。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 少女が味わう初めての魂の味は、極めて甘美であった。かつて、これほど美味しいものを少女が口にしたことがあっただろうか。いや、ない。奴隷の身分であったから? 普通の村娘として生まれたとしても、これ以上のご馳走は一生かけてもお目にかかることすらなかったはずだ。

 これが魂の味。と舌鼓を打つ。

 まだ味わいたい、まだ残っている。少女の視線は、残された荒くれたちへと移る。

 今にも飛び掛かって味わいたいと、さあ動こうとした少女の目の前に、実に楽しそうな獣の顔が現れる。

 

『まあ、待ちたまえ』

「……何」

『少しばかり、新米悪魔に注意しておこうと思ってな。なあに、親切心だよ』

 

 悪魔の口ぶりは、親切とは程遠いものではあったが、少女は話を聞くことにする。

 学がなくとも、この悪魔に助けられたのだと理解はできていたためだ。怪しくとも、何がしたいのかがわからなくとも、聞く価値は見いだせた。

 

『お前は我々のような純粋な悪魔とは違う。よって、気を付けなければならないことがある』

「それは?」

『素直でよろしい。シンプルだよ、お前は人間の生気がなければ、存在を保つことができないのさ』

 

 少女はこてりと首を傾げる。たった今、人間を非道に弄んだ悪魔の所業とは思えぬほどかわいらしい行動に、獣はこれもまた愉快だと笑う。

 

『魂を喰らえば、生気は奪えない。生気を奪えば、魂は枯れて味がなくなる。お前は今後人を相手するときに、どちらかを選ぶ必要があるということだ』

 

 要は、食事のようなものだと悪魔は締めくくる。

 そこまで言われれば少女も理解ができた。要は生気を奪うことこそが食事で、魂は美味しくても食事にはなってくれないのだと。同じ食べ物のように感じるが、そこらへんは何かが違うのだろうととりあえず飲み込むことにした。

 言われてみれば、お腹が空いたような気がする。と、少女は自分のお腹を押さえた。

 

「生気の奪い方は?」

『ふむ、幾つか方法はあるが……効率がいいのは、体液の摂取だな』

「つまり?」

『男であれば、精液を吸精したまえ。君が牢屋でよく浴びさせられていたあの白い液体のことだ』

 

 むっ、と少女の表情が曇る。正直、性行為にあまりいいイメージがないのだ。

 獣は苦笑いする。

 

『効率が悪くても良いのなら、キスによる唾液の吸引でもいい。更に効率を悪くするならば、身体的接触でもある程度は賄える』

「じゃあ、なんで」

『性的絶頂を迎える際、人間は生気を非常に放出しやすくなるのだ。こればっかりは生物的特徴なので、我々に言われても困る』

 

 少女は性的絶頂が何かはわからないが、文脈的に精液を出すことだと解釈した。

 ならば、と気になることを続けて聞く。

 

「動物とかからは生気得られないの?」

『できなくはないが、おすすめはしない』

「どうして?」

『君は元々が人間の悪魔だ。他の生物の生気を取り込めば、その分大本から遠ざかる。自分の意思がどんどん薄れて本能に支配されていくのは嫌だろう? 最終手段にしたまえ』

 

 悪魔の言葉は難しく、少女にとって全てを理解するのは困難だ。言いたいことはわかるので、意味を噛み砕けているだけ上等ではあるのだが。

 話は終わったとばかりに、獣はすっかり怯えて身動き一つ取れなくなっている男を爪の先で指し示す。

 少女は最初の得物がそいつだと理解し、静かに歩み寄っていく……。

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