『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
翌日の夜、訓練場に呼んだ。
「符闘をする」
「……相手は」
「俺だ。千装魔女の色衣を使う」
エリナが——少し、目を細めた。
「……天使ではないのですね」
「不満か」
「……いえ——聖旗の騎士は、単体を磨き上げる型です。多属性を捌く色衣となら——噛み合い次第で、まだ勝負になると思っただけです」
「それだけか」
エリナが——少し目を伏せた。
「……天使が出てくる符闘なら、私は——一度でいいから、天使の言葉を聞いてみたかった。ルクシエル様も、まだ声を出さない天使も。……ですが、それは、私の我儘です」
「今日はエーデルガルトだ。天使が見たければ、いずれ場は来る」
「……はい」
英稟が場の監察に立った。
────
エリナの符叢は、想定通りだった。
「初期指定式符——聖旗」
白い旗が場に立った。宝具HR。エリナの騎士道の芯だ。
「こちらは——エーデルガルト」
陰の魔女が、静かに場に出た。
「ご命令を」
符闘の結界が、二人を包んだ。
先攻はエリナだった。聖旗の効果で騎士式符を一体呼び、そこへ装備を積み始める。白銀の聖剣。不落の聖鎧。一体の騎士の上に、聖剣付与が重なっていく。陽属性の光が、場を白く満たした。
「白銀の聖剣。効果——この騎士の戦力を引き上げます」
騎士の戦力が跳ね上がった。七、十、十三——数字が膨れていく。
「不落の聖鎧。この騎士は、効果では破壊されません」
完全耐性の壁だった。効果では殺せない。戦闘でも、あの戦力差では正面から砕けない。単体に全てを集めて、一撃で命運を刈り取る——ヴォルトロン型。騎士道グッドスタッフの最高峰だ。
騎士が一歩、前に出た。次の手番で、この一撃が俺の符叢を半分持っていく。
(綺麗な符叢だ)
綺麗すぎた。
(聖剣も、聖鎧も、耐性も——全部、あの騎士一体の上に乗っている)
ヴォルトロン型の完全耐性は、盤面が一枚の絵として完成している時にだけ無敵だ。効果破壊は効かない。戦闘破壊も戦力差で弾く。だが——
(装備は、装備先がいて初めて意味を持つ)
俺は翠衣を手に取った。木R。低レアの、地味な一枚だ。
「翠衣——装備。使役霊体化」
「——っ」
エリナの中心騎士が、霊体化した。場から、消えた。
支えを失った聖剣と聖鎧が、宙に浮いて——墓地へ落ちた。白銀の聖剣も、不落の聖鎧も、装備先を失えばただの札だ。
「……装備が、全部——」
「破壊耐性は、効果破壊にしか働かない。霊体化は破壊じゃない。場から一時どく、それだけだ。だが装備品は、装備先がどいた瞬間に居場所を失う」
エリナの完成した絵が、一手で白紙に戻った。
「蒼衣——潤滑」
一枚ドロー。着替えの継ぎ目を繋ぐ。
「黄衣——防御」
エーデルガルトが、相手の効果の対象から外れる。エリナの返しの布石が、通らない。
エリナが再展開を試みた。だが霊体化した騎士が戻るのは、次の手番の終わり。それまでに聖剣を積み直すコストは重い。旗はあっても、旗を掲げる手が足りなかった。
「また翠衣だ」
「——っ!」
二体目の騎士が霊体化した。積みかけた装備が、また墓地へ落ちる。
エリナの場が、空になった。旗だけが、白く立っていた。
「白衣——強化。エーデルガルトの戦力を上げる」
「……」
「エーデルガルトで、直接攻撃」
英稟が「止め」と言った。
沈黙が続いた。
「……投了します」
エリナが、静かに言った。
「……良い選択でした」とエーデルガルトが、一言だけ言った。
────
英稟が、盤面を一瞥してから言った。
「……翠衣の二枚目を撃たれた時点で、投了はあり得た。粘った分だけ、符叢を見せすぎだ」
「……はい」
「だが——二体目の騎士を出す前に、装備を散らす選択肢を探していたな。読み筋は悪くない。実行が半手遅いだけだ」
エリナが——顔を上げた。
「……ご指導、痛み入ります」
「指導ではない。監察の所見だ」
英稟はそれだけ言って、退室した。
エリナが——扉が閉まってから、小さく言った。
「……厳しい方ですね」
「ああ見えて褒めている。「読み筋は悪くない」は、英稟の最上級だ」
「……そうなのですか」
エリナが——俺の前に立っていた。顔が、少し固かった。
「……ルクシエルがいなくても」とエリナは言った。「翠衣一枚で、全部——剥がれました」
「ヴォルトロン型の弱点だ。一体に集中させた装備は、霊体化一発で全部落ちる」
「……わかっています——わかっていましたが——実戦で対処できませんでした」
「それが答えだ」
エリナが、俯いた。
「……罰がありますか」
「ある」
「……何ですか」
俺はエリナの前に立ち、首輪に指を二本当てた。
「——っ!♡♡」
「出力を上げる。朝までこのままだ」
「……っ——上げた——まま——?——っ♡」
じわ、と首輪から陽気が流れ込み始めた。エリナの膝が、小さく揺れた。
「そして——達することは許さない。朝まで一度もだ」
エリナが——止まった。
「……っ——この状態で——達するな、と——」
「騎士なら、自分の体くらい御してみせろ。盤面で自分を御せなかった罰だ」
「……っ——そんな——!♡♡♡」
「達したらどうなるか、聞かないのか」
「……達したら——どうなるのですか——」
「罰が明日に延びる。明日も、明後日もだ」
「……鬼——です——」
「鬼で結構だ。盤面の上では、俺は今夜のお前より、ずっと意地が悪い」
「……っ——知って——います——」
エリナが——観念したように、息を吐いた。
「……一つだけ——伺っても——いいですか——」
「言え」
「……この罰は——私を——壊すためのものですか——それとも——」
「鍛えるためだ」
「……っ——」
「体の熱に振り回されて崩れる自制なら、盤面でも崩れる。今夜一晩、熱と並んで座っていられたなら——それはお前の武器になる」
エリナが——黙った。それから、小さく頷いた。
「……わかりました。——受けます」
「命令だ。受けるも受けないもない」
「……それでも——自分で受けると——言わせてください」
「……好きにしろ」
(命令を、自分の選択に置き換えるか)
命令を、自分の選択に置き換える。強い女に、よくある癖だ。
エリナが——唇を噛んだ。体の芯が火照り続ける状態で、自制だけを命じられる。それがどういう夜になるか、もう体でわかり始めている顔だった。
「廊下に椅子を置かせる。そこで朝まで座っていろ」
エリナが——止まった。
「……廊下——で——ですか——」
「この部屋の外だ。寝台は使わせない。火照った頭で、今日の負けを数え直せ」
「……一晩——ずっと——」
「罰だと言ったはずだ」
エリナが——何か言いたそうに——口を閉じた。
「……わかりました——」
────
廊下に椅子を一脚置かせた。
律也がエリナを案内した。
扉は閉めた。
その夜は、セレスティーナを部屋に呼んだ。
セレスティーナが来た時、俺は窓際で符叢を検めていた。
「……エリナが、廊下に」
「罰の最中だ」
「……何をお命じに」
「首輪の熱に朝まで耐えさせる。達するのは禁じた」
セレスティーナが——少し、目を伏せた。
「……厳しいことを、なさいます」
「反対か」
「いいえ」とセレスティーナは言った。「……私にも、覚えがあります。ああいう夜が——一番、自分と話す夜です」
「知っていて言うか」
「知っているから、言うのです」
セレスティーナが、枢機卿服の留め具に手をかけた。
「……では——私は、私の務めを。声は、抑えます」
「ああ。今夜は聞かせない。あれは、自分の声と過ごす夜だ」
────
夜半、俺は一度だけ扉に寄り、廊下の気配を確かめた。
英稟の時とは、罰の形を変えてある。英稟には犬の尾を与えた。エリナには——熱と、それに耐える自分だけを与えた。同じ罰は、二度は使わない。罰の形を選ぶのは、育て方を選ぶのと同じことだ。
椅子の軋む音が、時折した。座り直しているのだろう。首輪の出力は、切っていない。あの熱と一晩並んで座るのがどういうことか——体で知らないのは、この邸ではもうエリナだけだ。
そのうち——小さな声が聞こえた。
「……弱き者の盾となれ——声なき者の声となれ——」
祈りのような小声だった。途切れて、また始まる。何度も、同じ言葉を繰り返している。
(叙任の誓句か)
マギニアの騎士が叙任の日に受ける言葉だと、聞いたことがある。熱に耐える夜に、あの女はそれを数珠のように繰り返していた。
(首輪の熱に、誓いの言葉で立ち向かうか)
自分を差し出した国の誓句で、自分の背骨を支えている。皮肉なようで——筋は通っていた。誓いの意味は、掲げる者が決める。あの女は、もうその入り口に立っている。
俺は扉から離れた。
朝までにあの誓句が何回繰り返されるのか——数えるのは、やめておいた。
部屋に戻ると、セレスティーナが半分眠った声で言った。
「……まだ、唱えていましたか」
「唱えていた」
「……なら、大丈夫です。あの子は——言葉を持っている子ですから」
「お前の見立ては当たるのか」
「……師ですから」
────
明け方、セレスティーナが身支度を整えた。枢機卿服を着直し、乱れた髪はそのままに。
俺も一緒に、扉を開けて廊下に出た。
エリナは、椅子に座ったまま——まだそこにいた。セレスティーナを見ても、驚かなかった。夜通し、扉一枚向こうの気配は、察していたのだろう。
「……エリナ。まだ起きていましたか」
「……先生」
エリナが、椅子から立った。膝が、少しふらついた。
「……一つ、聞かせてください」
「どうぞ」
「先生は——陽気の影響下にある自分の判断を——なぜ、信じられるのですか」
セレスティーナは、すぐには答えなかった。
「……信じ切っては、いません。混ざっていない状態には、もう戻れませんから。それでも同じ答えが出る日が続く限り、その答えを使う。それだけです」
エリナが——黙った。
「……先生。もう一つだけ」
「どうぞ」
「……昨夜、私は——罰を、受けきりました。命じられた通りに。一度も、崩れませんでした」
「……それで」
「……それを誇っていいのか——命令に従いきってしまったことを、恥じるべきなのか——わからないのです」
セレスティーナが——少し、微笑んだ。
「両方、持っていなさい」
「……両方——」
「誇りと恥は、両方持てます。片方を捨てた人間から、順番に壊れていきます。……私は、そうやって立っています」
エリナが——目を見開いた。それから、ゆっくりと、頷いた。
朝の光が、廊下の窓から差し始めていた。徹夜明けの騎士の顔は、疲れて——しかし、濁っていなかった。
「……罰は——受けきりました」
エリナが、俺に向き直って言った。
「見ていた」
「……っ——見て——」
「聞いていた、が正確か。誓句は、いい声だった」
エリナの顔が——朝の光の中で、赤くなった。
「……聞いて——いたのですか——あれを——」
「悪くなかった」
「……忘れて——ください——」
「断る」
エリナが——耳まで赤いまま、騎士の礼をした。それが、今の精一杯の反撃らしかった。その律儀さが、この女の芯だった。
セレスティーナが、少しだけ微笑んだ。
「あなたも、問いなさい。答えを急がずに。……おやすみなさい、エリナ」
深紅の背中が、廊下の向こうへ消えた。
エリナは、椅子に座り直した。
遠海の夜は、もうすぐ明ける。