※この作品はR-18です。

『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』   作:シキセ

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第九十五話 先触れ

検分使の口上は、丁寧で、長くて、要するに恫喝だった。

 

「——帝室財産の保全は諸家共通の責務にございます。つきましては星宮家の蔵、および式符侯家の蔵の検分をお願いしたい。無論、疚しいところがなければ、検分は形だけのこと」

 

公式符闘場の控えの間だった。正使は紅炉家の家宰を名乗る初老の男で、身なりは商人のように柔らかく、目は帳簿のように乾いていた。後ろに符士が八人、同じ姿勢で並んでいた。

 

「お断りします」と英稟が言った。「勅許なき検分は、検分ではなく家探しと申します」

 

「これは異なことを。では星宮家は、帝室財産の保全に異を唱えられると」

 

「異を唱えているのは書面の体裁にです」

 

「ふむ」正使は懐から折り畳んだ紙を出した。「では、符闘律令に拠りましょう。検分の権をめぐる争議として、公式符闘を申し立てます。当方が勝てば蔵の検分。敗れれば、この件は取り下げる」

 

来た。

 

断れば「疚しい」の噂を市中に撒かれる。受ければ、負けた瞬間に屋敷を検められる。宝庫はすでに苑子の隠し蔵へ移してあるが、探気の心得がある者に屋敷を歩かれること自体が博打だ。

 

「代闘を立てます」と俺は言った。

 

「ほう。符侯様御自らではなく」

 

「符侯が出れば、政の話になる。これは蔵の話でしょう」

 

正使は笑った。乾いた目のまま、口だけで。

 

「では当方も、家中の者を。——七号」

 

八人の列から、一人が進み出た。

 

番号で呼んだ。名前ではなく。

 

────

 

「仕事をください」

 

代闘の話を屋敷に持ち帰る前から、答えは決まっていた。半刻前、検分使来訪の報を聞いた風音が、自分から執務室に来て、そう言ったからだ。

 

「わたしは独立符士です。星宮の家中でも、世一さんの家来でもありません。わたしが勝っても負けても、星宮の名前には傷がつきません。……こういうときのための、独立符士でしょう」

 

「相手は紅炉の手の者だ。型は火と金。連鎖型としか分かっていない」

 

「充分です」

 

「負けたら屋敷を検められる」

 

「負けません」風音は言い切って、それから少しだけ目を逸らした。「……初仕事なので」

 

「報酬は出す」

 

「——契約成立です」

 

────

 

符闘場には人が入った。

 

季節外れの桜と、挙兵の噂と、紅炉の使者。市中の不安が、見世物に集まる。観客席の前の方に小夜と栞が座っているのが見えた。小夜は団子を持っていた。栞は膝の上で手を揃えて、盤面の位置を確かめるように場を見ていた。

 

風音と七号が向かい合った。

 

初期指定式符の公開。風音——ウィンド・ランサー。七号——規格歯車兵・一号。

 

「参る」

 

先手は風音だった。

 

疾かった。一手目からランサーを走らせる、いつもの立ち上がり。二手目には突風の精霊が続いて、七号の符叢を上から削った。三手、四手。風音の独壇場に見えた。観客が沸いた。

 

七号は、慌てなかった。

 

慌てる箇所が、そもそも顔になかった。

 

「【歯車駆動】」

 

静かな宣言と共に、盤面が回り始めた。

 

規格歯車兵・一号が二体。金属性がちょうど二体になった瞬間、七号の手札が一枚増えて、一枚墓地に落ちた。紅炉式点火歯車が実体化して、火が一体、金の宝具が一枚——ちょうどになった瞬間、風音の符叢が一枚、音もなく墓地に滑った。

 

「……っ」

 

風音のランサーが殴りかかる。七号は歯車兵を盾に差し出す。壊れる。壊れた歯車兵が墓地に落ちて——墓地の数字が、また何かの「ちょうど」を満たす。

 

約定:規格統制炉。

 

場の火と金がそれぞれちょうど二枚になるたび、七号は札を引き、引くたびに自分の場の歯車を一枚、自分で墓地に置いた。置くことで次の「ちょうど」が整う。

 

盤面が、歯車の音を立てて回っていた。

 

比喩ではなかった。実体化した使役式は歯車の獣で、宝具は歯車の弁で、それらが噛み合って回るたび、風音の符叢が一枚、二枚、三枚と、攻撃もされないまま削れていく。

 

「……攻撃してこない」観客席の誰かが言った。「なんだあれ。殴りもしないで——」

 

殴る必要がないのだ。

 

機械は殴らない。機械は、処理する。

 

風音の顔から、開始時の勢いが消えていた。攻めは通っている。七号の符叢も削れてはいる。だが交換勘定が合わない。風音が一削るあいだに、三削られる。手札の補充速度も違う。風音は自分の速さに代償を食われ、七号は「ちょうど」のたびに補充される。

 

十五手目で、風音の符叢は残り十二枚。七号は二十六枚。

 

「小夜さん」観客席で、栞の声がした。静かな声なので、かえって通った。「……あの盤面、全部『数』です」

 

「かず?」

 

「誘発が、ぜんぶ枚数の一致です。二体ちょうど。二枚ちょうど。墓地に三枚ちょうど。……だから、あの人は自分の場を自分で崩して、数を合わせ直しています」

 

俺は観客席の栞を見た。

 

盤面を「数」で読んでいる。教えたのは判断の作法だけだ。読み方は、自分で見つけている。

 

そして——俺も同じものを見ていた。

 

同じ型の符叢が八つ。番号で呼ばれる符士。誰が握っても同じ強さになる、規格の符闘。個人の履歴も、癖も、閃きも要らない。要るのは工程表だけだ。

 

反吐が出るほど、よくできていた。

 

────

 

二十手目、風音が動いた。

 

正確には——迷って、迷って、手札の一枚を叩きつけた。

 

「風送り!」

 

突風が七号の場を撫でて、点火歯車を一体、持ち主の手札へ吹き飛ばした。

 

除去ですらない。ただ戻しただけ。風音の型なら本来、損にしかならない一手だ。観客席から溜め息が漏れた。苦し紛れに見えた。実際、半分は苦し紛れだったと思う。

 

だが。

 

盤面が、止まった。

 

統制炉の誘発が、来なかった。火が一枚欠けて「ちょうど二」が「一」になった。点火歯車の効果も、算定補助機の効果も、数珠つなぎに沈黙した。回り続けていた歯車が、一斉に噛み合わせを失って、七号の手が——初めて、止まった。

 

一秒。二秒。

 

七号は手札を見て、盤面を見て、また手札を見た。工程表に、無い頁を探す顔だった。

 

風音の目が、見開かれた。

 

「……止まった」

 

呟きが聞こえた。それから風音は、自分の手札と、七号の盤面を、素早く三度往復して見た。

 

「——そういうこと」

 

そこからの風音は、別の符士だった。

 

速さで押すのをやめた。ランサーは温存して、七号が数を揃え直す動きだけを見張った。金属性が二体並びかける——その瞬間に風送りの二枚目。墓地が三枚に揃いかける——揃う前にあえて攻撃を通し、歯車兵を余分に一体壊して四枚にする。

 

数を、ずらし続けた。

 

七号は再配置レールで組み直す。風音が崩す。焼却式符砲が風音の符叢を焼く。風音は怯まず崩す。派手さの欠片もない、泥のような攻防だった。観客の半分は、何が起きているか分からなかったと思う。

 

だが機械は、一度狂った工程を、自力では詫び直せない。

 

統制炉は「ちょうど」を待ち続け、待つあいだも自分の歯車を墓地に食い続ける。回れば強い機構は、回らなければ自分を食う機構だった。七号の符叢が、誘発しない誘発の維持費で、内側から痩せていく。

 

三十四手目。

 

風音のウィンド・ランサーが、誰にも守られない七号の本体に、今日初めての一撃を通した。

 

七号の符叢の最後の三枚が、風に散った。

 

「——勝者、代闘・風音」

 

符闘場が、一拍遅れて沸いた。

 

風音は動かなかった。盤面の前で肩を上下させて、それから観客席を——小夜と栞を見て、不器用に、片手を上げた。

 

二人が立ち上がって手を振り返した。栞が一番大きく振っていた。

 

────

 

「取り下げの誓書です」

 

控えの間で、正使は約定通りの書面を差し出した。乾いた目は、乾いたままだった。

 

「見事な代闘でした。……時に、符侯様」

 

「なんです」

 

「良い桜ですな。庭の」

 

背中の産毛が立った。

 

「季節外れの満開とは。……この街には、よほど目出度いことがおありと見える」

 

「桜に聞いてください」

 

「ふふ。は、それもそうだ」

 

正使は書面を置いて、立ち上がった。去り際、扉のところで振り返った。

 

「本日の符闘、仔細に書き留めて主に送ります。——ああ、ご心配なく。我が主は、この程度の誤差は、織り込み済みです」

 

八人が、同じ角度で頭を下げて、出ていった。

 

英稟が低く言った。「……勝ったのに、負けた気分です」

 

「勝ちは勝ちだ。三日稼いで、開示は潰して、あちらの型の中身まで見えた。上等の勝ちだ」

 

「ですが、あの正使——」

 

「気づいている。前からだ」俺は誓書を畳んだ。「桜の礼を言われただけ、腹の探り合いが一段進んだ。それだけのことだ」

 

それだけのことだ、と自分にも言った。

 

夜、評定で俺は二人に告げた。

 

「今日の符闘で分かったことを言う。あれは軍隊の符闘だ。誰が使っても同じ強さになる。——そして、誰が使っても、同じ場所で止まる」

 

「同じ場所」と苑子が繰り返した。

 

「『ちょうど』だ。あの型は完全一致でしか回らない。一枚多くても、一枚少なくても、全部が止まる。風音が今日、体で証明した。……本隊が来たら、全軍に徹底させろ。奴らの盤面に、一枚だけ余計な石を置き続けろ、と」

 

────

 

夜半、部屋の戸が叩かれた。

 

風音だった。湯上がりで、髪がまだ湿っていた。戸口に立ったまま、もじもじしていた。珍しい姿だった。

 

「どうした」

 

「……あの。……いつもは、その」

 

「うん」

 

「……符闘で負けた日に、来てました。負けて、崩されて、それが——始まりの型だったので」

 

「そうだな」

 

「今日、勝ちました」

 

「見ていた」

 

「……勝った日は、どうすればいいのか——分からなくて」

 

俺は少し笑った。

 

「勝った日は、褒美だ。来い」

 

「——っ」

 

風音は入ってきて、後ろ手に戸を閉めた。閉めてから、思い切ったように言った。

 

「……じゃあ、あの。……今日は、わたしから、していいですか。褒美って、そういうのも——ありですか」

 

「あり だ」

 

風音は寝具の上で俺を押し倒——そうとして、力の入れ方が分からず、結局俺が引き倒される形になった。上に乗って、真っ赤になった。

 

「……こ、これで、合ってますか」

 

「好きにしろ。今日のお前は勝者だ」

 

「……はいっ」

 

口づけは拙かった。拙いまま、長かった。

 

「……んっ♡ ……ふ……っ♡♡」

 

離れて、風音は自分の帯を解いた。俺の目を見ながら解くのは、初めてだった。

 

「……見ててください。……今日は、見られるのも——褒美な気がするので」

 

夜着が落ちた。引き締まった符士の体に、汗の名残と、湯の匂い。

 

風音は俺のものを自分で導いて、腰を下ろした。

 

「——んんっ♡♡♡ ……はいった——っ♡♡」

 

騎乗位。顔が見える形。二度目の夜に覚えた体位を、今夜は自分で選んだ。

 

「……うごき、ます——っ♡♡」

 

拙い律動だった。速さの符士のくせに、こういうときだけ遅い。遅いのが、良かった。

 

「……せいちさん——っ♡♡ ……きょうの、わたし——つよかったですか——っ♡♡♡」

 

「強かった」

 

「……っ♡♡♡ ……かちました——わたし——っ♡♡♡ ……とまったんです——あの盤面——わたしの一手で——っ♡♡♡」

 

「見事だった」

 

「——んんっ♡♡♡♡」

 

褒めるたびに中が締まった。矜持が終わったこの女は、もう堪えない。喜びがそのまま体に出る。

 

「……ほめられると——だめ——っ♡♡♡ ……ぜんぶ、きもちよくなる——っ♡♡♡♡ ……矜持、ないので——ぜんぶ——っ♡♡♡♡」

 

脇腹に手を置くと、律動が跳ねた。

 

「——ひゃんっ♡♡♡♡ ……そこは——ずるい——っ♡♡♡♡」

 

「勝者への褒美だ」

 

「……っ♡♡♡♡ ……もう——もう、いきます——ごめんなさい——さきに——っ♡♡♡♡♡」

 

「一緒にだ」

 

下から突き上げて、最奥で出した。

 

「——っ♡♡♡♡♡!!」

 

風音が俺の胸に倒れ込んできた。心臓が、肌越しに速かった。

 

「……はぁ……♡ ……勝った日……すごい……」

 

「気に入ったか」

 

「……はい。……でも」風音は顔を上げずに言った。「……負けた日のも、嫌いじゃないです。……どっちも、あるのが、いいです」

 

「そうか」

 

「……せいちさん。次の仕事も、ください」

 

「ある。近いうちに、大きいのが来る」

 

「……はい」

 

風音は目を閉じた。それから、眠り落ちる寸前の声で言った。

 

「……初仕事の報酬、あとで——ちゃんと、金子でも、ください。独立符士なので」

 

「わかっている」

 

「……夢のある額で……」

 

寝息になった。

 

俺は天井を見た。

 

歯車は、止め方が分かった。次に来るのは、止まることを織り込み済みの機械だ。

 

それでも——今日この街は、規格の符闘に、名前のある符士が勝つところを見た。

 

悪くない先触れだった。

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