『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
浅葱に雲嶺領の管理を命じてから、三週間が経っていた。
二領の政は軌道に乗りつつある。符侯の印を押した文書が毎朝積み上がり、冬子が計算し、律也が走り、苑子が整える——機構としては動いている。問題は、俺の隣に立つはずの正妻が、符闘の盤面で機能していないことだった。
(英稟)
——正直に言えば、他の駒が不調な時とは、苛立ちの質が違った。
元の世界で、あのアニメを追いかけていた頃。主人公の燎を応援しながらも、画面に英稟が映るたび、俺の目は勝手にそっちへ吸い寄せられていた。
「帝国の壁」——理不尽なまでの家格を一人で背負って、それでも折れなかった女。二戦目、七耀陣を封じられて負けてなお、膝をつかなかったあの顔。
会議室で誰かの決定にただ頭を下げるだけの日々を送っていた当時の俺にとって、あの女は——画面の向こうの、絶対に手の届かない何かだった。
その届かないはずの女が、今は俺の隣にいる。俺のものとして。
だからこそ——目の前で腐っていく姿を、他の駒と同じ目では見られなかった。
夕の稽古場を窓から覗いた。
英稟が独りで天津甕星を出していた。対戦相手はいない。鏡の前で一人、甕星を展開して、霊体化して、また展開する——呪文を繰り返すように、同じ手順を。
甕星の出力が、鈍い。
七耀陣を取り戻してから、むしろ落ちた。
理由はわかっていた。浅葱に負けたのだ。それだけのことだ。しかし英稟にとってはそれだけでは済まなかった。「符侯の正妻・遠海領当主」という格式を担いながら、「星宮の当主として浅葱に負けた」という事実が胸の底に澱んでいる。決断のたびに迷いが走る。甕星を出す瞬間に一手の躊躇がある。
符闘において、一手の躊躇は致命傷だ。
(使えない)
俺は窓から離れた。
今夜、呼び出す。
────
深夜の訓練場は静かだった。
星宮邸の北端、石畳の広い部屋。符闘のための結界を張るには十分な広さがあり、壁際に木製の武器掛けがある。使う者のいない剣と槍が並んでいた。英稟が毎朝ここで素振りをするのを俺は知っていた。
英稟が来た時、俺はすでに符叢を持っていた。
「……こんな時刻に、何の用ですか」
「符闘だ」
英稟が俺の手元を見た。千装魔女の色衣——エーデルガルトの符叢。
「……今夜はさすがに、休ませていただけませんか。昼間から書類仕事が」
「遠海領当主の仕事が符闘の言い訳になるか」
英稟が口を閉じた。
(そうだ。それが今のお前だ)
昼間の実務を理由に符闘から逃げようとした。以前の英稟はしなかった発想だ。甕星流の継承者として育ってきた女が、「仕事が理由で符闘を断れる」と思っている。符闘への執着が薄れている。それが一番の問題だった。
「構えろ」
英稟が黙って符叢を構えた。
────
三戦、やった。
一戦目、英稟は甕星を中盤に展開し、七耀陣を起動しようとした。その瞬間を俺は見逃さず、黒衣で七耀陣を手札から叩き落とした。七耀陣なしの甕星は、戦力を五つ上げた白衣のエーデルガルトに押し切られた。
二戦目、英稟は一戦目を読んで七耀陣を序盤に伏せてきた。俺は翠衣で甕星の霊体化タイミングをずらし、英稟が七耀陣の起動コストを支払った直後に、緋衣で七耀陣そのものを破壊した。コストを払い終えて、それでも約定が消えた瞬間の英稟の顔が見られた。
三戦目、英稟は慎重になりすぎた。七耀陣を守ろうとするあまり手番が止まり、俺の蒼衣によるドロー加速に符叢の枚数が追いつかなくなった。
「——また、か」
英稟が呟いた。声に色がなかった。
「七耀陣を取り戻したんじゃなかったか」
「……」
「三戦とも、七耀陣が重荷になっていた。守ることしか考えていない。攻めを忘れた符士に、甕星は牙を貸さない」
「わかっています」
「わかっていない。わかっていたらあんな手は打たない」
「……」
「それともう一つ。お前は三戦とも、手を打つ前に俺の顔を見た」
英稟の肩が、小さく揺れた。
「自分の読みで打つ一手と、俺が望みそうな一手——その区別が、お前の中で消えかけている。当主の決断も同じだろう。星宮英稟の一手なのか、符侯の正妻として正しいはずの一手なのか、打った本人にもわからなくなっている。誰かの望む答えを探す癖のついた符士に、甕星は牙を貸さない」
英稟が俯いた。
(ここだ)
三戦のあいだ場に満ちていた使役式の気配は、もう消えていた。俺は符叢を収め、英稟の正面に立った。英稟が顔を上げた。俺の目を、怯えでも怒りでもなく——なんとも読めない目で見ていた。
「お前は今、何が怖い」
「……怖い?」
「浅葱にまた負けることか。当主として失格だと知られることか。それとも、俺に期待はずれだと思われることか」
英稟が息を止めた。
「……答えなくていい。どうせ全部だ」
俺はポケットから取り出した革のチョーカーを、英稟の目の前に置いた。
「……これは」
「お前が今夜から身につけるものだ」
英稟の表情が動いた。困惑と、それを押し隠そうとする矜持と、矜持が保てない疲弊が、三つ同時に顔に出た。
「……私は、符侯の正妻です。星宮の当主です。こんな——」
「お前は浅葱にも俺にも勝てない」
「……っ」
「名門の当主、符侯の正妻、甕星流の継承者——全部並べてみろ。その肩書きのどれかが、今夜の三戦で役に立ったか」
英稟が黙った。
「役に立たなかった。なぜか。考えることが多すぎるからだ。当主として決断しなければ、正妻として振る舞わなければ、甕星流として戦わなければ——符闘の一瞬に、そのノイズが走る。そのノイズが甕星の牙を鈍らせている」
「……では、どうしろというんですか」
「考えるな」
俺は英稟の顎を持ち上げた。
「お前は俺の犬でいい。俺に負けて、俺の命令を聞いて、俺が『噛め』と言った時だけ最大火力で噛みつく——それだけでいい。当主も正妻も関係ない。俺の犬が、今夜から仕事だ」
英稟の目に、涙が滲んだ。
(そうだ。泣いていい)
符侯の正妻が、犬でいいと言い渡されたのだ。その屈辱に、英稟が泣かないはずがない。
壊した後に、何を立て直すかは——もう決めてある。
「……私は」
「黙れ。お前が言葉にする必要はない」
俺はチョーカーを英稟の首にまわした。
バックルが合わさる音がした。
革が首に沿う。英稟の息が、わずかに乱れた。
「っ……」
(悪くない反応だ)
俺は英稟を床に押し倒した。訓練場の石畳の上。符叢と剣が並ぶ部屋の中央で、星宮の当主を組み敷く。
「世一……様——」
「口を開くな」
英稟の軍服を解いていった。詰襟のボタン、外套の帯、軍装の留め具。厳格に着込まれた鎧のような装いが、一枚ずつ剥がれていく。
現れた肌が白かった。
軍服の下に隠していた体が、石畳の冷たさの上で、月明かりの中に晒される。
英稟が目を閉じた。
「見ていろ」
「……っ」
「目を開けて、俺を見ろ。お前が今何になっているか、ちゃんと見ていろ」
英稟がゆっくり目を開けた。俺の目と合った。涙が盛り上がっていた——しかし、落ちなかった。
(たいした矜持だ)
まだ矜持がある。それでいい。矜持があるから、壊した時の反動が大きい。
俺はポケットからもう一つのものを出した。
小さなプラグ。黒。シリコン製。柄の先に、細い鎖で繋がれた黒い毛房が垂れている。犬の尾を模した造りだった。柄の根元には、遠見の工房に特注した小さな符核が埋め込まれている。陽気を通せば震え、離れていても俺が出力を操れる作りだった。
英稟の目が、それを見て固まった。
「……それを、私に——」
「お前の名前は今夜から犬だ。犬には尻尾がある」
「——っ……!」
「暴れるな」
俺は英稟の両手首を片手で押さえた。英稟が形の良い唇を噛んだ。
「……恥ずかしい、です」
「当主が恥ずかしいと思うなら、そのチョーカーを外してみろ。外せないなら、それがお前の今夜からの正体だ」
英稟の手が、チョーカーに伸びた。
指が触れた。
——離れた。
「……外せません」
「知っている」
「浅葱に負け、俺にも勝てないお前に——星宮家の正統な跡取りを孕む資格はない」
英稟の体が、強張った。
「勝者として俺に認められるまで、前に俺の種を注ぐことは許さない」
「……っ……世一様……それは——」
「負け犬には排泄器官がお似合いだ」
英稟が黙った。長い沈黙だった。
俺は英稟を四つん這いにさせ、後ろに回った。プラグの先端を、裏の門にあてがい直す。ゆっくりと体重をかけた。
「ひっ——!」
狭い後孔が、初めての侵入を拒むように強く締まった。
「力を抜け」
「……っ……ぬ、抜けません……っ」
「抜け」
英稟が息を吐いた。わずかに弛んだ。そこに、俺は先端を割り込ませた。
ぐ……っ、と、未開の肉壁が押し開かれる。
「ひぁっ……!! あ……っ、あ……っ♡……!」
「痛いか」
「……痛い……っ、です……っ♡……でも……っ……熱い……っ」
「でも、何だ」
「……なんで、こんな……っ♡……こんなところが……感じ……て……っ♡……っ前よりも……っ♡……深く……」
完全に収まった。尾の鎖が外側に垂れる。
「慣れろ。今夜からそれが常駐する」
腰を引いて、また押し込む。
ぬちゅ……ぬちゅ……と、慣れないものが開かれていく音が立った。
石畳の上、英稟の前が、誰にも触れられないまま、とろりと蜜を零し始めていた。
俺は英稟の耳元に口を寄せた。
「今後、俺の前に出る時は常にプラグを装着しておけ。執務中も、使者の前でも、符闘の盤面でも——お前の裏は常に俺のものだ」
「……っ♡……は、い……っ♡……ご主人様……っ♡」
「お前が前に種を欲しがるなら、まず符闘で勝ってみせろ。勝者になった時だけ、考えてやる」
俺は腰の動きを深くした。ぬちゅぬちゅ、と音が続く。英稟の背中が何度も大きくしなった。
「……っ♡……世一様……っ♡……私は……っ♡……私の裏が……っ♡……こんなに……っ♡♡」
「今は何も言わなくていい。ただ受け止めろ」
「……っ♡♡!……い……いく……っ♡……後ろだけで……っ♡♡……いっちゃ……っ♡♡♡!!」
後孔の内壁が、ぎゅうぎゅうと俺のものを締め上げながら、英稟が達した。前には何も入っていないまま、後ろだけで。
俺は腸の奥で精を解き放った。
熱が広がる感触に、英稟がひくっと全身を跳ねさせた。
「……っ♡♡……熱い……っ♡……奥が……っ♡……熱い……っ♡♡」
長い余韻が引いた後、英稟は石畳に崩れた。誰にも触れられていない前が、白い蜜を石畳に染みにして零していた。
英稟はしばらく動かなかった。
「……立てるか」
「……少し、待ってください……っ」
「待ってやる」
英稟が上体を起こした。チョーカーが首にある。プラグがまだ後ろにある。
「……取り外さなくて、いいんですか」
「もって帰れ。今夜はそのまま寝ろ」
英稟が、少しの間、俺を見ていた。
「……一つ、伺ってもよろしいですか」
「言え」
「これは——私のための鍛錬だと、本当に思っていらっしゃいますか」
「そう言ったはずだ」
「……では、続けてください」
英稟の声は、震えてはいたが、はっきりしていた。
「盤面が見えなくなったのは、私自身の弱さです。それを誰かのせいにするつもりはありません。……この方法が正しいかどうかは、まだわかりません。ですが、途中で投げ出されるより——最後まで、試させてください」
(命令を受けているんじゃない)
自分で、この先を選んでいる目だった。
「なら、条件を言っておく」
俺は英稟の前に膝を落とし、目の高さを合わせた。
「続けるかどうかは、毎晩お前が決めろ。俺は呼ぶ。来るかどうかはお前が選べ」
英稟が黙った。長い沈黙だった。
「……わかりました」
声が、かすかに震えていた。ただ、震えの質が、さっきまでとは違っていた。
「明日の朝、俺の部屋に報告に来い。つけたまま来い」
「……はい、ご主人様」
英稟が軍服を着直す間、俺は符叢を収めた。
石畳に、英稟の爪跡が薄く残っていた。
その隣に、小さな染みが一つ。
(そこから始まる)
前を欲しがりながら後ろで達する——その矛盾を、英稟はこれからずっと抱えることになる。その矛盾が、甕星の牙を研ぐ砥石になる。
犬でいることに慣れきる必要はない。慣れきった犬は、命令を待つだけの駒になる。俺が欲しいのは、噛めと言う前に自分で噛む牙だ。そこに至るまで、まだ時間がかかる。
だが——今夜、確かに動き出した。