『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
翌日の午後、俺はアイウェリンデを部屋に呼んだ。
リタニアも呼んだ。
リタニアは手帳を持って来た。昨夜より、手帳の扱い方が変わっていた。大事そうに抱えていた。
「昨夜の記録は整理できたか」
「……はい。ただ、後半の記録は研究記録として使用に耐えません」
「わかっている。今日はアイウェリンデを観測しろ」
リタニアが頷いた。眼鏡を押し上げた。
「……わかりました。観測に集中します」
「集中できるか」
「……昨夜の状態は、今朝の再注入で多少安定しました。ただ——」
リタニアが少し間を置いた。
「……世一様が視界に入ると、集中が乱れます。その点はご容赦ください」
(正直になった)
陽気支配が一段階進んでいた。
────
アイウェリンデは、部屋の隅に立っていた。
呼ばれて来た。命令に従って来た。それだけだった。
俺は腰の原符から一枚を抜いて、実体化させた。
黒いローブが灯りの中に立った。エーデルガルトだった。翡翠色の目が、部屋の隅の白銀の娘を、静かに見た。
読ませるために呼んだ。俺の目に式符化としか映らないものを、この魔女がどう見るか。
エーデルガルトはしばらく、アイウェリンデを見ていた。
「……ずいぶん、雑ですね」
声に、めずらしく温度があった。
「何がだ」
「纏わせ方です。これは、纏わせて借りる術のなり損ない。借りたものは、返せる。返せるように結ぶのが、筋のいい仕事です。……これは、返させないために、わざと千切って結んでいます。型だけ真似て、心を落とした跡です」
リタニアの手が、止まった。眼鏡の奥の目が、大きくなっていた。
「……それは、どういう」
「さあ」エーデルガルトの口元が、また緩く弧を描いた。等距離の無関心に戻っていた。「古い魔女の、ひとりごとです」
俺だけが、その意味の重さを量れた。魂を砕いて符に変える業は、ヴァンダリアが一から生み出したものではない。もっと古く、もっとまともだった何かの、砕けた模造品だ。この魔女は、その「まとも」の側を知っている。
「戻せるか」
「あなたが正しく注げば」エーデルガルトが俺を見た。「散らばって剥がされたものを、もう一度、ひとつに束ね直すだけです。……正しく、使ってください」
エーデルガルトが霊体へ退いた。原符が、俺の帯で静かに熱を持った。
俺はアイウェリンデの前に立った。
近くで見ると、造形が際立った。白銀の髪が肩まで流れている。耳が長い。肌が、灯りの下で光るほど白い。エメラルドグリーンの目が、俺を見ていた——しかし、見ていなかった。
視線が俺の顔の表面を滑っていた。奥に届いていない。
俺はアイウェリンデの顎に手を当てた。
「……」
反応がなかった。
手の甲で頬を撫でた。
「……」
それでも反応がなかった。命令されていないから動かない——そういう存在だった。
俺はアイウェリンデの手首を取った。
その瞬間——
目が、動いた。
滑っていた視線が、俺の指先に向いた。ほんの一瞬だった。しかし確かに——何かが、動いた。
(ある)
消えていない。砕かれて散らばっているが——消えてはいない。
「リタニア、見ていろ」
「……はい」
手帳を開く音がした。
────
アイウェリンデをベッドに横たわらせた。
衣を脱がせた。アイウェリンデは抵抗しなかった。命令なく従うよう訓練されているからだ。
白い肌が出た。
エルフの体だった。人間より細く、しかし曲線がある。腰の骨が薄く浮いている。その下に、秘裂が閉じている。
俺はアイウェリンデの額に手を当てた。
「……」
無反応。
「聞こえるか」
「……」
答えない。
「アイウェリンデ」
「……」
名を呼んでも、目が動かなかった。
(名前を自分のものと思っていない)
ヴァンダリアが式符化する時に与えた識別符号として処理されている。自分の名前として理解する回路が、砕かれている。
俺は鎖骨に指を沿わせた。ゆっくりと胸へ降ろした。
「……」
反応がない。しかし——触れた場所の皮膚が、かすかに温度を持った気がした。
乳首に触れた瞬間——
「……っ」
小さな声が出た。
俺は止まった。
もう一度、触れた。
「……っ……」
また出た。
「リタニア」
「……はい」
「聞こえたか」
「……聞こえました。声が——出ました」
「書いておけ」
「……はい」
手帳にペンが走る音がした。
俺はアイウェリンデの胸を、ゆっくりと両手で包んだ。
「……っ……」
アイウェリンデの指先が、かすかに動いた。シーツを、つかんだ。
(本能は残っている)
意識は砕かれていても、体の感覚だけは——かろうじて届いている。
指で乳首を丁寧に転がした。もう片方も同じように。
「……っ……っ……」
声が続いた。感情のない声だった。しかし——出ている。
脚の間に手を滑らせた。秘裂の外側に触れた。
「……っ……!」
今度は、体が引けた。
反射だった。何かが、嫌だと感じた。その「嫌だ」という感覚が——残っているということだ。
「怖くない」
「……」
答えない。
しかし——体の強張りが、わずかに緩んだ。
秘裂の外側を、指の腹でゆっくりと撫でた。
押しつけず、擦らず、ただ温かい指を沿わせるだけ。
「……っ……っ……」
声が少しずつ変わっていった。
感情のない声から——戸惑いのある声に。何かを感じていて、それをどう処理すべきかわからない声に。
指先が、濡れてきた。
「……」
アイウェリンデの目が、天井を見ていた。
その目が——かすかに、揺れた。
「リタニア」
「……はい。確認しました。——秘裂に潤いが生じています。これは生理的反応ですが、先ほどからの声の変化と合わせると——」
リタニアの声が、少し震えていた。
「何だ」
「……何かが、起きていると思います。記録に集中します」
ぬちゅ、と指が秘裂の中に沈んだ。
「——っ……!!」
アイウェリンデが、初めて、大きな声を出した。
感情があった。驚きだった。
内壁が指を、強く締めた。怖いから締めているのではなく——初めて感じるものに、体が反応している。
「……っ……っ……」
指を動かした。ぬちゅ、ぬちゅ、と音が立つ。アイウェリンデの白い腿が、わずかに揺れた。
「……っ……あ……っ……」
「声が出ているぞ」
「……っ……あ……っ……」
繰り返していた。反射で繰り返していた。しかし——その声に、少しずつ、色がついていった。
────
俺はアイウェリンデの体に陽気を流し始めた。
少量ずつ。
秘裂に沈めた指から、ゆっくりと。
「——……っ……!」
アイウェリンデの目が、大きく開いた。
白銀の睫毛が揺れた。
エメラルドグリーンの目の奥で——何かが、光った。
微かな光だった。星の欠片のような、細い光だった。
「……っ……」
アイウェリンデの唇が動いた。言葉ではなかった。声にならない、何か——。
俺は陽気を少し増やした。
散らばった魂の断片が、引き寄せられる感触があった。
陽気の精気が収束の核になり、細かく砕かれた魂の欠片が、一つずつ、引き寄せられてくる。
「……っ……あ……っ……」
アイウェリンデの声が、また変わった。
「リタニア」
「……っ……目が……目が変わって……います……世一様……目が……光って……います……っ」
リタニアの声が、観測者のものではなかった。それでも、手だけは動いていた。
「……これは……学術院の理論にある『リベラティオ』です……偏在化した魂が、精気を核に収束する現象……論文でしか、読んだことがありませんでした……観測例は、ゼロだったはずです……」
(それが、今の名前か)
「書け」
「……っ……は、はい……書きます……っ」
手帳にペンが落ちた音がした。拾い上げる音がした。
俺はアイウェリンデの腰を持ち上げた。
先端を秘裂に当てた。
「……っ……!」
「怖くない」
「……」
答えない——しかし、今度は体が引けなかった。
ゆっくりと、沈めた。
ぐ……っ、と、処女の壁が押し開かれる。
「——っ……!!……あ……っ……あ……」
処女の薄膜が、破れた。
「……っ……あ……!……あ……あ……」
痛みの声だった。しかし——アイウェリンデは逃げなかった。
完全に収まった。
俺はその場で止まり、陽気だけを流した。
「……っ……あ……っ……熱……い……っ……」
初めて、感想が出た。
「熱い」が出た。
「……っ……なに……これ……っ……熱い……っ……」
「陽気だ」
「……っ……よう……き……っ……あ……っ……なかが……っ……あたたかい……っ……」
言葉が出ていた。
たどたどしい言葉だった。しかし——言葉だった。
「リタニア」
「……っ……聞こえています……聞こえています……っ……世一様……彼女が……言葉を……!」
「書け」
「……は……はい……!」
俺はゆっくりと腰を動かし始めた。
くちゅ、と音が立った。
「——っ……!……あ……っ……なか……が……っ……動いて……る……っ……」
「感じているか」
「……っ……かん……じてる……っ……わたし……っ……感じて……る……っ……」
「わたし」が出た。
自分を指す言葉が出た。
「……わたし……っ……誰……っ……わたし……っ……誰……っ……」
「お前はアイウェリンデだ」
「……っ……あい……っ……あいうぇ……っ……」
「アイウェリンデ」
「……あい……っ……うぇりんで……っ……」
陽気を増やした。
アイウェリンデの目の中の光が、強くなった。
散らばっていた欠片が、次々と引き寄せられてくる。
「——っ……!!……あ……っ……あぁ……っ……なんか……っ……来る……っ……なにかが……来て……る……!!……っ」
(このまま引けば、全部集まる)
手応えはあった。注ぎ続ければ、散らばった魂は今日のうちに一つに戻る。
——俺は、流れを絞った。
昼間のリタニアの言葉が残っていた。言葉が戻った時点で、本人に問う。否と言えば、そこで止める。
俺は奥で精を解き放った。最後の一押しは、しなかった。
「——あ……っ!!……あ……っ……!!」
アイウェリンデの体が波打った。白い蜜がシーツを濡らした。震えが引くまで、長い時間がかかった。
やがて、静かになった。
目の中の光は——消えなかった。しかし、まだ細い。集まったのは、半分にも満たない。
「アイウェリンデ」
「……っ……」
「聞け。お前の残りは、まだ散らばっている。続ければ、全部戻る。……続けるか」
アイウェリンデの目が、俺を見た。
唇が動いた。
「……わ……」
言葉が、出なかった。
「……っ……わたし……は……」
そこで、途切れた。目が揺れていた。問いの意味は届いている。だが、答えを組み立てる場所が、まだ足りていない。
「リタニア」
「……はい」
「今のを書け。『問うたが、答えられなかった』と」
リタニアのペンが、走った。
「一晩置く。……アイウェリンデ、今夜は眠れ。誰もお前に触れない。明日、もう一度だけ聞く」
アイウェリンデは、答えなかった。ただ、俺の手を、しばらく見ていた。
────
翌朝。
アイウェリンデが、自分の足で部屋に来た。
リタニアが後ろにいた——付き添っただけです、と後でリタニアは言った。促していないし、連れてもきていない。朝、部屋の前に、先に立っていたのだという。
アイウェリンデが、俺の前に立った。
しばらく、黙っていた。
それから——口を開いた。
「……わたしは……アイウェリンデ」
最初に出たのは、名前だった。
「……つづき……を……おねがい……します」
「理由を言えるか」
「……」
アイウェリンデが、自分の胸に手を当てた。
「……たりない……から……。……わたしが……まだ……たりない……」
「わかった」
リタニアのペンが走っていた。手が震えているのが、音でわかった。
────
二度目は、長くかからなかった。
体を重ねて、陽気を通した。昨日ためらっていた欠片たちが、待っていたように流れ込んでくる。
「——っ……!!……来て……る……っ……たくさん……来て……る……っ……わたしの……なかに……!!」
「全部集めろ」
「……っ……集め……てる……っ……集まって……くる……っ……!!……ぜんぶ……っ……ぜんぶ……!!!」
アイウェリンデの体が、大きく震えた。
エメラルドグリーンの目が——明るく輝いた。
「——あ……!!……あぁ……!!……っ……!!……!!」
魂が、戻ってきた。
今度は、一気に。
俺は最奥で解き放った。陽気を——最後の一押しまで、全部。
「——あぁぁぁ……っ!!!!……わたし……!!……わたし……っ!!……!!!」
アイウェリンデの体が波打った。
長い時間、震え続けた。
やがて、静かになった。
────
静寂が戻った。
アイウェリンデが、天井を見ていた。
しばらく経って——深く、息を吸った。
「……っ……」
目から、涙が流れた。
泣いていた。
何かを失っていた時間が長すぎて——戻ってきた今、体が勝手に泣いていた。
「……」
俺は何も言わなかった。
「……わたし……」
アイウェリンデが口を開いた。
言葉が、ゆっくりと出てきた。
「……わたし……は……アイウェリンデ……」
「そうだ」
「……アイウェリンデ……っていう……名前……は……」
言葉が、途切れた。
俺は何も言わなかった。急かさなかった。
「……とり……」
アイウェリンデが、自分でその先を継いだ。
「……飛ぶ……鳥……っていう、意味……だって……お父さんが……」
その目に——表情があった。
驚きと、悲しみと、何か遠いものを思い出している顔だった。
「……とり……っ……わたし……子供の頃……鳥が……好きで……っ……」
声が震えていた。
「……森の……端に……止まる……鳥を……毎朝……見てた……っ……だから……お父さんが……名前を……っ……」
記憶が戻っていた。
「……黒い森……っ……わたし……黒い森の……っ……」
「そうだ」
アイウェリンデの涙が、続いた。
俺はアイウェリンデの額に手を当てた。
「……っ……」
アイウェリンデが、俺の手を見た。
「……あなたが……っ……わたしを……呼んで……くれた……んですか……っ」
「そうだ」
「……なぜ……っ」
「お前の魂が呼んでいた」
アイウェリンデが、静かに泣き続けた。
しばらくして——振り返った。
部屋の隅に、リタニアがいた。
リタニアは——手帳を持ったまま、動いていなかった。
ペンが止まっていた。
目が、赤かった。
「……リタニア様……」
アイウェリンデが呼んだ。声も、耳だけは、砕かれていなかったのだろう。名を呼ぶたび傍らにいた女の声を、体のどこかが覚えていた。
リタニアが、瞬きをした。
「……記録……できていたか」
「……っ……少し……だけ……書けました……っ……」
リタニアの声が、震えていた。
「……アイウェリンデが……言葉を取り戻す過程を……見ていたら……っ……ペンが……止まって……しまいました……っ」
「仕方ない」
「……はい……っ……」
リタニアが、目を拭いた。眼鏡を外した。レンズが、曇っていた。
「……世一様」
「何だ」
「……陽気支配の……研究対象として……ここに来ました……っ……でも……っ」
「でも何だ」
リタニアが俺を見た。眼鏡のない目で。
「……これは……研究では……ない……と……思います……っ……これは……っ……」
言葉が続かなかった。
「わかっている」
「……はい……っ」
アイウェリンデが、ゆっくりと体を起こした。
白銀の髪が、乱れていた。エメラルドグリーンの目が、まだ濡れていた。しかし——光があった。
「……世一様」
「何だ」
「……わたし……どこへ……行けば……っ……いいですか……っ」
「ここにいろ」
アイウェリンデが、小さく頷いた。
黒い森の先住民族の末裔が——「飛び立つ鳥」が——ここに戻ってきた。
記録として残ったリタニアの手帳には、こう書いてあった。
「初回施術——陽気注入開始より十二分経過時点で、被験者の発話を確認。自己同定語(わたし)の出現は十七分時点。名の認識は二十一分。同時点で施術を中断し、継続の意思を確認——回答不能。約十四時間の間隔を置いた翌朝、被験者は自発的に施術場所へ移動し、自己の名を名乗った上で継続を要請。理由の言語化あり(『わたしがまだ足りない』)。二度目の施術をもって、リベラティオの完了と判断する」
頁を改めて、こう続いていた。
「本件より、以下を原則として起草する。自由意志は、一度の発言では証明できない。一——拒否しても、罰や不利益を受けないこと。二——時間を置いても、同じ選択が繰り返されること。三——他人の言葉ではなく、本人の言葉で理由が語られること。この三つが揃った時、その選択を本人の証言として扱う。被験者アイウェリンデの継続要請は、三条件を満たす。よって本施術は、所有権者の承認ではなく、彼女自身の同意に基づいて行われたと記録する」
最後の一行だけが、研究者の文体ではなかった。