披露宴になると花のアナウンサーが大ハリキリだった。
司会が主役なのかというほど出ずっぱりで、過去のテレビ映像でプリンプリンたちの冒険を振り返る際にいちいちナレーションを加える。
おかげでスピーカーからも、マイクからも、花アナの声が波状攻撃を仕掛けてきた。
「おい、いいかげんうるせえぞ」
席に用意されたマイクでボンボンが言いつけ、多少は大人しくなったものの。
懐かしい面々も自分たちの国が映し出されると顔を輝かせ、手を叩く。
賑やかで楽しい宴だった。
気持ちも上向きになってきたのか、夫婦初めての共同作業であるケーキ入刀でボンボンもようやく笑顔が戻ってきた。
友人代表として乾杯の音頭を取ってくれるのはカセイジン。
元より思慮深い少年だったが、現在は生徒に慕われる教師として教鞭を取っている。
あの旅の最中で出逢った女の子と、息子の存在が彼の支えになっているようだった。
すこし着られている感のある藍色のスーツを身にまとい、グラスを片手に語りはじめる。
「本日はお日柄もよく、皆様、ワタシの友人たちの結婚式へ足を運んでくださってありがとうございます。
ここへ来られた方々はご存知でしょうが、ワタシたちは十五歳という多感な時期に各国を訪れました。その経験が今日に至ると思っています。
といっても、ボンボンがプリンプリンを射止められるかまではワタシのヨカンでもわからなかったですけどね」
ここですこし笑いが起きたが、隣に座るボンボンがムッとした顔になったのでプリンプリンはハラハラした。
まったくもう、とプリンプリンはカセイジンへ目配せする。
それに気づいたのかカセイジンの声のトーンが変わった。
「……でも。思い起こせば、無事に彼女とお母様の再会に立ち会えたのは奇跡でした。
ワタシたちは本当に信じられないような経験ばかりしましたが、そのたびに目の前のことでいっぱいいっぱいで……。
けれど『今』を精いっぱい頑張るということが何より大事だと学べました。
それこそが『希望』への第一歩、航海のはじまりであったと」
プリンプリンの脳裏にアルトコや各国で見つめつづけた海の青が鮮やかによみがえる。
十五歳のころ、まだ幼く、途方に暮れることもあったけれど。
楽しかった少女時代を懐かしく振り返る。
その隣にはいつでも仲間たちがいた。
カセイジン、オサゲ……マイホームにワット博士。
守り神のモンキー。
そして……。
その名はカセイジンが先に口にする。
「ボンボンは、早とちりしがちで時にエラそうで、正直に言うと危なっかしい人です」
「おい待てカセイジン、祝いの席でナンてこと言うんだよ……」
ボンボンが本気で怒ったように割って入ろうとするが、そこはプリンプリンが新妻としていさめた。
カセイジンがペコリと頭を下げ、続ける。
「でもね、プリンプリンへの気持ちだけは誰にも負けない、一途な男です。
かつての旅でも『いったい何を根拠に、自信満々に祖国が見つかるなんて言い張っているのか』とよく思ったものですが。
彼はプリンプリンが最も幸せになる方法をいつも模索していた。
祖国が、両親こそがあのころの彼女にどうしても必要だと本能でわかっていたからこそ、希望を捨てなかった。
その信じる心がプリンプリンの、そしてワタシたちの大きな推進力になったことは確かなのです」
カセイジンにしては珍しくボンボンを素直に褒めている。
先ほどまでの落差でボンボン自身もむず痒そうにして、プリンプリンへ困ったように笑いかけてきた。
「きっと夫になってもプリンプリンを支えてくれるでしょう。
あのころのワタシたち……そして今でも、この世界でいちばん幸せになってほしいと願う女の子のことを。
むしろ、そうあるべきだ。これは責任重大ですよ!」
強く言われ、ボンボンが肩をすくめる。
親友たちの遠慮のないやりとりに挟まれ、プリンプリンもつい口もとがゆるんだ。
するとカセイジンはそんな彼女へと視線を移す。
「まあ張り切りすぎて空回ることも多々あるので、そこはアナタの出番ですよ。プリンプリン!
アナタはいつだって目的へ向かってまっすぐに進んでいける女性です。あの旅のころから……それ以前から、ワタシたちの自慢のプリンセス。きっとアナタなら大丈夫です。
ワタシたちもずっと友人ですから、いつでも頼ってください」
客席のほうでグス、と鼻声が聴こえてきた。
オサゲが紅い鼻をさらに赤くして涙を拭っている。
隣のボンボンを盗み見ても、目にまた涙を溜めてウンウンとうなずいていた。
かくいうプリンプリンも目頭が熱い。
どんなに時を経ても、絆は変わらない。
それをカセイジンが……本当は照れくさいのは苦手なはずなのに明言してくれたのが嬉しかった。
彼自身も声を震わせてグラスを高く持ち上げる。
「皆々様もどうかこの二人の新たな旅だちを温かく見守っていただけますと友人として幸いに思います……。
それでは皆様、お手元のグラスをご用意いただき、ご起立をお願いします。
ボンボン、プリンプリン……今日は本当におめでとう!
……乾杯!」
あちこちでグラスを鳴らす音が聴こえてきた。
プリンプリンも隣のボンボンとグラスを合わせ、慣れないシャンパンを口に運ぶ。
炭酸が喉を通り抜けた。
ボンボンはグラスをじっと見つめて、
「あんなに言われちゃ、グズグズしてる場合じゃないなあ」
なんてクスクスと笑う。
それからオサゲの店のパンも含まれた食事を軽く摂った。
その後のお色直しで、プリンプリンはアイリーンと育ての親であるハナハナ、旅の保護者的存在であったワットに着いてきてもらった。
それぞれ彼女にとっては多感な時期を支えてくれた女性たちだ。
薄桃色で、ドレープを効かせたシフォンドレスに着替えた。ビスチェタイプで胸元に金糸の刺繍が施されている。
青系統でまとめていたブーケと違い、銀の髪には温かい色味の可憐な花があしらわれていた。
ボンボンはオサゲとカセイジンだけを呼んだ。後で聞くと結婚式前日に父親ともマイホームとも話は済ませたから、と。
黒い襟のついたグレーのスーツに身を包み、普段より大人びて見えた。
目じりはまだ赤みを帯びていたけれど。
食事もある程度終わり、人々も席を離れて談笑する中、プリンプリンはとある二人へ近づいた。
一人はブーケトスを制したパリジェンヌ・テリー。
もう一人はウェーブがかった黒髪を後ろでまとめ、シックな深緑のマーメイドドレスに身を包む女性。足首でキュッと絞ったデザインで洗練された印象だ。
黒のレースのボレロと、同じく黒で仕立てられた帽子から下がるヴェールが凛とした美貌を覆う。
「やあ、プリンプリン。……おっと。
あら、プリンプリン。久しぶりね、元気してた?」
いまだに男性の口調が出てきてしまう彼女に、プリンプリンは懐かしさを覚える。
アクタ共和国のマノンだ。
一度は王政に戻ったらしいが、かつて語ったとおりに制度を固めたのち、マノンは女王を辞して現在は一介の議員として国を支えていると言う。
「軍人あがりの野党が支持を集めはじめていてね。厄介なの」
とは言いつつも、やりがいを感じているのかマノンは勝気に笑っていた。
かつて男装をしていたころの勇ましさはそのままに、新たな戦いに身を投じる彼女はプリンプリンの目に力強く映った。
「マノンはあの時に誓ったとおり、頑張っているのね。きっと、もっと良い国になるわ」
「絶対にそうするさ。兄さんのためにも……」
胸に下げた金色のペンダントをマノンがそっと握りしめる。
プリンプリンが見ていたら、ロケットだったのかそっと開いてくれた。
ベベルの写真が収められている。
アクタの未来を守った、力強いまなざし。かつて温かい家庭を持つ夢を見ていた瞳。
プリンプリンはロケットの写真をじっと見つめる。
「めでたい場に辛気くさくてすまない」
マノンはロケットを閉じて軽く頭を垂れた。
慌ててプリンプリンは首を横に振る。
「いいのよ。ベベルが来てくれたみたいで嬉しい」
「そうかな。でも、兄さんが生きていたら複雑だっただろうなあ」
マノンの言葉に、これまで様子を伺っていたテリーが食いついた。
「え、どういうこと? 聞かせて」
彼女はマノンとは初めて会ったはずだ。
自分が知らない、プリンプリンの過去に興味津々。
マノンはイタズラっぽい表情で、
「兄さんはプリンプリンが好きだったんだよ。恋していたんだ……」
「あら、やっぱりモテるのね。プリンプリン!」
「よして。今日からは既婚者なんだから」
プリンプリンが弱った素振りを見せると、二人とも『ごめんごめん』と謝る。
テリーは茶目っ気たっぷりに舌をペロリと出してから、プリンプリンの晴れ姿を眺めた。
「今日は本当におめでとう、プリンプリン。
ウェディングドレス、とっても素敵だった! 昔とは違う感じで、クラシックな雰囲気で……」
「ありがとう、テリー」
マノンもチャペルでの光景を思い出しているようだ。
「ボンボンも真っ白だったから、ステンドグラスに二人で透けて、消えちゃうんじゃないかと思ったよ」
「ホント! すごく絵になってて。いいな〜って思ったの」
「昔はチビ助だったのに、ボンボンも大きくなったものだ」
「素敵なご夫婦で羨ましい。
あたしもブーケもらえたから、チャンスあるかなァ?」
テリーはキャッチした時の興奮冷めやらぬ様子ではしゃいでいる。
プリンプリンはお返しとばかりに、
「テリーに、そういう人はいないの?」
と尋ねた。
すると、恋愛話に積極的だったのが嘘のようにテリーが頬を赤くする。
「あたしは、まだ……父ちゃんのこともあるし、そういうこと気にする人だったら、ねえ…………」
歯切れ悪い返事に勘の鋭いマノンが察する。
「きみ、実は相手がいるね?」
「エッ! そんなこと、ないわよ。だって片想いで」
「充分じゃないか。確か、きみはパリから来たんだっけ? どんな人?」
「もう! 言えないわ」
二人が楽しげにじゃれ合っているのをプリンプリンはにこやかに見守っていた。
そこに新たな客人が近づいてくる。
「やあ、プリンプリン」
振り向くと今朝方会ったきりのトントンが立っていた。
あの時はゆっくりと向き合う余裕がなかったが、黒のスーツで隙のないコーディネート。前髪を撫でつけ、帽子のつばで隠れがちだったご尊顔がよく見えた。
「トントン。今朝はありがとう、おかげで無事に挙式できたわ」
「まさか子守りをする羽目になるとは思わなかったな……」
トントンがわざとらしく肩を落とすのでプリンプリンはプッと吹き出した。
口もとを手で覆い、その苦労を聞く。
「ボンボン、目が赤かったわ。……泣いていたの?」
「しっかりしろ、と激を飛ばしてあげといたよ」
「……何がそんなにショックだったのかしら……」
プリンプリンがうなだれると、トントンが教えてくれる。
「きみがあんまり魅力的だから、誰かに取られないか心配なんだよ。
昔からそうだったじゃないか。彼はきみが他の男と喋るだけで物凄い目つきでにらんでくる」
「そう、だったかしら。ヤキモチ妬きだとは知っていたけど……」
「そのとおり。彼は、きみのことが本当に大好きなんだろうね」
過去のボンボンの言動を振り返っているのかトントンが思い出し笑いをする。
プリンプリンもよく知っていた――ボンボンがいつだって自分のそばにいてくれたことを。励ましつづけてくれたのを。
だからこそ不安になってしまう。
「そうね。彼はわたしを好きでいてくれている。
裏表なく……まっすぐに……。羨ましいくらい」
「羨ましい? 何が?」
トントンの問いかけにプリンプリンは思考を巡らせる。
胸元を押さえると鼓動が早まるのがわかった。
一つ一つ、整理するように言葉に乗せてゆく。
「なんだか心配で。こんなわたしが……彼と幸せになってもいいのかと」
「どうしたんだい、きみにしては弱気だね。
彼と上手くいってないの?」
トントンの問いにプリンプリンはフルフルと首を振る。
「そんなことない。怖いくらい、うまくいっているわ。
それなのに、もっと何かを彼に求めているみたい。
それが言葉なのか、行動なのか、はたまたもっと別のものなのか。
自分でもわからないわ。
でも……」
これを言ってしまうと後戻りできない気がする。
でも認めなければ先へも進めない。
プリンプリンはゆっくりと話しつづける。
「自分が嫌になる。これ以上、何を求めるの? って。
それって、愛なの? 彼を繋ぎとめたいと、そればかり考えている。
自分の中で手懐けられない怪物が潜んでいるみたいだわ。
わたしのこの気持ちは、彼と違ってとてもズルくて……善意につけ込んでいるだけなんじゃないか、って」
ずっと胸につかえていたしこりの正体。
この胸に宿った想いが、かつて思い描いていた『愛』とはもっと別の、濁った醜いものではないかという不安。
ボンボンはきっと自分を幸せにしてくれる。
それは信じているが……差し伸ばされた手を取ることで彼から他の可能性を奪ってしまう。
自分が少しずつ独善的になっているとプリンプリンは気づいていた。
彼が自分以外の未来を選ばないことを心のどこかで喜んでいる。
「わたし、彼と恋人になってからどんどん性格が悪くなっていくみたい。
本当は、彼のような、もっとまっすぐな気持ちで向き合いたいのに。
どうして、こんなに歪んでしまったの?」
プリンプリンがかつて祖国を探していたころに思い描いていた愛は、誰かから何かを奪うようなものではなかった。
むしろ与えるものだとさえ思っていた。
自分に対してのボンボンのような献身で。
だが彼の愛を一身に受けるたびに『失いたくない』という気持ちばかり募っていく。
そんな強欲な自分がたまらなく嫌だ。
プリンプリンが意を決して打ち明けると、トントンは半ば困惑したような表情だった。
プリンプリンを物珍しそうに見て、
「……プリンプリン。それは……、
きみが人間だという、何よりの証明だよ。
すこし妬けてしまうな」
意外な言葉にプリンプリンは面食らって、思わず聞き返す。
「どういうこと……?」
「おそらく心配しなくても大丈夫。きみたちは似た者同士のようだから」
トントンはうつむくと、くぐもった声で明かした。
「プリンプリン。控え室でボンボンは、私にこう言ったんだ。
『旅の間、プリンプリンが他の誰かに奪われるんじゃないかと怖かった。
世界には王子さまも金持ちもたくさんいて……立派な肩書きの連中ばかり彼女に寄りついて目移りするほどだったから。
おれと過ごした時間なんて、ちっぽけでつまらないと捨てられるかも、ってずっと思ってた。
おれには何もない。
でも、誰にもプリンプリンは渡さない。
プリンプリンがいないと生きていけない。
そんな人生は、意味がない。
すべてを投げ打っても彼女の隣にいたい』」
プリンプリンはボンボンがそこまで考えていたことに驚きを隠せなかった。
旅の最中、『言いすぎ』とたしなめられても『おれはプリンプリンの恋人』と豪語していたのに。
幼いころのボンボンに想いを馳せ、自分も少女だったころへ記憶が遡っていく。
プリンプリンは過去を思い返していたが、トントンはあくまで現在を見据えていた。
「いい歳した男が、そこまで自暴自棄なのはどうかと思うよ。
そう助言したのだけど」
疲れた様子でため息をつく。
鈍色の瞳がプリンプリンを捉えた。
「彼のそんなところが、きみを射止めたのかな。皮肉だね」
プリンプリンはびくりと肩を震わせた。
何故なら、また自分は『嬉しい』と感じてしまっていた。
ボンボンが傷ついていたというのに。
そこまで自分を想ってくれていた事実に悦んでいる……。
自分の中の怪物が彼を栄養にしてどんどん育っていく。
トントンはプリンプリンが両肩を抱くのを見ると寂しそうに笑った。
「そろそろ他の人とも話してこようかな。怖い視線を感じるから」
シワひとつないスーツをひるがえし、背を見せる。
別れ際の挨拶は声に抑揚がなかった。
「お幸せに。プリンプリン」
靴音を鳴らして去っていく。
タイミングを伺っていたのか後ろから声をかけられた。
「プリンプリン、今の人はだれ?」
マノンの猛攻から解放されたテリーだった。
彼女の朗らかな声とは裏腹に、プリンプリンは、
「友人よ」
と端的に答える。
ぼうっとトントンの背中を目で追っていたが、ふと視線を移すと、馴染みのある瞳と視線がかち合った。
遠くにいても、その目が透きとおるような碧だと知っている。
ボンボンがじっとこちらを見つめていた。
隣にはオサゲとカセイジンがいて、客人をもてなす立場というのにプリンプリンのことばかり気にかけている。
プリンプリンは目を合わせたまましばらく固まっていたが、やがてボンボンからふいと視線をそらされた。
その仕草が健気でもあり、また恐ろしくもあり――。
プリンプリンは彼が客人と話し込むのを見つめつづけていた。