『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
三国査察団との再交渉は、五日後に組まれた。
前日の夜、冬子と苑子が、三国の代表それぞれの人物調書を携えて書斎に来た。
「クラウス・フォン・シュタッヘル。ヴァンダリアの計測官。損得でしか動きません。データさえ取れれば手を引く、と読んで構わないかと」
苑子が淡々と告げた。
「セレスティーナ・ヴァル・アストラ。聖華教皇国第七枢機卿。そして——」
冬子が引き取った。
「エリナ・ソルベルク。マギニア神聖同盟、白銀円卓騎士団第三席。この二人には、もう一つ繋がりがございます」
「言え」
「同じ聖教系の学院で、エリナはセレスティーナに師事していました。師弟です。今回、それぞれ別の国の代表として卓に着くことになった——巡り合わせにございます」
冬子の細い目が、わずかに動いた。
「思想が同じ方向を向いているとは限りません。むしろ、師の教えをどう受け継いだか、あるいは反発したかで、二人の間に亀裂が入っている可能性があります。そこを——衝いてご覧になっては」
(策士だな、こいつも)
苑子の情報網と、冬子の読み。組み合わせれば、盤面の前に、相手の手札の半分が透けて見える。
────
場は遠見市の符闘院。星宮邸の訓練場で観察封印を突きつけられて以来、三国と正面から卓を囲むのは初めてだった。今度は、俺が呼び出す側だった。
二領の後見人として符帝家の布告を背負い、聖座へ届いた書簡と、符闘記録に残った証言を携えて——俺は三国の代表三人と、卓を挟んで向き合った。
セレスティーナ・ヴァル・アストラ。聖華教皇国第七枢機卿。
クラウス・フォン・シュタッヘル。ヴァンダリアの計測官。
そして、エリナ・ソルベルク。マギニア神聖同盟、白銀円卓騎士団第三席。
エリナだけが、若かった。白銀の聖騎士鎧。金の長髪。青灰色の澄んだ目。卓の上に、白い聖旗を立てかけるように置いていた。冬子の言った通りだ——師弟が、それぞれ別の国の代表として、この卓に並んでいる。
「再交渉の名目で呼びつけるとは。独立符士の分際で、ずいぶんと偉くなったものだ」
エリナが、最初に口を開いた。真っ直ぐな声だった。敵意というより、信念だった。
「分際の話なら、符帝家の布告がある」
俺は布告を卓に置いた。
「二領の後見。符闘・外交の決定権。お前たちが相手をしているのは、もう出自不明の独立符士じゃない」
クラウスが、モノクルの奥で布告を一瞥した。表情は動かなかった。
「政治的な後ろ盾を得た。それは認めましょう。しかし、観察封印は神秘存在の管理に関する措置。政治の階位とは別の問題です」
「その管理の根拠が、崩れている」
俺はセレスティーナを見た。
「セレスティーナ殿。あなたは聖座へ書簡を出した。観察封印の根拠の再検討を求める書簡を。そうだな」
セレスティーナは、穏やかな表情のまま、頷いた。
「出しました。隠す気はありません」
エリナが、師を見た。
「……師よ。それは、本当ですか」
「本当です、エリナ」
「なぜ。あなたは——天使を正しい秩序へ帰すために、ここへ来たはずだ」
セレスティーナは、静かに答えた。
「あの符闘場で、天使が自らの意志で言葉を伝えました。私はその言葉に従って、聖印を切った。天使の言葉は、神の言葉の媒介です。それに従うことは——信徒として、正しい」
「ならば、なおさら——」
「ええ。なおさら、です」セレスティーナの声が、わずかに沈んだ。「天使の言葉に従うことが正しいなら、その天使が言葉を伝えようとするのを、外交の都合で縛る封印は——間違っている。私は、三日かけて、その結論に至りました」
エリナが、言葉を失った。
師弟が、思想の分岐点で、別の岸に立っていた。
────
「観察封印の大義名分は」
俺は卓の真ん中に、一枚の記録を置いた。符闘記録の写しだった。
「『天使が一個人の命令に従う状態の是正』。だが、ここに記録がある。あの符闘場で、ルクシエルは俺の命令によらず、自らの意志で語った。セレスティーナ殿が証人だ」
クラウスが、記録を手に取った。読んだ。
「……興味深い。命令系統の外で、神秘存在が自律的に行動した記録。確かに、封印の前提とは食い違う」
「ならば手を引くか、クラウス」
クラウスが、モノクルを押し上げた。
「ヴァンダリアの目的は、最初から一つです。ルクシエルとアルギメル——URクラス神秘存在の出力データの計測。政治でも信仰でもない。私はそれが取れれば、手を引きます」
「データを取らせる。一度、符闘場でルクシエルを召喚する。お前の計器で測れ」
「ほう」
「封印は『符闘場での実体化を禁ずる』もの。だが、計測のための一度の召喚を、三国の合意の下で例外とする。これは封印の手続きの範囲内だ。違うか」
クラウスが、しばらく沈黙した。それから、初めて——わずかに口角を上げた。
「合理的だ。私に異存はありません。一度の召喚で、URの完全な出力データが取れるなら、ヴァンダリアの任務は達成される」
一人、落ちた。
────
残るは、エリナだった。
「待ってください」
エリナが、立ち上がった。
「データのために天使を召喚する? 師は信仰のために封印を否定する? ——おかしい。あなたたちは、肝心なことを忘れている」
聖旗を握る手に、力がこもっていた。
「天使は、神の言葉を伝える尊い存在だ。それが、一人の人間の符叢に閉じ込められ、命令で戦場に駆り出されている。私はそれが——耐えられない。天使は、自由であるべきだ。誰の道具でもなく」
理想だった。混じり気のない、理想だった。
「私の目的は、最初からルクシエルの解放です。あなたから引き離し、誰の命令も受けない自由な存在に戻す。それが、私がここへ来た理由だ」
俺は、エリナを見た。
(この女は——本気で、そう信じている)
文化の機微には頓着せず、信念だけを真っ直ぐに押し通す女だった。だが、その信念に、嘘はなかった。
「だったら、確かめろ」
「……何を」
「ルクシエルが、命令で戦っているのか。それとも、自分の意志でそこにいるのか。お前自身の符闘で、確かめればいい」
エリナの目が、見開かれた。
「私が、あなたと符闘を?」
「計測のための召喚だ。クラウスが測る。その符闘の相手を、お前がやれ。ルクシエルと盤を挟んで、お前の目で見ろ。あれが道具なのか、それとも——自分の意志で戦う天使なのか」
「……」
「お前の言う『解放』が正しいなら、ルクシエルは解放を望むはずだ。望まないなら——お前の解放は、ただの押し付けだ」
エリナが、長く、俺を睨んだ。
理想主義者は、挑発に弱い。自分の信念が正しいと信じているからこそ、確かめる機会から逃げられない。
「……いいでしょう」
エリナが、聖旗を手に取った。
「あなたと符闘します。そして、証明する。天使が——人間の命令で戦わされている、その歪みを。私が、解放してみせる」
セレスティーナが、何か言いかけて——止めた。
弟子の目を見て、止めたのだった。
クラウスが、淡々と告げた。
「では、こう記録しましょう。『計測を目的とした、三国合意による一度の召喚符闘。式世一 対 エリナ・ソルベルク』。符闘の勝敗にかかわらず、ヴァンダリアは出力データの取得をもって任を終える。聖華は——」
「天使が自らの意志で在るか否か、この目で見届けます」セレスティーナが言った。「その上で、聖座への次の報告を決めます」
三国の合意が、成った。
俺は卓を立った。
(ルクシエル。お前を、表に出す。三日後だ)
封印の鎖が、初めて——緩む音を立てた。