『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
符闘場の中央に立つと、観覧席の視線が集まった。
親符家グループの第一試合だ。今日ここにいる全員と、いずれ当たる。
桔白凛造が向かいに立った。
五十近い男だ。体格に無駄がなく、立ち方だけで年季が分かった。視線が一度だけ俺の腰の符叢を確かめた。それだけで何かを読んだ顔になった。
「噂の符侯殿か。異国から来て、二領を束ねる地位まで上がった男というのは——」
「試合で確かめればいい」
男が口を閉じた。双方が符叢を構えた。
審判が開始を告げた。
────
最初のターン、桔白が場に陽属性の使役式を一体展開した。
戦力は低い。場に出すこと自体が目的のカードだった。
(七体揃えての起動を狙っている)
俺は手札のエーデルガルトを実体化した。
盤面に現れた。黒いローブ、翡翠色の目、腰に差した八本の原符。
観覧席が小さくざわめいた。
「……天使ではないのか」
桔白が言った。声に感情はなかった。ただ、確かめていた。
陰属性の魔女は、七光陣の的だ。桔白の陣が揃えば、エーデルガルトは霊体化させられる。天使を出しておけば、この陣は無力だった。
(揃わなければ、ただの七体だ)
七体を並べるには、七手が要る。その七手を、こちらは一手ずつ削ればいい。相手の一番強い手を、一番強いまま封じる。そのための八属性だ。
「これで十分だ」
桔白の顔が少し変わった。疑問を引っ込めて、計算の顔に切り替えた。
二ターン目。桔白が二体目を展開した。
俺は手から翠蔓の使い魔を選んだ。
エーデルガルトに装備させる。黒いローブの縁が薄い緑に変わった。
「——翠衣」
桔白の一体目が霊体化した。七体の揃いが一手分遅れた。
桔白が三体目を展開した。
今度は俺が黒鏡の使い魔に切り替えた。翠衣が脱がれ、エーデルガルトの縁取りが黒になった。
「ご命令を」とエーデルガルトが静かに言った。
桔白の手札が見えた。陽属性の式符が三枚。六体目と七体目がすでに手にある。
その七体目を一枚選んで、墓地へ叩き落とした。
観覧席が静まった。
(手に七体目がなくなった。七光陣の起動が遠のく)
桔白が符叢を切った。引いた。表情を動かさなかった。
(補充したか。見た目では読めない)
三、四ターンで桔白が四体展開した。
俺は緋爪の使い魔を装備した。桔白の場の布石符を直接破壊した。
(七体が揃っても起動を支える布石を——先に潰す)
苑子が待機席で一瞬目を見開いた。
桔白が五体目を出した。翠衣で一度霊体化させた式符を再展開した。
「……」
桔白の動きが少し速くなった。焦りではなく、切り替えだ。手番を詰めてきた。
六体目が並んだ。
(あと一体)
俺は手を止めた。着替えの燃料を確認した。早業が墓地に三枚ある。まだ動ける。
次のターン——桔白が七体目のカードを手から翳した。
俺は黄堡の使い魔を選んだ。色衣が黄に変わった。
「——黄衣」
エーデルガルトを纏う空気が変わった。効果の対象にならない。効果では破壊されない。
桔白の七体目が実体化した。
七光陣——桔白家の家伝式符が盤面に展開された。
陽の光が場を走った。
七体の光の式が連動し、天光の陣形を組んだ。
観覧席が前のめりになった。
「七光陣の起動だ」
「あれが桔白家の——」
七光陣の効果が走った。「場の陰属性使役式を全て霊体化する」────
効果がエーデルガルトに向かった。
当たらなかった。
黄衣が纏う防御の壁を越えられなかった。
観覧席が静まった。
「……なんだ、今のは」
誰かの声がした。七光陣の霊体化効果が——出なかった。
符叢削りの効果だけが続いた。俺の山から七枚が落ちた。
桔白が、初めて、盤面の外で目を動かした。
(七光陣が起動した。しかし霊体化は通らなかった。黄衣を見てから理解した顔だ)
俺は黄衣を剥いだ。白鋼の使い魔に切り替えた。
「——白衣」
エーデルガルトの戦力が九になった。
桔白が何かを言いかけた。
エーデルガルトが前へ出た。
桔白の符叢が大きく削れた。
桔白は手番に七体の維持を試みた。追いつかなかった。次のエーデルガルトの攻撃で山が尽きた。
────
試合が終わった。
桔白凛造が符叢を腰に戻した。
「……お見事です」
一礼した。俺は返した。
立ち去る前に男が一言だけ言った。
「七体が揃う前から手を打っていた——」
「手番を数えていただけだ」
「七光陣が起動しても、霊体化が通らなかった。あの一手番だけ、黄衣を合わせておいたとは」
「起動のタイミングを読んで着替えた。それだけのことだ」
「陰を狩るために研いだ陣が——陰の札のまま、正面から破られるとは。着ている間だけ、陰でなくなる。……そういう札だとは、聞いておりませんでした」
「色は、着ているものでしかない。剥げば変わる」
桔白が少し笑った。
「……それで十分です」
男が去った。
(陰殺しの陣に、陰の札で入る。相手の研いだ刃の正面が、一番読みやすい)
逆に言えば——桔白の陣が相手なら、甕星のような着替えの利かない強い陰の札ほど、「出した瞬間に狩られる札」になる。強いというだけで場に置けば、七光陣に食われて終わる。強い札を、条件次第で最初から勘定に入れない見切り。俺の色衣は着替えで凌いだが、あの見切りは、甕星を軸に戦う英稟にこそ要る。同型の陰殺しは、桔白家の専売ではないはずだ。
この感覚は、覚えておくことにした。
────
観覧席から、視線が一つ残っていた。
宵月家の当主だ。笑顔のまま俺を見ていた。
俺は視線を返さなかった。
苑子が来た。
「……英稟様の試合は」
「もう終わりました」
「勝ったか」
「三ターンです。甕星の初手展開から崩しました。相手が二手目を出す前に山が割れていました」
俺は符叢を確認した。山から七枚落ちていた。七光陣の削りだ。大した傷ではない。
「午後は翠嵐家か」
「はい」
苑子が一礼して下がった。
入れ替わるように、符叢の奥で、気配が短く揺れた。
「——良い選択でした」
エーデルガルトの声だった。試合を終えた後に、この女がたまに寄越す、短い採点。何百戦を共にしても、頻度は変わらない。だから、重い。
「そうか」
それだけで、気配は静かに沈んだ。
俺は次の試合の構成を組み直した。