TSうすほそ転生魔族ちゃんが人間の男に救われて一緒に暮らす話。 作:ソイレント・グリーン
まさかのえっち展開なしと言う暴挙。
息が白んでいる。
眼前に広がっているのは白銀の大地。
歩いた後に残る痕跡すら、吹雪は一瞬にして白く染めていった。
「なにも……見えないですわ…!」
「ああ」
だが、肌を刺す感覚で確かに分かる。この異質な魔力。
「もうすぐのはず…!!」
「大丈夫か」
「無問題! こんくらいで音上げてたら戦うなんてできないっしょ…!!」
強がりを言っているわけではなさそうだ。魔力の安定度から見ても、コンディションは万全と見ていい。
猛吹雪の中をしばらく進むと、あらかじめ設置しておいた風のドーム──セーフゾーンへと辿り着いた。
「風は逸らせてるけど…やっぱ温度は無理だよね〜……」
ガラリェールは心配しているが、リリスは魔力の微細な振動で熱を自給しているらしく、見た目以上に平気そうだ。
二人はひと息つき、温かいお茶を口にし始めた。
「貴方も要りますこと?」
「貰う」
む……これ、美味いな。身体の内側からじんわりと温まってくる…生姜とかそう言うの使ってる? こちらの大陸にはおそらくもう無いし、魔界から持ち込んだ代物か。
「お茶作りはあたくしの趣味ですのよ! いつも色んな茶葉を持ち歩いておりまして……たまたまですけれど、お役に立てて何よりですわ〜!」
誇らしげに胸を張るガラリェールに、リリスがパチパチと拍手を送る。微笑ましい光景だが──そろそろ憩いの時間は終わりのようだ。
「何か来ている」
「!!」
「えっ……!! マジですの……!?」
探知範囲を広げるが、濃密な魔力のせいで酷く妨害される。だが捉えた。
何かが飛来する気配を察知した瞬間、私はドームの術式に魔力を接続させ、風の防壁出力を一気に跳ね上げた。だが──。
余りにも呆気ない、サクッ……という音が響く。飛んできたそれは風の壁を突き抜け、雪の地面へと深々と突き刺さっていた。
目の前に突如現れた物体に、ガラリェールが悲鳴を上げて尻もちをつく。
「はっ……こ、これっ…!!」
それは巨大な氷の槍だった。全長三メートルほどだろうか。表面には突風で刻まれた無数の傷があるものの、今の出力に耐えて原型を保っている。
リリスの表情が歪む。
「忘れもしないよ…! この槍…!!」
なるほど、この槍が“子機”なのか。
「まだ来るぞ」
追加で──十本……!!
私とリリスは同時にドームから飛び出した。
着弾を待って防戦に回るくらいなら、こちらから壊しに行く……!
跳躍し、空中で飛来する氷槍を迎え撃つ。先ほどよりも出力を引き上げた風の鎚を叩きつけると、さすがの氷槍も粉々に破砕された。リリスの方も大鎌を振るい、氷槍をすべて叩き斬っている。さすがの手際だ。
魔力の発生源へ鋭く視線を走らせる。その刹那、吹き荒れる雪の切れ間から、元凶とおぼしき存在の姿が視界に飛び込んできた。
「何……アレ………」
「? あれが目的のやつじゃないのか」
「あんなの…見たことない…!!」
視界の先にあったのは、猛烈な速度で自転するかまくらのような氷雪の塊だった。
槍はあのかまくらから次々と射出されている。間違いなく標的のはずなのだが。
予想外の姿に動揺したのか、リリスは着地したまま硬直してしまっていた。
第二波の氷槍が降り注ぐ寸前、私は彼女の身体を抱え込み、あらかじめ展開していた風の障壁の背後へと滑り込む。障壁の強度をさらに底上げしたおかげで、直撃した槍は粉々に砕け散った。
「どういうことだ」
「ご、ごめん、ちょい混乱した…! けど…多分あれで間違いない……おそらく防御形態なんだ…何が原因であんな姿になってるのかは、わかんないけど……」
防御形態……。あのかまくら、アナスタシアの氷何かより数段硬そうだったんだが。
思考を巡らせかけたその瞬間、風の障壁がきしみ、金属をヤスリで削るような甲高い異音が響き渡った。──まさか。
「嘘でしょ…!? 無理やり入ってこようとしてる!?」
「この出力に対応してくるのか……」
障壁を突き破ろうとする槍を、咄嗟に風刃で両断する。
実に厄介な兵器だ。ドームや障壁の出力を上げさえすれば自動迎撃でなんとかできると思っていたが、そう都合よくはいかないらしい。
「あの槍、無限に飛んでくると思う…」
「弾切れはないか」
「無い……だからあーしがヘイト集める…!!」
言い放つと同時に、リリスは自身の術式を展開し始めた。
「その隙にきょぴたやはあのかまくら破壊して!」
「正直自信ないぞ。私の最高出力で突破できるかどうか…」
「じゃあ、ガラにゃんのドリルとダブルで攻めたらどう!?」
お……それなら貫通力を上乗せできるか。当初の予定ではガラリェールも子機の迎撃に回す算段だったが、状況が変わった以上、柔軟に対処するまでだ。
「了解した。ガラリェールを回収する」
「頼んだよ……!!」
私が障壁の外へと駆け出すのとほぼ同時に、リリスの詠唱し、魔法が発動する。
「オルデン・カオティカ……!」
背後で、魔力が振動となり拡がって行くのを感じる。あの魔法が子機を集める方法か。
だが、感心している暇はない。私は最短距離を駆け抜け、風のドームへと飛び込んだ。
「あっ…!! ど、どこに行ってましたの!? こっちもヤバかったんですのよ! 槍が沢山飛んできて、ドリルで何とか壊しましたけど……!!」
「無事なら良かった。じゃあ行くぞ」
私は問答無用でガラリェールを担ぎ上げた。
「ちょちょちょちょ!!どういうことですのっ!?!」
「敵を見つけたが防御が硬すぎる。お前のドリルと私の風で突破するぞ」
「い、いきなりですわね……リリス様は無事ですの!?」
「長くは持たないと考えたほうがいい」
「ぜ、全速前進!! 最速で破壊しますわ〜!!!」
リリスの窮地を救うには、まず目の前の難関を排除しなければならない──そう理解したガラリェールは、文句を飲み込んで瞬時に戦闘態勢へと移行し、両の髪に凄まじい勢いのドリルを形成し始めた。
私の風をガラリェールの髪ドリルへと強制的に巻き込む。
回転は爆発的に加速し、もはや大型の掘削機じみた轟音を上げ始めた。
「う、うおおお!!?? めちゃくちゃすげぇですわ!!! 」
「このまま突撃する。衝撃に備えろ!!」
遮るものはもう何もない。
荒れ狂う吹雪を真正面から切り裂き、超高速回転するドリルを回転するかまくらへと激突させた。
かまくらの回転とドリルの回転が正面衝突し、空間がきしむほどの凄まじい衝撃音が爆発する。雪と髪の衝突とは思えんな。
「あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙あ゙〜…脳がゆ゙れ゙ま゙ずわ゙〜……!!!」
「耐えろ…!!」
ドリルの先端が雪の層を穿つたび、その隙間へ高圧の風刃を容赦なく流し込んでいく。
もう少し…!!
「ん゙ぎぎぎぎぎ!!! んどッッぜぇいいいぃ!!!ですわーーーーっ!!!」
断末魔のような気合いの声と共に、かまくらの分厚い外殻が一部、内側から炸裂するように吹き飛んだ。
大きな穴が開いたが、このままではすぐに再生が始まってしまう。私は即座に維持するための風穴を作り、その隙間へ滑り込んだ。
「お前はリリスの方へ行け…!!」
「わわわ……わかりまじだわはぁぁあぁ………」
身体ごとぐるぐると目を回し、豪快に鼻血を垂らしながらも、ガラリェールはふらふらとリリスの援護へ向かった。あいつなら何だかんだで生き残るだろう。たぶん、おそらく……。
──かまくらの内部へ足を踏み入れると、外の狂気的な吹雪が嘘のように、ピタリと風が止んでいた。
ただ、異様なほどの冷気だ。息が白くならない……? それだけ空気が澄んでいるということだろう。
「……!!」
中心に『それ』はいた。
首のない女性の氷像だった。
白のドレスを纏い、力なく床に膝をついている。その胸の中心には、二本の剣が無慈悲に突き刺さっていた。
これが……元凶?
今にも風化して崩れ落ちそうな、あまりにも儚くちっぽけな亡骸にしか見えないのだが。
間合いを測るように歩み寄ったその時、氷像がギギ……と音を立てて動き出した。
「戦う…つもりか…」
その、首すらない抜け殻のような身体で。
立ち上がった氷像の頭上──氷のドーム天井から、無数の白い糸が生き物のように垂れ下がり、その身体へと絡みついていく。
何重にも巻き付いた糸は、まるで純白の外套のようにも、あるいは意思なき操り人形を吊るす糸のようにも見えた
「隱ー縺?♀蜑阪?縲ゅけ繝ゥ繧、繧ケ繝サ繝ゥ繧、繝ウ繝サ繝ェ繝ウ繧イ繝ォ繧ケ縺ァ縺ッ縺ェ縺??縺九?菴輔b隕九∴縺ェ縺??菴輔b閨槭%縺医↑縺??菴戊?縺ァ縺ゅl縲∵オ?喧縺吶k縺セ縺ァ縺??」
「………………なんだって??」
意味不明な、言葉として成立しているのかすら怪しい、ノイズのような音声を響かせながら、奴の両手に武装が具現化する。左手には糸車の車輪を模した円盾。右手には、巨大な針のような剣。なかなかお洒落な得物じゃないか。
操り糸に無理やり引っ張られたような、ぎこちなく不気味な挙動で奴は剣を突き出してくる。
あまりに緩慢な動作だ。何度も同じ刺突を繰り出してくるが、すべて紙一重ですらなく簡単に躱せてしまう。
本当にこれが、かつて名だたる人間の英雄たちを全滅させた兵器なのか……? この程度なら、私でなくとも仕留められたのではないか。
いや……外で子機を展開しているせいで、本体の処理能力が追いついていないのかもしれない。
「だとすれば、リリスたちのお手柄というわけだ」
私は左腕に凝縮した暴風の渦を纏わせ、奴へと掌を向けた。
「悪いが、早々に終わらせるぞ」
◇◇(リリス視点)
視界を埋め尽くす数千本もの氷槍が、豪雨のように降り注ぐ。
「ヤバすぎっ…!!!」
決して乱雑にばら撒かれているわけじゃない。すべてが意志を持ったかのように軌道を歪め、あたし一人へと向かってきている。
「リーーリーースーーさーーまーーー!!!!」
この声!!
「ガラにゃん!! 壁は!?」
「風穴ぶち開けてやりましたわ!!」
きょぴたやの姿がないってことは……内部へ突入できたんだ!
多少の予想外はあったものの、しっかり作戦は進んでいる。けれど、安堵して息を抜く余裕なんて一瞬たりともない。
「へぁああ!? 何ですのあの群れは!?!?」
「全部槍!! ガラにゃん! 背中お願い!!」
「えっ!えぇ!?!?」
気づけば前後左右、全方位を包囲されていた。
あたしはガラにゃんと背中をピタリと合わせ、大鎌を全力で振るって迎撃を開始する。
「どどどどうしましょう!これ、このままじゃマジでやばいですわ!!」
「ふ、踏ん張るよ〜ッ!!」
きょぴたやが本体を倒してくれていることを願って、一心不乱に斬撃を放つ。ガラにゃんは火事場の馬鹿力なのか、髪をサーベルのように振るう新技を編み出している。
ここが一番の耐え時だ──そう覚悟を決めた、まさにその瞬間。
かまくらが、大爆発を起こした。
「!?」
「おファっ!?!?」
衝撃波が吹き荒れ、地を這うように姿勢を低くしていなければ一瞬で吹き飛ばされそうになる。周囲を取り囲んでいた無数の氷槍も、余波だけで一網打尽に粉々に砕け散っていった。
あれだけ視界を塞いでいた猛吹雪が綺麗さっぱり吹き飛ばされ、さっきまでかまくらがあった中心地に、舞い上がった粉雪が白煙となり濛々と立ち込めていた。
舞い散る粉雪の向こうから、黒い影が矢のような速度でこちらへ跳び去ってきた。
ザッ……と地を滑るように着地したのは、きょぴたやだった。
「っ……きょぴたや!? 何があったの!?」
「少し遅かったらしい」
「お、そかった…って……!?」
駆け寄ってよく見れば──きょぴたやの右腕が、肘から先まで凍りついていた。
「それっ…!! 大丈夫なの!?」
「芯までは凍ってないと思う」
あたしは咄嗟に両手で彼女の冷え切った右手を包み込み、魔力を振動させ解凍を急いだ。
その時、ガラにゃんが息を呑み、煙の立ち込める中心地を震える指先で指し示した。
「あ、あれは…なんですの…?」
蠢く無数の白い糸。その繊維の束が寄り集まり、まるで生き物翅のように禍々しく脈打っている。
「あのかまくら、どうやら繭だったらしい」
現れたものは異形だった。
首のない純白の女。背中からは白い巨大な蛾を思わせる四枚の翅が広がり、腕は四本。それぞれの手には二振りの剣、そして車輪を模した円盾と刺剣が握られていた。
姿は変わっているが、分かる。
あれはゲルトルートだ。忘れるはずもない。
「単なる冷気じゃなくて、冬の概念を直接打ち込んでくるぞ。気をつけろ」
「マジ…!?ゲキヤバじゃん…!」
「け、結局総力戦ですのね……」
あたしは息を整え、大鎌を構え直した。
◇◇(ガラリェール視点)
正直あたくしはいっぱいいっぱいだった。
あの子と首無し騎士の動きはすごく早くて、それについていけるリリス様も本当にすごい。
リリス様は無数に降り注ぐ子機を一人で引き受けつつ、その合間を縫って本体へ斬撃を飛ばしたり、奴が後方へ跳躍した瞬間に振動の壁を発生させて退路を断ったりしている。生身の人間である彼女は近づくだけで凍死する危険があるため、絶妙な間合いを保ちながら牽制し続けている。
あたくし…何もできてない!?
認めたくないけど事実だから否定できないですわ〜!!髪ドリルは破壊力こそあれど隙が大きすぎるし、何より脳が溶けそうなくらい頭蓋が激しく揺れてしまう。さっき咄嗟に編み出した髪カッターにいたっては、まだまともに制御すらできていない。
本当のことを言うと、後悔していた。
こんなお荷物になるくらいなら、最初から来るべきではなかったんじゃ…。
「ガラにゃんッ!!!」
…………ほぇ?
やってしまった。くだらない自己嫌悪に囚われて、完全に棒立ちになっていた。
目の前に迫り来る奴の剣先には、この世のものとは思えないほど異様に透き通った魔力が宿っている。あれが冬の概念なのだろうか。
どんっ!! と横から強い衝撃を受ける。
視界が流れる一瞬、すでにボロボロのあの子があたくしを突き飛ばしたのが見えた。
まずい、このままじゃ、あたくしを庇ったあの子に直撃してしまう。
何の役にも立てないどころか、完全な戦犯だ。
情けない、悔しい、恥ずかしい。
あたくしは昔から、いつだって誰かに頼りきりだった。
ルティモお姉様にも、クォーツさんにも……。
それだけじゃない、これまで裕福に暮らせたのも、あたくしのために身を粉にして働いてくれた民達のお陰だ。結局、自分だけでは何も成せない、ちっぽけな魔族のままなのだ。
………ってなんだか、随分と時間の流れが遅いですわね? もうとっくに地面に倒れててもおかしくないと思うんですけど…。
さっきから過去の思い出とか頭をよぎるんですが…あれこれもしかして、走馬灯…? え、なんで??
ふと奴の剣先を見て、気がついた。
奴の剣先、あの子に当たる前に…あたくしの髪先に触れてる!?!?
あ、やばいですわ。
時間の流れが元に戻った。あの子は紙一重で奴の攻撃を回避していたが、あたくしの髪が!! 髪先が凍り始めてますわ!! やべぇ!!
「えい」
あの子が風の刃を放ち、凍結が始まった髪先だけを切り落とした。
「あ、あれ……??」
侵食していた凍結が……止まった……??
「運が良かったな、髪だけで」
「え、ええ……」
髪が切れたのは少しショックだけど、冬の概念とやらが思いのほかあっさり対処できてしまったことに拍子抜けしてしまった。
奴が体勢を立て直し、再び猛然と突進している。今度は最初からあの子を標的に定めている様子だ。
少し思いついたことがある…………ちょっと、やってみるか。
「そ、そのまま正面から受けてくださいまし!!」
「ん…? わかった」
あの子……よく信用する気になりますわね…一度は命を狙った相手なのに…って、そんなこと考えている時じゃないですわ!
あたくしは奴が突き出した剣へ向け、髪を伸ばし受け止めた。そして白く凍りつき始めた瞬間、その部分のみを髪カッターで即座にセルフ切断!
あの子と奴の間合いは、まさに目と鼻の先。だが奴は攻撃をあたくしによってスカされたばかり──隙だらけだ。
「今ですわ!!」
「凄いぞ」
あの子がゼロ距離から叩き込んだ風の鎚により、奴の身体はくの字に折れ曲がって後方へと吹き飛んだ。そして吹っ飛んだ先には、リリス様が展開した振動の壁。奴の身体は背中から激しく叩きつけられる。
「追い打ちをかける!!」
あの子は巨大な風の刃を形成し、逃げ場のない奴へと容赦なく振り下ろした。
やった…!? いや…奴は二本の剣で受け止めている。
白い翅が大きく開き、冬の概念を帯びたの冷気嵐が撒き散らされる。あの至近距離であれを浴びせられたら、あの子でもひとたまりもありませんわ!! あたくしはなんとか加勢しようと駆け出しましたが──その心配は杞憂に終わった。
「勢いが足りないな」
あの子を中心に展開された球状の風壁が、白煙を上げて迫る冷気嵐を外側へと力づくで押し返していく。視界を遮る吹雪の中から、奴が隙を突いて円盾の陰から刺突剣を繰り出してきたが──あたくしが横から髪でその切っ先を妨害する。
「残念だったな……!!」
あの子は再び風の鎚を奴の胸元へ叩き込み、安全圏まで距離を取った。
冷気はあの子の風で防ぎ、直接攻撃はあたくしの髪で防げる……。
あたくし…あたくし役に立ってますわ〜!!! 自己肯定感上がりまくり〜!! これ、勝ちましたわ〜〜!!!
「おい」
「なんですの〜!! おほほほ!!!」
「お前狙われてるぞ」
「はっ!?!?」
四本の腕全部振るってこっちに向かって来てますわ!!! とんでもない殺意!?
アカンこれ!! 髪使わないと肉弾戦とかクソ雑魚ナメクジなんですけれど!?
「じゃあ髪使って戦えばいいだろ」
「あぴょおおお!?!?」
視界がブレるほどの猛連撃を、髪カッターで必死にさばき続ける。いやさばき切れてない!! 凍ったそばから砕かれてますわ! 髪なくなっちゃう! このままじゃツルッパゲまっしぐらァ!!
完全に追い詰められ、もはやこれまで──そう覚悟した、まさにその時だった。
鼓膜を劈く爆音とともに、激しい蒼雷が奴の身体を駆け巡った。
いかに氷の身体といえど、超高圧の電撃を浴びせられれば神経系を麻痺させられたように硬直してしまうものらしい。……そもそも完全な氷構造ではないのかもしれないが。
「素晴らしいタゲ取りだった」
奴の背後に回り込み、その背中へ掌を密着させていたあの子が冷徹に呟く。
だが、首なしの怪物は驚異的な速度で麻痺から立ち直り、背後のあの子をまるで捕食するかのように巨大な翅を閉じて包み込もうとした。
あの子も咄嗟に風の防壁を展開しようとするが──コンマ数秒、展開が遅れた。翅の剛力に風の防壁が押し負けそうになる。
まずい……!! 一瞬の攻防、あたくしが割り込む隙など微塵もない。あの子が呑まれたら、その時点で全滅だ……!!
──刹那、視界を黒い旋風が一閃した。
翅を外側から切り裂き、深々と奴の背へと突き刺さる。
「な……!?」
それは黒い大鎌だった。あの子がかつて魔界で暴れ回っていた頃の象徴。けれどそれは今、リリス様が持っていたはず───。
「二人ともーーッ!! やっちゃってーーッ!!!」
遥か後方から、喉を涸らさんばかりのリリス様の絶叫が飛んできた。
スローモーションに見えていた世界が、一気に加速する。
「トドメは頼んだ」
大鎌を抜き放ったあの子による、神速の横薙ぎ。黒い嵐が奴を呑み込み、四本の腕と蠢く翅をまとめて一瞬で両断、吹き飛ばした。
剥き出しになった胸部に、ヒビのような穴が開いている──。
まるで、剣が突き刺さっていた痕跡のような。
「っ……!!! あああッ!!!」
あたくしは思考を捨て、その露出したヒビめがけて全身全霊の髪ドリルをぶち込んだ。
弱点かどうかなんて知るものですか! 当たって砕けろのヤケクソですわーーーッ!!
超回転が穴をこじ開け、奴の胴体を完全に貫通した。
「遨エ縺娯?窶ヲ諡。縺後k窶ヲ窶ヲ繧ッ繝ゥ繧、繧ケ窶ヲ遘√?窶ヲ闍ア髮??菴募?縺ォ縲√>縲√k窶ヲ窶ヲ窶ヲ」
「えっ…?」
奴の全身へ無数の亀裂が走る。
内側から透明な燐光が噴き出し、膨大な魔力が霧散していく。
大陸全土を常冬にし、幾多の英雄たちを亡き者とした兵器は──まるで冬の終わりを告げる雪解けのように、音もなく崩壊し、消滅していった。
あまりにも静かで、呆気ない完全決着。
ガラス細工が割れるような、それでいて美しい破砕音が大気に響き渡る。降り注いでいた無数の氷槍もすべて粉々に砕け散り、まるでダイヤモンドダストのように空へ舞い上がっていった。
「終わったな。大手柄じゃないか」
「え、えぇ…そう…ですわね……」
あまりの非現実感に、まったく実感が湧かない。
あたくしが……このあたくしが、あんな怪物を……倒した……? コレ、夢……??
「ガラにゃーーーーん!!!」
「ぐえぇっ!?!?」
背後から突進してきた強烈な質量に心臓が口から飛び出しそうになり、あたくしは無様に雪原へと顔面からダイブした。
「リリス様……」
抱きついてきたのは、最愛の人だった。
リリス様の身体は傷だらけで、文字通りの満身創痍。あたくしたちが本体とやり合っている間、たった一人で数千本の氷槍を引き受け続けていたのだから、無傷で済むはずもない。
「やったよぉ…!! ほんとにやれたよぉ…!!」
リリス様はぐしゃぐしゃに顔を崩したまま、あたくしにしがみついて大粒の涙をボロボロとこぼしていた。
普段はいつだって頼もしくて、前向きで、誰よりもカッコいい彼女が、この瞬間だけは少女のように泣きじゃくっている。
いつものことではないはずなのに、どこか日常が帰ってきたような安堵感が胸を満たし、ようやく勝利の重みが実感を伴って押し寄せてきた。
──やった。本当に、やり遂げたんだ……!!
「思いのほかきつい仕事だったぞ」
「きょぴたやもごめんねぇ〜!! 辛かったよねぇ〜!!」
「そうでもないけど……」
いや、あなたもだいぶボロボロですけれど!?
心の中で激しくツッコミを入れつつ、
あたくしは呆れ混じりの苦笑いを浮かべた。
かくして──あたくしの記念すべき初実戦は、大金星となり幕を閉じたのだった。
あと1話かな。