予約したレストランのディナーは美味しかったが味気なかった。
ボンボンと一言も交わさなかったからだ。
ステージのファイアーダンスは見事だったが、過去に観たピコピコの火祭りの踊りと比べると勢い任せに感じられた。
ボンボンとそのことを話したかったが、透明な壁でもあるかのような拒絶に阻まれた。
ホテルに戻っても相部屋だというのに二人は現地のテレビ番組をじっと眺めるばかり。
就寝もプリンプリンがベッド、ボンボンがソファで別だった。
呼ぼうかとも思ったが、二人で並んで眠るのは本当に幼い子どものころから十数年ぶりで、なかなか踏ん切りがつかない。
移動による身体的な疲労と気苦労とで、すぐに眠ってしまった。
早くから寝たので途中で目が覚めた。
すこし寝汗をかいている。水でも飲もうとベッドから下りると無意識でソファへ視線を向けた。
ボンボンがいない。
ドキリとしたがシャワールームから水音がしたので安堵する。
コップに水を入れて飲み干すと、濡らしたタオルで体を拭いた。
ボンボンはなかなか出てこない。
ケンカしてしまっても、寝顔くらい見たかったな……。
プリンプリンは寂しさを覚えながら再びベッドへ潜り込み、まぶたを閉じた。寝入るまでシャワーの音は絶えなかった。
翌朝、起き上がるとボンボンはすっかり着替えて準備万端だった。きのう現地で買ったアロハシャツに白い細身のズボン。
だが顔色は悪く、目も落ちくぼんでいる。
「だいじょうぶ?」
思わず聞いてしまったが首をフルフル振られた。
「行こう」
普段どおりといかないまでも会話できる程度にまでは二人の仲も回復していた。
プリンプリンは洗面台前でハイビスカス柄のワンピースを着て、長い銀髪を三つ編みでひとつにまとめる。
二日目はまず墓参りに行くことになっていた。
現地で南国らしく鮮やかな花々を調達し、お供え用に昨日のフルーツもいくつか持参。
バスで墓地に向かうあいだ二人で花冠を編んだ。
墓地につけばオサラムームー式のお墓が並んでいたので、懐かしい名前を探す。
「ア、あったよ」
視力のいいボンボンが先に見つけてくれたのでついていった。
白いツルッとした墓石に掠れた文字で『PIKOPIKO』と家族の名と一緒に彫られている。
「久しぶりね、ピコピコ」
「オサゲの言っていたネプチューンとこで踊ってンのかな」
花冠を墓石にそっと置き、周囲をハイビスカスやアンスリウムで飾る。
最後にフルーツを供え、手を合わせた。
ピコピコは十年前にオサラムームーで出逢った踊り子で、火祭りの踊りの最後の継承者。
オサラムームーの住民特有の明るい緑色の軽い髪を長い三つ編みにして、現地の開放的な衣装は少女らしい華奢な体を際立たせていた。
見事な踊り手で、あのランカーすら詐欺をしてまで屋敷に呼んだほど。
だが三人の王子が帰ってきてから間もなく、海外で踊りの勉強がしたいとヘリで発とうとしたところ事故で亡くなってしまった。
もっともプリンプリンはそれがヘドロが仕組んだことだと知っているが……。
オサゲがたいそう落ち込んだ。
二人は傍から見ても仲が良く、恋の予感すら垣間見えるほどだった。実際オサゲはピコピコに恋していた。
彼の中でピコピコとの記憶は大人になっても大切らしい。
プリンプリンがボンボンとオサラムームーへ新婚旅行に行くと伝えると、どうかピコピコのお墓参りに行ってくれないかと頼まれた。
自分はよくやっているよ、と。
もう奥さんもいるけれど……大好きだよ、と。
プリンプリンは心の中でオサゲの言葉をピコピコへ告げる。
彼はまだあなたを愛しているよ、と。
目をそっと開けるとボンボンも顔を上げたところだった。
二人で互いを見合わせる。
昨日のケンカで生まれた気まずさは消え失せ、まっさらな視線が重なった。
一緒に荷物を片付けながらプリンプリンは喋りかける。
「ねえ、ボンボン。もう十年も前なのに、オサゲはピコピコのことを忘れてなんてないのね」
「そこが良いところなんだ」
「ええ……きっと、辛い記憶とも隣合わせだろうけど。
それでも忘れたくない、って。
人を好きになるのは理屈じゃないのに。
好きでいつづけるのは、凄く覚悟のいることだわ」
プリンプリンはとび色の瞳でボンボンをひたと見つめた。
彼もまた見つめ返してきて、見えない糸で捕らわれたかのように身じろぎひとつできない。
「……ボンボン。オサゲとピコピコのように、どんなに遠くても想い合えるように。わたしたちもそうありたい。
ごめんなさい。よく考えずに勝手に決めて」
忙しかったのは理由にならないわよね、と付け加える。
お互いさまだからだ。
「十年前にわたし、こんなことを言ったわよね」
プリンプリンは過去の記憶をたぐり寄せ、かつての自分の言葉を再び口に乗せる。
「『きみが好き』って。『一生けん命なきみが好き』だって。
今も、そうよ。あなたが好き。……あのころと、チョット意味は違うけれどもね」
ちょっとはにかんでから続ける。
「だから仲直りがしたいのよ。
せっかく思い出がいっぱいのオサラムームーに来たんだもの。新しい思い出を作って、これからもあなたと『懐かしいね』だなんて振り返ったりしたいわ」
ねえ、と微笑みかけるとボンボンの目がわずかに潤んだ。
プリンプリンは大げさだと思ったが、次の瞬間にその考えは吹き飛ぶ。
ボンボンに勢いづけて抱き寄せられたからだ。
彼はプリンプリンを強く抱きしめると細い肩に突っ伏して、じわりと肌を濡らした。
触れたところが、やたら熱い。
プリンプリンはおずおずと彼の背に手を回し、その体温に胸のつかえが溶けていくのを感じた。
墓地を後にしてバスへ乗り込むと、ボンボンが赤い目でぼそりと話しかけてきた。
「プリンプリン、おれこそ勝手なことをしてごめん。
おれ……まだきみと夫婦になったって、信じられなくって。夢なんじゃないか、って怖くて。
チョットしたことでカッとなるのも、あのころと変わンないな。情けない……」
素直に謝る彼の手をプリンプリンが握り締めると、安心したのかボンボンはビーチへ着くまでのわずかな時間で少しだけ眠った。
寝不足のようなのでプリンプリンは静かに肩を貸してあげた。
ビーチへ到着すると二人はそれぞれ着替え室で水着に着替えた。
プリンプリンの水着は、胸元に大きなリボンがあしらわれた真っ白なクラシカルワンピース。
首の後ろでヒモを結ぶタイプで、三つ編みを体の前に垂らすとうなじに自然と目がいく。
友だちと相談して決めたが、選ぶ最中に『ビキニでボンボンを悩殺しろ』だの勧められて大変だった。
さすがに恥ずかしい、と断ってこれにした。
ボンボンはというと邪魔だからか肩口までの髪を後ろで結び、アロハシャツはそのままで下だけ水着。
サングラスなんてかけて浮かれているのが一目瞭然だった。
「わァ、プリンプリン。かわいい!」
ニコニコと無邪気に褒めてくれるのでやっぱりこの水着でよかった、と改めて満足するプリンプリン。
二人は予約していたスキューバダイビングの講師のもとへ赴いた。
ウェットスーツを着る際、ボンボンに後ろのチャックを閉めてもらったが少し震えていたのは何だったのだろう。
海中に潜るとエメラルドグリーンの海面から陽ざしが差し込んで天国のような光景だった。
色鮮やかな珊瑚礁に、珍しくてかわいい魚たちの群れ。
水中メガネごしにボンボンと目配せしてウンウンとうなずきあう。
浜辺に上がると、遠目に見える海とは色が違っていて、かつてシドロが言っていたとおり特別な色をした海だな、とプリンプリンは思い返した。
ダイビングが終わってからは昼食のサンドイッチを軽く摂り、真珠貝を模した浮き輪を膨らませてボンボンと海でのんびり遊んだ。
プリンプリンが浮き輪に腰かけているのを、ボンボンが押してくれたり、わざと揺さぶってきたり。
まるで子どもに戻ったかのようにはしゃぎ合う。
「落ちる、落ちちゃうから!」
「だ〜いじょ〜ぶだって、ホラ手ェ握ってる!」
満面の笑みで顔を寄せてくるボンボン。
二人の距離が近づき、プリンプリンは浮き輪の上から彼を見下ろした。
濡れるから当然のようにアロハシャツはビーチに置いてきており、上半身は何も身につけていない。
裸の胸は思った以上にひろく、腕も細身だが寄りかかるとしっかりと筋肉がついていて。
自分も水着で普段よりずっと肌もあらわだから、あまりにもダイレクトに肌と肌が触れ合う。
意識せざるを得ず、プリンプリンは押し黙ってしまった。
彼女を支えるボンボンが気づかないワケがなく、頬が紅潮しているのを目ざとく見つけたのか、碧色の目をイタズラっぽく細める。
「プリンプリン、こっち向いて」
小声で呼びかけてられ、言われたとおりに彼の目を見ると、距離を一気に縮められた。
こんなに肌を合わせてキスしたのは初めてだった。何度かアルトコの海やプールで遊んだこともあるのに。
無意識のうちに遠慮しあっていたのかもしれない。
密着した肌が汗ですべる。照りつける太陽のせいでノドがカラカラだ。
海水でベタついた肌は妙に離れがたく、舌を絡ませれば潮の味がする。
海で浮き輪の上。ふしぎな浮遊感と共に、しばらく二人は夢中で口づけていた。