※この作品はR-18です。

『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』   作:シキセ

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第二十七話 計測符闘

三日後。符闘院の中央符闘場。

 

円形の闘技場には、観察封印を執行した三国の顔が、あの日と同じように揃っていた。だが、今日は立っている者の立場が違った。

 

立会人席に、三国の代表が並んだ。クラウス・フォン・シュタッヘルの前には、銀色の魔導計器がいくつも据えられ、淡い光を規則正しく明滅させている。ヴァンダリアが持ち込んだ、神秘存在の出力を測るための装置だった。セレスティーナ・ヴァル・アストラは、深紅の枢機卿服のまま聖典を膝に置き、静かに目を閉じていた。

 

観覧席には、英稟、冬子、律也、苑子がいた。

 

英稟は、無言で俺を見ていた。胸元に七耀陣を仕舞っている。冬子は、いつもの細い目で、盤面ではなく——三国の代表たちを観察していた。律也が落ち着かなげに身じろぎし、苑子がそれを目で制している。

 

符闘場の中央で、俺はエリナ・ソルベルクと向かい合った。

 

エリナが、聖旗を掲げた。白銀の聖騎士鎧が、闘技場の光を弾く。

 

「始める前に、一つだけ言っておきます」

 

青灰色の目が、まっすぐ俺を見ていた。憎しみではなかった。信念の、まっすぐな熱だった。

 

「私は、あなたを憎んではいません。私が許せないのは——天使を、道具にする構造です。神の言葉を伝える尊い存在を、一人の人間が符叢に囲い込み、命令で戦わせている。今日、私はそれを断ち切る。ルクシエルを——自由にしてみせる」

 

「確かめてから言え」

 

俺は短く返した。

 

「お前が断ち切ろうとしている『構造』が、本当にそこにあるのか。それとも、お前が勝手にそう思い込んでいるだけなのか。盤の上で、自分の目で確かめろ」

 

エリナが、唇を結んだ。

 

クラウスが、計器の前で手を上げた。

 

「両者の符叢を確認。式世一の主力符叢に施された観察封印——『約定封印の免紙』を、三国合意の下、本符闘に限り一時解除する。計測終了をもって、再封印の可否を協議する。——セレスティーナ殿」

 

セレスティーナが目を開け、立ち上がった。

 

闘技場の中央まで歩み寄り、俺の差し出した一枚の原符に——青い免紙が貼られた、ルクシエルのカードに、指を触れた。

 

聖印を結ぶ。

 

「——解」

 

免紙が、剥がれ落ちた。

 

その瞬間だった。

 

俺の手の中の一枚が、熱を取り戻した。長く冷たく凍りついていた魔力が、堰を切ったように溢れ出す。指先から腕へ、腕から胸へ——あの、忘れかけていた白金の温度が、一息に駆け上がってきた。

 

「——ルクシエル」

 

符叢の先頭から、白金の光が立ち昇った。

 

光の柱が符闘場の高い天井まで貫き、可変の翼が大きく広がる。金糸のボブカット。白のドレスアーマー。露わな肌に走る白金の光脈。碧い瞳が——ゆっくりと開いて、まっすぐ俺を見た。

 

闘技場が、しん、と静まり返った。

 

観覧席の律也が、息を呑む音が聞こえた。

 

「……世一様」

 

ルクシエルが、微笑んだ。

 

長い封印の後とは、とても思えなかった。陰り一つない、あの全肯定の笑みだった。

 

「お待たせいたしました。ずっと——あなたの符叢の内側から、見ておりました。あなたが、私のいない夜を、一つずつ越えていく姿を」

 

胸の奥の空洞が、白金の光で満たされていくのを感じた。

 

だが——ルクシエルを得たばかりの頃とは、違った。

 

あの頃の俺は、この光がなければ眠れなかった。事後の冷気を、彼女の魔力で埋めなければ、魂が形を保てなかった。縋りつくような渇望が、いつも胸の底にあった。

 

今は、違う。

 

(俺は、お前なしでも立てるようになった。エーデルガルトと、夜を越える術を覚えた。——その上で、お前を、選んで呼んでいる)

 

「存じております」

 

ルクシエルが、俺の心を読んだように、目を細めた。

 

「だから——こんなにも、嬉しいのです。立てる人が、それでも私を選んでくださる。これ以上の喜びは、ありません♡」

 

その言葉の温度に、嘘はなかった。だが、その奥の、ほんのわずかな底——碧い瞳の最も深いところに、何か別の色がよぎったような気がした。気のせいかもしれなかった。

 

エリナが、聖旗を構え直した。

 

「——美しい登場だ。だが、それも演出に過ぎない」

 

その声が、わずかに硬かった。

 

「天使がどれほど慕わしげに振る舞おうと、それが支配の証でないと、どうして言える。符闘で、証明する。あなたが、その天使を——どう使うのかを」

 

「いいぞ。来い」

 

符闘が、始まった。

 

────

 

エリナの符叢は、白銀円卓騎士団の正統——聖剣付与型騎士道グッドスタッフ。世に言う、ヴォルトロン型だった。

 

一体の中核となる騎士に、聖剣を、聖鎧を、宝具を、次々と装備していく。装備が積み重なるごとに、騎士の戦力と霊力が跳ね上がり、あらゆる効果を弾く完全耐性へと近づいていく。積み切ってしまえば、誰にも止められない一撃必殺の塊になる。マギニアが「白銀円卓」と呼んで畏れる、最高峰の戦型だ。

 

「初期指定式符——『聖旗』。展開」

 

エリナの背後に、白い旗が翻った。

 

「聖旗の加護。私の騎士に装備が一つ乗るごとに、戦力+2。装備は破壊されない限り、永続する」

 

エリナの中核騎士が、最初の聖剣を帯びて、光をまとった。

 

(ヴォルトロンの弱点は、積み切る前の数手だ。完成する前に、土台を崩す)

 

俺は冷静に、動線を組み始めた。ルクシエルを軸に据えながら、低レアリティの式符で布石を敷き、リソースを回していく。世界大会で何百回と繰り返した、積み上げの動線。

 

「ルクシエル」

 

「はい」

 

呼んだだけだった。指示は、しなかった。

 

ルクシエルが、白金の光を放った。エリナの騎士に乗りかけた二枚目の装備——聖鎧を、その光が空中で焼き払う。

 

「——っ、装備除去!?」

 

エリナの目が、見開かれた。

 

「言っておくが」俺は静かに告げた。「俺は、まだ何も命じていない」

 

「……?」

 

「ルクシエルが、自分で選んだ手だ。俺の盤面を見て、今いちばん効く一枚を、あれが自分で焼いた」

 

エリナの視線が、ルクシエルへ移った。

 

天使は、ただ静かに微笑んで、盤面を見ている。次に何が来るかを読み、次に何を消すべきかを——自分の判断で、計っている。それは、主の号令を待つ道具の姿ではなかった。

 

エリナの眉が、わずかに寄った。

 

最初の、違和感だった。

 

────

 

だが、エリナは白銀円卓の騎士だった。動揺を、すぐに飲み込んだ。

 

「——今の一手が、天使自身の意志だったとしても。私の騎士が完成すれば、この符闘の結末は変わらない」

 

エリナの手が、速くなった。

 

聖旗のもとで、中核騎士に装備が次々と積まれていく。二枚目の聖剣。聖盾。そして宝具——白銀円卓の象徴たる『誓いの円卓』。一枚乗るごとに、騎士の戦力が跳ね上がり、その身を巡る光が厚みを増していく。

 

「装備、五。聖旗の加護で戦力+十。——そして」

 

エリナの騎士が、純白の光に包まれた。

 

「装備六枚到達。我が騎士は、これより『完全耐性』。あらゆる効果の対象にならず、効果では破壊されない。除去も、霊体化も、弱体も——届かない」

 

闘技場の空気が、重くなった。

 

ルクシエルが、白金の光を放った。完成した騎士へ——だが、光は騎士の表面で、あえなく散った。

 

効果が、弾かれた。

 

「……っ」観覧席で、律也が呻いた。「あの天使の制圧が、通らない……」

 

「そうだ」エリナの声に、確信が戻っていた。「あなたの天使がどれほど強かろうと、効果である限り、私の騎士には届かない。制圧も、除去も、すべて無意味。次の私の手番で、この騎士があなたの盤面を、一撃で薙ぎ払う」

 

完全耐性の騎士が、ゆっくりと、こちらへ歩を進める。

 

観覧席の英稟が、わずかに身を乗り出した。冬子の細い目が、初めて盤面に固定された。

 

ルクシエルの制圧が効かない。俺の主力が、封じられた。

 

——窮地だった。

 

かつての俺なら、ここで凍りついていただろう。ルクシエルの白金の光が通らないということは、盤面が見えなくなるということだったから。

 

だが。

 

(落ち着け)

 

俺の指は、震えていなかった。

 

(ルクシエルの光だけで勝っていた頃の俺は、もういない)

 

観察封印の夜。盤面が消えて、眠れず、冷気を抱えて、それでもストレージの奥から引っ張り出した一枚。エーデルガルト。あの陰の魔女が、盤の上で何度も俺に言った言葉が、耳の奥にあった。

 

『正しく使ってください』

 

正しく、とは——その駒に、何ができて、何ができないかを、見極めること。

 

(制圧が効かないなら、制圧で勝とうとするな。完全耐性は"騎士"の耐性だ。あの騎士を支えている"土台"には、耐性はない)

 

俺は、エリナの盤面の根を見た。

 

聖旗。

 

装備一枚につき戦力+2を供給し続ける、永続強化の源。完全耐性の騎士の戦力は、その大半が——聖旗が生み出した加護で、できている。

 

そして、聖旗自体は、騎士ではない。完全耐性の、対象外だ。

 

(序盤から、布石は敷いてあった。お前が完全耐性を完成させる、その一手を——俺は待っていた)

 

「ルクシエル」

 

俺は、初めて、はっきりと号令した。

 

「制圧はやめろ。騎士は捨て置け。——聖旗を、焼く」

 

ルクシエルの碧い瞳が、一瞬、見開かれ——それから、嬉しそうに、細められた。

 

「……ふふ。ええ、世一様。あなたが、そう来ると——信じておりました♡」

 

その反応に、エリナの息が、止まった。

 

天使は、効果を弾かれて焦るどころか——主が次の一手を見つけるのを、信じて待っていた。そして、主の意図を聞いた瞬間、歓ぶように笑った。

 

それは、命令される道具の顔では、断じてなかった。

 

「布石、起動」

 

俺は、序盤から伏せていた一枚を、表に返した。

 

『信仰の簒奪』——場の永続式符一枚を対象に取り、その維持を断つ布石。完全耐性の騎士には、効果が効かない。だが、聖旗は騎士ではない。

 

「——っ、聖旗を狙って……!? そんな布石を、最初から……!」

 

「お前が完全耐性に全部を賭けると読んでいた。だから、その土台を抜く罠を、最初に伏せた」

 

聖旗が、闘技場の風に——ほどけるように、消えた。

 

その瞬間、完全耐性の騎士から、聖旗の加護がすべて失われた。装備六枚ぶんの、戦力+十二が——根こそぎ、消し飛んだ。

 

完全耐性は、残っていた。効果は、今も効かない。

 

だが、戦力を失った騎士は——ただ、効果を弾くだけの、無力な置物に成り果てていた。

 

「いまです、世一様」

 

「ああ。——仕上げだ」

 

俺は手札の最後の一枚を、頭上に掲げた。

 

「早業——聖約奥義『黄金鎖解放』」

 

俺の符叢が、内側から白く発光した。

 

「追加代償。符叢から——天使の使役符、十枚を破壊。墓地へ」

 

天使の剣兵が。弓兵が。伝令が、加護手が。ルクシエルと共に幾つもの盤面を渡ってきた眷属たちの符が、十枚、光の粒となって次々に砕けていく。砕けた一枚一枚から破壊時の祝福が立ちのぼり、渦を巻いて——ルクシエルの翼へと、吸い込まれていった。

 

誰に強いられたのでもない。天使たちは、歌うように砕けた。主翼を飛ばすための、十対の風だった。

 

俺は符叢を切り直しながら、エリナを見た。

 

「見ておけ、エリナ・ソルベルク。ルクシエルは本来、自分では戦闘に立てない式符だ。黄金の鎖は、彼女を縛るためのものじゃない——この力が、盤ごと相手を壊さないための留め金だ」

 

「それを、解く」

 

「——はい♡」

 

ルクシエルの背で、白金の可変翼が真白に燃え上がった。戦力が、桁を変えて跳ね上がる。手番終了までの、ただ一度きりの解放。

 

「薙ぎ払え」

 

効果ではない。純然たる戦力での、戦闘。完全耐性は、戦闘を防がない。

 

白金の奔流が、無力化した騎士へと、一直線に走った。

 

戦力を失った騎士は、完全耐性の殻だけを残して——白金の奔流に呑まれ、砕けた。

 

そして、それで終わらなかった。奥義の効果——戦闘勝利の差分が、そのまま使役主を薙ぐ。解き放たれたルクシエルの戦力と、置物と化した騎士の戦力差。その全てが、エリナの符叢を横殴りに削り取った。

 

闘技場に、装備の破片が、光の粒となって舞った。

 

エリナの盤面が、一気に瓦解した。中核を失い、聖旗を失い、組み上げてきた円卓の陣形が、音もなく崩れていく。

 

「……そんな……完全耐性を、戦力ごと……」

 

エリナが、よろめいた。

 

白銀円卓の必勝の型が——たった二手で、根元から覆されていた。効果で殴り合うのではなく、効果が届かないと見るや、その力の源を断つ。彼女が一度も想定したことのない崩し方だった。

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