『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
翌日の夕刻。
英稟が調査の結果を持って、俺の部屋に入ってきた。
「調べてまいりました」
「早いな」
「学園の生徒情報と、あとは……私なりのルートがあります」
軍服姿のまま、英稟はテーブルに一枚の紙を置いた。
走り書きだが、整理された字で、必要な情報がきっちり記してある。
三神 律也(みかみ りつや)、十八歳。
三神苑子の一人息子。三年前に符士修練を中退し、以来定職もなく遠見市の下町に入り浸っている。最近は「無認可の賭け符闘場」に出入りしており、そこで金銭的な借りを作っている疑いがある。借金の相手は、帝都の符流ブローカーと繋がりを持つ賭け符闘の元締め、通称「槻森の親分」と呼ばれる男だという。
「賭け符闘場か」
「帝国の公式符闘機構の管轄外で行われる非合法の符闘場です。参加者は符叢を賭けに出したり、金品を賭けたりします。闇の符士たちが使う場所で、行儀のいい符家の人間は近づきません」
「だが、三神の息子が出入りしている」
「そういうことです」
俺は紙を手に取って、もう少し詳しく内容を読み込んだ。
場所は遠見市の旧市街、古い貯蔵庫を改装した建物の地下だという。
「槻森の親分とは、どの程度の人物だ?」
「帝都の大符家とは直接繋がっておりませんが、裏の情報を売買するブローカーとして、それなりの顔です。ただし……」
英稟が少し言いにくそうにした。
「符闘の腕は、さほどでもないとされています。実力よりも、周囲の人間関係で成り立っているタイプです」
「なるほど」
つまり、俺が正面から符闘で叩き潰せば、それほど苦もなく制圧できる相手だということだ。
「世一様、一つお聞きしてもよろしいですか」
「何だ」
「あなたはどうやって律也を助けるおつもりですか? 借金を肩代わりするのですか? それとも槻森に乗り込んで暴力的に解決するのですか?」
「どっちでもない」
俺はルクシエルを見た。ルクシエルは縁側のほうから音もなく近づいてきて、にこにこと笑っている。
「符闘で叩き潰して、それを三神苑子に見せる。それだけだ」
英稟が眉をひそめる。
「……それだけで三神が納得するとは思えませんが」
「三神に見せるのは、俺の腕だけじゃない。息子の問題を解決してやった、という事実だ。そこに恩を乗せる」
「……あなたは、本当に腹黒い方ですね」
「符家の当主に言われたくはないな」
英稟が口をつぐんだ。
ルクシエルがくすくすと笑った。
「では、行動に移しましょう。世一様、今夜がいいと思います。律也さんは週に三度あの場所に通っているようで、今夜もいる可能性が高いです」
「わかった。案内しろ、英稟」
夜の遠見市は、昼間とは別の顔をしていた。
石畳の路地が続く旧市街は、魔力灯の薄明かりが点在しているだけで、全体的に暗い。
商家が閉まり、人通りが少なくなった時間帯に、俺たちは三人で旧市街の奥へと入っていった。
英稟が先頭に立ち、ルクシエルが俺の隣を歩く。
翼は収納しており、外見上は普通の少女に見える。もっとも、金糸の髪と碧眼はかなり目立つが。
「こちらです」
英稟が薄暗い路地を進み、古びた石造りの倉庫の裏口を示した。
かすかに、魔力の気配が漏れている。結界の臭いだ。
「賭け符闘場の類は、外からわからないように防音・防視の結界を張るのが普通です。中に何人いるかはわかりませんが……」
「問題ない」
俺はルクシエルに目配せをした。
ルクシエルはふわりと微笑み、手を翳す。
「簡易識別……完了です。中には十四名。符士が八名、見物人と思われる非符士が六名。一名だけ、少し弱い魔力を持つ若い男性がいます」
「律也か」
「おそらく」
「よし」
俺はそのまま裏口の扉を開けた。
錆び付いた蝶番がきぃと鳴る。
「おい、誰だ!」
中にいた見張りの男が立ち上がった。ずんぐりとした体格で、腰に符叢を帯びている。
「客だ。入れてもらえるか」
「ここは会員制だ。顔も知らない奴は入れない」
「入れてくれ。俺は符闘がしたい。元手は十分ある」
見張りの男が俺を上から下まで眺めて、英稟とルクシエルに目をやった。
「随分といい連れを持ってるじゃないか。が、ここは……」
「俺が声をかける前に、槻森の親分に話が通ってもよければ、通してくれ。ただ、それをやったら後悔するかもしれないがな」
男の目が細くなった。
俺は平然と続ける。
「俺の持つ式符は、親分の客を軒並み粉砕できるくらいの質がある。商売の邪魔をする気はない。ただ符闘がしたいだけだ。客同士の符闘なら、親分にとっても悪い話じゃないだろ」
男は少し考えてから、舌打ちして脇に寄った。
「……入れ。ただし、めちゃくちゃにするなよ」
「ああ」
俺は直接歩いていった。
槻森の親分が顔を上げた。
「なんだ、お前は」
「符闘がしたい。この男と」
俺は律也を指した。
律也が驚いたように顔を上げる。
「俺、と?」
「そうだ。お前、符士だろ。符叢持ってるじゃないか」
「俺は……今は符闘の気分じゃない」
「別にいい。俺が一方的に叩き潰しても、お前が見てるだけでも。ただ、俺はここで一勝負したい。相手が必要だ」
槻森の親分が立ち上がった。太った体に、品のない刺繍の上着。
「おい、よそ者。うちの客に絡むな。ここでの符闘は親分の俺が仕切る。お前も挑戦したいなら、まず俺に話を通せ」
「そうか。じゃあお前とやる」
親分の目が細くなった。
「……なんだと?」
「俺がお前に勝ったら、この場の仕切りを俺に譲れ。それだけだ」
周囲がざわめいた。
見物人たちが注目してくる。
親分がにたりと笑った。
「面白い奴だ。いいだろう。見てる連中も楽しめる。かかってこい」
結界が展開された。
俺は符叢を取り出し、ルクシエルの式符を先頭に据える。
「初期指定式符……"黄金鎖の天使"ルクシエル」
「なっ……」
周囲が一斉に息を呑んだ。
URカードが実体化する光は、薄暗い賭け符闘場でも眩く輝いた。
槻森の親分の顔から、余裕が消えた。
「……UR、だと」
「かかってこいと言ったのはそっちだぞ」
符闘は、あっけなかった。
親分は陰属性のブローカーよりの符叢を使ったが、URの展開力の前にはどうにもならない。三ターンで俺のアルギメルが直接攻撃を通し、親分のライフはゼロになった。
決闘の敗北ペナルティが発動した瞬間、親分はぐらりと崩れ落ちた。
周囲が静まり返る。
俺は倒れた親分を見下ろし、静かに言った。
「今日から、この場の仕切りは俺が預かる。お前はもう符闘には関わるな」
親分はぐうの音も出ない様子で、ただ地に伏した。
俺は振り返り、律也を見た。
律也は立ち上がって、ぽかんとした顔で俺を見ている。
「……お前、誰だ」
「遠見市に最近来た。お前の名前は律也だろ。三神苑子の息子」
律也の顔が強張った。
「……母さんの名前を出すな」
「叱られそうか?」
「……うるさい」
俺は律也に近づいた。彼は一歩退こうとしたが、英稟がさりげなく回り込んでいたため、逃げ道がなかった。
「お前、ここでいくら作った」
「……関係ない」
「俺が親分を倒したんだ。借用書の類は俺が引き受けた。お前の借金はなくなった」
律也の目が、驚愕に見開かれる。
「……なんで」
「別に深い理由はない。ただ、お前のことを心配している人間がいる。それだけだ」
律也はしばらく黙っていた。
薄明かりの中で、その顔には複雑な感情が浮かんでいた。誇りと、情けなさと、安堵が混ざったような顔。
(見覚えがあると思った)
世界大会で負けた夜、俺も同じ顔をしていたから。誇りと情けなさと安堵が、どうしようもなく混ざり合ったまま、どれとも言えない顔。
あの夜から、しばらく俺は本当に底にいた。
この世界に来るまでは。
「……母さんに言ったのか」
「まだだ。お前に先に会おうと思って来た」
「なんで」
「大人の事情がある」
律也が俺をじっと見た。まだ若い。それでも、眼の奥に符士としての芯がある。
「……お前は、何者だ。本当に」
「星宮英稟の従者だ。今は」
英稟がすっと前に出た。律也の目が英稟に向いて、わずかに驚く。
「星宮……英稟様?」
「そうだ」
「なんであなたが……」
「いろいろある。律也、今夜は帰れ。家に帰って、母君に顔を見せろ」
律也は数秒、英稟を見つめた後、唇を噛んだ。
「……わかった」
彼は符叢を手に、賭け符闘場を出ていった。
——
翌朝。
予想通り、動いた。
三神苑子から、星宮邸に使いが来た。
「家宰符士の三神苑子が、直接お礼を申し上げたいと言っている」
英稟が俺に伝えてくる。
「来るか」
「……来るというより、息子に聞いて、半分は確認しに来るつもりでしょうが」
「それでいい」
応接の間に、三神苑子は一人でやってきた。
三十代後半。背筋が伸びた、凛々しい風貌の女性だった。黒い符士装束を着こなし、腰に甕星流の印字の入った符叢を携えている。
顔立ちは整っており、口元に強さと厳しさが滲んでいるが、目は意外なほど柔らかかった。
(ベテランの符士としての威厳が、姿勢一つから滲み出ている)
三神苑子が室内に足を踏み入れてくる瞬間、俺はほんの一瞬だけ立ち止まった。
(俺は、この女を、篭絡するつもりなのか)
英稟の時とは違う。英稟は尋常な五分の符闘で屈服させた。この女は別だ——恩を着せて、息子を口実にして、計算づくで動かそうとしている。長年星宮家の家臣として誇りを持って生きてきた人間を、そういうやり方で。
きれいなやり方とは言えなかった。自分でも分かっていた。
(……でも)
頭の奥に、ルクシエルの声が響く。
『古参家臣を一人ずつ、世一様の手駒に変えていきます。その過程で、星宮家の財産と権力が、名実ともに世一様のものになります』。
あの日の夜、地図の前で静かに語った言葉。
『欲するままに動いてください、世一様。あなたが踏み出す一歩を、私が全力で支えます』。
——そのために、今日ここに俺はいる。
躊躇いは、無駄だ。
俺と英稟とルクシエルが揃ったところで、三神苑子は部屋に入るなり真っすぐ俺を見た。
「息子が大変お世話になったと聞きました。三神苑子と申します」
「式世一です」
「……英稟様の従者、ということですが」
「今は、そういう立場で」
三神は俺の目を見ている。
品定めをしている。ただし、純粋に実力と人物を見ているのが分かった。単純な敵意ではない。
「律也から聞きました。あの賭け符闘場の親分を三ターンで下した、と。式符はURを使った、とも」
「ええ」
「……URをお持ちとは、存じませんでした。失礼ながら、どちらのご出身で?」
「遠見市外です。詳しくは話せないことが多い」
「ふむ」
三神は少しだけ視線を英稟に向けた。
「英稟様が従者として引き入れているということは……英稟様も認めているということですね」
英稟が頷いた。
「私が認めた男だ、三神。符闘の結果でな」
「……そうですか」
三神は俺に向き直り、深く一礼した。
符家の女らしく、符闘の結果というのは腑に落ちるようだった。
「息子の問題を解決していただいたこと、改めて礼を申し上げます。私では……あの界隈には手が出せなかった。甕星流の名を出せば余計に複雑になる事情もあって」
「わかっています」
「それでも……なぜ赤の他人の息子を助けてくださったのです?」
俺は少し間を置いてから、正直に答えた。
「あなたに会いたかったからです、三神さん。息子の問題は、その口実ではありません。ただ、先に話を持ちかけるより、先に動いた方が誠実だと思った」
三神の目が、わずかに揺れる。
「……私に、会いたかった?」
「星宮家の古参家臣として、あなたは誰よりもこの家の実情を知っている。英稟をどう思っているかも含めて。俺はその話をしたかった」
三神は長い間、俺を見ていた。
応接の間に、静けさが満ちる。
「……英稟様を、どうなさるおつもりですか」
「隠さずに言いましょう。英稟は俺の手駒です。が、俺は英稟を使い潰す気はない。彼女が能力を発揮できる立場に置いて、そこから得られるものを活かすつもりです」
英稟が微妙な顔をしているのが視界の端に見えたが、黙っていてくれた。
「……従者がそこまで言うのですか」
「従者というのは、今の立場です。これからどうなるかはわからない」
三神は、ふっと笑った。わずかに疲れがのぞく。
「直截にものを仰いますね、貴方は」
「嘘をついても仕方ない相手だと思ったので」
「……そうですか」
三神は立ち上がり、再び俺に向かって深く礼をした。
「式世一様。一つお願いがあります」
「何でしょう」
「律也と……一度、符闘をしてやっていただけないでしょうか。あの子は符士としての道を自分で諦めた。ですが……本当は符闘が好きなはずです。あなたのようなURを持つ方に正面から向かい合えば、何かが変わるかもしれない」
俺はしばらく考えてから、頷いた。
「わかりました。ただし俺が本気でやれば、全力で叩き潰します。それでも?」
「……それでもお願いします」
三神の目が、初めて温かくなった。
「息子があなたを本当に恐れているなら、それはあなたを本物の符士として認めた証です」
「……了解しました」
——
その夜。
俺は三神の件をルクシエルに話すと、彼女は静かに微笑んだ。
「うまくいきましたね、世一様」
「まだ始まりだ。律也を正式に従えられれば、三神本人の気持ちも動く。ただ、それだけでは完全に星宮を支配できるわけじゃない」
「一手ずつ、詰めていけばよいのです。世一様らしくていいと思います♡」
縁側に二人で座り、遠見市の夜を眺める。
「ルクシエル」
「はい」
「三神を完全に取り込めたとして、次は誰だ」
「古参家臣の中で二番目に影響力があるのは、遠見市の北側に符地を持つ老齢の符士、御鷹氏です。ただこの方は、三神さんより扱いが難しい。三神さんが動いてくれれば、御鷹氏には三神さんから話を通す方法があります」
「つまり、三神を完全に引き込めれば芋づる式か」
「そういうことです♡」
「効率がいい」
「世一様が三神さんのところに直接乗り込んで恩を着せたのが、一番の効果がありましたけど♡」
ルクシエルが微笑む。
俺はふと、英稟のことを思った。
今夜、あいつは自室にいるはずだ。応接の間での三神とのやり取りで、英稟は一言も余計なことを言わなかった。
俺の言葉を遮らず、かといって存在感を消さず、適切な間に立っていた。
自分の役割を、よく理解している。
……それだけじゃない、という気もするが、今は余計なことを考えない。
「ルクシエル、今夜は英稟のところに行く」
ルクシエルがきょとんとした後、嬉しそうに笑った。
「よかった。英稟さん、今夜は少しふさいでいたみたいだったので」
「お前はよく人を見てるな」
「世一様に関わる人のことは、全部見ています♡」
翼がふわりと揺れる。
「行ってらっしゃいませ♡」
英稟の部屋のドアを叩くと、少しの間があってから、くぐもった声が返ってきた。
「……誰だ」
「俺だ」
「……お入りください」
部屋に入ると、英稟は軍服を脱いで、白い寝衣姿で机の前に座っていた。
何かの文書を読んでいたらしく、俺が入ると静かにそれをしまう。
「何のご用でしょうか」
「今日の話の続きをしたかった」
「続き、ですか」
英稟は椅子に深く座り直し、俺を見た。
その目には、複雑な色がある。
「……世一様は今日、三神の前で『英稟は俺の手駒だ』とおっしゃいました」
「言ったな」
「私の扱いを、第三者の前でそうやって明言するとは思いませんでした」
「怒ってるか?」
英稟は少し考えてから、首を振った。
「……怒ってはいません。ただ、改めて思い知らされた気がして」
「何を」
「私がすでに、あなたのものだということを」
静かな声だった。
怒りでも悲しみでもない。ただ、それを声に出すことで、自分の中で整理しようとしているような話し方。
俺は英稟の前に立ち、その黒髪に指先を触れさせた。
「嫌か?」
英稟は俺の手を払いのけなかった。
「……嫌と答えれば、あなたは引くのですか」
「引かない」
「世一様らしいお言葉です」
かすかに唇の端が上がった。苦笑いとも、照れとも取れない表情。
「……私は、符士の家の跡取りとして育てられました。誰かに従うことは、考えたこともありませんでした」
「それはそうだろうな」
「ですが……あなたに敗れてから、私の中の何かが変わってしまいました。符闘で完膚なきまでに砕かれて、それでも……あなたの手の下に置かれることが、悔しいはずなのに、なぜか安堵しています」
「それが、お前の本音か」
英稟は答えなかった。
俺はかがんで、その頬に手を当てた。
英稟の目が揺れる。
「……世一様」
「俺はお前を壊す気はない。使い潰す気もない。お前が符士として持っている力を、俺のために使ってほしい。それだけだ」
「……それだけ、ですか」
「無論、女としてのお前も欲しい」
「……本当に、正直な人ですね」
英稟の声が、わずかに柔らかくなった。
俺は彼女を椅子から立たせ、そのまま抱き寄せた。
白い寝衣越しに体温が伝わってくる。
「ん……っ」
英稟が小さく声を上げて、俺の胸に顔を埋めた。
「……今夜は」
「今夜は何もしない。ただ、ここにいる」
「……そうですか」
しばらく、ふたりで黙っていた。
英稟の呼吸が、ゆっくりと落ち着いていく。
「世一様」
「何だ」
「……私は、あなたのことが嫌いではありません。それだけ申し上げておきます」
「知ってる」
「……ご存知でしたか」
「ああ、お前は俺のものだからな」
「……少し、腹が立ちますね」
「そうか」
英稟が俺の胸を、小さくストンと叩いた。
それが精一杯の抵抗であることも、わかっていた。