『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
数日後、五人を呼んだ。
星宮邸の奥座敷。正式な場ではない。しかし——普段の部屋でもなかった。
ルクシエルが俺の右に立った。エーデルガルトが左に立った。
五人が——順番に入ってきた。
英稟が先頭だった。軍服のまま、刀を佩いていた。視線が、部屋を一度なめた。副将の目だった。
冬子がその後ろ。腹が——少し、大きくなっていた。歩き方が変わっている。それでも背筋は真っ直ぐだった。
雪が冬子の隣についていた。英稟の親衛隊長が、今は冬子の付き添いをしている。これも一つの秩序だった。
苑子が一番後ろ。家宰の顔をしていた。何かを抱えてきていた——書状の束だった。呼ばれる前から準備していたことがわかった。
最後にセレスティーナが入った。深紅の服ではなかった。遠見で着ている、落ち着いた色の衣だった。
五人が——それぞれの場所に座った。
誰も口を開かなかった。
俺が口を開くのを待っていた。
「今後の方針を聞く」
五人が——一斉に、俺を見た。
「お前たちがそれぞれ見ている盤面を話せ。俺が聞く」
英稟が——最初に口を開いた。
「……符帝家への返しが——遅れています」
「遅れているとは」
「……聖教への出向で遠海を空けていた間に——符帝家から書状が二通届きました。大符闘祭の参加要請です。今年の大符闘祭まで——あと四ヶ月」
「断り続けてきたのか」
「……はい。ただ——これ以上断ると——「星宮家は符帝家の管轄から外れようとしている」という口実を与えます」
「出るべきだと言いたいのか」
英稟が——少し間を置いた。
「……出るべきです。ただし——符帝家は、こちらのブランクを見越して今年の盤面を整えてきます。断り続けた分だけ、相手は準備をしています」
「わかった上での「出るべき」か」
「……はい」英稟が静かに言った。「このまま断り続ける方が——危険だと考えています。符帝家の管轄を拒んでいるという印象が積み重なれば——大符闘祭以外の場で動かされます。それより、こちらから出て——相手の盤面を崩した方がよいかと思います」
「それで勝てるか」
英稟が——俺を見た。
「……世一様がいれば——勝てます」
「お前の見立てを聞いている。俺頼みの答えはいらない」
英稟が、少し沈黙した。
「……盤面だけを見れば、五分です。符帝家の宝庫は、質でこちらを上回ります。ただ——質だけで押し切れるほど、大符闘祭は単純ではありません。連戦の疲労、対戦順の運、観客の圧力——変数は多い」
「その変数を、お前はどう使う」
「……こちらが不利だと思わせたまま、初戦だけ全力を出します。相手の想定より早く、盤面を崩す。二戦目以降は、相手の狼狽に付け込みます」
ルクシエルが——右で、小さく笑った。
冬子が——口を開いた。
「……大符闘祭の話は——星読みでも見えていました」
「どう見えている」
「……今年、出ないと——来年は選択肢がなくなります。強制召喚の形になる。そうなると——世一様が動けるタイミングを相手が決めることになります」
「主導権の問題か」
「……はい」冬子が腹に手を当てた。無意識の動作だった。「符帝家の狙いは、大符闘祭そのものではなく——その先の主導権です。今年勝たせても、来年また同じ手を使ってきます」
「なら、根を断つ必要があるな」
「……はい。ただ——それは、大符闘祭一つで片付く話ではありません」
「ただ——もう一つ見えているものがあります」
「言え」
「……南の星が——動いています。三年前から記録していましたが——この一年で動きが速くなっています」
「深淵海国か」
「……はっきりとは言えません。ただ——符帝家が大符闘祭を急いでいる理由が、そこにあるかもしれません」
「符帝家が南の脅威に気づいている」
「……気づいているか、気づかされているか——どちらかです。後者だとすれば、誰が気づかせたのかも、考える必要があります。星読みだけでは、そこまでは追えません」
冬子が、少し間を置いた。
「……それと、もう一つ。帝都の方角に——小さな澱みが見えます。陰の気配です。大符闘祭の刻限に向かって、ゆっくりと集まっている。正体までは、読めません」
「符帝家絡みか」
「……違う気がします。もっと——古いものの、匂いがします」
「追えるか」
「……遠見からでは、これが限界です。帝都に入れば、もう少し見えます」
「大符闘祭は帝都で開かれるな」
「……はい。参加すれば、いずれにせよ、その澱みには近づくことになります」
冬子が、少し目を伏せた。
「……大符闘祭と、南の星と、帝都の澱み。三つが、同じ時期に重なっています。偶然にしては——出来すぎています」
「誰かが揃えたと言いたいのか」
「……揃えたのか、揃ってしまったのか、それすら——まだわかりません」
「わかった。覚えておく」
雪が——英稟を横目で見てから、口を開いた。
「……私からは——一点だけ」
「言え」
「……冬子様と私の出産が——三か月以内に来ます」
「わかっている」
「……ちょうど、大符闘祭の時期と、かぶります。世一様も英稟様も——律也殿も苑子殿も、二週間以上、帝都に出向かれます。守りの兵やセレスティーナ様、エリナ様は残りますが——遠海の実務を回してきた者は、私たちだけになります」
英稟が——少し眉を動かした。
「……お前たちに、実務を持たせるのか」
「……持てます。動けなくても、判断はできます。ただし、権限の範囲を——今、切っておいた方がいい。曖昧なまま任せると、後で揉めます」
「冬子と雪に、留守中の裁量権を渡す。範囲は書面で切れ」
冬子が、頷いた。
「……承知しました」
雪が——英稟を見た。何かを言いかけて、黙った。
苑子が——書状の束を少し持ち上げた。
「……よろしいですか」
「言え」
「……遠海の台所の話をします」
五人が——少し空気を緩めた。
「……聖教出向と、三国それぞれとの契約で動かした銭が——思ったより多かった。今すぐ問題はありませんが——次に大きく動くなら、半年は内政に集中した方がいい」
「具体的に」
「……早雲家との領地交渉が宙に浮いています。律也が当主として先方と話しているところですが——冬子様の産後の立場が変わると——交渉の前提が変わります」
冬子が——苑子を見た。
「……どう変わりますか」
「……世一様の子を産んだ早雲家の女が——符侯の奥殿に入ることで——早雲領と遠海領の関係が実質的に変わります。領土交渉の相手が——「身内」になる」
「有利になるか」
「……有利には——なりますが——対外的な格付けが変わります。早雲家の立場をどう整理するかを——冬子様と世一様で話しておいた方がいい、ということです」
冬子が——俺を見た。
「……私の立場については——世一様にお任せします」
「お前の意見を聞いている」
「……では——」冬子が静かに言った。「……できることなら、世一様の子として、遠海の子として育てたいです。それが本心です」
「駄目だ」
冬子が、少し目を見開いた。
「星宮は英稟の子に継がせる。お前の子は——早雲を継がせろ」
冬子が、俺を見た。
「……理由を、伺っても」
「盤面の話だ。星宮が二人分継ぐより、早雲にも俺の血が入っている方が、家同士の縛りが強くなる。名代の浅葱一人に任せたままでは、早雲はいずれ他の手に渡る。お前の子が継げば——早雲は、名実ともに俺のものになる」
苑子が——小さく息を吐いた。
「……浅葱様には、何と」
「先に俺から話す。名代の座は、次の代への繋ぎだったと言えば済む」
冬子が、目を伏せた。それから、静かに頭を下げた。
「……承知しました」
セレスティーナが——最後に口を開いた。
「……聖教圏の話を、一つだけ」
「言え」
「……三人から——昨日、文が届きました」
「何と書いてあった」
「……イゾルデが枢機卿会議に接触しました。フィデリアの父君が——戒律改正の請願書を準備しています。マリエンナが——信徒の集会で証言を行いました」
「三日で動いたのか」
「……イゾルデは——聖都に着いた日の夜に、すでに動いていたようです」セレスティーナが——少し笑った。「「論点が頭に入ってくる」と——手紙に書いていました」
英稟が——セレスティーナを見た。
「……「論点が頭に入ってくる」とはどういうことですか」
「……世一様の陽気の——副作用のようなものです」
英稟が——俺を見た。
「……そういうものですか」
「そういうものだ」
英稟が——少し黙った。
「……私も——そうだったかもしれません」
「かもしれないではなく、そうだ」
英稟が——視線を前に戻した。耳が少し赤かった。
「聖教圏の見通しは」
「……楽観は、していません」セレスティーナの声が、報告の声に戻った。「会議は四つに割れたままです。天使の証言を教義資料と認めるかの採決は、まだ先。地方の反世一説教は——消えるどころか、聖戦派の残党が合流して、組織立ち始めています」
「聖戦派か」
「……ダンテという重石が外れて、かえって動きやすくなった者たちがいます。武の派としてではなく、今は説教の派として、地方聖堂に根を張っています。……改革は、まだ始まってもいません。始まったのは分裂です——私は、そう見ています」
「わかっている」
「……それと、もう一つ」
セレスティーナが、少し目を伏せた。
「法廷で、世一様を選ばなかった天使たちのことを——覚えておいていただきたいのです。教会に残った五体。保留の五体。眠りを選んだ二体。独りで世界を見に出た一体」
「忘れん。リタニアの帳面に、全部載っている」
「……はい」
「一つ聞く」
セレスティーナが、俺を見た。
「あの夜、お前が俺に何も言わずに聖都へ発った、あの判断について——今はどう思っている」
セレスティーナが、少し間を置いた。
「……誤りでした。合理的な道筋を、全て知っていて、それでも捨てました」
「それだけか」
「……いいえ」
セレスティーナが、まっすぐ俺を見た。
「誤りでしたが——あの一行を、自分の意志だけで書けたことは、今も、嫌いになれません」
「矛盾しているな」
「……しています。それでも、両方とも、本当です」
俺は、しばらくセレスティーナを見ていた。
「なら、両方とも覚えておけ。誤りだったことと、嫌いになれないこと、両方だ」
セレスティーナが——静かに頷いた。
全員が——話し終えた。
俺は少し考えた。
盤面の上に、話が並んでいた。
——大符闘祭。南の脅威。帝都の澱み。出産。内政。そして、終わっていない聖教圏。
同時には動けない。しかし——どれも置いておけない。
「全員の話は聞いた。ここからは俺が決める」
五人が——俺を見た。
「冬子と雪の出産を最優先にする。その間——英稟は大符闘祭の準備を進めろ。苑子は台所を整えろ。浅葱には早雲家の整理を急がせろ」
「……はい」三人が答えた。
「セレスティーナ」
「……はい」
「聖教圏は——三人に任せたままでいい。お前は遠海で動け」
「……わかりました」
「冬子」
「……はい」
「南の星は——引き続き追え。何かわかったらすぐ言え。誰より先に言え」
「……承知しました」
「以上だ」
五人が——立ち上がろうとした。
「待て」
五人が——止まった。
「お前たちに一つ言っておく」
全員が——俺を見た。
「遠海は——まだ途中だ。盤面はまだ動いている」
英稟が——静かに言った。
「……わかっています」
「わかっていれば——いい」
ルクシエルが——右で、また小さく笑った。
今度は——エーデルガルトも、左で目を細めた。
五人が——それぞれの顔で、部屋を出ていった。
最後に英稟が——扉の前で振り返った。
「……世一様」
「なんだ」
「……大符闘祭——必ず勝ちます」
「当然だ」
英稟が——扉を閉めた。