『神符大戦 ──世界大会決勝で負けて底辺に堕ちた男、TCGの勝敗が全てを決める異世界で美少女達を調教しながら盤面制圧を目指す──』 作:シキセ
屋台の並ぶ路地に出たのは、日が暮れてからだった。
大符闘祭の二日目が終わり、帝都の空はまだ薄い橙に染まっていた。灯籠に火が入り始める頃合いだった。
澪が来たのは、苑子に断りを入れた後だった。宿の裏口から、水色の着物姿で、音を殺して入ってきた。裾の乱れひとつない歩き方だった。
「燎が——決勝ブロックに入った」
それが最初の言葉だった。用件だけを届けに来た、という顔をしていた。
「そうか」
決勝ブロックの組み合わせなど、明日には会場に貼り出される。裏口から忍んでまで運ぶ情報ではない。——つまり、報告は口実だ。指摘はしなかった。
「独立符士の枠で。今日の四回戦まで——全部、正面から勝ち上がって」
「知っている」
「三回戦の相手、白刃流の遣い手だった。互角の勝負だった、って噂」
「四回戦は」
「圧勝。相手の陰属性コンボを、一手で崩したって」
澪が「……こんなこと、教えていいのかわからない」と言った。
「なぜ教えた」
「……あなたが、知りたがると思ったから」
「それだけか」
澪が黙った。しばらくして、「……それだけじゃ、ないかも」と言った。声が小さかった。
「燎が負けるところを見たくないのか、あなたが負けるところを見たくないのか——最近、わからなくなる」
「決めなくていい」
「よくない」
澪が少しだけ強い声で言った。
「読みが早くなっている」
澪が「……知ってるみたいに言うのね」と言った。
「知っている」
澪が「……やっぱり見てたんだ」と言った。
「研究だ」
「……私のことも、研究してた?」
「してない」
澪が少しだけ笑った。嬉しそうではなかった。悔しそうでもなかった。何かを確かめた顔だった。
「散歩がてら出るか」
────
屋台の匂いが強い。
大会期間中の夜は、符士だけでなく各地から見物客が集まる。昼の試合の話。推していた符士の勝ち負け。次は誰が面白いか。そういう声が、湯気と油の匂いに混じって通りを流れていた。
澪が俺の少し後ろを歩いた。並ばなかった。
肉串を一本買って、澪に差し出した。
「……え」澪が止まった。
「受け取れ」
「……いいの?」
「いいと言っている」
澪が受け取った。一口食べて、「……おいしい」と言った。声が少し子供みたいだった。
次の屋台で、綿菓子を売っていた。澪が横目でちらりと見た。
「食うか」
「……別に、そんなに」
「見ていた」
「……ちょっとだけ」
買った。澪が両手で抱えるように持って、指先で少しずつちぎって口に運んだ。
「甘い」
「そうか」
「あなたも食べる?」
「いらない」
澪が構わず、一房を俺の口元に押しつけた。
「……いらないと言った」
「一回だけ」
仕方なく、口に含んだ。甘さがすぐに溶けて消えた。澪が満足そうな顔をした。子供のような顔だった。
祭りの明かりから外れた石段に、二人で座った。
大道芸の太鼓の音が遠くで響いていた。澪が両膝を抱えて、屋台の灯りを眺めていた。
「……こういうの、久しぶり」
「屋台か」
「ただ、歩くだけの時間」
澪が横顔のまま言った。
「燎といた頃は、いつも次の相手のことばかり考えてた。強くなること。負けないこと。祭りに来ても、屋台の配置を覚えて、逃げ道の確認をしていた」
「今もしているんじゃないか」
澪が小さく笑った。
「……してる。癖だから」
石段の下を、子供たちが駆けていった。灯籠の灯りが、水路の水面で揺れていた。水面の光が崩れては、また元の形に戻る。その繰り返しを、澪はしばらく黙って見ていた。
「あなたといると——時々、忘れる」
「何を」
「……逃げ道を、確認しなくていいってこと」
俺は答えなかった。答える必要のない種類の言葉だった。
澪が、少しだけこちらを見た。
「……あなたは、燎のこと嫌い?」
「知らない相手を嫌うことはできない」
「知ったら?」
「わからない」
澪が「……変な人」と言って、また前を向いた。呆れているのか、面白がっているのか、判別のつかない横顔だった。
しばらく、何も言わずに歩いた。人の波が二人の間を縫っていく。
「……私、燎に話してないの。あなたのところに来てること」
「知っている」
「……言わないでね」
「言う理由がない」
澪が小さく息を吐いた。安堵とも、罪悪感ともつかない息だった。
「……燎に、悪いと思ってる?」
澪が足を止めずに聞いた。
「思っていない」
「……即答するのね」
「思う理由がない」
澪が少しの間、黙った。
「……私は、思う時がある」
「なぜ」
「……あいつは、ずっと隣にいてくれた人だから」
俺は答えなかった。理由を返す言葉が、俺の側にはなかった。
(感情型の符士だ)
アニメでも、誰かが傷つく場に立ち会ったときの怒り方が他と違った。冷たくならない。熱くなる。炎育カウンターは、その熱を糧にする。
燎にとって澪が何であるか——答えを出す前に、気配が触れた。
路地の角。人の流れに逆らって立つ人影が一つ。
日に焼けた肌。符叢が薄い。重量を削って早業に振った実力者の構成だ。
(……燎か)
澪は前を向いたまま、気づいていない。
燎は俺を見ていた。俺が気づいたことも、たぶんわかっている。
(決勝で、当たるかもしれない男だ)
倉庫の夜の続きを、今度は正規の盤面でやれる。悪くない。ただし、生半可な燎と打っても、あの夜の続きにはならない。炎育の火は、感情を薪にして火力を上げる。
なら——見せてやればいい。薪は、くれてやる。
俺は澪の腰に手を回した。引き寄せた。
「……ちょっ——」
澪の体が、抗うより先に馴染んだ。腰が俺の手の形に沿って収まる。あの星宮邸の夜から、この体はそういうふうにできている。帯の上を指でなぞり、首筋の後れ毛を払って、耳の裏に触れた。
「……っ……往来、だけど……」
「減るものでもない」
澪の声から力が抜けていく。突き放す言葉を探して、見つからない声だった。頬に朱が上り、目が潤み始める。灯籠の明かりの下で、誰が見てもわかる顔になっていく。
それを、燎に見せた。
視線は外さなかった。俺の手の下で澪がどうなるか。この女の体が誰に応えるか。言葉より正確な報せだ。
「澪」
「……何……」
「後ろを見ろ」
澪が振り返った。
止まった。
「……燎」声が固まった。それから、自分が今どんな顔をしているかに気づいて、血の気が引いた。腰に回った俺の手。上気した頬。燎に隠してきたものが、全部、一度に晒されている。
燎が、澪から俺へ視線を移した。
一秒だった。
何も言わなかった。
燎の指先に、火の粒子が滲んだ。一度消え、二度目は濃かった。抑え込んでいる——だが、あの倉庫の夜のように暴発はしない。今の燎は、感情を制御することを覚えている。制御した上で、目だけが燃えていた。
俺も動かなかった。手も、離さなかった。先に言葉を出す理由が、こちらにはない。
燎が背を向けた。
路地の奥へ、人の流れにまぎれて消えた。
腕の中で、澪が小さく震えていた。
「……最低……」
声に涙が混じっていた。だが——澪は、俺の手を振り払わなかった。
「……ごめん」
「謝ることはない」
「でも——」
「わかっていてやっている」
澪が口を閉じた。
肉串の油が、夜の空気の中でわずかに冷えていた。
「送っていく」
「……いい。一人で帰れる」
「その顔でか」
澪が黙った。上気の引ききらない頬。潤んだままの目。燎のいる宿に、今の顔では帰れない。それを一番わかっているのは本人だった。
「来い」
手首を取った。澪は、今度も振り払わなかった。
────
部屋に入って、灯りを半分だけ落とした。
帯に手をかけると、澪が俺の袖を掴んだ。
「……訊かないの」
「何をだ」
「……怒ってないのか、とか。燎に見られて、どう思ったか、とか」
「訊く必要がない。体に訊く」
帯を解いた。水色の着物が畳に落ちて、水が引くように肩が晒された。鍛えられた細い体。引き締まった腰。太ももの内側が、もう小さく震えていた。
「……見ないで」
「見る。今夜は特にだ」
畳に敷いた布団へ押し倒した。首筋に唇を当てて、陽の気を薄く流す。
「んっ……♡」
声が跳ねた。あの星宮邸の夜から、この体は陽気の通り道を全部覚えている。鎖骨、胸の先、脇腹。指でなぞるたびに、水属性の冷静さが一枚ずつ剥がれていく。
胸の先を口に含んだ。舌先で転がすと、澪の背中が布団から浮いた。
「や……っ♡ そこ、や……っ♡」
「嫌いじゃないだろう」
「……きらいって、言ってる、のに……っ♡」
言葉と裏腹に、澪の指が俺の髪を掴んだ。引き剥がす力ではなかった。
脚を開かせて、内ももを撫で上げる。指が秘部に触れると、くちゅ、と音がした。もう溢れていた。
「……濡れてる」
「言わないで……っ」
「燎に見られている間もか」
澪が息を止めた。それから、目尻に涙を溜めて、俺を睨んだ。
「……最低。ほんとうに、最低……っ」
「そうだ。それでも濡れた」
指を沈めた。ぬぷ、と音を立てて、熱い内側が指を締めた。浅いところを擦り、奥の弱い場所を押し上げる。くちゅくちゅと水音が上がって、澪の腰が逃げ場を探して揺れた。
「あっ……♡ あっ……♡ だめ、そこ……っ♡」
「達っていい」
「や……っ、まだ……っ、あ、あぁ……っ♡♡」
びくん、と腰が跳ねて、澪が一度目を極めた。内側が指を強く食んで、細かく痙攣した。
息が整う前に、膝裏を持ち上げた。正常位。先端を宛がうと、澪が濡れた目で俺を見上げた。
「……ずるい。いつも、こうやって……考えられなく、する……」
「考えるな。感じていろ」
腰を進めた。ぬぷり、と音を立てて、根元まで一息に収まった。
「あぁ……っ♡♡ ふかい……っ♡」
熱くて、狭い。達ったばかりの内側が、うねって絡みついてくる。ゆっくりと引いて、深く突き入れる。ぱん、と腰のぶつかる音が部屋に響いた。
「あっ♡ あっ♡ や……音、たてないで……っ♡」
「聞く者はいない」
「そういう、問題じゃ……あっ♡ あぁっ♡」
律動を速めた。澪の脚が俺の腰に絡みつく。拒む言葉を言いながら、体は引き寄せる。この矛盾ごと、抱き潰す。
「燎の顔が浮かぶか」
突きながら訊いた。澪が首を横に振った。振ってから、その意味に気づいて、泣きそうな顔になった。
「……浮かば、ない……っ♡ あなたのことしか……っ♡ ……ひどい……わたし、ひどい……っ♡」
「ひどくていい。それがお前だ」
奥を続けて突いた。ぱんぱんと音が重なり、澪の声が高くなっていく。水音が濃くなって、繋がった場所から泡立った蜜が糸を引いた。
「あっ♡ あっ♡ もう、くる……っ♡ また、きちゃう……っ♡」
「来い。俺も出す」
「なか……っ♡ あ、あぁ……っ、せいち……っ♡♡」
——名前を、呼んだ。
最奥を突き上げた瞬間、澪の全身が硬直した。内側が痙攣して、俺を絞り上げる。どくり、と最奥に叩きつけるように注いだ。どく、どく、と脈打つたびに、澪の腰が小さく跳ねた。
「あ……♡ はいって、くる……っ♡ ……あつい……♡」
長い痙攣が収まるまで、繋がったままでいた。澪の胸が大きく上下して、汗ばんだ水色の髪が頬に張り付いていた。
「……いま、私」
「名前を呼んだな」
「……忘れて」
「断る」
澪が両手で顔を覆った。耳まで赤かった。
────
夜明け前に、澪が起きた。
着物を直す背中に、声をかけた。
「戻るのか」
「……戻る。あいつが起きる前に」
帯を締める手が、途中で一度止まった。
「……ねえ。私、いつまでこういうこと、続けるんだろう」
「答えが要るのか」
「……いらない」澪が立ち上がった。「訊いただけ」
戸口で、一度だけ振り返った。
「……今日の、路地のこと。怒ってるから」
「覚えておく」
「……覚えてるだけじゃ、許さな——」
言い終わる前に、腕を引いた。戸口の柱に背中を押しつけて、顎を取る。夜明け前の薄闇の中で、澪の目が見開かれた。
「怒るのは構わない。だが、履き違えるな」
「……なに、を」
「路地で見せたのは、事実だけだ。お前の体が誰のものか。誰に応えるか。——燎に隠して済む段階は、もう過ぎている」
澪の喉が、小さく動いた。
「……私は、あなたのものだって、言いたいの」
「言いたいんじゃない。そうだと言っている」
澪が俺を睨んだ。睨んだまま——目を、伏せた。
「……知ってる」
小さい声だった。認めた声だった。
「知ってるから……悔しくて、怒ってるんじゃない」
体を離した。澪が乱れた襟を直して、今度こそ戸口を出た。
夜明け前の廊下に、足音が遠ざかっていく。最後まで、乱れなかった。
────
一人になった部屋で、燎の目を思い出した。
何も言わずに去った。だが、あの目は事実を確認しただけの目じゃない。飲み込んで、抑えて、持ち帰った目だ。ああいう男は、飲み込んだものを腹の中で燃やして——それから、来る。
(来る)
その予感だけがあった。