二人が結婚を考えはじめたのは、それから五年後だった。
ズルズルと引き延ばしてしまったのはプリンプリンが母を一人にするのをためらったため。
それを断ち切ったのはボンボンの提案だった。
『おれはアイリーンさんとなら喜んで同居するよ。ラマーナのときも、ほぼほぼ一緒に住んでいたじゃない。
あの時もアイリーンさんがお母さんみたいだなあ、と思ったものだけど……きみと結婚したら本当に「お義母さん」だ。
ねえ、それなら家ももう少し大きなところへ引っ越そうよ』
あまりにも自然に住まいのことまで切り出されたので、プリンプリンは都合が良すぎて夢なのではないかと疑った。
しかし自宅でアイリーンに相談してみたら、
『あら、やっと踏ん切りがついたのね。……引っ越し?
ボンボンくんにだけ負担させるワケにはいかないわ。私もまだ貯金が残っているから、みんなで決めましょう』
母の決断は早く、プリンプリンのほうが周囲のスピードに着いていけずにいた。
ボンボンがプリンプリン宅を訪ねる日が増え、母と一緒にインターネットやカタログを吟味しては、ああでもない、こうでもない、と言う。
プリンプリンもその場に居合わせたが実感が湧かなくて膝に乗せたモンキーを撫でたりしていた。
このころになるとモンキーはすっかりおじいさんで、調子が悪い日はほぼ寝たきりだった。
それより前に何かを悟ったのか、ペリンペリン一座がアルトコにやってきた時にモンキッキと子どもをこさえた。
名前はキッキ。
小さな猿で、チョロチョロと室内ではしゃぎまわるヤンチャ坊主だ。時折ハメを外しすぎた際はモンキーが灸を据え、しっかりしつけている。
お猿さんの世代交代も近づく中、プリンプリンもいつまでも足踏みしているワケにはいかない。
候補の住居に足を運びだしてから、ようやく本格的に話し合いに参加しはじめた。
プリンプリンはあまり大きすぎる家は落ち着かないから、海沿いの小さな二階建ての家屋が気に入った。
そのことをアイリーンやボンボンに言ったら、
『じゃあ、ここにしようか』
と賛成された。
不気味なほどトントン拍子に進んでいく。
本当にこれでいいのか、というくらいに。
式より先に荷物を運び出して新居に並べた。プリンプリンとアイリーンが住みはじめ、休日にボンボンが力仕事を任されてくれる。
トラックを借り、タンスやベッド、お気に入りの小物などを室内で揃えれば我が家の完成。
それだけでは満足できないのか、そのうちボンボンが庭で日曜大工をはじめた。
木材を切り、仮に組み立ててはニヤついている。
『何を作っているの?』
昼下がり、プリンプリンは冷えたお茶を持ってきてあげた。モンキーやキッキも一緒だった。
お茶をチビチビ飲みながらボンボンが答える。
『ブランコだよ。おっきいやつ。
色は男の子でも女の子でも好いてくれるように白』
仮組みのブランコに乗ってボンボンがほんのすこし揺らした。体重はかけず、靴裏だけで器用に。
『遊んでくれるといいなあ。
なあ、キッキ。お前さんもその子と仲良くしてくれるよな?』
ボンボンが八重歯を見せて笑いかけるとキッキが早足で駆け寄り、膝に飛び乗った。
無邪気に未来を信じる姿に、プリンプリンはいつか生まれくる自分の子を見出す。
だがプリンプリンは幼いころと同じようにモンキーを両腕でギュッと抱いていた。
♢
暮らしているうちに新しい家にも馴染んできた。
小さな庭に花壇を作ろうと季節の花々の苗を買った。
ボンボンが拾ってきた貝がらで花壇をあつらえ、丁寧に苗を植えていく。
季節ごとに美しい花が咲くように。
これまでは母に任せきりだったが、プリンプリンも自分の領土を作ってみることにしたのだ。
庭の隅で家庭菜園もはじめてみた。収穫が待ち遠しい。
自分の居場所を認識できてきたころ、六月に式をあげるため春に準備をはじめた。
プリンプリンとしては家族と友人だけ呼べればよかったのだが、何と言っても友人の幅がひろすぎた。
かつて世界じゅうを旅したお姫さまなんて滅多にいないのだから。
各国へ招待状を送り、出席する人数を把握。
プリンプリンが姫として、王家だのお偉いさんとばかり接触したせいか、辺境のアルトコ市まで訪れる人は思ったよりも少なかった。
式場にも無事に収まり、次は会場の飾りつけや食事や衣装やら。
挙式とはこんなにも忙しいものなのか――プリンプリンはドッと疲れたがボンボンは楽しそうだった。
元からみんなで楽しく騒ぐのが好きな人だ。
食事はどうしよう? 振る舞うお酒は? すこし奮発する? などと細かいところまで気にしていた。
式を終えたら、ついにボンボンが新居へ引っ越してくる予定だ。
彼と本当の家族になる。
モンキーやキッキに式の予定を喋りかける横顔は、まだ夢みがちな少年のようだった。
それでも彼はプリンプリンとの新生活を思い描いてくれている。
『わたしはまだ信じられないわ』なんて口が裂けても言えない。
言ってしまったら最後、ボンボンはきっと落胆してしまう。
『おれのことが好きじゃないの?』と。
そうではない。
だってプリンプリンが言えないのは彼を失いたくないから。
ボンボンを自分のもとに繋ぎとめておきたい。
五年前のような想いはもうしたくない。
そんな気持ちで結婚するのは、よくない気がして……。
自分に彼と一緒になる資格があるのかどうか。
言ってしまえば自信がなかった。
でもボンボンと一緒にウェディングドレスを選んでいた時に奇妙な一体感を覚えた。
友人も、母であるアイリーンすら日程が合わず、二人だけで衣装を合わせていた。
スタイリストに整えられてから鏡に映る自分を覗き込む。
かつて好んで着用していたドレスとは正反対の、スタンドカラーの型を選んだ。首から胸元まで続く銀糸の刺繍がまばゆい。
ふんわりと膨らんだ袖とチュールを幾重にも重ねたスカート。銀の髪は後ろで三つ編みで編み込み、白い花々が散りばめられている。
『きれいだよ。プリンプリン』
見惚れるように言うボンボンの笑顔を見て安心できた。
純白のドレスに袖を通すことで、まっさらな状態からはじめられると思った。
同じ日にボンボンも白いタキシードを試着した。
襟は光沢あるサテン生地でしつらえ、胸元にはミュゲの花。
背が伸び、肩幅もひろくなったが少年のころと変わらぬ細い身体。
二人して真っ白な衣装に身を包むと、ふしぎな高揚を覚えた。
顔を突き合わせ、この人はまだ何色に染められていないのだと思う。
プリンプリンは自然と手を伸ばし、
『あなたは白が似合うわね』
と彼の白い髪を撫であげた。
するとボンボンは困ったように、
『それ、新郎に言うセリフかな?』
と首をひねる。
試着に付き合った介添人は『素敵な花嫁様と新郎様ですね』と言ってくれた。
だが、一言だけ。
『新郎様は髪がきれいな真っ白なので、お花は別にしましょうか。
ブーケは……、
ワスレナグサ。
デルフィニウム。
クラスペディア。
それからミュゲ、でしたね。
他のお花だと差し色になると思うんですけれど』
と提案された。
ボンボンはよくわかっていないのか、
『じゃあ、そうしようかな……』
と流されかけていたがプリンプリンが間髪入れずに断る。
『いいえ。真っ白なほうがいいんです』
介添人もボンボンも目を丸くしたものの『まあ花嫁が言うなら』と何となく同意してくれた。
プリンプリンはどうしても雪のような白が譲れず、それが守られたことに安堵するのだった。