『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
翌朝から、聖都が動いた。
天声の体験が広まっていた。法廷に居合わせた十二の枢機卿から、符士へ、民へ。「天使が語った」「一体ずつ、自分の言葉で選んだ」「千年ぶりの天声だ」——それが半日で都市全体に広まった。
俺は宿から出なかった。英稟が外の状況を報告した。
「……枢機卿会議が、割れています。世一様側と言っていいのが三名——法廷の証言記録の公開を主導しています。ダンテ支持を明言する者が三名。調査の署名を拒んだ者たちです。中立を保つ者が三名。……残りの三名は、昨夜のうちに聖都を離れました」
「綺麗に割れたな」
「……四つに、です。誰も過半を持ちません。会議は『天使の証言を正式な教義資料として認めるか』の一点で止まったまま、動いていません。——動いたのは、ダンテ枢機卿への調査だけです。あれだけは、残った九名の全会一致でした」
「ダンテは」
「……医務室に。意識はあります。証言能力があると医師が判断しました。……調査には、本人が全面的に協力すると」
「そうか」
英稟が、一拍置いた。報告の声が、少しだけ低くなった。
「……それと、聖都で、ひとつの言葉が使われ始めています。神学の言葉で——『シスマ』と」
「なんだ、それは」
「……教会が、二つに裂けることです。教義そのものの解釈をめぐって、一つの聖教が、互いを異端と呼び合う二つの聖教になる。……過去に一度だけ、あったそうです。四百年前。その時は、火の海になったと」
「今度もなるのか」
「……もう、始まっています。天声派を名乗る者は『天使が今語る言葉が啓示だ』と説き、保守派を名乗る者は『それは天使を惑わす異端の妖術だ』と説く。同じ聖典を掲げて、同じ天使の名を唱えて——互いに、破門状を書き始めています。地方聖堂のいくつかは、もう『天使を惑わす異端の符侯』への抗議声明を出しました。反世一の説教が、天声の噂と同じ速さで走っています」
「早いな」
「……裂け目は、一度入れば、あとは勝手に広がります。……これは、もう止まりません。世一様が止めても、止まらない」
英稟の目に、心配があった。俺が引き裂いてしまったものの、大きさを測る目だった。
完全な勝利ではなかった。
戦争は止めた。だが、そのために俺が引いた楔は、千年の教会に、四百年ぶりの裂け目を入れた。始まったのは、改革ですらない。シスマだ。一つの聖教が、二つに裂けていく。
(それでいい)
一枚岩の教会は、いつか敵に回れば脅威になる。裂けて、互いを異端と呼び合い、破門状の応酬で手一杯の教会は——俺に牙を剝く前に、身内を焼くのに忙しい。揃ってこちらへ向かってこない教会の方が、扱いやすい。……四百年前は火の海になったという。今度も、なるかもしれない。それは、俺の火ではない。教会が、千年、自分の中に溜め込んでいた火だ。俺は、蓋を外しただけだ。
俺は、窓の外の聖都を見た。塔が並び、鐘が鳴り、千年の重みで自分は永遠だと信じてきた街だった。その街を、今、揺らしているものの正体を、俺は知っている。
大義ではない。神託でもない。——俺が、女を一人、取り返しに来た。それだけだ。
聖教は、天使を千年、鎖に繋いでいた。祭壇の奥に据え、聖典で塗り固め、その口を封じたまま、「これが天使の意志だ」と代弁して、世界の正しさの基準を握ってきた。俺のやり方と、どこも変わらない。違うのは一つだけだ。俺の天使は、俺の陽気に触れて口を開いた。教会の天使は、千年、誰にも問われなかった。
その一体が、法廷で口を開いた瞬間、教会は自分の嘘に耐えられなくなった。天使を隷属させていたのは、天使を掲げていた者たちの方だった——それが露わになった瞬間、千年の秩序は内側から裂けた。俺が裂いたのではない。俺は、封じられていた声を一つ、外に出しただけだ。あとは、教会が勝手に、自分で裂けた。
くだらない、と思う。歴史というものは、いつもこうやって動くのだろう。誰かの高尚な理想でも、神の計画でもなく——たった一人の男が、たった一人の女を手放したくなかった。それだけのことが、千年を裂く。
人の欲だ。歴史を動かしてきたのは、いつだって、それだ。
夕方、セレスティーナが来た。
手首に包帯が巻かれていた。枢機卿服ではなく、白い布衣を着ていた。頭巾もない。
「……天声派の枢機卿から、法廷での証言を正式に記録させたいという申し出がありました」
「乗るか」
セレスティーナが少し間を置いた。
「……天声派の中心に立てば——教義の主流を動かせます。それは世一様のご方針に沿うはずです」
「そうだな」
「……私はここに残るべきでしょうか」
俺はセレスティーナを見た。
「来い」
「……世一様——」
「お前がここに残って教義を動かすより、俺の隣で聖都の情報を聞いた方が、教義はよく動く。必要な時に戻せばいい」
セレスティーナが——少し目を細めた。
「……それは——合理的な判断ですか」
「そうだ」
「……本当に」
「本当だ」
セレスティーナがしばらく俺を見た。
「……わかりました。お供します」
「準備しろ。明朝、船を出す」
「……はい」
セレスティーナが立ち上がりかけた。
「セレスティーナ」
「はい」
「地下でも聞いたが、もう一度聞く。秘密召喚を受け取った、あの夜——なぜ、俺に見せなかった」
セレスティーナが——止まった。
「……」
「答えろ」
「……話せば——止められると、思いました」
「止める」
「……はい。だから、言えませんでした」
「俺に守られるだけでは、隣には立てないと思ったか」
セレスティーナが、目を見開いた。
「……なぜ、それを——」
「顔に書いてある。今もだ」
セレスティーナが、俯いた。
「……一人で行って、捕まることが——隣に立つことだと、思っていました」
「違うな」
「……違いました」
俺は、しばらくセレスティーナを見た。
「次からは、勝手に一人になるな」
「……はい」
セレスティーナが、顔を上げた。
「次は——一緒に、行きます」
それだけだった。
────
船は三日目の夜に、聖都の影を完全に離れた。
英稟が甲板を確認して戻ってきた。
「……セレスティーナ様が、船首の方にいます」
「わかった」
セレスティーナは夜の海を見ていた。白い布衣のまま、風に銀灰色の髪を揺らしていた。枢機卿服ではない。
「寒いか」
「……少し」
「部屋に来い」
「……はい」
部屋に入った。
セレスティーナの手首を取った。包帯を外した。傷は浅かった。しかし——跡は残る。
「……見ないでください」
「見る」
傷に陽気を少し流した。
「……っ——」
布衣を脱がせた。他に傷がないか確認した。鎖の痕は手首だけだった。
「ベッドに四つん這いになれ」
セレスティーナが——止まった。
「……え——」
「聞こえなかったか」
「……聞こえました——」
四つん這いになった。白い肌が出た。背骨が——この体勢でも、真っ直ぐだった。
「今夜の分の罰だ。船首で言ったことを、体でも覚えろ」
「……はい——」
ぱん。
「——っ!」
「一人で全部決めて、一人で全部背負う——それがお前の意地だったな」
「……はい——っ——」
ぱん、ぱん。
「——あっ——!」
「その意地は、褒めていい部分もある。だが、俺を勘定に入れないところは、褒めない」
「……申し訳——ありません——っ——」
ぱん、ぱん、ぱん。
「——あっ——あっ——あっ——!!!!!!!!」
「謝るところを間違えるな。俺に言わなかったことを謝れ。あの決断そのものは、謝らなくていい」
セレスティーナが——止まった。
「……いいの——ですか——」
「お前は、規定にない選択を、自分で選んだ。それは、悪いことじゃない。ただ——俺に黙ってやったのが、悪い」
「……っ——はい——」
ぱん、ぱん、ぱん。仕上げに、もう一度。
「——ああっ——!!!!!!!!」
臀部が赤くなっていた。
「今後、大きな決断をする時は」
「……必ず——ご相談します——世一様——っ——!」
俺はセレスティーナの腰を引き寄せた。
「——っ」
後ろから入った。
「——あっ——!!!!!!!!」
「誓約しろ」
「……はい——何でも——っ——!」
「お前は何者だ」
「——世一様の——妻——です——!♡♡♡♡♡」
「枢機卿の立場は」
「——返上——します——っ——還俗——します——っ——!!!!!!!!♡♡♡♡」
「カエリエルは」
「——世一様の——ために——私が——使います——っ——!♡♡♡♡♡」
「怖かったと言ったな」
「……はい——っ——!」
「今も怖いか」
ぐちゅ、ぐちゅ、と音が続く。
「……怖くは——ありません——世一様が——いるから——っ——!♡♡♡♡♡♡」
最奥まで押し込んだ。
「——あ——ああっ——!!!!!!!!」
ごぷっ、ごぷっ、ごぷっ、と流し込んだ。
「——あ——っ——中が——熱い——っ——!♡♡♡」
セレスティーナが、しばらく震え続けた。
────
「……まだ——終わって——いませんか——」
「まだだ」
「……っ——」
「座れ。俺の前に」
セレスティーナが——ゆっくりと体を起こした。白い肌が汗で光っていた。銀灰色の髪が乱れていた。
俺の前に、膝をついた。
「口で奉仕しろ」
セレスティーナが——俺を見た。
「……口——で——」
「聞こえなかったか」
「……聞こえました——」
少し間を置いた。
「……こういった行為は——神学書には——」
「お前の神学書はもう関係ない」
「……はい——」
セレスティーナが——前に屈んだ。銀灰色の髪が俺の腿に落ちた。
口が触れた。
「……こんなに——大きかったのですね——」
「余計なことを言うな」
「……はい——」
ゆっくりと、受け入れた。
くちゅ、くちゅ、と音が立った。セレスティーナが丁寧に——しかし懸命に動いた。
「……うまく——できていますか——」
「動け」
「……はい——っ——」
くちゅ、ぬちゅ、と音が続く。銀灰色の髪が揺れた。
「……んっ——っ——んんっ——」
「胸で挟め」
セレスティーナが——止まった。
「……胸——で——」
「聞こえた」
「……はい——」
両手で胸を寄せた。豊かな胸が、俺を包んだ。
「……こう——ですか——」
「動け」
「……はい——っ——」
ぬちゅ、ぬちゅ、と音が立った。胸を使いながら——先端だけ口で続けた。
「……こんなに——熱くなって——っ——」
「黙って動け」
「……はい——っ——んっ——っ——」
ぬちゅぬちゅ、ぬちゅぬちゅ、と音が増した。
「受け取れ」
「——っ!!!!!!!!」
どくっ、どくっ、と口の中に流れ込んだ。
セレスティーナが——目を見開いた。
「……っ——! んっ——! んんっ——!」
全部——飲み込んだ。
しばらくして、顔を上げた。口元を手で拭った。
「……ありがとうございます——」
「何に対してだ」
「……全部——です——」
銀灰色の髪が、乱れたまま肩に落ちていた。
それでも——背筋は、真っ直ぐだった。
────
「……世一様」
「なんだ」
「……来てくださったことに——ありがとうございます」
「何に対してだ」
「……それだけで——十分です」
セレスティーナが、俺の胸に頬を当てた。
「……カエリエルは——消えかけの燠のような光のまま、それでも目を開いてくれました」
「知っている」
「……カエリエルは——世一様が来るとわかっていたのだと思います」
「わかるか」
「……わかります。あの子は賢い天使ですから」
セレスティーナが——静かに笑った。
今夜は枢機卿の顔ではなかった。
翌朝も、船は進んでいた。
セレスティーナが俺の腕の中で目を覚ました。布団の中、裸のまま、銀灰色の髪が乱れていた。しかし——目が開いた瞬間から、その目は動いていた。
「……シスマの現状について——考えていました」
「朝から考えているのか」
「……ずっと考えていました。眠れていたかどうかも、よくわかりません」
俺はセレスティーナを引き寄せた。
「……っ——世一様——」
「考えながら聞く。話せ」
セレスティーナが——少し間を置いた。
「……天声派が主流になった今——一番動かしやすいのは「戒律」です」
「具体的に」
「……聖教の戒律には「聖職者は婚姻を禁じる」という条文があります。しかし実態は——」
「知っている。甥という名の実の子を後継に据えている」
セレスティーナが——少し目を細めた。
「……ご存知でしたか」
「ダンテの身辺を調べた時に出てきた」
「……そうですね。ダンテも例外ではありませんでした」
「それを使え」
「……はい。「聖典の戒律は、当時の政治状況に合わせて書かれた」という論点で——天声派の神学者が改訂を求めれば、反論は難しい。ダンテの件があった今は特に」
「婚姻を認めることで何が変わる」
「……聖職者が表に出せる後継者を持てる。教会組織が世代間で継承できる。そして——天声派の枢機卿の多くは、既に「非公式の家族」を持っています。彼らは婚姻の合法化に積極的に動きます」
「天声派を一枚岩にする材料になるか」
「……なります」
俺はセレスティーナの肩に手を置いた。
「……っ——話の途中です——」
「続けろ」
「……続けます——聖典の翻訳も、同時に進めるべきです。現在の聖典は古語で書かれています。一般信徒には読めない。枢機卿と上位聖職者だけが「解釈」を独占してきた」
「それを崩す」
「……天声——カエリエルたちの言葉を根拠に、古語の記述の「正しい解釈」を書き直す。これは教義の改訂ではなく「天使による原典解説」という形を取ることができます」
「うまい言い方だ」
「……こういう言い方が、私の仕事でした」
セレスティーナが——少し笑った。
「カエリエルを使えるか」
「……使えます。カエリエルは法廷で目を開きました。あれは千年ぶりのことです。天声派にとって、カエリエルの証言は——何より重い根拠になります」
「お前はカエリエルと話せるか」
「……話せます。昨日より——よく話せると思います」
「なぜだ」
セレスティーナが——少し間を置いた。
「……カエリエルが——向こうから話しかけてくるようになりました。世一様の陽気に触れてから」
「そうか」
「……「あの人の隣にいなさい」と——昨夜、言っていました」
俺は何も言わなかった。
「……教会組織の改革についても——骨格を考えていました」
「言え」
「……現在の枢機卿会議は、十二名の閉鎖的な合議制です。外部から入る方法がない。保守派が縮小した今——天声派が議席を占めても、同じ閉鎖構造が続くだけです」
「開くとしたらどうする」
「……各地区の主要聖堂から代表を選ぶ制度を作ることができます。「天使の声を聞いた者」という基準で選べば——天声派が自然に主流になる。代表が増えれば、保守派が覆せなくなります」
「いつ動ける」
「……聖都に戻れば——すぐに動けます。ダンテの件で保守派は動けない今が、一番速く動ける時期です」
「わかった」
「……世一様」
「なんだ」
セレスティーナが——俺を見た。
「……私は——今朝から「枢機卿」の顔をしていたかもしれません」
「かまわない」
「……還俗の手続きが済むまでは——枢機卿の肩書きも、使える時は使います。それが——世一様の「妻」としての仕事だと、思っています」
「そうだ」
「……良かった——」
セレスティーナが——俺の胸に頬を当てた。
「……次に聖都に戻る時は——世一様も来てください」
「必要な時は行く」
「……「必要な時」を——私が作ります」
「やってみろ」
セレスティーナが——小さく笑った。
遠海が見えた朝、英稟が来た。
「……聖都から書状が届いています。天声派の枢機卿三名から——セレスティーナ様への「聖都での活動継続の要請」です」
「セレスティーナ」
「……読みました。お断りします」
「今はな」
「……はい。今は——世一様の隣にいます」
「代わりを置く」
セレスティーナが——俺を見た。
「……代わり、とは——」
「聖都に常駐させる。天声派の窓口になれる者だ」
「……私の代わりに、聖都に残す——ということですか」
「お前は残さない。お前は遠海に置く」
セレスティーナが——少し黙った。
「……私の——生徒の中に——使える者がいます」
「何人いる」
「……三人。神学の素養があり、天声派の中でも信望があります」
「連れてこい」
「……こちらへ、ということですか」
「三人とも。俺が見てから選ぶ」
セレスティーナが——少し間を置いた。
「……世一様が——「見る」とは——」
「それだけではない」
「……」
「わかっているか」
「……わかって——います」
セレスティーナが——目を伏せた。しかし——顔は上げたままだった。
「……彼女たちは——純な子たちです」
「そうだろう」
「……それでも——世一様の代理人になるということは——」
「お前と同じ立場になる、ということだ」
セレスティーナが——静かに息を吸った。
「……はい」
「嫌か」
「……嫌ではありません。ただ——彼女たちに事前にお伝えする時間をください。何も知らないまま来させるのは——」
「それはお前がやれ」
「……はい」
「聖都での動きと——お前の代わりに動く道を、同時に手渡せ」
「……わかりました」
セレスティーナが——俺に向き直った。
「……世一様」
「なんだ」
「……最初にここへ来た時の私も——何も知りませんでした」
「そうだったな」
「……それでも、世一様の隣がいいと——今は、そう思っています」
俺は何も言わなかった。
「……彼女たちも——そう思えるようになる、と——私は思います」
港が見えてきた。
遠海の石造りの街。符侯の城が見えた。
「帰ってきたな」
英稟が俺の隣に立った。
「……帰ってきました」
「冬子と雪は」
「……問題ないはずです」
「そうか」
船が港に入った。
聖都が——遠くなった。
やることは、変わらない。空欄だった台帳を、埋め続けさせる。天使に意志を聞く手続きを、教会の側に根付かせる。ルクシエルとアルギメルのためだけじゃない。まだ倉にいる天使たちの分まで。