『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
冬子が去った翌朝、調整六日目の朝。
星宮邸の訓練場は、冷え冷えとした空気に包まれていた。
律也は炎武者の式符を手に、立ち位置と魔力の連動を繰り返している。英稟は目を閉じて、天津甕星の霊理を己の魔力回路に通す呼吸を整えていた。
調整は順調だった。律也の炎連鎖はさらに無駄が削ぎ落とされ、英稟の出力のブレも日を追うごとに小さくなっている。
しかし、その静寂は、邸の門を激しく叩く音によって破られた。
苑子が、見たこともないほど血の気の失せた顔で訓練場に現れた。
「世一様、英稟様……お客様です。いえ、客と呼ぶべきか……」
「どうした、苑子。狼狽えるな」
「外交特権の公式印を持っています。帝国軍の先導警護を引き連れて、すでに中庭の結界を無力化して侵入してきました。星宮家の防衛符陣も、彼らの提示した通行証の前では稼働すら認められませんでした」
英稟が目を開けた。その黒い切れ長の瞳が鋭く細められる。
「……外交特権? 早雲家ではありませんね」
「マギニア神聖同盟、ヴァンダリア王国、そして聖華教皇国……三国の査察令状を持っています」
俺の眉が、わずかに動いた。
(三国査察団……『聖蹟探索騎士団』か。アニメの背景設定にあった、あの三国の外交機関が、こんなタイミングで直接動いてきたのか)
元のTVアニメの記憶と照らし合わせても、その来訪は早すぎる。俺の知識というアドバンテージの外側で、世界の歯車が動き始めていた。
訓練場の入り口の板張りが、重厚な靴音によって軋んだ。
先頭に立っていたのは、まばゆい白銀のフルプレートアーマーをまとった女騎士だった。金髪の豊かな長い髪が、魔導鋼の背板の上で静かに揺れている。澄んだ青灰色の目が、訓練場の全容を真っ直ぐに見据えていた。彼女の左手には、教会の紋章が刻まれた白い聖旗が握られている。
エリナ・ソルベルク。マギニア神聖同盟・白銀円卓騎士団第三席。
その背後には、仕立ての良い黒い軍服に身を包んだ、痩身の男が立っていた。白髪の交じる短い髪に、右目にはめられたモノクル。感情の起伏を一切感じさせない冷徹な視線が、訓練場に残る魔力の波形を、手元に持った複雑な魔導測定器で追っている。
クラウス・フォン・シュタッヘル。ヴァンダリア王国・式符技術管理局高等監察官。
そして最後に、深紅の枢機卿服に身を包んだ女性が、音もなく足を踏み入れた。肩にかかる銀灰色の髪。暗褐色の切れ長の目は、常に穏やかな微笑みを湛えている。その手には、金糸で刺繍された聖典が抱えられていた。
セレスティーナ・ヴァル・アストラ。聖華教皇国第七枢機卿。
「無断での立ち入りを許してほしい、星宮家の方々」
セレスティーナが、鈴の鳴るような澄んだ声で言った。その微笑みには、他者を威圧するような物理的な鋭さはない。しかし、その背後にある巨大な教会の「秩序」そのものが、彼女の影となって訓練場の床に走るように這い寄ってくるような、息苦しい威厳があった。
「何の用だ。ここは星宮家の管轄地だ。いかに他国の高官であろうと、武装したまま無断で立ち入る権利はないはずだが」
英稟が前に出て、軍刀の柄に手をかけた。その声音には名門符家としての矜持が込められている。
だが、エリナが白い聖旗を軽く板張りに突き立て、凛とした声で遮った。
「私たちは聖蹟探索騎士団。神符帝国と我が同盟諸国との間に結ばれた『聖蹟管理条約』に基づき、臨時の査察を執行する権限を与えられている。星宮英稟殿、あなたの名誉は尊重するが、この査察は帝国上層部——符帝家も正式に受理したものだ」
「符帝家が……受理した?」
英稟の息が詰まった。軍刀を握る指先が、わずかに白くなる。
俺は黙って彼らを見ていた。
(符帝家が受理した……。やはりな。符帝家は三国を同時に敵に回す政治的リスクを避け、査察団の受け入れを認めた。いや、それどころか、俺という『ルール外の異分子』を牽制するために、三国の外交圧力を好都合に利用したわけだ。すべては彼らの盤面上での取引か)
「で、その偉い査察団が、俺に何の用だ」
俺は腕を組み、冷ややかに尋ねた。
クラウスがモノクルを指先で叩いた。その視線が、俺の腰の符叢(デッキ)へと向けられる。手元の魔導測定器が、小さくノイズを吐き出していた。
「式世一。出自不明の、身元も定かではない独立符士。我々の目的は、お前が所持している『"黄金鎖の天使"ルクシエル』および『アルギメル』の査察、ならびにその『管理措置』の適用だ」
「管理措置?」
俺の胸の奥で、嫌な冷気が走った。
セレスティーナが聖典を静かに開き、穏やかな声で宣告した。
「ルクシエルとアルギメルは、教会の教理において極めて高位の神秘存在であり、本来は人間が私的に実体化させ、戦役に従事させるべき存在ではありません。一個人の欲望や支配の下に置かれることは、秩序の歪みであり、神への冒涜です。したがって、我々は本日、公式な決定を通告します」
彼女は俺を真っ直ぐに見つめた。その穏やかな微笑みの奥で、暗褐色の瞳が底知れない冷たさで光っている。
「式世一が所持する『"黄金鎖の天使"ルクシエル』および『アルギメル』に対し、公式・非公式を問わず、すべての符闘場における実体化および使用を禁ずる——『観察封印』を処します」
「……何だと?」
俺の声が、低く沈んだ。
「それは、あんまりだ!」
律也が叫び、前に出ようとしたが、エリナの聖旗から放たれた白銀の魔圧がそれを遮った。
「退がりなさい、修練生。これは正式な外交決定だ。お前たちが刃を交えるべき領域ではない」
「理不尽だ……!」
英稟が歯を食いしばる。
「世一様は、正当な符闘の末に彼女らを従わせた。それに不服を申し立てる権利が他国にあるのか」
「正当、ですか」
セレスティーナが小さく首を傾げた。その表情には、いささかの揺らぎもない。
「人外の神秘を『陽気支配の霊理』によって隷属させ、肉体を交えて魔力を搾取することが、正当な主従関係と呼べるでしょうか? それは単なる支配であり、歪んだ欲望の充足に過ぎません。ルクシエル様が自らの意志で従っていると主張されるなら、なおのこと。それは陽の精気に侵食され、本性を歪められた結果に他なりません」
その言葉が、俺の胸の奥の急所に突き刺さった。
(歪んだ欲望の充足。陽気支配による侵食)
そうだ。俺がルクシエルを抱き、彼女の白金の魔力で魂の空洞を埋めていることは、彼女たちから見れば「最大のスキャンダル」であり「神への冒涜」なのだ。フィクションの領域ではすべてが許されると信じていたが、この世界の政治とイデオロギーは、俺の持つ『ゲームの常識』を容易く踏みにじってくる。
「断ればどうなる」
俺は一歩前に出た。
クラウスが淡々と応じた。魔導計器に数値を記録しながら、視線すら合わせない。
「簡単だ。条約違反として、神符帝国政府はお前を公式の『大逆人』として指名手配する。星宮家はお前を匿った罪で領地を接収され、家格は剥奪、大符闘祭への参加権も永久に失う。お前が持つすべての式符は没収され、我々の管理下へ置かれることになる」
「……っ」
英稟が息を呑んだ。
彼女にとって、星宮家の存続と七耀陣の奪還は命よりも重い。ここで俺が査察を拒絶すれば、星宮家は早雲家と戦う前に、帝国の法と三国の圧力によって滅びる。
(盤面が……崩れる)
俺の頭の中で、完璧に構築されていた早雲家との戦いの動線が、砂のように崩壊していく音がした。
ルクシエルが使えない。
俺の指先が、小さく震え始めた。
(なぜ震える)
(なぜ、こんなに息が苦しい)
俺は己の腰の符叢に手を伸ばした。
最上段にあるルクシエルのカード。そのカードを取り出そうとした瞬間、クラウスの魔導計器が鋭い警報音を立てた。
「魔力出力の急増を確認。神秘解放の兆候とみなす」
「世一、やめなさい!」
エリナが聖旗を構え、白銀の魔力を解放する。訓練場に、圧倒的な光の圧力が吹き荒れた。白銀円卓騎士団第三席——符闘の盤面だけの飾りではない、同盟最高峰の実戦武力がそこにあった。俺がカードを引き抜けば、その瞬間に彼女の聖剣が俺の首を刎ねるだろう。
「……お待ちください、世一様」
英稟が俺の袖を掴んだ。その手もまた、小刻みに震えていた。
「ここで戦えば……星宮家は、本当に終わります。冬子との戦いも、七耀陣の奪還も……すべて、泡と消えます」
英稟の黒い目が、哀願するように俺を見つめていた。
彼女は俺を信じている。俺が「帝国に取りに行く」と言った言葉を、信じている。だからこそ、ここで破滅するわけにはいかないのだ。
(クソが……!)
俺は奥歯を噛み締めた。
元の世界での、あの惨めな感覚が蘇ってくる。
——愛用していた一枚が、定期的な制限改定である日突然「禁止」の欄に載った、あの朝のことを思い出す。何年もかけて磨き上げてきた回し方が、上から降ってきた一枚の告知文で紙切れになった。文句を言う権利すら、こちらにはなかった。
ルールを決めるのはいつも上の奴らだ。社長が、会社が、社会が、俺の盤面をいつも横からひっくり返していった。この異世界でも、結局は同じなのか。国家が、教会が、外交が、俺の勝利を毟り取っていくのか。
「……わかった。査察を受け入れる」
俺は震える手を下ろした。
「賢明な判断だ」
セレスティーナが微笑んだ。その微笑みは、勝利者の慈悲に満ちていた。
「では、処置を執行します」
セレスティーナが懐から、教皇国の聖印が刻まれた青い布を取り出した。それは『約定封印の免紙』と呼ばれる、神秘の力を一時的に凍結する外交用式符だった。
俺は腰のホルダーから、ルクシエルのカードを引き抜いた。
その指先が、これまで感じたことのないほど重く、冷たい。
俺がこの世界で唯一の拠り所とし、己の万能感を支えてきたカードを、自らの手で差し出す。その行為の持つ感情的な重みが、胸の奥を引き裂くように痛い。
差し出されたカードの表面で、白金の魔力がかすかに揺れた。
声にはならない。だが、確かに「……世一様」というルクシエルの、俺の身を案じるような気配が、光の微かな明滅として指先を通じて脳裏に伝わってきた。
俺は、それに何も返すことができなかった。
セレスティーナの手によって免紙が貼り付けられる。
瞬間、指先に通っていた白金の気配が断ち切られ、ただの冷たい紙の感触だけが残った。
同様に、アルギメルのカードにも免紙が貼られた。
「これで執行は完了です。チーム戦の場において、我々が観測を行わせてもらいます。もし一度でもこれらの式符を使用した場合、即座に大逆の罪が適用されますので、ご注意を」
セレスティーナは深々と一礼し——それから、封じられた二枚のカードへ視線を落とした。
「それと、もう一つ。査察の一環として、両式符の『霊的聴取』を行います。神秘存在の意志と状態を、我々三国の立ち会いのもとで記録する手続きです。式符は門外の査察車にてお預かりし、聴取が済み次第——本日中に、必ずお返しいたします」
「……持っていく気か」
「帝国も受理した、正式な手続きです。ご懸念には及びません。免紙は対象の消滅や損壊を防ぐ設計であり、聴取に必要な範囲でのみ、抑制の出力を緩めます。——あなた様との接続だけは、封じたままにさせていただきますが」
拒否権はない。それはもう、分かっていた。
俺は無言で、二枚のカードをセレスティーナへ渡した。指先から離れる瞬間、自分の体温まで一緒に持っていかれるような感覚がした。
「式世一」
エリナが、俺の顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「私は、あなたが彼女たちを解放し、正しい人間の道に戻ることを願っている。天使はあなたの玩具ではない」
「……消えろ」
俺は低く吐き捨てた。
エリナは悲しそうな、だが自分の正義を微塵も疑わない目で俺を見つめ、それから背を向けて歩き出した。
特使たちが警護の帝国兵を引き連れて去っていく。
訓練場に、再び冷たい静寂が戻ってきた。
「世一様……」
苑子が駆け寄ってきた。
「申し訳ありません、私の情報網では、彼らの到着を事前に察知することが……」
「お前のせいじゃない」
俺は短く答えた。だが、その声は自分でも驚くほど掠れていた。
「世一様」
英稟が俺の前に立ち、俺の顔を覗き込もうとした。
「……大丈夫、ですか?」
俺は答えようとした。
「問題ない。早雲家との戦いは、ルクシエル抜きで組み立て直す」
そう言うつもりだった。
だが、言葉が出てこなかった。
(息が……できない)
胸の奥に、巨大な「空洞」が広がっていた。
今までルクシエルの白金の魔力で満たされ、塞がれていたあの欠落が、一気に口を開けて俺の精神を貪り始めている。
(なぜ手が震える?)
(なぜ……盤面の動線が見えない?)
頭をフル回転させようとするのに、思考のギアが空回りして、ただ黒いノイズを吐き出すばかりだ。
考えようとするたびに、視界がぐにゃりと歪む。
(何もない)
(何もない部屋だ。机の上には冷え切ったコンビニ弁当の空きパック。誰も俺を呼ばない。誰も俺を見ない。ディスプレイの青い光だけが、俺の影を壁に引き伸ばしている)
かつてのあの薄暗い六畳間の惨めな記憶が、訓練場の床と混ざり合って視界を覆い尽くす。
(あの部屋に、戻るのか?)
(何もない、無力な、ただのゴミのような人間に)
「世一様。門前に、査察団の使いが」
苑子の声が、遠くから聞こえた。聴取とやらが済んだのだろう。恭しく差し出された二枚のカードを、俺は引ったくるように受け取った。
免紙の貼られたルクシエルは、指の中で、ただの冷たい紙だった。
「……部屋に戻る」
俺はそれだけを言い残し、英稟の制止の声も聞かずに、訓練場を後にした。
自室に戻り、扉を閉める。
鍵をかけ、ベッドになだれ込んだ。
身体が震えて止まらない。冷や汗がシーツを濡らす。
懐からルクシエルのカードを取り出す。免紙が貼られたカードは冷たく、何の温もりも魔力も返してこない。
「ルクシエル……ルクシエル……っ」
俺はカードを胸に抱きしめた。
しかし、白金の光はにじみ出てこない。耳元で囁く「世一様は無敵です♡」というあの甘い声も、聞こえない。
なぜ盤面が見えないのか。なぜ動線が組み立てられないのか。
その問いは、冷たい部屋の闇に吸い込まれて消え、答えを返さなかった。
絶望的な焦燥に全身を苛まれながら、俺は冷たいベッドの中で、ただ膝を抱えて夜を待った。
夜が来た。
遠見市の符灯が一つずつ点く頃、自室の扉が静かに叩かれた。
「世一様」
英稟の声だった。返事をしなかった。それでも、扉が開いた。
軍帽も軍服もない。白い内衣に黒髪を下ろした英稟が立っていた。その後ろに、苑子がいた。二人の顔に、普段の厳格さはなかった。
「何しに来た」
「……傍に、おりたくて参りました」
「帰れ」
「失礼します」
英稟は入ってきた。俺のベッドの端に腰を下ろした。
「世一様が帝国に乗り込むと言ってくださった」声は揺れていなかった。「それを聞いた時から、あなたが崩れるところを見ていられなくなりました」
「感情論は要らない」
「はい、感情論です」
苑子が俺の反対側で静かに膝をついた。
「私の不覚でございます、世一様。……お詫びの言葉もありません」
「お前のせいじゃないと言った」
「それでも、傍にいさせてください」
俺は答えなかった。窓の外を見た。遠見市の夜景。北東の、早雲家の方角。四日後に乗り込む敵の領地。
ルクシエルがいれば、盤面が見えた。
今は——何も見えない。
(クソが)
何かが切れた。
「……使うぞ」
英稟の衿元を掴んだ。白い内衣の帯を引き解くと、開いた合わせからスレンダーな肢体が現れた。英稟が息を呑んだ。
「……はい、世一様」
俺はその肢体を押し倒した。黒髪が枕の上に広がる。いつもは命令に従って目を逸らすあの黒い目が、今夜は逸らさずに俺をまっすぐ見ていた。
英稟の首筋に唇を押し当て、鎖骨の窪みを舌先でなぞった。さらに胸の頂へと口を移すと、こらえるように噛んだ唇から声が漏れた。
「……っ♡ ……ぅ……♡」
「声、我慢するな」
「……っ、は……♡ ……ぅ……」
胸の頂を舌で転がすと、英稟の腰が浮いた。内腿を膝で割り広げると、彼女は抵抗せず「……は、……ぁ……」と細く息を吐いた。
秘部に触れると、そこはすでに潤んでいた。
(ルクシエルの白金の光が溢れてくることはない)
ただ、温かく、人間の女の体温だけがあった。
「……こんなに、なっていたのか」
「……っ♡ ……言わないでください……」
英稟が頬を赤らめ、首を横に振った。
「この状況で、私が……世一様を心配しないでいられるわけが……っ♡」
指を押し入れると、英稟が「……っ!」と声を詰まらせた。
「……ぁ……っ♡ ……ぅ、……世一様……っ♡」
ゆっくりと中を動かすたびに、くちゅ、と湿った音がした。英稟の太腿が震え、腰がわずかにうねる。
指を引き抜き、英稟の両脚を割り広げて、俺はその中心に自分を宛てがった。
「っ……!♡」
ゆっくりと押し込んでいくと、英稟の息が止まった。
「ふ……っ♡♡ …………深い……世一様が……奥まで……っ♡」
ルクシエルの体は白金の光を滲ませ、魔力回路が直接融合してくる。英稟の体は——ただ、熱かった。人間の、生々しい熱さだった。
腰を動かし始めると、英稟がシーツを掴んだ。
「ぁ……ぁあっ……っ♡ ……世一様……っ♡ 世一様……!!」
「英稟——」
「……ここに、います……っ♡」
英稟が俺の背中に腕を回した。俺はそれを振り払わなかった。
腰の動きを深くした。ベッドの軋む音と湿った音と、英稟の掠れた喘ぎが混ざり合った。
「……っ♡! ぁあっ……世一様……っ♡ 世一様……!!」
英稟が達した。全身を震わせ、俺の背中に指を食い込ませ、それから静かに力を抜いた。
俺はそのまま英稟から離れ、苑子を引き寄せた。
「……世一様」
苑子は何も言わず、俺の前に来た。三十代後半の成熟した体が、迷いなく衿を自ら解いた。英稟の白さとは異なる、しっとりと艶めいた肌が露わになる。
「苑子」
「はい、世一様。……どうぞ、全部、ここに」
苑子は仰向けになり、静かに脚を開いた。経験を積んだ女の、落ち着いた受け入れ方だった。
俺が苑子の中に押し入ると、英稟とは違う、ゆったりとした包み方がした。
「……っ♡ ぁ……深い……っ♡」
腰を動かすたびに、苑子は「……ぁ……っ♡ 世一様……っ♡」と低く声を上げた。英稟の掠れた喘ぎとは違う、熟した女の艶やかな声だった。
「……亡き夫とは、どちらが深い」
「……っ♡ そのような……ぁあ……っ♡」
「答えろ」
「……ぁ……っ!♡ ……世一様の方が……ずっと……深い……ですっ……♡」
腰を深く押し込むたびに、くちゅくちゅ、と湿った音が部屋に響いた。苑子の腰が俺の動きに合わせてゆっくりと揺れ始めた。抑えることをやめた成熟した女の体が、俺をじわじわと締め上げてくる。
「……ぁあっ……っ♡♡ 世一様……っ♡ 世一様……!! ……そこです……そこ……っ♡♡!!」
苑子が達した。俺は最後まで動き続け、苑子の中に全部を注いで、引き抜いた。
空洞は消えなかった。
ルクシエルの白金の魔力が魂の欠落を満たしてくれるあの感覚は、どこにもなかった。英稟の温かさも、苑子の妖艶さも——確かに俺の肌の上に存在した。だが、胸の奥の巨大な穴は、依然として口を開けたままだった。
だからこそ、俺はもう一度英稟に向かった。
英稟の手を引いて起こし、俺の膝の上に向かい合わせに乗せた。
「……っ♡ この……体勢は……世一様……っ♡」
「動け」
「……は、……い……っ♡」
英稟の腰が、おずおずと上下し始めた。正面から見える英稟の顔は、いつもの凛然とした軍人の顔ではなかった。眉が寄り、唇が半開きになり、汗が頬を伝って落ちていく。
「……ぁ……っ♡♡ ぁあ……っ♡ 世一様……っ♡ ……こんな……っ♡♡」
「もっと深く」
「っ……!♡ ぁあっ……っ♡♡♡ ……世一様……っ♡ 世一様……!!」
俺が腰を掴んで引き下ろした。英稟が「……っ!!♡」と声を上げ、俺の胸にしがみついた。
そこで、俺の中にも何もなくなった。
精も根も尽き果てて、俺は息だけをしていた。胸の奥の空洞は、変わらずそこにあった。
英稟が俺の胸に頬を当てていた。苑子がその傍で、黙って俺の髪に触れていた。三人とも、無言だった。
「……世一様」
英稟が低く言った。
「私は浅葱に勝ちます。大将と冬子の一対一の盤面を、必ず作ります。……だから今夜だけは、弱くなっていていいです」
俺は答えなかった。目を閉じた。
いつの間にか、眠っていた。
夜明け前に目が覚めた。
英稟は俺の横で静かに眠っていた。苑子は椅子に腰を落として、俯いたまま眠ってしまっていた。
二人を起こさないように起き上がり、浴室へ向かった。
湯を張って浸かった。
熱い湯が、使い果たした身体に沁みた。目を閉じて、天井を見た。
(なぜ——昨日、あんなに崩れた)
問いが浮かんだ。ルクシエルを取り上げられた。観察封印が下された。盤面が見えなくなった。
——なぜ?
ルクシエルは強力な初期指定式符だ。だがデッキ一枚が使えなくなって、なぜ「盤面全体」が消えた?
答えが、湯気の中から静かに浮き上がってきた。
(俺は——ルクシエルを使う練習しかしていなかった)
展開のすべて。動線のすべて。盤面設計のすべてが、「ルクシエルがいる前提」で組み上げられていた。それ以外のルートを、真剣に考えたことがなかった。
元の世界で世界大会出場プレイヤーだった俺が——初期指定一枚に全依存するデッキを「強い」と呼んだことなど、一度もなかったはずだ。
(天使だけが、俺のデッキじゃない)
六畳間の光景が浮かんだ。ディスプレイの青い光。机の上のカードの山。誰の助けもない静寂の中で、俺は何十通りもの「ルート」を組み立てていた。例え初動となるカードが来なくても。切り札のカードが失われても——その前提でいつも盤面を組んでいた。
(別の勝ち筋を見つける。それだけの話だ)
湯から上がった。タオルで水気を拭きながら、俺は静かに笑った。昨日の焦燥が、嘘のように遠かった。