『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
出発の朝、セレスティーナが三人を庭に集めていた。
俺は窓からそれを見ていた。声は風向きで途切れ途切れにしか届かなかった。全部を聞いたのは、後になってから——本人の口からだ。
——聖都へ発つ前に、話しておくことがあります。
セレスティーナは、そう切り出したという。
——私を育てたのは、ヴィクトル・ダンテです。
三人が、固まったのが窓からもわかった。
——十九の年に、枢機卿会議の末席に拾われました。条文の読み方も、議事の通し方も、教会という生き物の呼吸も——全部、あの方に教わりました。神使監察の職に私を推したのも、あの方です。
……師匠は、それを隠していたのですか——とイゾルデが聞いた。
——隠してはいません。言う機会を、選んでいました。あなたたちが「ダンテは敵だ」とだけ覚えて聖都へ行けば——あなたたちはいつか、五十年前のあの方と同じ間違いをします。
——敵は、人ではありません。「問わなくなること」です。あの方は、良い師でした。良い師のまま、問わなくなった。……私があの方を告発した日、私は自分の半生ごと告発しました。それでも告発したのは——あの条文が間違っていたからではありません。あの条文を、五十年、変えなかったからです。
——聖都を発つ前に、一度だけ、医務室のあの方に会いました。言ったのは、二言だけです。「あの時の条文は、必要でした」「今のあなたには、その条文を変える責任がありました」。……あの方は、「そうだな」と。それだけでした。
フィデリアが、泣きそうな顔で聞いたという。——師匠は、後悔していますか。
——していません。悲しいのと、後悔は、別のものです。
マリエンナが、最後に聞いた。——私たちも、いつか師匠を告発する日が、来ますか。
セレスティーナは、笑ったという。
——来るかもしれません。その時は、私の育て方が正しかったということです。それでも私を師と呼ぶかどうかは——あなたたちが、その日に選びなさい。
三人は、順番に頭を下げた。イゾルデが最初だった。
——今、選び直しました。あなたを師と呼びます。ダンテの弟子だったあなたを——含めて、です。
────
庭の話が終わって、しばらくして——セレスティーナが部屋に戻ってきた。
「……」
「戻れと言っていないが」
「……言われなくても——戻ります」
「そうか」
セレスティーナが——静かに、俺の前に膝をついた。
「……昨夜の続きを——」
「しながら話す」
「……はい」
セレスティーナが——口を開いた。ぐちゅ、と——柔らかい音がした。
「三人をどう動かす」
セレスティーナが——顔を上げた。口元を手で押さえたまま答えた。
「……まずイゾルデを——枢機卿会議に入れます。正式な代理人として。論客ですから——保守派との直接交渉を任せます」
「根拠は何で通す」
「……「天声派筆頭枢機卿の代理人」として私の名前を使います。私はまだ——聖教界では有効な肩書きを持っています。還俗の手続きは——まだ済んでいません」
「済ませなくていいのか」
セレスティーナが——少し考えた。
「……しばらくは——済ませない方が——使いやすい」
「そうか」
「……「枢機卿セレスティーナの代理」という看板は——まだ価値があります。イゾルデが聖都で動く間は——その看板を使わせます」
「イゾルデが育ったら」
「……育ったら——看板はいりません」セレスティーナが——また口を動かした。しばらくして顔を上げた。「……イゾルデは——頭が良い。三か月あれば——聖都の派閥地図を自分で読めるようになります」
「フィデリアは」
「……フィデリアは——父君の地区から動かします。聖職者婚姻の戒律改正は——父君の地区で最初に成立させる。成功例を作れば——他の地区が追随します」
「フィデリアの父は動けるか」
「……動けます。自分の立場が正式になるなら——喜んで」セレスティーナが静かに言った。「ただ——フィデリアが「世一様の女」になったことは——父君には伝えません」
「当然だ」
「……「天声派の改革を推進する若手の代表」として——父君には見せます。実態は——」
「実態はこうだ」
「——っ——んっ——」セレスティーナが——一瞬、声を漏らした。「……は——はい——実態は——こう——ですが——」
「続けろ」
「……フィデリアが——自分から動く動機が——「世一様に呼んでもらうため」になっています。昨夜——確認しました」
「確認したのか」
「……「働けば呼ぶ」という世一様の言葉を——フィデリアは、眠りに落ちる寸前まで、うわ言のように繰り返していました」
「本人は自覚しているのか」
「……あの様子では——半分も、していないと思います——」
俺は何も言わなかった。
「……フィデリアの動機は——当面——その一点で十分です」セレスティーナが続けた。「聖都で二人でいる夜に——イゾルデが論点整理をして——フィデリアが感情で判断する。バランスが取れます」
「マリエンナは」
セレスティーナが——少し間を置いた。
「……マリエンナは——別格です」
「何が違う」
「……イゾルデとフィデリアは——動かす人間です。マリエンナは——見せる人間です」
「象徴か」
「……はい。「最高法廷でカエリエルの光を直接受けた者」——この肩書きは、天声派の中で唯一無二です。マリエンナが証言台に立つだけで——聴衆の心が動きます」
「マリエンナに論争はさせるな」
「……させません。させる必要もない」セレスティーナが答えた。「マリエンナは——話すより——存在することが仕事です。「この子が見ている場所が正しい」と——信徒に思わせる」
「カエリエルとの繋がりを前面に出せるか」
「……出せます。カエリエルが——マリエンナに話しかけるようになったことは——天声派の中では奇蹟に近い。「天使が語りかけた信徒」として——聖典改訂の証言者に立てます」
「聖典改訂のスケジュールは」
「……まず——古語の対訳版を出します。既存の聖典の構造は変えずに——読める言葉にするだけ。保守派が反対しにくい形から入ります」
「反発が出る前に既成事実を作れ」
「……そのつもりです」セレスティーナが——また口を動かした。しばらくして顔を上げた。顔が——少し赤かった。「……次の段階で——天声の言葉を注釈として入れます。「天使が言った言葉」を補足情報として付ける形です」
「それが本体か」
「……はい。注釈が——十年後には本文より重く読まれるようになります。教義はそうやって変わります」
「十年か」
「……焦らない方がいい。焦ると——保守派に口実を与えます」
俺はセレスティーナの衣の裾に手を入れた。
「——っ——」
「長い」
「——っ——せ、世一様——話の途中——」
「長いと言っている」
「——わかってい——ます——でも——十年というのは——あっ——!」
「もっと速くできないのか」
「——できません——!——っ——世一様——今——指が——」
「聞こえている。答えろ」
セレスティーナが——息を乱しながら、それでも続けた。
「——っ——速くすると——必ず——反動が来ます——歴史上——急いだ改革は——すべて——っ——!——」
「すべて」
「——潰されています——っ——んっ——!——数百年前の神学者が——聖典を民衆の言葉に訳して——急ぎすぎて——断罪されました——それが——ボイニアのヨハンです——」
「だから十年かけるのか」
「——だから——っ——時間をかけて——教会の内側から——既成事実を——積み上げます——っ——あっ——!♡♡♡」
「わかっていても気に入らない」
セレスティーナが——乱れた息のまま、俺を見た。
「……世一様」
「なんだ」
「……気に入らなくても——正しい手順があります」
「正しい手順で——何年かかる」
「……聖職者婚姻の公認まで——三年。聖典対訳版——二年。注釈版——五年。代議制改革——五年。全部合わせると——」
「十五年だ」
「……急げば——半分になります。でも——」
「でも」
「……その後に——必ず戦争が来ます」セレスティーナが静かに言った。乱れた息の中で、声だけは落ち着いていた。「宗教改革の歴史は——改革の後の戦争の歴史でもあります。百年続いた宗教戦争の記録が——聖都の書庫にあります」
「——百年——」
「……急いで十年で変えて——百年戦争が来るより——十五年かけて変えて——戦争を避ける方が——」
「お前の計算か」
「……歴史の計算です」
俺は手を止めた。
セレスティーナが——息を整えた。
「……ありがとうございます」
「礼を言うな。納得しただけだ」
「……わかりました」
少し間があった。
「俺はもう待てんぞ」
セレスティーナが——俺を見た。
「……それは——」
「十五年ではなく——お前の話だ」
「——あ——」
セレスティーナの目が——少し、揺れた。
「何のことか——わかるか」
「……わかります——」
俺はセレスティーナを押し倒した。
「——っ——」
「今ここで待てんと言っている」
「……わかって——います——っ——」
「わかっているなら——」
「——はい——っ——」
ぐちゅ、と——音がした。
「——あっ——!——世一様——!」
「声を抑えるな」
「——っ——でも——三人が——まだ——」
「もう出た」
「——出た——でも——聞こえたら——っ——!♡——」
「聞こえていい」
「——っ——!♡♡——」
セレスティーナが——腰を引こうとして、また引けなかった。
「——世一様——っ——今日は——もう——たくさん——」
「まだ足りない」
「——っ——た、たくさんというのは——量の話では——なくて——っ——」
「どういう話だ」
「——時間の——話で——あっ——!♡♡——昨夜から——ほとんど——休まず——」
「続けろ」
「——続けれ——ません——っ——!♡♡♡——あっ——あっ——!」
「もうすぐだ」
「——もうすぐって——っ——!——あっ——!♡♡♡——」
「わかるか」
「——わかります——わかりますが——っ——!♡♡♡♡——」
「そのまま受け取れ」
「——っ——!——あっ——!——あっ——あっ——!♡♡♡♡——」
セレスティーナが——大きく、一度震えた。
「——んっ——!!♡♡♡♡♡——あっ——!——!!——」
長い息が、抜けた。
しばらく——静かだった。
セレスティーナが——目を閉じたまま、静かに呼吸していた。
俺はセレスティーナの腹に手を置いた。
「……っ——」セレスティーナが目を開けた。「世一様——」
「まだ終わっていない」
「——え——」
「お前には姪を孕んでもらうぞ」
セレスティーナが——止まった。
「——姪——」
「聖職者が実の子を甥や姪と言い訳して後継にする——そう言ったのは俺だったな」
「……言いました——」
「同じことをお前にする」
セレスティーナが——腹の上の俺の手を、じっと見た。
「……私が——孕んだとして——」
「お前の姪だ。表向きは」
「……」
「還俗の手続きを急がなくていいと言ったな。都合がいい」
セレスティーナが——ゆっくりと、何かを飲み込むような顔をした。
「……世一様は——」
「なんだ」
「……私が提案した改革を——私自身に——適用するつもりですか」
「先例になれ」
セレスティーナが——少し笑った。笑ってから、また真顔になった。
「……それは——」
「嫌か」
「——嫌では——ありません——」セレスティーナが静かに言った。「ただ——」
「ただ」
「……姪、というのは——やはり——いけません」
「なぜだ」
「……世一様の子ですから——」
俺は何も言わなかった。
「……世一様の子を——姪と呼ぶのは——」セレスティーナが腹の上の俺の手に、自分の手を重ねた。「——私が——嫌です」
「じゃあ何と呼ぶ」
「……還俗が済んだら——娘と呼びます」
「還俗は急がないのではなかったか」
「……改革が——一段落したら——急ぎます」セレスティーナが俺を見た。「世一様の子を——正式に娘と呼べる日まで——」
「待てるのか」
「……待てません」
「そうか」
セレスティーナの目が——少し潤んでいた。
「——ですから——」
「ですから」
「……今すぐ——孕ませてください——」
俺は腹を一度、静かに撫でた。
「わかった」
セレスティーナが——目を閉じた。
「——っ——」
「受け取れ」
「——はい——っ——世一様——!♡♡♡♡♡——」
腹の上の手が——温かかった。
セレスティーナが——また口を動かした。今度は——少し長く。
顔を上げた時、目が潤んでいた。
「……世一様——」
「なんだ」
「……三人は——良い手駒になります」
「お前が育てろ」
「……はい」
「遠見に来る時期は——お前が決めていい」
セレスティーナが——少し目を見開いた。
「……私が——決めていいんですか」
「三人を管理するのはお前だ」
「……わかりました」セレスティーナが——静かに言った。「では——」
「では」
「……月に一度——必ず来させます。それとは別に——節目の報告がある時は——随時」
「それでいい」
「……世一様」
「なんだ」
「……私も——来ていいですか」
「お前は遠見にいる」
「——あ——」セレスティーナが——一瞬、固まった。「……そう——でしたね——」
「何を聞いている」
「……忘れていました——」セレスティーナが——少し笑った。「三人の話をしていたら——自分のことを——」
「三人の心配より自分の心配をしろ」
「……自分の心配は——ありません」
「なぜだ」
「……世一様の隣にいますから」
俺は何も言わなかった。
セレスティーナが——また口を動かし始めた。今度は——話を続けるつもりはないようだった。
しばらくして——部屋の外から、声が聞こえた。
フィデリアの声だった。
「——姉様——イゾルデが出発の準備を始めています——姉様は——」
セレスティーナが——顔を上げた。
「……今——行きます」
「——え——今どこにいるんですか——」
「……世一様の部屋です」
少し間があった。
「——……そうですか——」
「……フィデリア」
「——なんですか——」
「……聖都で——よく動きなさい」
「——……はい——っ——」
声が——遠ざかった。
セレスティーナが——また口を動かした。
今度は——最後まで、やり遂げた。
顔を上げた時、目が静かだった。
「……全部——飲みました」
「そうか」
「……三人に——教えた通りに」
「先生だな」
「……世一様の女ですから」
セレスティーナが——立ち上がった。衣を整えた。先生の顔に戻っていた。
「……では——三人を見送ってきます」
「行け」
セレスティーナが——部屋を出る前に、一度振り返った。
「……戻ったら——報告します」
「何の」
「……三人が——ちゃんと出発したかどうか」
「それは報告しなくていい」
「……では——」
「フィデリアが泣かなかったかどうかだけ言え」
セレスティーナが——少し笑った。
「……泣くと思います」
「そうか」
「……ですが、あの子は——泣きながらでも、任された仕事はやり遂げる子です。聖都に着けば、すぐに働きます」
「わかっている」
セレスティーナが——部屋を出た。