『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
翌日、英稟を執務室に呼んだ。
漆箱を見せて、中身を検分させた。英稟は九つの袋を順番に確かめて、長いこと黙っていた。
「……これを、あの方が」
「使えるようにする。時間はそうない」
「相手役は私ですか」
「大符闘祭一位より上等な稽古相手を、俺は知らない」
英稟は袋の一つ——建御雷——にもう一度目を落として、静かに頷いた。
「星宮は代々、帝室の藩屏です。……こういう形で務めが来るとは思いませんでしたが」
「不満か」
「光栄です」と英稟は言った。「ただし世一様。稽古である以上、手は抜きません。抜けば稽古になりません」
「そうしてくれ」
「あの方が泣いても」
「泣かせて構わない。泣いて覚えるなら安い」
────
その夜。風音と小夜が寝静まった刻限に、訓練場に三人で立った。
苑子が結界符を四隅に打ってある。音と光は外に漏れない。夜空だけが結界の上にそのまま見えた。
栞は宝庫の符叢を両手で抱えていた。四十枚に組んだ束だ。九柱と、歴代が添えた脇札。
「始める前に決めておく」と俺は言った。「ここに符帝はいない。栞と、英稟だ。英稟、礼はいらん。容赦もいらん」
「承知しました」
「栞。負けていい。ただし同じ負け方を二度するな」
「……はい」
二人が向かい合った。互いに初期指定式符を公開する。作法通りの、名刺の交換だ。
英稟——星宮七耀陣。
栞——天命宝典・万象詔録。
英稟の眉がわずかに動いた。初手から宝庫のURが名刺で出てくる符叢など、この国のどこにもない。
「——参ります」
一戦目は、見ていて胃が痛くなる負け方だった。
栞の立ち上がりは、豪華だった。万象詔録で符叢を掘って、二手目に建御雷を実体化した。手札の大半を代償に積んで、帝国武神が訓練場に立った。
夜気が変わった。実体化した建御雷は、見上げる高さの武神だった。実体化の衝撃が場を薙ぎ、英稟の輝星が残らず砕けて散った。
問題はここからだ。
英稟は慌てもしなかった。七耀陣を場に敷いて、手札を一枚墓地に送るたびに輝星を一体呼び、符叢から一枚引く。淡々と、機械のように回す。星の粒が英稟の場に並んでいく。
「……きれい」と栞が小さく言った。感想を言っている場合ではない。
栞は次の手番で多々良を建御雷に装備した。戦力が跳ね上がる。武神が神代の太刀を得た。見た目は、最強だった。
「攻めます」
建御雷が殴りかかる。英稟は輝星を一体、盾に差し出す。星が砕ける。それだけだ。
そして英稟の手番、輝星たちを代償に、天津甕星が実体化した。
蛇のような星光の神格が、建御雷と向かい合った。
栞の場は、建御雷一体。攻撃は建御雷の独占で、他の誰も殴れない。栞は次の手番、常世苗を実体化して墓地の札を戻した——そして常世苗の効果が、手番終了時に建御雷を霊体化させた。
「——え」
「読まなかったのか」と俺は言った。「常世苗は手番の終わりに、他の使役式を一体眠らせる」
「か、書いてありました——でも、そんな——」
霊体化した建御雷は殴れない。多々良だけが虚しく光る。その隙に甕星が栞の符叢を削る。英稟は七耀陣で手札を回し続ける。
栞は焦って御璽守を実体化した。場に三体。引いた天岩戸御門は、自分の場が多すぎて置けもしない。建御雷を出し直せば、実体化の一撃で御璽守ごと自分の場が更地になる。
全部が、全部の足を踏んでいた。
十四手目。栞の符叢が尽きた。
「……ま、負けました……」
栞がぺたりと座り込んだ。建御雷の残光が、溜め息のように消えた。
英稟が符叢を整えながら言った。
「講評を申し上げても」
「……お、お願いします」
「帝室宝庫の符叢が、泣いています」
「……っ」
「一枚ずつは、私の甕星より格上の神格です。その全員に、あなたは仕事を与えなかった。建御雷は太刀を持たされたまま眠らされ、御門は袋の中で待ちぼうけです。……私が神なら、怒っています」
栞がうつむいた。
俺は口を挟まなかった。正しい講評に足すことはない。
「二戦目の前に、課題を一つやる」
俺は栞の前にしゃがんだ。
「この盤面で——建御雷を出すな。天岩戸御門を守り切れ。以上だ」
「……出すな、だけですか」
「それだけだ」
「……勝ち方は、教えてくださらないんですか」
「勝たなくていい。御門を最後まで立たせろ。それがこの符叢の背骨の入れ方だ」
栞は符叢を見た。それから、九柱の重さを量り直すように、一度だけ束を握った。
「……やってみます」
二戦目は、別の符闘になった。
栞の初手は天岩戸御門。皇城の結界が、訓練場の地面に線を引いた。互いの実体化が一手番に一体へ縛られる。
そして栞は、自分の場に御璽守を一体だけ立てた。
白装束の神祇官が、御門の前に静かに座った。URの約定を守る盾であり、御門の「ちょうど一体」を満たす数合わせでもある。
「……なるほど」と英稟が呟いた。「引きながら、縛る気ですか」
御門は栞の場が一体だけなら、手番ごとに札をくれる。栞は引いて、待って、引いた。並べない。豪華さの欠片もない盤面だった。
英稟は七耀陣を回して甕星を再び育てにかかる。だが実体化は一手番に一体。星の軍勢が、一列に間引かれる。
「窮屈ですね」
「……そう習いました」
甕星が立ったところで、栞は初めて早業を切った。黒曜黄泉原の勅封。黄泉の勅命が甕星を縛り、次の英稟の手番の終わりまで眠らせる。
代わりに、御璽守が霊体化した。早業を使えば神祇官は退く。その手番、御門の恵みは止まる。
「……っ、それも読んだ上でですか」
「読んで——決めました。この手番の札一枚より、甕星の一手番の方が重いので」
俺は内心で頷いた。等価交換の値付けができ始めている。
栞は返す手番で赫御日子の奉火を撃った。英稟の符叢が上から五枚、火にくべられる。その手番、栞は実体化も攻撃もできない——だがもともと、攻める気がない盤面だ。失うものがない。
「……符叢を焼く前提の構えですか」英稟の声に、初めて硬いものが混じった。「厄介な」
英稟が御門を除去しに来た。早業の除去札。栞は水鏡——宝命水鏡・八咫映しを開いた。手札を二枚、無造作に墓地へ置いて、除去を鏡写しに呑み込んだ。
手札二枚。今の栞には大金だ。躊躇なく払った。
「御門は——渡しません」
そのときだった。
英稟の場の甕星が、動いた。
攻撃ではなかった。星光の神格が、鎌首をわずかに下げた。栞の場の御門と、御璽守に向かって——礼を執るように、一拍だけ、光を伏せた。
「——」
英稟が息を呑んだ。
「……甕星が……頭を、垂れた……?」
「……英稟さんの、神様が?」
「星宮の神は、帝室の藩屏です」英稟の声がかすかに揺れていた。「……知識では、知っていました。ですが甕星が自分から礼を執るのは——初めて見ました」
俺は結界越しの夜空を見上げた。
星が、一度だけ揺れた。
風のない夜だった。
そこから先は、一位の符闘だった。
英稟は手を変えた。御門ではなく御璽守を狙った。神祇官は約定を守るが、自分は戦闘から身を守れない。勅封の縛りが解けた甕星が、御璽守を正面から砕いた。
栞の場から実体化がゼロになる。御門の恵みが止まり、裸の約定だけが残る。
そして栞が、次の一枚を引いた。
手が、止まった。
引いた札の角度で、俺には見えた。建御雷だった。
盤面は読める。今なら出せる。場に使役式はいない。実体化の一撃は誰も巻き込まない。甕星を砕いて、一撃で盤面がひっくり返る——ように、見える。
栞の指が、震えた。一戦目とは違う震え方だった。あの時は欲しくて震えた。今は、わかっていて震えている。
栞は建御雷を、手札の奥へ差し込んだ。
「——見送ります」
「理由は」と俺は聞いた。手番の外から。
「……出せば、甕星は落とせます。でも代償で手札が空になります。英稟さんは七耀陣で次の甕星を三手で育てます。私は三手、何もできません。……符叢の残りで、先に尽きるのは私です」
「それで」
「だから、御門を守って引き続けます。……負けるにしても、そちらの負け方を選びます」
英稟が手を止めて、栞を見た。
長い一拍だった。
「……今の見送りは、符帝の一手でした」
「……え」
「勝ちの見えない盤面で、最善の負け筋を選び続ける。軍を率いる者の符闘です。一戦目とは、別人です」
栞の目が見開かれて、それからくしゃりと歪んだ。泣くのを堪える顔だった。
「……まだ、負けてません」
「はい。続けましょう」
そこから栞は九手粘った。
最後は資源の差だった。七耀陣という引き続ける機構を持つ英稟と、御門一枚に頼る栞では、長期戦の地力が違う。栞の符叢が尽きて、二戦目が終わった。
三十一手。
「……負け、ました」
「はい」英稟が符叢を検めた。「——私の残りは、十七枚です」
四十枚が、十七枚。半分以上を削られている。
「大符闘祭で、私の符叢をここまで削った相手は二人だけです」と英稟は言った。「誇っていい数字です、とは言いません。負けは負けです。ですが——」
「ですが?」
「次は、もう少し本気で準備をして参ります」
それは英稟の、最上級の賛辞だった。
栞は座り込んだまま、自分の符叢の残骸と、九柱の袋を見た。それから胸に抱えた。
「……この子たち、怒ってませんでした」
「ほう」
「一戦目は、ずっと軋んでいました。手に取るたびに、重くて、冷たくて。……二戦目は、軽かったです。見送ったときが、いちばん——あたたかかった」
俺と英稟は、目を合わせなかった。合わせずに、互いに同じことを考えているのがわかった。
札の温度の話を、この娘はもう三度している。
英稟が符叢をしまって、立ち上がった。
「先に下がります。……結界は、朝まで保つそうです」
それだけ言って、一礼して出ていった。振り返らなかった。気の利く一位だ。
栞が漆箱を抱えたまま、俺を見上げた。
「……世一さん」
「なんだ」
「……ご褒美を、ねだっても、いいですか」
「内容による」
「……今夜は——見送りたく、ないです」
覚えたての言葉を、覚えたての意味で使ってきた。
「ここでか」
「……音は、漏れないと——聞きました」
「聞いたのか。誰にだ」
「……え、英稟さんが、出ていくときに——小さい声で、朝まで保つと——」
「あいつは」
「……お、怒らないであげてください——っ」
俺は羽織を脱いで、訓練場の床几に敷いた。座って、栞に手を伸ばした。
「来い」
「……はいっ♡」
膝の上に、向かい合わせに乗せた。軽い。符闘を三十一手戦い抜いた体が、まだ熱を持っていた。
「……あの——ドキドキが、まだ、止まってなくて——っ♡ 符闘の、なのか——これの、なのか——わからなく——っ♡」
「両方だろう」
「……りょうほう——っ♡♡」
口を合わせた。栞はもう戸惑わなかった。拙いなりに、自分から深くしてきた。
「……んっ♡♡ ……ふ……っ♡♡」
帯を緩めて、襟を割った。薄い胸が夜気に触れて、先端がすぐ硬くなった。指で摘まむと、膝の上の腰が跳ねた。
「——あっ♡♡ ……せんじつ、より——っ♡♡ からだが——はやい、です——っ♡♡♡」
「覚えたからだ」
「……おぼえ——っ♡♡♡ ……そんなの——恥ずかしい——っ♡♡♡」
裾を割って指を入れると、もう溢れていた。
「……っ♡♡♡ ……ち、ちがうんです——これは——符闘のときから——じゃなくて——っ♡♡♡」
「符闘のときからか」
「……み、見送ったあたりから——少し——っ♡♡♡ ……へ、変ですか——わたし——っ♡♡♡」
「変ではない」
指の腹で粒を転がすと、栞は俺の肩に額を押しつけて震えた。
「……あっ♡♡♡ ……もう——もう、いいですから——っ♡♡♡ ……きて、ください——っ♡♡♡♡」
「ねだるのも覚えたな」
「……おしえた、くせに——っ♡♡♡♡」
腰を持ち上げて、先端を当てて、ゆっくり下ろした。
ずぷ……ぬぷ……。
「——んっ♡♡♡♡ ……はいって——くる——っ♡♡♡♡」
狭さは変わらない。だが強張りが消えていた。栞の中が、迎えるように解けていく。
「痛みは」
「……ない、です——っ♡♡ 今日は——ぜんぜん——っ♡♡♡ ……あるのは——べつのだけ——っ♡♡♡」
「動けるか」
「……や、やってみます——っ♡♡」
栞が俺の首に腕を回して、拙く腰を揺らし始めた。上下ではなく、前後の小さい揺れ。教えていない動きを、体が探しながら覚えていく。
ぐちゅ……ぐちゅ……。
「……あっ♡♡♡ ……これ——じぶんで、うごくの——っ♡♡♡ はずかしいのに——とまらな——っ♡♡♡♡」
「よくできている」
「——っ♡♡♡♡ ……ほめられると——しまるの——言わないで——っ♡♡♡♡」
「言っていない」
「……かお、が——言ってます——っ♡♡♡♡」
下から突き上げた。
「——ひあっ♡♡♡♡! ……ふか——っ♡♡♡♡ せいちさん——せいちさん——っ♡♡♡♡」
「栞」
「——っ♡♡♡♡♡ ……よばれると——もう——っ♡♡♡♡♡ ……いく——いっちゃう——っ♡♡♡♡♡」
「一緒にだ」
「……はいっ——はいっ♡♡♡♡♡ ……なかに——きょうも、なかに——っ♡♡♡♡♡」
最後は俺が動いた。小さい体を抱え込んで、奥まで使って、出した。
「——っ♡♡♡♡♡!!」
栞が仰け反った。
その肩越しに——夜空が見えた。
星が、揺れた。
一つではなかった。結界の上の星空が、面ごと、さざ波を打つように震えて——収まった。
そして、風もないのに、白いものが一片、結界の内に舞い込んで、栞の髪に留まった。
花弁だった。
腕の中で、栞が絶頂の余韻に震えている。漆箱が、床几の脇で、鈴を布でくるんだ音を立てていた。
否定の言葉は、もう出てこなかった。
「……せいち、さん……♡」
「なんだ」
「……きょうは、いい日、です……」
「そうか」
「……符闘で、褒められて……ご褒美も、もらって……」栞の声が、眠りに落ちる手前の速度になった。「……この子たちも……あたたかい……」
栞は漆箱に手を伸ばして、蓋を撫でた。
九柱の神符が入った箱は、確かに、人肌の温度をしていた。
身支度を整えて、訓練場を出た。
出て、足が止まった。
庭が、白かった。
星宮邸の中庭の老桜が——満開だった。隣に植わった若木も、渡り廊下の際の一本も、枝という枝が花を抱えていた。花の季節は、とうに過ぎている。夜気は秋のものだ。なのに、月明かりの下で、庭一面の桜だけが春だった。
「……さくら……?」
栞が漆箱を抱えたまま、立ち尽くした。
「……どうして……今……?」
「……狂い咲き、というやつだろう」
「こんなに——ぜんぶ、ですか?」
答えは持っていた。口には出さなかった。
栞が桜に歩み寄った。見上げて、それから、笑った。今夜何度目かの、屈託のない顔で。
「……きれい」
その瞬間、頭上の枝で、蕾がひとつ、ほどけた。
見間違いではない。栞が笑って、桜が咲いた。その順番だった。
——心が動けば、神が動く。
白陽の言葉が、庭の景色に註釈をつけていく。この娘の心が花開くのに合わせて、世界が彩られていく。夜空が震え、札が温もり、季節の外で桜が咲く。
まるで——この地の主を、祝うかのように。
俺は満開の庭を見渡した。綺麗だ、と思う心と、まずい、と思う頭が、同時に動いていた。
星の揺れは、夜空を見上げる者にしか見えない。札の温度は、触れる者にしか分からない。
だが桜は——誰の目にも見える。
季節外れに咲き狂う星宮邸の庭。それが何を意味するか、読める人間が敵側にいたら。
「……世一さん?」
「行くぞ。冷える」
「……はい」
渡り廊下に入ったところで、灯りが見えた。
苑子が立っていた。
その立ち方で、わかった。いつもの苑子は、待つときに気配を消す。今夜の苑子は、気配を消していなかった。消す余裕がなかった。
「世一様」
「言え」
「帝都より早馬が。——紅炉家が、挙兵しました」
隣で、栞の抱えた漆箱が、鈴を潰したような音を立てた。
庭の桜が、ざ、と鳴った。
散り始めたのではない。風もないのに、満開の枝が一斉に——身構えた音だった。
夜空の星が——今度は、はっきりと揺れた。