窓から朝陽が差し込むが体が重くて起き上がれなかった。
ボンボンも『腰が重い』と言いながらも一階のバイキングまで降り、朝食を持ってきてくれた。
『ボンボンだけ下で食べてくればよかったのに』
ベッドでちびちび食べながら言うと、
『ヤダ。ひとりぼっちで食べられない』
と体を擦り寄せられた。
昨晩あまりにも触れ合ったせいか、そばにいないと寂しくなるのはプリンプリンも同じだった。
その日の予約はすべてキャンセルした。
旅行会社でのクセが抜けず、電話口で平謝りすると相手方からは、
『新婚さんだとそういうの多いんです〜』
と悪気なく言われて顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。
でもおかげさまでベッドの上でボンボンとのんびり過ごせた。
カーテン越しに差し込む陽ざしが相手の体をうっすら照らす。
さすがに連日求め合うのは無理だったが、肌で触れあうと昨夜までの緊張が嘘みたいに安堵できた。
パズルのピースが完全にはまったように。
昼食もホテルの売店で買ってきて簡単に済ませた。
シーツの海の中でずっとたゆたっていたい。
部屋に飾られた南国の花の甘いにおいと、カーテンに透ける太陽の眩しさ。ただそれだけで満たされる、そんな一日だった。
回復した翌日、三人の王さまたちに会いに行った。
ジョン=ターカーがいた質素な王宮は建て直したのか、全体の広さはそう変わらないものの多少は観光地らしく荘厳な造りに様変わりしている。
ネプチューンの像が王宮の前に建てられ、観光客が次々に写真を撮っていた。
「やぁ、ようこそ! 前王とそのお妃さま!」
アイアイ王が気安い口調で室内に迎え入れてくれた。昔と変わらぬ鮮やかな緑の髪は伸び、立派なヒゲまでたくわえている。
「僕らもそれぞれ良い人と巡り会えてね。家族みんなで暮らしているんだ」
「いいねえ。大家族じゃない」
マイマイ王に説明され、ボンボンがおのぼりさんのように辺りを見渡す。
「乳母の皆さんはお元気?」
「ああ、元気でやっているよ。僕らの子どものお世話を任せているけど……あんまり競争させるなよ、と釘は刺してる」
プリンプリンの質問にミイミイ王が答えてくれた。
ここまで、三人の王さまの風貌はソックリで昔と同じように言われなければ見分けがつかないほどだった。
十年前と変わらず王宮は観光客に向けて開放されており、他のツアー客と一緒に食事を摂った。
王の三人のお妃やお父さんそっくりな子どもたちも大勢いて賑やかな一幕となった。
その際にミサイル購入をキャンセルしたお金で、オサラムームーのインフラを整え、観光地として様々な改革を行ったことも聞いた。
キャプテン・チックの財宝が平和的に活用されたことに、ボンボンとプリンプリンは『よかったね』と笑い合う。
三人の王さまの功績を讃えてから、観光地をさらにブラついて……アイリーンや双方の職場へのお土産も吟味して……。
夜に再び触れ合って。
五日目の朝、ホテルをチェックアウトした。
観光バスで港まで行き、出航の時間まで売店を見て回る。
冷房が効きすぎているのか肌寒さを覚えた。
「プリンプリン。ここ、ちょっとクーラー強くないかい?」
ボンボンも思ったのか二の腕を擦りながら聞いてくる。
目の前にフワーッと人影が浮かび上がった。
『もうお帰りかね?』
キャプテン・チックだった。
相変わらず脚はなく、青白い顔をしている。
「洞窟にいなくていいのかよ?」
ボンボンがプリンプリンを背に威嚇した。
周囲には見えていないのか、観光客が二、三人通りすぎてゆく。
『ん? そんなん周りが勝手にやってるだけだからな。私は自由に海を股にかける……』
「いいって。今は呪われてんだから」
遮られるとチックは不満げに顔をしかめた。
『挨拶ぐらいしに来い』
「やだよ。悪人の知り合いができた覚えはないね」
『でもお宝はランカーから守ってくれたじゃないか』
つれないボンボンの頬を透けた手でペチペチ叩きながら、チックが悪い笑みを浮かべる。
プリンプリンはなぜだか嫌な気持ちになり、二人の間に躍り出た。
ボンボンはキョトンとして見てきたが、チックからは事情を察せられる。
『おや、プリンセス。嫉妬か?』
「別に、そんなんじゃありません。ただ馴れ馴れしいと思っただけ」
『ごまかさなくてもいいさ。あ〜んなにおアツい夜を過ごしたんだ……ちょっとは色気づくってモンさ』
チックの片方だけの瞳が半月のようになる。
……プリンプリンは、あの夜に見上げた月を思い出した。
月明かりに照らされた二人の肢体。触れた熱い肌。
その視界の端に、もしかしたら。
「キャアァーッ!」
突然、プリンプリンが体をかき抱いて悲鳴をあげたのでボンボンが飛び上がった。
「どうしたんだプリンプリン! こいつに何かされたのかい?」
「の、覗きよ! このひと、わたしたちのことを覗いていたんだわ!」
「ええ〜? だからここまでホイホイついてきて……?」
「違う! わたしたちが泊まった部屋に隠れてずっといたのよ!」
言われてボンボンもようやく気づいたようだ。
顔を耳たぶまで真っ赤にしてチックへ怒鳴りつける。
「……ッ! やいやいやいやいやいッ! おまえさん、おれだけじゃなくてプリンプリンの……その、あんなとこまで見たってのかよ!
ゆ、許さねえ! 地獄へのしつけて送ってやる!!」
『そうカッカしなさんな。幽霊相手にその拳でどうするつもりだ?』
「コノヤロー! 足元見やがって!」
『ワシに足はないぞ』
「ものの例えだし、見られてんのはおれだァ〜〜ッ!」
キャンキャン吠えるボンボンを周囲の人々がふしぎそうに眺めている。
プリンプリンはいたたまれなくなり、彼にこっそり耳打ちした。
声を潜めて再びチックと対峙する二人。
「チックさん、覗きは犯罪よ。クレームを送って王さまに洞窟を取り壊してもらってもいいのよ?」
プリンプリンが脅すがチックはどこ吹く風。
『ハハッ、観光スポットとして稼ぎどころのアレをかい?
土砂崩れまで整えた手間を考えりゃ取り壊したほうが損ってもんさ』
「うわ〜、亡霊なのに金の計算してるぜ。がめついな」
ボンボンに冷めた目で見上げられると、チックはかんらかんらと笑って顔をずいと近づけた。
『そうじゃなきゃ、世界じゅうのお宝も集まりゃしないさ。
それより、おアツくはあったがまだまだ青臭いリードだったな。女の経験がほぼないと見える』
「うるせえ、そんなのが豊富でたまっかい」
『何を言う。泣かせた女の数が男のステータスだぞ』
チックの含み笑いにボンボンが目をつりあがらせる。
「お前さん、女嫌いとか言ってたクセによくもまあ……大嘘つき!」
『キライさ。奴ら、一夜を共にしただけで、
「アタイこそがアンタの港だよォ〜」なんてしなだれかかってくるからな』
「うっわ、悪党!」
チックがニヤニヤするのに、ボンボンが付き合いきれないと両手をあげた。
プリンプリンはというとチックの言葉にギクリとする。
初夜まさに『この人を捕まえた』と思ってしまったからだ。
何も言えずにいたらチックがフラリと覗き込んでくる。
『結婚は人生の墓場、ってね。男を縛りつける……』
亡霊のうつろな瞳には何も映ってはいない。
だがプリンプリンはすべて見透かされたような心地になり、両手を胸の前で重ね合わせた。
そこへボンボンがやってくる。
険しい顔でチックへ言い返した。
「おい、プリンプリンに変なこと言うな。そんな墓場なら、おれにとっちゃ天国さ」
くるりと向き直り、ボンボンがプリンプリンへ微笑みかけてくれる。
「プリンプリン、心配しなくていいからね。……十年前、こいつの試験の時に言ったろ。
おれの大好きな人はプリンプリンだって。
あのころから少しも変わっちゃいない。縛りつけられるなら本望だよ。
ナンのための夫婦だ。一生そばにいるためさ」
その言葉に、ズンと心に鉛でも落ちたかのような衝撃を受けた。
嬉しい反面、チックの言うとおり彼を文字どおり繋ぎとめてしまった後ろめたさ。
彼が望んだことなのに、その重さを受けきれないと飲み込めずにいる自分への劣等感……。
すべてがないまぜとなり、プリンブリンの頭の中でぐるぐると回る。
ボンボンは変わらない笑みでこちらを見つめているのに――。
プリンプリンが固まっているとチックがため息をついた。
『やれやれ、みみっちいヤツらだな。
もっとこう、大きく出ると思ったのに。視野の狭いつまらん大人になってしまった』
ボンボンがムッと口をひん曲げる。
「うるさいな、放っておけよ。おれらには、おれらの幸せがあるんだ」
『せいぜい小さな世界で達者で暮らせ』
「いちいちムカつく野郎だなァ〜」
二人が口げんかでじゃれている間にプリンプリンはボンボンの背にもたれかかった。
まるで隠れているみたいだ。
キャプテン・チックはそれを見とめると、口の端を上げる。
『まあ、また話し相手になりに来てくれてもいいぞ。退屈しのぎになるからな。
……チョット、これから忙しくなりそうだが。十数年後にでもまたおいで』
含みのある物言いにボンボンが小首をかしげた。
「十、数年? えらく具体的だな。なんで?」
『いずれわかるさ。――結構すぐ』
「ふうん。まあお前さんじゃなくて王さまたちが上手くやってるかなら見に来ようかな。
それと、ピコピコの墓参り。今度はオサゲの奴も連れてきてさ。ね、プリンプリン」
ボンボンに呼びかけられ、プリンプリンはおずおずと首を縦に振る。
チックは二人を見比べてまたニヤッと笑うと、
『やれやれ。まだ青いな。
それでは、また会おう! さらばだ!』
白いコートの裾をバサッとたなびかせて、あっという間に姿を消してしまった。
神出鬼没の亡霊にボンボンが毒づく。
「さっさと成仏しろってんだ。変なことばっかり言って」
彼は顔だけプリンプリンのほうへ向けた。
「な。助平だし、女泣かせだし、ロクなもんじゃないよ。
帰ろう、おれたちの家へ」
ボンボンの大きな手が差し伸べられる。
何のてらいもなく目の前に出された手のひら。
その手を握り返すと、プリンプリンの脳裏に海辺の小さな家が浮かんだ。
港で汽笛の音がする。
そろそろ自分たちの船も出るころだ。
ボンボンと手早く買い物をして、遅れないように足早に向かう。
こうして二人はオサラムームーの地を後にした。
心だけでなく、身も結ばれ、熱く甘い一夜を過ごし、新たな思い出の加わった懐かしい土地を……。