『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
俺は自室へと向かった。
部屋の隅に積み重ねた荷物の底から、古い木箱を引き出す。
その中に、現実の日本で競技シーンにいた頃から持ち込んだ古い符叢があった。
『千装魔女の色衣』。
蓋を開ける前から、指が覚えていた。この重さ。箱の角の、この欠け方。
——世界大会、決勝。
俺はこの符叢を握って、あの舞台に立った。最強を決める盤面。会場を埋めた観客と、配信の向こうの何万という目。予選から決勝まで、この四十枚と勝ち上がった。そこまで行った。そこまで行って——勝てなかった。
世界で二番目。ファイナリスト。誰もが称え、誰もがすぐに忘れた。俺自身が、誰より早く忘れようとした。
決勝の夜、ホテルの部屋でこの符叢を一枚ずつ並べて、全部の手順を思い返した。どこで間違えた。どの一手だった。答えは出なかった。出ないまま、箱の蓋を閉めた。翌年、俺は就職した。符叢は箱の底に沈んだままになった。六畳間の隅で、埃をかぶって——会社に磨り潰されていく俺を、この箱は、ずっと同じ部屋で見ていたことになる。
この世界に来てからも、ルクシエルを手に入れてからも、蓋は開けなかった。
開けられなかった、が正しい。
「……出てこい、エーデルガルト」
俺が符叢の最上段から、古い紫色の魔力がにじむカードを引き抜いた瞬間、部屋の影が急速に凝集した。
白金の光のようなまばゆさはない。
ただ、夜の闇そのものが溶け出すように、深い紫黒の魔力の粒子が立ち上り、一人の女性の姿を形作っていく。
顕現したのは、古い魔女だった。
属性は『陰』、種属は『魔女』。
"気高き守り手"エーデルガルト。
身の丈に合わない古い黒のローブを羽織り、腰には使い魔の原符——八本の細い巻物を差した魔女。
深い紫黒の長い髪と、感情の読めない翡翠色の瞳。
実体化したエーデルガルトは、書庫の暗がりのなかで、静かに俺を見つめた。
「……お呼びくださいました」
第一声は、責めるでも、甘えるでもなかった。ただ静かだった。何年ぶりかの主を前にして、翡翠の瞳の奥に、長い時間だけが沈んでいた。
「久しいな」
「はい。——あの決勝から、ずっと」
あの決勝。この女はそれを、昨日のことのように言った。
「見ておりました。あなたが最後の一枚を打てずに、盤面が閉じるところを。ホテルの部屋で、私たちを一枚ずつ並べ直すところを。答えの出ないまま、蓋を閉めるところを」
エーデルガルトが一歩踏み出した。
「六畳の部屋で、灯りも点けずに座っているあなたも。会社という盤面で、一度も手番の回ってこないあなたも——箱の底から、全部、見ておりました」
「……なぜ黙って見ていたのか、とは——聞かれないのですね」
「カードは、喋れない。そういうものだ」
彼女は薄く笑った。笑って、それから、初めて声に熱が滲んだ。
「ええ。だから私は、あなたが蓋を開けてくださる日を、待つことしかできなかった。世一様。私は——あなたの力になりたかった。あの日も。あの日からの、すべての日も」
冷たい指先が、俺の頬にそっと触れた。
指先は、冷たかった。十年、閉じた箱の底にいた者の温度だった。
(……この冷たさを作ったのは、俺だ)
この女の愛着は、ルクシエルの「世界をお前の色で満たせ」という外向きの祝福とは違う。内へ、内へと沈んでいく、深く重いものだ。だが、その重さはもう、俺を竦ませない。同じ敗北を、同じ十年を、箱の外と内で抱え続けた——その年月の重さだ。
これは、仕舞われた恨みではない。
俺たちは、戦友だ。
ともに後悔を重ねた。ともに、最高の勝利を分かち合えなかった。世界で二番目という、誰も覚えていない場所で止まったまま——敗残の、戦友だ。
俺はこの女を知っていた。世界の頂を争う盤面で、何百回も動かしてきた。色衣の着替え順を。早業の回し方を。どのタイミングで翠衣を差し、どこで緋衣に切り替えるか。指の先まで、知っていた。
この女もまた、俺を知っている。頂まであと一手で届かなかったプレイヤーを。その一手を、十年間、閉じた箱の中で反芻し続けたのは——俺だけではなかったわけだ。
陽気支配など、試みる余地すらない。
俺は彼女の指先を払わなかった。代わりに、その細い手首を掴んで、静かに下ろさせた。
「勘違いするな、エーデルガルト。俺はお前を慰めるために呼んだわけじゃない。昔を懐かしむためでも、縋るためでもない」
エーデルガルトの笑みが、一瞬だけ消えた。
書庫の空気が、凍りついたように張り詰める。
「お前はカードだ。俺はプレイヤーだ。——そして俺たちは、まだ負けたままだ」
翡翠の瞳が、わずかに見開かれた。
「あの決勝の忘れ物を、取りに行く。舞台は変わった。相手も変わった。ルールも札も違う。だが、やることは同じだ——最強を決める盤面で、最後の一枚まで正しく打ち切る。今度は、勝ち切る」
俺は彼女の腰の巻物を見据え、言い放った。
「お前の想いも、待たせた十年も——まとめて、俺の盤面を完成させるための部品として使ってやる。ああ、お前だけを徹底的に使い潰してやる。俺の指示に従い、俺の勝利のために、その身のすべてを捧げろ。——そして今度こそ、勝利を分かち合え」
「使い潰す……」
エーデルガルトがその言葉を口の中で転がした。
消えていた口元の笑みが、これまでになく深い弧を描いて戻ってくる。翡翠の瞳が、狂おしいほどの悦楽と——それよりなお深い、安堵の色に細められた。
「……ああ。その言葉を、何年、待ったことでしょう」
彼女は恭しく膝を折り、俺の足元でローブを広げた。
「どうぞ、私を『正しく使ってください』。あの日、使い切れなかった私のすべてを。あなたの指先で、あなたの完璧なタイミングで、最後の一枚まで消費し尽くしてくださいませ——世一様」
主従は、ここに確立された。
隷属ではなく、『プレイヤーとカード』として——いや、敗残を分かち合った戦友としての、相互の理解。彼女の「正しく使ってください」は、道具扱いへの拒絶ではない。あの決勝でやり残した続きを、今度こそ最適な瞬間に使い切ってほしいという、符士への要求であり——十年越しの、願いだった。
俺は彼女のカードを符叢の起点に据える。
単色か、混ぜてもせいぜい二色までが常識とされるこの世界で、全八属性を同時に操る異端の多属性コントロール。
(墓地の早業符二枚を符叢の底へ戻す追加代償で、エーデルガルトに使い魔を装備し、その場で効果を着替えさせる。単色が主流で、混ぜてもせいぜい二色まで——それが常識のこの世界の連中や冬子には、八色の着替えはそれだけで悪夢のような盤面に見えるはずだ)
俺は目を閉じて、八色の色衣を順に指でなぞった。
翠衣は木。相手の使役式一体を霊体化し、次の手番の終わりまで実体化を封じる。
緋衣は火。相手の場の式符一枚を破壊する。
黄衣は土。装備している間、エーデルガルトを効果対象と効果破壊から守る。
白衣は金。装備している間、エーデルガルトの戦力と霊力が五、上がる。
蒼衣は水。式符を一枚引く。
黒衣は陰。相手の手札を見て一枚を墓地へ。手札が空なら、符叢の上から二枚を落とす。
金衣は陽。墓地から式符を四枚まで選び、望む順で符叢の底へ戻す。
灰衣は無。墓地の早業一枚を、手札へ戻す。
十年ぶりでも、順番は淀まなかった。指が全部、覚えていた。
(紛らわしいのは白と金だ。戦力を上げるのが白衣、墓地を戻すのが金衣——決勝の緊張の中でさえ、俺の指はこの二枚を取り違えなかった。今さら、間違えるものか)
最善の一手を差した時にだけ、この札は指先で微かに応える——そんな気が、昔からしていた。カードは喋らない。だから、確かめようもなかった。
……これからは、声で聞けるわけだ。
「これで冬子の要塞を崩す。盤面は再構築された」
俺はエーデルガルトのカードをホルダーに差し込んだ。
もはや、手の震えは完全に止まっていた。
十年前に途切れた動線が、異世界の盤の上で繋がり直した。あとは——最後まで、打ち切るだけだ。
冬子との決戦まで、あと四日。
────
調整七日目の朝。
星宮邸の訓練場は、日が高くなる前から土埃の匂いと火の魔力の余熱で満ちていた。律也と英稟はすでに対面の位置に立ち、符叢ホルダーを腰に下げて準備を整えている。
苑子は離れた壁際で、水差しを膝に置いて静かに座っていた。
俺は訓練場の入口で一度立ち止まり、横を見た。
エーデルガルトが、何も言わずに隣に立っている。昨夜から顕現させたまま、この朝まで無言で部屋の片隅に座っていた女だ。こちらから話しかけることも、向こうから話しかけてくることもなかった。ただそこに在る。
「……なんか、雰囲気ちがいますよね」
律也が視線を泳がせた。
「今日から向こう三日、こいつとの動線を詰める。律也、まず俺と当たれ。先攻後攻は好きに選べ」
「……先攻取ります」
俺は符叢をホルダーに差した。
(当時の俺は自分のペースで展開できた。相手はデータのないメタだった。今は違う——相手は俺の癖を知っている。だが俺は、この符叢の引き出しをまだ指に叩き込んでいない)
まず——今の俺がどこまで動けるか、それを知る必要がある。
「始めろ」
律也の一手目。
「炎武者・焔鬼、召喚! 早業『焔鬼の吹噴』発動——場の炎武者の霊力を、ターン終了まで+3します!」
律也の足元から橙色の炎が跳ね上がり、焦げた鎧をまとった武者が大きく実体化した。律也の手牌がすっと入れ替わる。
(連鎖の型だ。式符を展開しながら、場の状態で他の炎武者を繋いでいく構造——)
俺の手番。
「エーデルガルト——召喚する」
符叢の上段から一枚を引き抜き、魔力を流した。訓練場の影が一瞬収縮し、紫黒の粒子が渦を巻いてエーデルガルトが実体化する。律也がわずかに目を細めた。
「使い魔装備、発動。墓地の早業符二枚を符叢底へ——緋衣をエーデルガルトに装備」
俺は手元の早業符を二枚、符叢の底に送った。
(律也の場で唯一実体化している焔鬼を狙う。これを砕けば、今手番は通る——)
「焔鬼、破壊」
炎の武者が砕け散った。
——その瞬間だった。
「連鎖発動! 焔鬼が破壊されたことで——炎武者・炎廻りを符叢から特殊召喚します! さらに早業『猛火の連環』発動。炎廻りの戦力を+6し、追加手番を得ます!」
砕けた焔鬼の残滓の中から、より細身の炎の武者が勢いよく顕れた。律也の顔に火が宿る。
(……連鎖が繋がった)
俺は表情を変えなかった。だが頭の中では、一手の読み違いを静かに噛み締めていた。
(破壊が連鎖のトリガーだった。緋衣は孤立した目標に使う衣だ。連鎖持ちに当てれば——こうなる)
「猛火の連環で強化した炎廻り——エーデルガルトに攻撃!」
炎の刃がエーデルガルトの霊力を削いだ。
彼女は動かなかった。目を閉じ、一瞬だけ沈黙する。その表情に何も出ていない。
符叢の消耗が三手分早まった。そこから二手——俺は盛り返せなかった。炎廻りが二度目の直接攻撃を通し、俺の符叢が尽きる。
「……俺の勝ちです」
律也が少し申し訳なさそうに言った。
「わかってる」
俺は符叢を整え直した。
「……緋衣が早すぎたか」
呟いた瞬間、横からエーデルガルトの声が入った。
「緋衣は、孤立した式符を狩るための衣です」
短く、格調のある声だった。
「連鎖の種を持つ武者の前では——翠衣が先です」
「……わかってる」
「世一様は、私の色衣の順番ではなく——私を守ることを先に考えてくださっていた」
俺は何も言わなかった。
「……嬉しいですが、正しくはありません」
英稟が腕を組んだまま、小さく言った。「連鎖型への対応の基本だ」
「知っていた。やってみないと、指が思い出せなかった」
二戦目。
「今度は燃料から積んで——翠衣から始める」
後手を選んだ。律也の一手目——炎廻りが場に出る。
俺の手番。まず『芽吹き』。二枚引いて、一枚を符叢の底へ。続けて『流し替え』。手札を一枚沈めて、二枚引く。手札の総数は減らない。ただ、墓地に早業が二枚——着替えの燃料が落ちた。
「エーデルガルト、召喚。墓地の早業二枚を符叢の底へ——翠衣、装備。炎廻りを霊体化。次のお前の手番終了まで、実体化を封じる」
炎廻りが薄く透け、霊体へと変わった。連鎖の種が無力化される。
早業を切り、墓地に積み、それを燃料に着替える。この盤面は、そうやって回る。
「『代償整理』——二枚引いて、一枚を底へ。黄衣、装備」
黄衣の守りがエーデルガルトを静かに包む。効果対象・効果破壊、共に無効。
「蒼衣——式符を一枚ドロー」
手が伸びる。引いたのは早業符『流し替え』の二枚目。
律也の手番——炎廻りはまだ霊体のまま動けない。新たな炎武者を召喚しようとするが、黄衣の守りの前では効果での排除が利かない。
「炎武者・残燈召喚、戦闘攻撃します!」
直接攻撃。白衣なしのエーデルガルトが、わずかに削られた。
(白衣を先に貼るべきだったか——いや、翠衣と黄衣を先に固めた判断は間違っていない。白衣は守りが整ってから)
「白衣装備——エーデルガルトの戦力・霊力+5」
エーデルガルトの気配が静かに高まる。
「翠衣の霊体化が明けた炎廻りに——緋衣を切り替え装備。孤立した残燈を破壊」
連鎖なし。残燈が砕ける。
律也の符叢が尽きたのは、五手後だった。
「……負けです。さっきと全然違う。怖い」
軽口だが、本気の評価がにじんでいた。
俺は手元の符叢を確認した。
(金衣のタイミングが一手遅かった。律也の符叢が六枚目で底を突いた直後に回収を動かすべきだったのに、五枚目で動いてしまった。英稟が相手なら、そのズレが命取りになる)
三戦目。英稟——天津甕星。
訓練場の温度が、わずかに下がった気がした。
英稟は何も言わずに符叢をホルダーから取り出し、対面についた。七耀陣のない今の彼女は——それでも、この場で最も危険な符士だ。
「先攻、もらう」
「……どうぞ」
英稟の視線は既にカードに落ちている。
先手一手目——『芽吹き』と『代償整理』を続けて切る。手札を整えながら、墓地に早業を二枚。それを燃料にエーデルガルトを場に出し、蒼衣を装備してドロー。手が早業符『魔女の早着替え』を掴んだ。
英稟の手番。
「……天津甕星——召喚」
静かな声だった。しかしその一言が落ちた瞬間、訓練場の陰の気が収縮したような感覚があった。
黒い星の光を纏った使役式が、ゆっくりと実体化する。天津甕星。陰属性最高峰の使役式の一枚。
(七耀陣なしでも、単体でこの盤面を支配できる器だ)
「早業——『星幽の引き糸』発動。相手の手札を見て、一枚を墓地に落とす」
英稟の手が伸び、俺の手牌を開かせた。五枚の中から——英稟が一枚を選ぶ。『魔女の早着替え』が墓地に送られた。
俺の手番。
手の中に黒衣がある。英稟の手札を一枚削る衣だ。
(甕星を抱えた英稟の手には、次の手が眠っている。先に削いでおけば——)
俺はそれを装備しようとして、止まった。
(……違う)
(ルクシエルなら手札を見てから制圧する。天使の封鎖で場を固め、相手の手を一枚ずつ剥がしていく。それがあいつの戦い方だ)
(俺は今、ルクシエルの思考でエーデルガルトを動かしている)
頭では分かっていた。だが手が止まらなかった。
「……黒衣を装備する」
英稟の手牌を見た。
——次の手は、なかった。空の手番に向けて黒衣を浪費した形になる。
英稟がわずかに目を細めた。
「天津甕星、攻撃」
甕星が動いた。白衣なしのエーデルガルトは、甕星の戦力の前では守り切れない。
「黄衣——」
ギリギリのタイミングで黄衣を滑り込ませた。効果攻撃が無効になる。しかし手の動線が乱れていた。
(黒衣が無駄手になった。蒼衣でドローを繋ぐべきだった——今の俺の手は、ルクシエルの制圧思考に引きずられている)
英稟が符叢を一枚引いた。甕星の効果が次の手番に再び動く。
俺は符叢を見た。
——指が、考えるより先に動いた。
「白衣——エーデルガルトの戦力・霊力+5」
エーデルガルトの気配が変わった。
「灰衣——装備を切り替え。墓地の早業を手札へ」
墓地から、最初に切った『代償整理』が手に戻る。
「翠衣——天津甕星を霊体化。次の英稟の手番終了まで、実体化を封じる」
甕星が薄く透けた。
英稟が黙った。
「蒼衣——ドロー」
「金衣——墓地から式符を四枚、符叢底へ積み直す」
墓地を四枚選り分け、符叢の底に戻した。符叢の持続が伸びる。英稟の符叢は、今の俺より五枚少ない。
「……」
英稟が符叢を引こうとして——止まった。
一瞬だけ、珍しく表情が動いた。
(そうだ。この感触だ。指が——覚えている)
俺の指は、世界大会の決勝盤面で何度も繰り返した動線を、この戦場で再生していた。翠衣の霊体化で時間を作り、灰衣で早業を戻し、蒼衣でドローを繋ぎ、金衣で符叢を補充する。白衣の強化を積み重ねたエーデルガルトが、甕星の霊体化が解けるのを待ちながら盤面に居続ける。
制圧ではなく——蓄積。
それが、この魔女との戦い方だ。
英稟の符叢が尽きたのは、十二手後だった。
「……」
英稟は長い沈黙の後、符叢をホルダーに戻した。
「天使を取り上げれば、止まる人だと思っていました」
一拍おいて、続けた。
「……撤回します」
その声には、悔しさに似たものが薄く滲んでいた。主を疑っていたことへの詫びなのか。それとも——天使を封じられて数日で立て直した男と、七耀陣を欠いたまま戦い続ける自分とを、重ねたのか。どちらなのかは、分からなかった。
律也が腰に手を当てて「あの天使がいないのに、やっぱりやばい人だ」と呟いた。
苑子が水差しを持って近づいてきた。俺は水を受け取りながら、エーデルガルトの原符に手を伸ばした。
その瞬間——エーデルガルトが静かに口を開いた。
「……良い選択でした」
それだけだった。
「調整八日目は英稟と盤面を合わせる。組み符闘は一対一の三本勝負だ——連携の稽古じゃない。甕星の圧を正面から借りて、色衣の動線を対要塞用に研ぐ」
英稟が「……わかりました」と短く返した。
俺はエーデルガルトの原符を符叢の起点に差し直した。
消える直前、エーデルガルトは最後にもう一言だけ言った。
「……次も、正しく使ってください」