夜なのだろうか。窓もなければ時計もなく、ただ白々とした照明が照らすだけのこの空間では時間の感覚がすっかり麻痺してしまっていた。
昨日と同じように扉が開き、現れた助手に連れ出される。
無機質なエレベーターに乗って上層階へと移動すると、そこは今までとは全く異なる洒落た間接照明が灯るバーのような空間だった。
バーカウンターの奥に設置された液晶テレビには、きらびやかな都会の夜景が映し出されており、外界の時間を模倣しているかのようだった。
促されるままカウンター席に腰を下ろすと、目の前に置かれたグラスにピンク色のシャンパンが静かに注がれた。
合図があったわけではない。ただ、激しい処置で極度に喉が渇いていた彼は迷うことなくそのグラスを手に取り、一気に飲み干した。
続いて、分厚いステーキと焼きたてのパン、数種類のチーズ、そして赤ワインが運ばれてくる。どうやらこれが夕食らしい。
空っぽになった胃袋に温かい食事が収まっていくにつれ、彼の緊張は少しずつ解け、同時にシャンパンとワインの酔いが心地よく全身に回っていった。
いつの間にか、カウンターに突っ伏すようにして眠りに落ちていたようだ。
目を覚ますと、そこは再びあの窓のないコンクリートの部屋だった。
彼は全裸のまま冷たい革張りのソファに深く座らされていた。手首と足首にはめられた重たい革の枷がソファと固定されており、身動きをとることはできない。
一晩ぐっすりと眠ったからだろうか。酔いは完全に冷め、頭は妙にはっきりとしていた。おそらく、これで三日目の朝を迎えたのだろう。
ガチャリと扉が開き、中年男性が静かに入ってきた。
その後ろから助手が、車輪付きの簡易ベッド──ストレッチャーを押し入れてくる。
その上には目隠しをされ、両手両足を拘束された見知らぬ全裸の男が横たわっていた。
いったい何が始まるのか。自身の処遇ではないことに彼は少しの安堵と深い困惑を覚えた。
「十五回だ」
中年男性が短く命じると、助手は傍らに用意されたバケツの水に大きな浣腸器を差し込み、水を吸い上げた。そして、無機質な動作でストレッチャーの男の肛門へとその先端をあてがう。
「一回で百ミリリットル入る。よく見ておきなさい」
中年男性は彼に教え諭すようにそう言った。
ストレッチャーの男は嫌がる素振りを見せるどころか、むしろ自分から入りやすいように腰の角度を調整し、繰り返される浣腸を従順に受け入れている。
ピストンが押し込まれる度、男の腹部が不自然に膨らんでいくのが見て取れた。
十回。つまり一リットルもの水が腹の中に溜まりきったあたりで、男はついに耐えきれなくなったのか、短く苦しげな
他人が極限状態まで追い詰められていくその光景を見つめながら、彼はなぜか、自分の中の底知れぬ部分が熱く昂るのを感じていた。
助手が淡々と十一回目を注ぎ込む。
男は荒い息遣いで全身を震わせ、必死に耐え続けている。しかし、十二回目を入れ終える直前のことだった。男の
堪えきれなくなった男の肛門から、激しい勢いで水が噴き出した。間髪入れず、大きな音を立てて床にぶちまけられる排泄物の生々しい光景と臭いが部屋中に広がる。
「期待外れだな」
「そのようで」
中年男性が冷酷に吐き捨てると、助手は表情一つ変えずに、汚物にまみれた男をストレッチャーごと部屋の外へ運び出していった。
男はひたすら謝罪の言葉を口にしていた。そのあまりにも必死な様子が、彼を不安な気持ちにさせる。
「君は期待に応えてくれそうだね」
中年男性は穏やかな笑みを浮かべて彼に向き直ると、ソファに固定されていた拘束具を解いた。
自由に動かせるようになった足で立ち上がると、部屋の隅で壁に向かって直立するようにと指示された。
両手首の拘束具に天井からのフックが掛けられ、彼はバンザイをするような体勢で吊るし上げられた。
背後で扉が開き、助手が戻ってきた気配がする。
「十二回だ」
「はい」
中年男性の静かな声と助手の短い返事。その直後、彼の肛門に冷たい浣腸器の先端が侵入し、勢いよく水が押し込まれた。
腹の中に冷たい質量が溜まっていく。彼は壁を見つめたまま、一回、二回と、心の中で必死に回数を数え始めた。
八回目が入れ終わった時、腹部に強烈な膨満感と突き上げるような便意が走り始めた。
九回目。もう回数を数える余裕はない。ただひたすらに括約筋を力いっぱい締め、中身を留めておくことだけに全神経を集中させる。
十回目。限界が近い。せめて前屈みになれば少しは楽になるはずだが、両手を高く吊り上げられているため、無理やり直立の姿勢を強要される。彼は唇から血が滲むほど強く噛み締め必死に堪えた。
十一回目。意識が白濁し、ただ果てしない我慢の海を漂う。
十二回目。──もう、限界かもしれない。
決壊の予感が頭をよぎる。だが、その瞬間、先ほど目の前で醜態を晒したあの男の無様な姿が脳裏にフラッシュバックした。
あんなふうに無様に漏らして失望されたくない。そんな彼自身の歪んだプライドが最後の防波堤となって激しい便意を抑え込んだ。
「……やはり、君はいいな」
中年男性の満足げなつぶやきが耳に届く。
「では、解放します」
助手がフックを外し、部屋の隅にあるトイレの使用が許可された。
しかし、真の地獄はここからだった。トイレまでのわずかな数歩が果てしなく遠い。
一歩足を踏み出すごとに今にも弾け飛びそうになる腹部を必死に抱え込み、括約筋に渾身の力を込めてすり足で進む。
便器の前に辿り着き、飛び込むようにしてしゃがみ込んだ瞬間、全てが解放された。
これまでの人生で最も安堵した瞬間かもしれない。そう思えるほど深い安堵の息が漏れた。
長々と用を足し、ふらつく足取りでトイレを出ると、先ほどのストレッチャーの男が汚した床は助手の手によってすっかり綺麗に片付けられていた。
彼は無言のまま、部屋の中央にある冷たい検診台に向かって歩き、自ら仰向けに寝転がった。そうしなければ、この時間は終わらない。彼はすっかり従順な患者のように目を閉じ、次の処置を待つ。
両脇に点滴台に似た器具が持ち込まれた。そこから伸びた足枷に左右の足首が固定され、彼の両脚は天井に向かって大きくM字に開かれた状態になる。
「はじめようか」
中年男性は静かに告げると、医療用のゴム手袋をはめた。
たっぷりの潤滑剤が肛門内部に塗り込まれ、ゴム手袋越しの男の指が、ぬるりと滑り込んでくる。
「ひっ! あ! あぁっ!」
予期せぬ刺激に彼はたまらず高い喘ぎ声を上げてしまった。
昨日までの、ただ広げられるだけの感覚とは違う。腸壁の最も敏感な部分を正確に撫で上げるような、背筋を駆け上がる強烈な刺激。
中年男性が意図的に指を抜き差しする度、彼の腰は反射的にビクンと跳ね上がり、甘い声が止めどなくこぼれ落ちる。
部屋の中には潤滑剤が空気を巻き込んで立てる、くちゅくちゅという淫猥な水音と、彼自身の甲高い喘ぎ声だけが響き渡っていた。
「ディルドを」
中年男性の指示で、助手が昨日使われたあの黒く無骨な、人間の腕ほどの太さがあるディルドを運んでくる。
男の指によってすっかり緩められ熱を持った肛門にそれがあてがわれる。
圧倒的な質量が、ゆっくりと、しかし確実に奥深くへと押し込まれてきた。
内臓が押し潰されそうなものすごい圧迫感。それと同時に異物を押し出そうとする身体の反射的な便意が彼を襲う。
「ここで固定だ」
中年男性がそう命じると、助手は太い革のベルトを取り出し、ディルドの根元を巻き込むようにして彼の腰に固く縛り付けた。これで、ディルドが抜け落ちることは絶対にない。
両手も再び台の横に拘束され、彼は抗う術を完全に失った。
「しばらく我慢しなさい」
中年男性はそう言い残し、助手と一緒に部屋から出て行ってしまう。
一人取り残され、気が抜けたせいだろうか。彼の便意は途端に激しさを増した。
先ほどのトイレで出し切ったつもりだったが、まだ大量の水分が腸の奥底に残っていたのだ。
極太のディルドが腸を塞いでいるというのに、そのわずかな隙間を縫って、堪えきれない水と汚れがだらだらと漏れ出し始める。
自分の意志ではどうすることもできない。ただ無様に漏らし続ける苦しさと、恥ずかしさに耐える時間が、永遠とも思えるほど長く続いた。
数時間後、ようやく戻ってきた助手によってディルドが抜かれ、拘束を解かれたが、彼はすっかり虚脱状態に陥り、いつも通り、台の上でしばらくピクリとも動くことができなかった。
朦朧とした意識の外で、不意に扉の隙間から、紙のようなものが差し込まれるのが見えた。
ようやく力が入るようになった彼はふらつく身体を起こして床に落ちているそれを拾い上げた。それは写真だった。
大量の浣腸に耐え抜き、トイレで用を足している最中の姿。
限界から解放された安堵と快楽で、だらしなく口を開け、恍惚とした表情を浮かべて排泄する顔が鮮明に切り取られていた。
もう一枚。極太のディルドを埋め込まれたまま放置されている姿だ。耐えきれず隙間から無様に汚水を漏らしてしまっている。絶望と恥辱に塗れた、あまりにも無惨な痴態。
その写真の構図や画質を見て、彼は息を呑んだ。
それは毎週魅入るように見つめ続けていた動画のサムネイル画像、そのものだったのだ。
今度は自分が、あちら側の人間になったのだと、今になって理解した。
自分のこの醜くも淫らな痴態が、今まさに不特定多数の誰かに配信され、晒されている。
自分がかつてそうしていたように、誰かがこの自分の姿を見て興奮しているのだろう。
取り返しのつかない現実と、背徳的な快感が入り交じる中、彼はその絶対的な事実をただ静かに噛みしめていた。