※この作品はR-18です。

『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』   作:シキセ

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第百三話 空夜

出立は、明後日の朝と定まった。

 

最後の昼、庭で指切りが行われた。夜長立ち会いのもと、符帝と独立符士と元暗殺者が、桜の下で小指を絡めている。国の記録に残らない、この国で一番大事な外交だった。

 

「月一です」と小夜が言った。「最低でも」

 

「つ、月一……帝都と遠見は、早馬で三日……」

 

「月一です」

 

「小夜、政ってものがさ」と風音。「せめて季節に一度が現実的なんじゃ」

 

「月一です。譲歩の余地はありません。献立の数を数えてください。月一でも、全部食べ終わるのに三年かかります」

 

「……ぜ、善処します」

 

「善処、じゃなくて」

 

「……つ、月一を、目標に、朕は最大限の努力を——」

 

「朕が出た」風音が噴いた。「追い詰められると朕が出るの、覚えたからね」

 

夕刻には英稟との「手打ちの符闘」も行われた。賭けは団子。結果は英稟の勝ちで、しかし勝った英稟が全員に団子を振る舞ったので、賭けの意味は誰にも分からなかった。生真面目な女の、あれが精一杯の詫びの形だった。

 

そして、夜が来た。

 

出立前の、最後から二番目の夜。

 

────

 

栞は、御衣で来た。

 

戸口に立った符帝は、昼間の指切りの娘と同じ人間とは思えない佇まいで、一礼した。

 

「……参りました」

 

「入れ」

 

部屋には、漆箱が据えてある。九柱の封は起きていた。灯りは一つ。

 

俺は文机の上から、押し花の栞を取った。

 

「まず、約束の返却だ」

 

差し出すと、栞は両手で受け取った。白原の泥と、あの夜の嵐をくぐった紙は、少しだけ角が丸くなっていた。

 

「……ただいま、って言ってます。この子」

 

「利子が付くと言ってあったな」

 

「……はい」

 

「利子の分は、これから取り立てる。——九柱」

 

漆箱に、声を向けた。

 

九つの封が、一斉に、目を覚ました音を立てた。

 

「白原で預けた願いを、今夜、取り立てる。……立ち会え。お前たちが証人だ」

 

鈴の音が、九重に鳴った。了承の音だった。栞の背筋が、御衣の中で伸びた。この娘にも、九柱の返事は聞こえている。

 

「せ、いちさん……願いって……」

 

「神遊びの賭けだ。勝者は敗者に、願いをひとつ言える。俺はまだ言っていない」

 

「……はい」

 

「言うぞ」

 

俺は、符帝の目を見て、言った。

 

「——符帝空夜の身体は、今夜より、式世一のものとする」

 

栞の息が、止まった。

 

「表の形は変えん。お前は帝都で符帝をやれ。俺は遠見で符侯をやる。君臣の礼は、公の場では完璧に守る。……だが体は、俺のものだ。いつ抱くかは、俺が決める。いつ、何を宿すかも——俺が決める」

 

「……っ」

 

「九柱、聞け。これはお前たちのための取り立てでもある」

 

封の光が、揺れた。

 

「お前たちの主の心の堰は、白原で一度、完全に開いた。開いた堰は、もう一人では閉じられん。溢れれば、お前たちがまた抱えきれなくなる。……だから、溢れた分は、これからは俺が受ける。俺の陽気で受けて、俺の腕の中で閉じる。その権利と義務を、まとめて寄越せ。それが願いだ」

 

九つの鈴が——長く、深く、鳴った。

 

安堵の音、としか言いようのない音だった。九柱は、抱えきれなかったのだ。主の心の奔流を。それを引き受けると言う男の申し出を、神々は、諸手を挙げて承認した。

 

「……ずるいです」

 

栞が、小さく言った。目の縁が赤かった。

 

「ずるい、です。そういう言い方をしたら、九柱は断れません。わたしのための願いの形をして……わたしを、まるごと……」

 

「不服か」

 

「————不服じゃ、ないから、ずるいんです」

 

栞は御衣の帯に手をかけて、それから、手を止めた。

 

「……一つだけ。わたしからも、条件が、あります」

 

「言え」

 

「体だけ、って言い方は、いやです。……心も、一緒に持っていってください。体は取り立てられて、心は置いていかれるのは……いやです」

 

「最初から、分けて数えたことはない」

 

「……っ。……なら、いいです」

 

栞は居住まいを正して、漆箱に向き直った。両手を重ねて、頭を下げる。帝宮の作法の、一番深い礼だった。

 

「九柱に、空夜からも申し上げます」

 

鈴が、静まった。聞く姿勢の静けさだった。

 

「空夜の名において、この身を、この人に預けます」

 

鈴が一つ、鳴った。

 

「心も、一緒に預けます。分けられないので」

 

二つ。

 

「溢れたときは……この人の腕の中で、閉じます。あなたたちに、もう、あんな思いはさせません」

 

三つ、四つ、五つ——九つ目の鈴が鳴り終わると、封の光が、婚礼の灯りのような色に変わった。契約は、成った。神々の帳簿に、確かに記帳された音がした。

 

栞は顔を上げて、それから、帯を解いた。

 

御衣が、衣擦れの音とともに床に開いた。九柱の紋が、灯りの中で金色に沈む。その上に、白い体が立っていた。三月前より、ほんの少しだけ、丸みの兆した体が。

 

「今夜は……栞じゃ、なくて」

 

娘は言った。

 

「——空夜を、抱いてください。契約の、最初の夜なので。……名前ごと、全部、受け取ってほしいんです」

 

「いいだろう」

 

「それと……最初のお務めは、わたしから、させてください」

 

空夜は俺を寝具の縁に座らせて、その足の間に、白い体で膝をついた。

 

「……お、教本の、十二巻に……殿方への、お口の作法が、ありました」栞の耳まで赤くなっていた。「一行も、思い出せませんけど……見よう見まねと、その、夜話で聞いた知識で……」

 

「夜話で何を話してるんだ、お前たちは」

 

「ひ、秘匿事項です……っ」

 

小さい手が、俺のものに、おそるおそる添えられた。熱を確かめて、息を呑んで、それから——小さい口が、先端に触れた。

 

「……ん……っ」

 

拙かった。歯が当たりかけて慌てて謝り、深くしようとして咽せ、涙目で仕切り直す。技術と呼べるものは何もない。何もないのに、帝国の頂点が俺の足元に跪いて、一生懸命に奉仕している——その画だけで、腰の奥が煮えた。

 

「……ん……ふ……っ ……んん……っ」

 

「無理に呑むな。先だけでいい」

 

「……ん……っ、は……ぁ……おっきく、なりました……♡ ……わたしの口で……なってる……♡」

 

嬉しそうに言うな。言われたこっちが保たん。

 

ちゅ……ちゅく……と、水音が部屋に響き始めたとき、漆箱の鈴が、ひどく所在なさげに一つ鳴った。

 

空夜がびくりと止まった。

 

「……く、九柱……み、見ないでください……いえ、証人だから、見るんですよね……ど、どうすれば……っ」

 

「気にするな。神は昔から、人のこういうことを見てきた」

 

「そ、そういう神学、あるんですか……っ」

 

「白陽に聞け」

 

「聞けません……っ」

 

赤くなったまま、空夜は奉仕を再開した。夢中になるにつれ、水音が大きくなり、鈴の音のことも忘れていった。頭を撫でてやると、上目づかいの目が細くなる。喉の奥が、切なそうに鳴った。

 

「——そこまでだ」

 

「……ふぁ……♡ ……だめ、でしたか……?」

 

「上出来すぎて危ない。続きは、繋がってやる」

 

────

 

寝具の上で、正面から抱いた。

 

「……んっ♡ ……」

 

口づけは、もう拙くなかった。三月分の上達を確かめるように長く合わせて、離すと、空夜は自分から俺の首に腕を回した。

 

「空夜」

 

「——っ♡♡」

 

呼んだ瞬間、腕の中の体が跳ねた。

 

「な、なまえ……そっちの名前でも、体が……っ♡」

 

「どっちで呼んでも、同じところが弱いんだな」

 

「〜〜っ♡♡ ……い、言わないでください……っ♡」

 

薄い胸の先を口に含むと、覚えのある声が上がった。栞の声だ。当たり前だ。空夜と栞は、最初から同じ喉で鳴く。

 

「……あっ♡♡ ……せいちさん……せいちさん……っ♡♡」

 

指を下ろすと、そこはもう、三月の調教の履歴ごと濡れていた。粒を撫でれば腰が浮き、浅く入れれば内側が絡む。この体の反応の一つ一つに、俺の署名が入っている。今夜からは、九柱公認の署名だ。

 

「……もう……っ♡♡ ……きて、ください……契約、なので……っ♡♡ ……はやく、履行して——っ♡♡♡」

 

「契約を急かす符帝があるか」

 

「……この契約は——急かします——っ♡♡♡」

 

膝を開かせて、正面から、ゆっくり入れた。

 

ずぷ……ぬぷ……。

 

「——んんっ♡♡♡ ……ふか……っ♡♡♡」

 

狭さは変わらない。だが怯えは、もうどこにもなかった。奥まで迎え入れて、空夜は長い息を吐いて、笑った。

 

「……ぜんぶ、はいりました……♡ ……契約、履行中です……♡」

 

「言い方をどうにかしろ」

 

「……ふふ……っ♡」

 

ゆっくり動き始めると、部屋の空気が変わった。

 

漆箱の中で、九つの封が、低く鳴り始めたのだ。

 

警鐘ではない。祝鐘だった。律動に合わせて、鈴の音が寄り添ってくる。窓の外では、庭の桜が——音を立てて、花を噴いているのが分かった。この地の主の悦びに、世界が律儀に応えている。

 

「……っ♡♡ ……き、聞こえてます……九柱に……ぜんぶ……っ♡♡♡」

 

「証人だからな」

 

「……は、恥ずかしくて、死に——」

 

「死ぬな。今週四度目だ」

 

「——ふふっ♡ ……あっ♡♡ ……そこ——っ♡♡♡」

 

対面座位に抱き起こすと、空夜は自分から腰を揺らした。訓練場の夜に覚えた、あの拙い前後の揺れ。三月かけて、少しずつ上手くなった揺れ。

 

「……せいちさん……っ♡♡♡ ……わたし……帝都に、いっても……っ♡♡♡ ……この体……ちゃんと、覚えてます、から……っ♡♡♡」

 

「覚えてなくていい」

 

「……え……っ♡」

 

「忘れる暇がないくらい、通わせる。俺が決めていいんだ、今夜から」

 

「——♡♡♡♡」

 

中が、きゅうと締まった。言葉だけで達きかけたのが、繋がったところから伝わってきた。

 

「……いまの……ずるい……っ♡♡♡ ……いく……もう、いっちゃ——っ♡♡♡♡」

 

一度目は、対面座位のまま達かせた。小さい体を抱きしめて、震えが収まるまで待って——それから、繋がったまま体の向きを変えさせた。

 

窓の方へ。

 

「……え……っ♡ ……この、かっこう……っ」

 

四つん這いの符帝の眼前に、庭が見えた。夜の庭の桜が——満開の上からさらに、音を立てて花を噴き続けている。

 

「見ろ。お前が悦ぶと、世界が咲く」

 

「——っ♡♡ ……や……み、見ないで……わたしが……きもちいいの……ぜんぶ、庭に……っ♡♡」

 

後ろから、深く突いた。

 

「あぁっ♡♡♡ ——さ、咲いた——いま、咲きました——っ♡♡♡」

 

「そうだ。お前の声の分だけ咲く」

 

「む、むり……こ、これは、むりです……はずかし——っ♡♡♡ ……でも……とまらな……こえ、とまらないの……っ♡♡♡♡」

 

突くたびに窓の外が白く沸き、白く沸くたびに中が締まる。羞恥と誇りが同じ場所で煮えて、符帝の腰は、もう自分から揺れていた。

 

「……せかいが……わたしで、よろこんでる……っ♡♡♡ ……へんなの……へんなのに……うれしい——っ♡♡♡♡」

 

「まだだ。最後は寝かせて、深くする」

 

寝具に戻して、膝の裏を抱えた。正常位。一番深い角度。律動を重くしていくと、空夜の声から言葉が剥がれ、丁寧語が剥がれ、最後に残った音だけが部屋を満たした。

 

「——あっ♡♡♡♡ ……ふかい……っ♡♡♡♡ ……せいちさん——せいちさんっ——っ♡♡♡♡」

 

「空夜。出すぞ」

 

「——はいっ♡♡♡♡ ……なかに——契約どおり、なかに——っ♡♡♡♡」

 

そして、絶頂の直前。

 

空夜が、俺の頬に両手を伸ばして、言った。

 

「……さいごは——しおり、って……よんで、ください……っ♡ ……どっちも、わたしなので……どっちも、もらってほしい、ので——っ♡♡」

 

「————栞」

 

「——————っ♡♡♡♡♡!!」

 

最奥で、出した。

 

九つの鈴が一斉に鳴り、庭の桜が一斉にほどけ、腕の中の体が長く長く震えて——それから、糸が切れたように、俺の胸に落ちてきた。

 

「……♡ ……はぁ……♡ ……りこう……ちが……履行、かんりょう……です……♡」

 

「言い方をどうにかしろと言った」

 

「……ふふ……♡」

 

空夜は——栞は、俺の胸の上で笑って、押し花の栞を手繰り寄せて、胸元に抱いた。

 

「……今度は、わたしが、名前を連れていきます。帝都に。……この子と一緒に」

 

「そうしろ」

 

「……で、月一で……返しに、きます……」

 

「小夜との協定か」

 

「……朕の、最大限の、努力です……」

 

それから空夜は、少しだけ黙って、俺の胸に額をつけたまま、小さい声で聞いた。

 

「……あの。仕込む日、って……いつ、なんですか」

 

「教えん。俺が決める」

 

「……っ♡ ……で、ですよね……契約ですもんね……」

 

「不満か」

 

「……ふまんじゃ、ないです。……ないですけど……その日が来るまで、毎回……『今日かな』って、どきどきするの、わたしなんですよ……」

 

「そういう契約だ」

 

「……極悪です……♡」

 

嫌がっている声ではなかった。むしろ逆だ。

 

「……わたしの子は……次の、符帝に、なるんですよね」

 

「そうなるな」

 

「……せきにん、じゅうだい……」空夜の声が、眠りに溶けていく。「……でも……せいちさんとの子なら……きっと、符叢の趣味が、めちゃくちゃ……」

 

「悪かったな」

 

「……ふふ……たのしみ……」

 

言い終わる前に、寝息になった。

 

九柱の封が、子守唄のような小さい音を、朝まで鳴らし続けた。

 

────

 

出立の朝は、快晴だった。

 

行列が門を出るとき、庭の桜が、一斉に散った。

 

三月咲き続けた狂い咲きが、選んだように、この朝に。惜しむ散り方ではなかった。行列の頭上に花弁の道を作って、街道の先まで、白く敷いた。見送りの街衆が、どよめいて、それから歓声を上げた。

 

符帝の乗物が門を過ぎるとき、簾が指一本分だけ開いて、小さい手が、こちらに振られた。

 

風音が大きく振り返し、小夜が団子の包みを掲げ、夜長が塀の上で尻尾を立てた。

 

俺は振らなかった。代わりに、符叢の帯を軽く叩いてみせた。

 

簾の奥で、笑う気配がした。

 

行列が街道の花の上を遠ざかっていくのを、俺は最後まで見ていた。

 

——手駒にしたのか、取り込まれたのか。

 

帳簿の最後の頁は、まだ白い。白いまま、当分いいと思っている。

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