それから式はつつがなく進んだ。
プリンプリンたちが歌を好むせいか、各国の懐かしい面々による歌唱が目立った。
しかし途中、諦めきれなかったのかケーチャップがステージ上でまた、
『プリンプリーン! この場からきみを連れ去りたいッ! 愛してる!!』
などと全力で言ったので、ちょっとしたハプニングになった。
プリンプリンは花のアナウンサーからマイクを受け取り、
『ごめんなさいね。わたしはもう夫がいるので』
とハッキリ断る。
十年前にもキッパリと一刀両断したため好意を二度も無下にするのは良心が傷んだ。
しかし隣に座るボンボンから発せられる殺気を止めなければならない。
なあなあで済ませたら今度こそボンボンは過去と同じくケーチャップに拳を叩き込むだろう。
あの時はなぜかプリンプリンがやらせたことになり、パリへ国外追放されて大変だった。
また警察沙汰はごめんだ。
それに……ボンボンをこれ以上傷つけたくなかった。
ボンボンの手をギュッと握り、安心させるように微笑みかける。
するとボンボンは般若の形相から一転、仔犬のようなしぐさでプリンプリンの肩口に顔を埋めてきた。
それを見せつけられれば、さすがにケーチャップも一瞬だけ静まる。
隙をついてモイヤーがステージから引きずり下ろしてくれた。
「ああ、もう。本当にすみません!
お祝いの席でそういうの辞めろってば。それに、さっき、きみは他の女の子に声をかけてたろ!」
「それはそれ、これはこれだよッ! かわいい娘が多くてオレのハートがフィーバーしちゃったんだい!」
「もーッ! こういう奴なんで! 気にしないでくださいッ!!」
会場がドッと沸く。
コントだとでも思われたのか大事に至らず、プリンプリンはホッとした。
その後は特にトラブルも起きず、宴もたけなわといったころ、ボンボンが白いギターを片手にステージへ上がった。
その場にいるほぼ全員が見知ったギターだった。
ボンボンは少年のころと同じく門出の歌を唄う。あのころよりもいくらか低くなったが、それでも変わらない真っ直ぐな唄声。
旅を終えて十年、プリンプリンは記念日を迎えるたびにこの唄声で祝われた。誕生日、クリスマス、お正月……交際して何年目、キスして何年目。
本当に小さなことまですべて祝福してくれた。
旅の前から最中、その後も彼のいない日々はなかった。
最後の一音が爪弾かれ、消えゆくより先に大きな拍手が巻き起こる。口笛を吹かれたりアンコールをねだられたり、今日のもう一人の主役としてボンボンがはやし立てられていた。
プリンプリンも手を叩きながら彼を迎えた。戻ってきたボンボンは照れた顔だった。
こうして、懐かしさと祝福と、ちょっとしたハプニングをはらんだ式は幕を閉じた。
帰途につく皆を二人で見送り、母であるアイリーンが先に家へ戻るのを確認してから普段着に着替える。
久しぶりにドレスなんて着たからプリンプリンは肩が凝ってしまった。ボンボンもさすがに疲れたのか、廊下で鉢合わせた時にあくびしていた。
「さて、行きますか」
式場から役所までは徒歩圏内だ。
二人で決めた。式を終えてすぐに婚姻届を出しにいく、と。
それから一緒に家へ帰ろう、と。
外はすっかり日が暮れて茜空。
会場を出るといつものアルトコ市で、過ぎゆく人もプリンプリンたちを振り返ったりしない。
手を繋いで歩いた。
幼いころのように。旅で迷子にならないように握ったように。
初めてデートした時のように。
きっと今後も変わりなくあるように。
役所に着くと、閉庁間近で待つこともなかった。
戸籍受付へ一直線に向かえばすぐに婚姻届を用意される。
ボンボンのクセのある字と、プリンプリンの丁寧な字が並ぶ。
「受理します」
係員が奥に引っ込んで届をパソコンに読み込ませた。
呆気ない。プリンプリンとボンボンは顔を見合わせて、自分たちは何か変わったかな、とふしぎそうにする。
ただ目の前の男性が本当に夫になったのだと思ったら、プリンプリンは急に胸が熱くなって彼の手をそっと握った。
ボンボンも握り返してきて、そのまま来た時と同じように役所を出た。空はいっそう暗くなり、月もうっすらと浮かんでいる。
路面の電停に行くと、ちょうど電車が停まるところだった。
「待たなくてラッキー」
とボンボンが先に乗り込み、プリンプリンを引っ張り上げる。
休日のせいか座席が空いていたので並んで座った。
窓の向こうでアルトコの景色が過ぎてゆく。
普段はボンボンのバイクの後ろに乗せてもらうから電車は新鮮だった。
今日は二人ともお酒を飲んだのでやむを得ず乗ったが、こうして隣り合うのは悪くない。
プリンプリンは今日をぼんやりと振り返っていた。
テリーは相変わらず明るくてかわいらしかった。想い人に彼女の気持ちが届けばいいなあ、と思う。
マノンは凛としていて、祖国のために張り切る姿が堂々としていた。天のベベルもきっと誇らしく見守っているはずだ。
ケーチャップは……困らせられてばかりだったが、あれで国を背負う議員さんだなんて意外だ。破天荒だからモイヤーが苦労しそうだ。
それと、トントン。相変わらず理知的で頼もしかった。
でも……何だか引っかかる物言いだった。
プリンプリンの黒々しい感情が、人間である証明などと。
そうなのだろうか。
プリンプリンはかつて彼に求婚された際に、機械の身にならないかと尋ねられた。
永遠に生きないか、と。
プリンプリンはこう答えた――『人でいたい』。
人であり、限りある生をまっとうしたい。
でも歳を重ねるごとに生きていくのが難しくなる。
過去の自分なら、もっと純粋な気持ちで日々を過ごしていた。
明るく楽しく国を巡って、みんなと力を合わせて。
ともに唄いながら。
辛いことがあっても、挫けないように強くあろうと。
今はどうだろう。
自分の感情一つ一つが暴走して、勝手に支配されては後から悔やんでばかり。
それなのに時が過ぎるのは疾風のごとく早い。
一秒ごとに立っている場所が変わるようで、ついていけずに正しいかどうかもわからぬまま走りつづける。
十五の時よりも胸を張れることが少なくなった。
ふう、と息をつく。
すると肩にふわりと何かがもたれかかってきた。
眠そうにしていたボンボンだ。
すっかりまぶたを閉じて寝息をたてている。すこし酔っているから頬が赤らんでいた。
プリンプリンは無防備な彼をじっと見つめる。
自分は変わってしまったけれどボンボンは恐ろしいほど変わらない。
ずっと好いてくれて、真正面から信じてくれる。
だからこそ恐ろしい。
彼に自分の気持ちすべてを委ねるのが、怖くてたまらない。
ずっと一緒にいるからこそ変わった自分を受け入れてくれるのか。
離れていかないか。
いいや、それも恐怖だがもう一つ。
彼が受け入れた場合、自分はおそらく歯止めが効かなくなる。
かつてプリンプリンが同僚がボンボンに接近した際、思わず声を荒らげたことがあった。その時も彼に嫌われないかと怯えていたのに。
ボンボンは反対に笑って『よかった』と言ってのけたのだ。
恍惚の表情でプリンプリンの手を取り、頬を寄せていた。
彼女の醜い一面を見ても離れるどころか喜んだ。
だから、プリンプリンは自分が間違っていると思いながらも何も言えなかった。
ボンボンにあの娘を突き放してほしかったから……。
そういう、ひどく自己中心的な気持ちを認めるたびに自分の中で何かが死んでいく心地がする。
昨日まで信じていた自分の姿がひしゃげ、変わっていく。
直視できない。
自分に身を寄せて眠るボンボンを見て、プリンプリンは心の中で投げかける。
きみの碧い目に映るわたしは、どんな姿をしているの?
今は伏せられ、答えは返ってこない。
それでいい。
プリンプリンはボンボンの髪をひと房すくうと、手で梳いた。
ほんのすこし整髪料のにおいがする。式の間ずっと前髪をあげられ、後ろ髪は一つに束ねられていたから。
それを解いて、やっといつものボンボンに戻ったので安心する。
プリンプリンは彼の白い髪を撫でながら周りを見やった。
誰も自分たちを見ていない。
彼の前髪をかき分けると、額へ一瞬だけ口づけた。
窓からアルトコの海が見える。
太陽の最後の残滓が空と海の境目できらきらと輝いていた。
♢
電車から降りると小雨が降っていた。
今朝の天気予報を見て忍ばせていた折り畳み傘をかばんから取り出す。
「ごめん、プリンプリン。おれ持ってない……」
まだ目がうつろのボンボンが申し訳なさそうに明かした。
プリンプリンは傘を開き、当たり前のように彼を招き入れる。
「おれが持つよ」
歩き出してからボンボンが傘の柄を握った。
降りしきる雨がどうしても肩を濡らす。
ぽつぽつと灯る街灯を辿って家へ向かった。雨音の中に波のさざめきが聴こえる。
静かな夜だった。
数分もしないうちに、プリンプリンが選んだ家が見えてくる。
アイリーンが先に帰宅しているから煌々と明かりが点いていた。
雨が強くなる前に、早足で二人は家に入った。
玄関口で傘の水を払っているとアイリーンが奥から駆けつけてくる。
「おかえりなさい、二人とも」
「ただいま」
プリンプリンが言う横でボンボンが、
「お邪魔します」
と告げた。
アイリーンが『まあ』と感嘆の声をあげる。
「今日からここがあなたの家ですよ」
指摘されてボンボンはほろ酔いのまま額を押さえた。
「そう、だった……ただいま」
「うふふ、おかえりなさい」
リビングに行くとクッションでモンキーとキッキが横になっている。
プリンプリンはツヤのない毛並みを撫でてやった。
「モンキー。あなた、どこにいたの?」
モンキーは顔をあげるのも億劫なのか、視線だけ向けてくる。隣で元気なキッキがきゅるきゅるとノドを鳴らした。
「モンキーはすこし調子が悪くて、キッキと一緒にスタッフの人に看てもらっていたのよ」
アイリーンが教えてくれる。
プリンプリンは『そう』と寂しげに目を伏せた。
「モンキー、明日になったら写真を見せてやるよ」
ソファに腰かけながらボンボンがモンキーへ声をかける。
モンキーは『キッキャ』と弱々しくも嬉しそうだった。
それからテーブルを囲んでアイリーンが用意した食事を食べた。
式のごちそうであまりお腹が空いていなかったので、軽食でホッとする。
朝から忙しかったのでテレビを視るのも今日は初めてだ。
報道番組でプリンプリンたちの結婚式の様子も映ったが、一瞬だけですぐに他のニュースへ切り替わった。
「ごちそうさまでした」
食べ終わり、三人で手を合わせる。
ボンボンがアイリーンへ頭を下げた。
「アイリーンさん、ありがとうございました」
いかにも礼儀正しかったが当のアイリーンが咳払いした。
彼女は片眉をあげ、ボンボンへ言う。
「すぐには難しいかもしれないけれど……ぜひ、『お義母さん』と呼んでもらいたいわ。これから家族になるのだから。
ねえ、ボンボン」
これまでの他人行儀な呼び方を自ら辞めることでアイリーンは相手のハードルも下げたつもりなのだろう。
しかしボンボンは反対に気恥ずかしくなったのか少し唇を噛んで、落ち着かない様子だ。
隣に座るプリンプリンが背中を軽く叩いてあげたら、やっと、
「はい。お義母さん」
とだけ言う。
普段はお喋りなのにボンボンも緊張しているようだ。
食器を下げて、あらかた片づけてから風呂を沸かした。
「お母さん、どうぞ」
「プリンプリンのほうが先に入ったら」
「いいえ。これから少し荷造りを進めるから。そのあとでいいわ」
ボンボンはソファで母娘の会話を聞いている。
これまで何度も訪れたはずなのになかなか馴染めないようだ。
アイリーンを浴室へ送り、プリンプリンは兼ねてから準備を進めていたスーツケースを引っ張り出してくる。
せっせと荷造りを進めるのをボンボンからぼうっとした目で眺められた。
「プリンプリンはまじめだねえ。おれは明日ぜんぶ詰めるつもりだよ」
「ええッ? 忘れものしても知らないわよ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
ボンボンが余裕ぶってソファにゴロリと寝転がる。
あさってからハネムーン。行き先は祖国探しの旅で最初に訪れたオサラムームー。
マイホームとワットが渡航費に困っていた時代と比べ、現在は便も増えてずっと行きやすくなった。
それも観光を主な事業として誘致を進めているからだ。
寝ているだけで食糧が降ってきたころと違い、稼がなければならない。三人の王さまたちもここ十年で頑張っているらしかった。
「久しぶりね。オサラムームー……」
「元王さまだから、お店でサービスとかしてもらえたりしないかな」
「まあ、ボンボンったら。一応、わたしが可能な限りお得なパックでご用意させていただいたわ!」
「そのお仕事ぶりに甘えさせてもらいます」
二人でこれからの旅の想像を膨らませる。
まるで十五の時に戻ったみたいだ。
「まずお食事は人気のお店を押さえたの。自由に回れる時間もほしいから、できるだけゆったりとしたスケジュールで」
「知り合いに挨拶もしたいモンねえ」
「お墓参りだって頼まれているわ」
「オサゲからね。花は現地調達で」
「あと、宿は最近できたホテル。ボンボンのお部屋、海がきれいに見えるし南向きなの」
その瞬間、ボンボンの表情が曇る。
和やかな会話がブチッと切れてプリンプリンは戸惑った。
ボンボンは背を向け、ソファの上で丸まっている。
しばらく荷物の確認をしていたら、一言。
「プリンプリンは……本当におれのこと、愛してる?」
今日、夫婦になった相手に聞くようなことではない。
ボンボンがどんな顔で言ったのかわからず、プリンプリンはあえて明るく返した。
「当たり前よ。夫婦だもの」
ボンボンは背ばかり見せつけて振り向いてくれない。
ぎゅうと縮こまり、
「そっか」
とだけ寄越した。
プリンプリンは急な不機嫌にどう反応していいか途方にくれ、外の様子を見る。
本格的に雨が降ってきた。
あさって、出発の日は晴れるといいな、と、また荷物の整理に戻った。