※この作品はR-18です。

海賊王と歌姫   作:伝説の肥大したデブりし者★

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フーシャ村の姉弟

 

 

 

―――富、名声、力。

 

かつてこの世の全てを手に入れた男、海賊王ゴールド・ロジャー。

 

彼が処刑台の上で放った最期の一言は、世界中の人々の心に野心の火を放ち、海へと駆り立てた。

 

「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ......探してみろ、この世の全てをそこに置いてきた」

 

男たちは偉大なる航路(グランドライン)を目指し、夢を追い、血を流し、覇を競う。世はまさに、大海賊時代の幕開け。世界中が熱狂と狂騒の渦に呑み込まれ、海が欲望の鮮血で煮滾るような動乱の時代であった。

 

だが、そんな世界のうねりから遠く切り離されたような場所がある。

 

最弱の海と称される東の海(イーストブルー)。その辺境に位置するゴア王国の片隅、のどかに風車が回る小さな港村、フーシャ村。

ここでは、世界を覆う血生臭い嵐の気配など微塵も感じられない。吹き抜ける海風はどこまでも優しく、陽光は白く柔らかく、波の音は揺り籠のように村人たちの平穏な日常を包み込んでいた。

 

風車が海風を切り裂き、牧歌的なリズムを刻むその村は、何処までも長閑で、世界の喧騒から切り離された揺り籠のように平和な空気に包まれていた。

照り付ける陽光は白く、海鳥たちの鳴き声が波音に混じって遠く響く。

 

だが、そんな陽だまりのような日常の裏側で、ぞっとするほど昏く、甘く、ねばつくような情念が静かに、しかし確実に育まれていたことを、村の大人たちは誰一人として知らなかった。

 

「シャンクス! おれ、絶対に海賊になるからな! おれだって強ェんだぞ!」

 

村の小高い丘、見晴らしの良い草っ原。眩しい陽を背に受けて、まだ七歳という幼い少年、モンキー・D・ルフィが、ちぎれんばかりに短い腕を振り回して叫んでいた。

彼の視線の先には、現在この村を拠点として停泊している赤髪海賊団の頭(カシラ)、シャンクスと呼ばれた男の背中がある。屈強で、それでいて何よりも自由を愛する海の男たち。その圧倒的な存在感と豪快な生き様に、純真無垢なルフィの魂は完全に魅了されていた。

 

一片の翳りもない真っ直ぐな黒瞳。それは、見つめる者すべてを浄化してしまうような、或いは全てを焼き尽くしてしまうような、強烈な“陽”の引力を持っていた。

 

彼の頭の中は、未知なる冒険、荒れ狂う海、そして“海賊王”という途方もない夢で満ち溢れている。

 

そして、その強烈な光の傍らには、決して離れることのない一つの影が寄り添っている。

 

シャンクスの娘であり、ルフィより二つ年上の九歳の少女、ウタである。

 

「もう、ルフィったら。またそんなこと言って。無茶して怪我しても、知らないんだからね」

 

鈴を転がすような、しかしどこか脳髄を甘く痺れさせるような蠱惑的な響きを帯びた声が、初夏の空気を震わせる。

特徴的な紅白の髪を海風に揺らし、微笑むウタの容貌は、九歳という年齢を疑うほどに完成されつつあった。透き通るような白磁の肌、長い睫毛に縁取られた宝石のように深い双眸、そして、あどけなさの中に突如として垣間見える、魔性とも呼べる艶やかな色香。彼女は間違いなく、数年後には国の一つや二つを容易く傾け、数多の男たちを狂わせる絶世の美女へと変貌を遂げるであろう、圧倒的な造形美の片鱗を宿していた。

 

村の大人たちは、いつも一緒にいる二人を見て「年の近い子供が少ない村だから、本当の姉弟のように仲が良い」と目を細め、微笑ましく見守っていた。

 

だが、それは表層しか見えぬ者の浅薄な感想に過ぎない。

 

ルフィが前を向いて笑う時、彼女の瞳はルフィの横顔に吸い付いて離れない。まるで蛇が獲物を丸呑みにする前に体温を測るかのような、あるいは、極上の蜜を前にした蜘蛛が、絶対に逃がさぬよう幾重にも粘着質の糸を吐き出そうとするかのような、重く、ねばねばとした、底無しの執着。

ルフィが他の誰か――例えば村の少女たちや、海賊の男たち――と話している時、ウタの口角は完璧な微笑みの形を作ったまま、その瞳の奥底に絶対零度の暗い炎を揺らめかせる。

華奢な肋骨の内側では、ルフィという存在を骨の髄までしゃぶり尽くし、自身の細胞の隅々にまで溶かし込んで永遠に一体化したいという、狂気じみた情動がどろどろと煮滾っていたのだ。

 

その異様さに唯一、肌で気付いている者がいた。

 

村の酒場【パーティーズ・バー】の若き女店主、マキノである。

マキノは美しく、聡明で、心優しい女性だった。海賊たちにも物怖じせず接し、ルフィのことも弟のように可愛がっている。彼女はカウンター越しに、ウタがルフィを見つめるその眼差しに、時折、背筋が粟立つような底知れぬ恐怖を覚えていた。

 

純白のドレスを着た穢れなき天使の背中に、ぬらぬらと濡れそぼった悍ましい黒羽が生えているような違和感。

 

ある日の夕暮れ時、店に客が誰もいなくなった静かな時間帯の出来事が、マキノの心に決して消えることのない恐怖の楔を打ち込んでいた。

 

その日、ウタはカウンター席にちょこんと座り、オレンジジュースの入ったグラスの縁を細い指でなぞっていた。視線は、外で野良犬と駆けっこをしているルフィの姿に釘付けになっている。

 

『ねえ、マキノさん』

 

『なあに、ウタちゃん?』

 

マキノが微笑み返すと、ウタは少しだけ首を傾げ、今日のおやつは何がいいかと尋ねるような、全く抑揚のない、狂気を孕んだ甘ったるい声で口を開いた。

 

『ルフィって、すっごく元気でしょ? 馬鹿みたいに真っ直ぐで。 いつか、私を置いてどこか遠くの海に行っちゃうかもしれないじゃない?......だからね、ルフィの足の筋を、両方とも綺麗に切ってしまおうかと思うの。もちろん痛くないように、私が歌を歌って、深い夢の世界へ眠らせている間にね。そうすれば、ルフィはずっと歩けなくなる。どこにも行けなくなるわ』

 

マキノは、己の耳を疑った。全身の血が瞬時に凍りつき、心臓が不自然な音を立てて跳ねた。

 

『そしたら、私が一生、ルフィの手足になってあげるの。ご飯も私が噛み砕いて口移しで食べさせてあげるし、身体も毎日隅々まで洗ってあげる。もし海賊になりたいなら、私が代わりに海に出て、世界中の宝物を全部奪ってきて、ルフィのベッドの周りに飾ってあげる。ねえ、マキノさん......そうすれば、ルフィは永遠に、私のものだよね? 私がいなきゃ、一日だって生きていけないんだもの。あはっ、想像しただけで、胸の奥がキュンとして、お胎の奥が熱くなって、苦しくなっちゃう……』

 

頬を不自然なほど紅潮させ、恍惚とした表情で己を掻き抱く、九歳の少女。

 

その瞳孔はほぼ散大しきり、輝く虹彩の奥底には、深淵のように昏く、底なしの泥濘のような狂気が渦巻いていた。

 

ウタは既に、悪魔の実――【ウタウタの実】の能力者である。彼女の歌声一つで、人間の意識など容易く現実から切り離し、絶対的な支配空間である夢の世界へ閉じ込めることができる。ウタにとって、ルフィの身体的自由を奪い、精神を剥製のように管理することなど、何の造作もないことなのだ。

 

マキノは恐怖のあまり声を発することもできず、ただカウンターの下で震える手を固く握りしめることしかできなかった。ウタのルフィへの感情は、もはや「好意」などという生易しい言葉で括れるものではない。それは、対象を己の意のままに支配し、自己の存在意義と完全に同一化させようとする、致死量の猛毒を孕んだ「愛」という名の呪いだった。

 

 

◆◆◆

 

 

「はぁーっ! 疲れたー! 今日の海賊ごっこ、おれの勝ちだぞ、ウタ!」

 

ある日の昼下がり。風車の見える丘の、二人だけのお気に入りの大きな木陰。

 

全力で駆け回り、木の枝を剣に見立てて振り回していたルフィが、大の字になって青草の上に倒れ込んだ。土と太陽の匂い、そして微かな汗の匂いを漂わせながら、無邪気な笑い声を上げる。

 

「もう、ルフィはいつも加減を知らないんだから。風邪ひいちゃうわよ」

 

ウタは、少し離れた場所からふわりと歩み寄り、ルフィの隣に腰を下ろした。彼女の息は全く乱れていない。海賊ごっこといえど、ウタにとってそれはルフィとの“愛の儀式”の延長に過ぎない。

偉大なる赤髪のシャンクスを父に持ちながらも、海賊という生業そのものには何の興味も抱いていなかった。海がどうなろうと、誰が世界を支配しようと、そんなことはどうでもいい。ただ、ルフィが「海賊になる」と目を輝かせるから、彼女はそれに付き合っているだけだ。

 

もしルフィが「海兵になる」と言えば、彼女は喜んで海軍将校の制服に身を包み、彼を阻む海賊たちを全て歌で殺戮するだろう。「山賊になる」と言えば、山に籠もり、彼のために森の獣を根絶やしにするだろう。ウタにとっての世界の基準は、法律でも道徳でも、偉大なる航路の浪漫でもなく、ただ【モンキー・D・ルフィ】という一個の太陽のみであった。

 

「......んー、風が気持ちいいなァ......」

 

疲れ果てたルフィは、心地よい海風に撫でられ、みるみるうちに睡魔に襲われていった。瞼が重くなり、規則正しい寝息を立て始める。

 

スゥ、スゥ、という無防備極まりない音。

 

ウタは、自分の細く白い太腿の上に、ルフィの頭をそっと乗せた。膝枕である。

ルフィの柔らかい黒髪の感触が、遮るものの無い神経を直撃する。

途端に、体温が急激に上昇していくのを感じ取った。心臓の鼓動が早鐘のように打ち鳴らされ、耳の奥でドクンドクンと血の巡る音が響く。下腹部の奥深くが、名状しがたい熱を帯びて疼き始める。

 

「......ルフィ」

 

誰にも聞かれないように、ひっそりと、だがひどく甘く粘つくような声で、愛しい少年の名を呼んだ。

ウタの細く白い指先が、ルフィの汗ばんだ前髪をゆっくりと、愛おしげに掻き分ける。額から鼻筋、そして少し開いた無防備な唇へと、指先が滑っていく。ルフィの唇をなぞる時、指先は微かに震え、その軌跡には見えない執着の糸が強く引かれているようだった。

 

(ああ、可愛い。私のルフィ。私の、私の、私の、私の......誰にも渡さない。シャンクスにも、マキノさんにも、村の女にも、海にも、空にも、誰にも。ルフィの全部が、私だけのもの)

 

ウタの胸の奥で、どろりとした黒い泥のような感情が溢れ出す。

 

ルフィが海賊を夢見るなら、それでもいい。だが、他の女がルフィの視界に入ることは許さない。もしルフィに色目を使う者がいれば、ウタウタの力でその者の魂を永遠の悪夢に叩き落としてやる。ルフィが傷つくなら、傷つけた相手の世界を根底から破壊してやる。

そしていつか、ルフィが世界の海を制覇し、玉座に座る時、その隣には必ず自分がいる。いや、ルフィの玉座そのものに私がなる。

 

(いっそ、ここで...私の歌で、ルフィを永遠の夢の中に閉じ込めてしまおうか。私とルフィだけの、誰もいない、何も邪魔しない世界。そこでずっと、二人きりで......)

 

恐ろしい誘惑がウタの脳裏を掠めるが、彼女はかぶりを振った。

まだだ。まだ早い。ルフィの夢が頂点に達したその瞬間に、最も甘い果実として彼を丸呑みにするのだ。今はまだ、この無邪気な太陽を、少しずつ少しずつ、自分の色で染め上げていく時間。

 

大海賊時代。

ルフィがその海へと漕ぎ出し、本気で海賊王を目指すのであれば、彼の放つ強烈な光に惹きつけられ、様々な出自を持つ女たちが、蛾が炎に群がるように集うだろう。ルフィの傍らに数多の女たちが侍る未来。

それは、王たる男の運命(さだめ)として避けられないものかもしれない。

 

「ええ、いいわ。許してあげる。ルフィが王様になるなら、周りを飾る綺麗な花や、世話をするための奴隷はたくさんあった方がいいもの。......でもね」

 

ウタの瞳の奥底で、底無し沼のような昏い泥が渦を巻いた。

 

(光の中心にいるのは、絶対に私。有象無象の雌豚どもが束になっても決して敵わない、絶対的な『神』であり『正妻』。ルフィの魂の一番深い場所、心臓のど真ん中に巣食うのは私じゃなきゃ嫌。他の女たちがルフィの身体に触れることがあっても、ルフィが心の底から縋り付き、涙を流して愛を乞うのは、私だけ。私がいなければ呼吸すらできないように、その精神の根底から調教し尽くしてあげる)

 

「......んん......ウタ......にく......」

 

寝言で食べ物の名前を呟き、ルフィがむにゃむにゃと身動ぎした。

 

その純粋過ぎる無防備さに、ウタの奥底にある女としての生々しい部分が、じゅわりと甘い毒液を分泌する。九歳という肉体の枠組みを完全に越え、狂気と愛欲が混ざり合った圧倒的な情動。ルフィの匂いを肺の奥底まで深く深く吸い込みながら、身を屈めて耳元に至近距離まで顔を寄せた。

 

ウタの熱い吐息が、ルフィの耳朶を包み込むように擽る。

 

半ば覚醒し、うっすらと目を開けたルフィに向かって、ウタは妖婦のように艶然と微笑んだ。光を失った、対象の魂を引き摺り込むような昏く甘い瞳で。

 

「ねえ、ルフィ」

 

ひどく甘く、鼓膜にへばりついて離れない、呪縛のような囁き。

 

「海賊もいいけどね......ウタが、もっともっと気持ちよくて、もっともっと素敵な、『良いコト』......教えてあげる」

 

ウタの白い指先が、ルフィの着ているシャツのボタンに、ゆっくりと掛けられた。

 

大海賊時代の熱狂が世界を包む中、東の海の片隅、木漏れ日の下で。

 

未来の海賊王たる少年の純白の運命は、彼を愛しすぎた一人の少女の、赫(あか)く、重く、底なしの狂気によって、密やかに、そして不可逆的に侵食され、染め上げられていくのであった。

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