『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
マギニアの船が、遠海の港に入ったのはダンテが去って四日後だった。
律也が報告に来た。
「符侯様。マギニア使節が到着しました。エリナ・ソルベルク殿も同乗されています」
「港では会わない。客間に通せ」
「……承知しました」
律也が出ていった。
(来た)
使節を歓迎する返書を出した時、一つだけ求めておいた——エリナ本人を、交渉の席に同席させること。向こうがそれに応じて本人を船に乗せてきた以上、使節の側にも後ろめたさがある。本人に聞かれて困ることがある、ということだ。
(だから俺は条件にした)
────
客間に入った。
マギニア使節は、三人だった。
礼服の中年男が筆頭、随行が二人。表情が固い。
その横に——エリナ・ソルベルクが立っていた。
白い騎士服。白金の首輪。十九歳の、背筋が一本通った女だった。
黄金色のセミロングの髪。青い目。清廉という言葉が体から出ているような顔立ちをしていた。
ただし——今は、その清廉さが刃のように研ぎ澄まされていた。
「符侯 式世一殿。マギニア神聖同盟を代表して——」
「座れ」
使節が止まった。
「エリナも座れ」
「……」
エリナが、少し間を置いてから、座った。頭は下げなかった。
「続けろ」
「……は。マギニア神聖同盟より、エリナ・ソルベルクを——和睦の使者として——符侯様にお預けする運びとなりました」
「和睦の使者、か」
俺は繰り返した。
使節が、少し目を逸らした。
「……はい」
「エリナ」
「……何でしょうか」
「お前はその言葉をどう解釈している」
「……」
エリナが、静かに俺を見た。
「献上品、と解釈しています。使節はそう言わないでしょうが」
使節が、顔を強張らせた。
「エリナ殿、それは——言葉が過ぎます——」
「では何ですか」
「……外交的な配慮の元での——人的交流であり——」
「私はここから帰れますか」
「……それは——状況が——」
「帰れない。つまり献上品です」
使節が、返せなかった。
「よくわかっている」と俺は言った。「本題に入る。双冠聖統の話だ」
空気が変わった。
使節が、固まった。
エリナが——俺を見た。
「……双冠聖統、とは」
「知らないか」
「……聞いたことがない名称です」
「そうだろう。表には出ていない。使節、説明してやれ」
「……符侯様——この場で——それは——」
「本人のいない場で話す気か。それなら今日は帰れ」
使節が、エリナを見た。エリナは、微動だにしなかった。
「……いえ。ここで、お話しします」
使節が——長い沈黙の後、口を開いた。
────
「……双冠聖統とは——マギニア神聖同盟の一部の選帝侯派閥と、神符帝国の一部の符家との間で結ばれた——非公式の——協定です」
「内容を」
「……帝国側からは、URクラス式符の提供と情報共有。マギニア側からは、ヴァンダリア製宝具・符装備の——横流し、及び次期皇帝選挙における帝国側への——外交的支援——」
「筆頭選帝侯が主導しているか」
「……はい」
エリナが、静かだった。
俺はエリナを見た。
「わかるか」
「……わかります」とエリナは言った。「私が——帰国できない理由が」
「言ってみろ」
「この密約が表に出れば——筆頭選帝侯は失脚します。私はその密約の現場を——符侯様のそばで見ている立場になる。私を帰国させれば、私の口から漏れる可能性がある。だから帰せない」
「正確だ」
「……もう一つ」
「言え」
「……私を献上することで、符侯様を密約の——共犯者に引き込もうとしている」
使節が、また固まった。
「……エリナ殿——」
「違いますか」
「……それは——」
「違いますか、と聞いています」
使節が、答えられなかった。
「返答をやろう」
俺は使節を見た。
「婚姻の話は、エリナ本人の同意が確認できるまで成立しない。マギニアの決議でも、筆頭選帝侯の署名でも、代わりにはならない。本人の口から聞くまで、この契約は白紙のままだ」
「……し、しかし——エリナ殿は、異存ないと——」
「国に切り捨てられた直後の『異存ない』を、同意とは呼ばない」
使節が、黙った。
「エリナには三日やる。三日の間、遠海を見て、考えろ。マギニアに戻る道も、この場では潰さない」
エリナが——初めて、わずかに目を見開いた。
「退室しろ」
俺が言った。
使節が顔を上げた。
「……符侯様——」
「交渉はここまでだ。続きは三日後にする」
「……承知しました」
使節と随行二人が退室した。
扉が閉まった。
部屋に、俺とエリナだけが残った。
────
エリナが、しばらく黙っていた。
「……遠海で世一様に敗れた時から——そういうことになっていたのでしょうか」
「帰国させれば筆頭選帝侯の失点になる。もっと前から設計されていたかもしれない」
「……私は」
声が、少しだけ揺れた。
「……私は、天使は人の道具であってはならないと——信じていました。世一様に符闘を挑んだのも、その信念があったからです。そして——その私が——人の道具として、ここに売られた」
「そうだな」
「……笑えますか」
「笑わない」
エリナが、俺を見た。
「なぜ」
「お前は信念を持って戦った。負けた。切られた。それだけだ。笑う理由がない」
「……怒りませんか。敵として来たことを」
「もう終わった話だ」
エリナが、少し間を置いた。
「……私はどうなりますか」
「お前の符叢を見た」
「……符叢を」
「聖剣付与型。装備を一体に集めて完全耐性の壁を作る構造だ。防御性能は遠海で一番になれる」
「……」
「冬子の堅牢土公は本領の守りに要る。動かせない駒だ。だから遠海には今、壁になる符士がいない。お前が入れば、この拠点の盤面が変わる」
「……符侯様は——私を——符士として使う気ですか」
「それ以外に何がある」
エリナが——静かに、何かを噛み締めるような顔をした。
「……マギニアは私を「売春婦」として送り込んだ」
「使節はそう設計した」
「符侯様は——符士として使う、と言っている」
「ああ」
「……なぜ——教えてくれるのですか。そのまま使えばいいのに」
「お前に自覚のない状態で使っても、盤面は弱くなる」
エリナが——少し、目を細めた。
怒りでも悲しみでもない。何か別のものが、その目に入った。
「……」
「首輪を見せろ」
「……これを——外すことができますか」
「外さない。確認する」
エリナが、少し俯いた。白金の首輪が、光を受けた。
「……触れますか」
「ああ」
エリナが——何も言わなかった。それが、答えだった。
首輪に、指を当てた。
「——っ」
エリナが、小さく息を飲んだ。
「……っ——これは——」
「陽気支配の刻印が入っている。触れると鋭くなる」
「……知って——います——っ——でも——」
「慣れているか」
「……慣れて——いません——っ——こんなに——」
指を少し動かした。
「——っ!♡」
エリナが——声を上げた。
すぐに口を手で押さえた。
「……っ——失礼しました——これは——」
「お前が反応しているのは首輪じゃない。俺の陽気だ」
「……っ——そんな——」
「ルクシエルの陽気が混ざっている。白銀円卓の聖剣付与と相性がいい。お前の式符の根がそっちに反応している」
エリナが——首輪を触れた指を見た。
「……ルクシエルというのは——あの大天使ですか」
「ああ」
「……教会の倉に千年いたと——うかがいました——」
「今はここにいる。自分の意志で」
エリナが、少し間を置いた。
「……天使は人の道具であってはならないと——私は叫んでいました」
「叫んでいた」
「……世一様は、ルクシエルを——どうされているのですか」
「言葉で説明するより早い。明日、会わせてやる」
エリナが、止まった。
「……いいのですか」
「疑うくらいなら、自分の目で見ろ」
「……」
エリナが、また俯いた。
「……わかりました——」
「今夜はここに泊まれ。部屋を用意させる」
「……はい——」
立ち上がろうとしたエリナの肩に、手を置いた。
「——っ!♡♡」
エリナが、また声を上げた。
「……っ——これは——本当に——私の——意志では——」
「今日はここまでだ」
「……え——」
「お前には三日やると言った」
エリナが——少し、間を置いた。
「……世一様は——私を——今夜は——」
「焦る必要はない」
エリナが——何か言いたそうに——口を閉じた。
(焦っているのは、お前の方だな)
俺は立ち上がった。
「律也を呼んで部屋に案内させる。何か必要なものがあれば律也に言え」
「……わかりました」
「一つだけ聞く」
「……何でしょうか」
「お前の符叢の式符は今、どこにある」
エリナが——少し、表情が動いた。
「……没収されていません。身に着けています」
「そうか」
「……信頼してくださるのですか」
「没収する理由がない。お前は逃げないだろう」
「……なぜ——わかるのですか」
「帰る場所がない。そしてお前は——まだルクシエルに会っていない」
エリナが——また、少し目を細めた。
「……ずるいですね」とエリナは言った。
「そうか」
「……世一様は——ずっとこうやって——人を手元に置くのですか」
「どういう意味だ」
「逃げる理由を——一つずつ——なくしていく」
俺は答えなかった。
エリナが——静かに笑った。
笑ったことに、自分で驚いたような顔をした。
「……おかしいですね。怒らなければならない場面で——」
「怒っていいぞ」
「……もう——怒る気力が——なくなりました——」
律也が扉の外に控えていた。
「エリナ殿を部屋に。食事も用意してやれ」
「承知しました。……エリナ様、こちらへ」
エリナが立ち上がった。
扉の前で——少し振り返った。
「……符侯様」
「何だ」
「……明日、ルクシエルに——本当に会えますか」
「会わせる」
「……ならば——明日まで——怒りは——持ち越します」
「好きにしろ」
エリナが——また笑った。今度は少しだけ、さっきより長く。
扉が閉まった。
俺は窓の外を見た。
遠海の夜の海が、暗く光っていた。
(聖剣付与ヴォルトロン型)
装備を剥がして崩す手はある。だが正面から戦力で押し合えば、こちらの消耗の方が大きい。ルクシエルかアルギメルの連携なら、消耗なしで押し切れる——俺の盤面では、それが一番効率のいい崩し方だった。
だとすれば——エリナが遠海の符叢に入ることで、その相性差は内側から埋まる。
(盤面が、また変わる)
聖教の制圧は宙に浮いた。マギニアの密約は手元にある。ヴァンダリアとの通路は開いた。
そして——捨て駒として送り込まれた「聖旗の騎士」が、今夜、遠海に泊まっている。
(マギニアの筆頭選帝侯は——俺を共犯者にしたかった)
(なるほど。共犯者にはなる。ただし、俺の盤面の上で)
部屋の燭台が、ゆれた。