4、
オサラムームーへの旅は十年前よりもずっと優雅だった。
黄色い潜水艦で向かうよりも、操舵手のいる客船のほうが安全なのは明らか。
船上でプリンプリンは清楚な白いワンピースに身を包み、大ぶりのストローハットにリボンを揺らしている。
甲板に出て、夫婦そろって『海が青くてきれいだね』と感想を述べる余裕すらあった。
穏やかな船旅を終えて降り立てば、懐かしくも新しい景色がひろがる。
「変わった、わねえ……」
以前は港も簡素だったが立派な施設が建っており、お土産やら果物やらの売店が入っていた。
あんなに怠け者だった人々が忙しく働く様子に二人は目を疑う。
「確かにおれは『働け』と命じたさ。でもココまで商魂たくましくあれとは言ってないよ」
Tシャツにジーンズといった軽装の元ボンボン一世も、予想以上の勤労ぶりに戸惑うばかり。
かなり短期間ではあったがボンボンはこの国で王さまとして祭り上げられたことがある。
その際に勤労を勧め、子どもには勉学を説いた。
ただ住民が労働をはじめたのは彼に感化されたワケではなく、働かなければ生きていけない事態に陥ったからだ。
「道も舗装されているわ」
プリンプリンたちは観光バスに揺られながら窓の外をしげしげと眺める。
乳母に言いくるめられてばかりの三人の王さまたちは想像以上によくやったようだった。
「まず、キャプテン・チックの洞窟の入り口まで行くでしょ。その後にキウイ・パパイヤ・マンゴー農園でフルーツ狩りをして」
「ホテルでチェック・イン。だろ?」
「そう。ディナーはファイヤーダンスを観ながら……」
バスの中で計画のおさらいをしていると、ブレーキがかかる。
プリンプリンたちは他の観光客と一緒に降り、例の洞窟へ入っていった。
危ない区画はロープやらで仕切られて中には入れない仕様になっている。
ガイドの説明を聞きながら新事実に驚きつつ、キャプテン・チックの亡霊は成仏したのかなどと二人で内緒話していた。
近くの売店ではキャプテン・チック由来のお土産が売られており、海賊好きの児童に人気があるようだった。
Tシャツにプリントされたチックを見て『あんまり似てないね』なんて喋っていると……。
『そうそう。ワシのダンディーっぷりをもっと後世に伝えてくれないか』
などと老獪な口調で話しかけられる。
振り向けば十年前と変わりないキャプテン・チックの亡霊が浮いていた。
赤毛に海賊帽で、眼帯をつけている。
「お前さん、まだ成仏してないのかい?」
ボンボンが呆れたように言うと、クックと喉を鳴らされた。
『まだ、この世のお宝に未練があってな』
「お化けに宝石や貴金属は必要ないでしょう?」
プリンプリンが尋ねてもどこ吹く風。
『いやぁ、どんなになっても宝探しは辞められん』
「じゃあ他のトコ行きなよ」
『どうもココに縛られておるようでな』
「規模の小さい野望だなァ」
ボンボンが『やれやれ』と疲れた顔をする。
しかしキャプテン・チックはハハハと高笑いして、
『まあ、いいじゃないか。懐かしい顔を見れて退屈しのぎにはなったぞ。
それでは、地獄で会おう!』
と来た時と同じくスウとかき消えた。
ボンボンとプリンプリンは大海賊のなれの果てのいた場所を見つめ、
「地獄なんて行かないよーだ」
とあかんべで返す。
喜ばしいのかどうかわからぬキャプテン・チックとの再会を終え、二人は当日の最大の目玉であるフルーツ狩りへバスで向かった。
過去のように『腹へった』といえば落ちてくるワケではないものの気候に恵まれて実った果実は甘く瑞々しく、いくらでも食べられる。
二人とも大満足でチックのことはとうに忘れ、お土産をどっさり手にバスでホテルへ向かった。
到着するや否やスーツケースの上にフルーツの小袋を置き、フロントへ足を運ぶ。
「予約していたプリンプリンですが」
スタッフに声をかけると、モニターを操作されて、
「お待ちしておりました。三◯五号室ですね」
にこやかに告げられる。
しかしプリンプリンは『おや』と眉をひそめた。
「えっと、違います。わたしが予約したのは三◯一と三◯二……」
「? いえ、プリンプリン様とボンボン様お二人でダブルになっておりますよ」
「おかしいな……」
プリンプリンが困っているとボンボンがキッパリと言い放つ。
「いいや、それで合っています。確かにダブル。変更したので」
低い声がズンとプリンプリンの背を押した。
フロントの受付は安心して微笑む。
「ああ、よかった。もう満室で……間違っていたらどうしようかと」
「ちょっと行き違いがあったみたいで。すみません」
ボンボンが軽く頭を下げて、鍵を受け取った。
エレベーターにとっとと乗り込む彼をプリンプリンは慌てて追う。
ボンボンが貝のように口を閉ざしているので、三階に着くまで気まずい沈黙に満ちていた。
ガラゴロとスーツケースを並べて部屋の戸を開けると、大きな窓ガラスごしに遠目で海が見える。
「この部屋もいい眺めだね」
ボンボンは悪びれずスーツケースを部屋に脇に追いやると、ソファに腰を下ろした。
その一連の動作を見ながらプリンプリンはチクリと一言。
「どうして相談しなかったの?」
相部屋がダメとは言わないが、勝手に変更されたことに苛立ちを隠せない。
座ったままボンボンがプリンプリンを上目で見てきた。
碧の瞳が普段より吊り上がっている。
「……きみこそ、部屋を分けるなんてどういうつもりだ」
一歩も引く気はなさそうだ。
プリンプリンは珍しく厳しい口調のボンボンに気圧されながらも、気丈に言い返す。
「これまでもそうだったじゃない」
「他人だったからね。でも、おれたち、もう夫婦だよな?」
ボンボンに視線をふいと逸らされ、くぐもった声で事の成り行きを明かされた。
「きみに会おうと思って仕事の合間に事務所に寄ったら、外出中って言われてさ。同僚のひとがプランをこっそり見せてくれたんだ。
そしたら、部屋が別になっていて。
『プリンプリン、間違えたのかしら〜』なんて言ってたよ。
『そうかもしれませんね』って返したらこうなった……」
結婚式前日の話だ。
そんな土壇場に変えられてはプリンプリンも怒涛のスケジュールで確認を怠るのも無理はない。
あの日は引き継ぎもあって無関係の同僚と話をする余裕もあまりなかった。
ボンボンが背を丸め、絞り出すように告げてくる。
「夫婦なのに部屋が違うなんて、ヘンだよ。
きみ、自分でも思わなかったのか? だとしたら――、
きみにとって、まだおれは家族じゃないんだ」
顔を伏せているので、どんな表情をしているか見えない。
ただ傷ついた子どものようなボンボンの背に、プリンプリンもそれ以上は何も言えず、その場に無言で立ち尽くしていた。